謎の通信によって辛くもバルトフェルド隊を退けたイチカとキラはアークエンジェルに無事に帰還して食堂にて暫しのスナックタイムと相成っていた――出撃すれば腹は減るので此れは当然なのかもしれない。
「と言う訳で、直ぐ美味しい、凄く美味しいチキンラーメンの完成です。」
「テレビCMで見た通りの卵だね此れは……僕はどうやっても再現出来なかったんだけど、如何やったら再現出来るのかな?」
「玉子は常温に戻しておいて、お湯は沸騰を通り越してグラグラ煮立ったモノを注ぎ込めば再現出来るぜ?難しい場合は常温に戻した生卵を殻ごと熱湯に付けて作った『簡単温泉玉子』を使えば楽ちんってな。」
「即席ラーメンも奥が深いね。とても只お湯を掛けて作るだけのモノとは思えない美味しさだし。」
「この味に辿り着くまでには開発者は相当苦労したんだろうなぁ……まず、麺とスープを一体化させて揚げるってのが如何やってんだか皆目見当がつかないからな。」
食堂内に麺をすする音が響く。
流石に今日はもう攻撃して来る事はないだろうが、此処は敵の本拠地である事を考えれば何時また戦闘になるとも分からないので、軽食程度でも食べられる時に食べておくに越した事はないだろう。
イチカとキラ以外のアークエンジェルクルーも何人かは食堂にて軽食を摂っている――イチカは一戦終えたばかりなので何か作って貰うのも悪いと思い、全員お手軽なインスタントかレトルトではあるが。
「そう言えばさっきの戦闘の通信、一体誰からだったんだろう?聞き覚えのある声だったけど……」
「お前もか?俺もあの声には聞き覚えがあったんだが……誰の声だったか思い出せん。ただ、あの声を聞いた時には例外なく何かしら手を焼く事態が発生していた様な気がする。」
「え~と、其れはとっても怖い感じがするんだけど大丈夫かな?」
「まぁ、タバネさんが何も言って来てないから大丈夫じゃねぇか?本当にヤバい事があればあの人は必ずメールで連絡くれるからな……其れを踏まえると、俺がこうして戦ってる事はヤバい事じゃないって事なんだろうけど。」
先程の戦闘で入って来た通信に関しては謎が多かったが、其れに関しては戦闘終了後にアークエンジェルにも通信が入り『明けの砂漠』を名乗るレジスタンス組織が行った事だと言う事を食堂にやって来たマリューが説明してくれた。
そして夜明けを待って『明けの砂漠』のメンバーがアークエンジェルに合流すると言う事も。
「レジスタンス組織……こっちに協力してくれたって事はナチュラルが組織した反コーディネーターと言うか反ザフトな組織って所だろうな……レジスタンスって言うと聞こえが良いが、要は現状に不満を持つ連中が武力をもって現状を変えようとしてるゲリラ部隊だよなぁ?
仮にも地球連合の正規軍である俺達がゲリラ組織と連携するってのは如何かと思うが……保有モビルスーツが二機で他に戦力になるのはフラガの旦那がパイロットじゃなかったら骨董品のモビルアーマーって言う戦力カツカツ状態じゃ現地のゲリラもといレジスタンスの協力も有り難いっちゃ有り難いか。連中がどの程度の戦力を保有してるのか気になるけど。」
「モビルスーツに対して有効打となる兵器でも持ってればって感じだね。」
レジスタンスとは言っても所詮は碌に実戦経験のない民間人の集団であり、戦力としてはあまり期待出来るモノではないのだが、其れでも此の地域の情報に関してはアークエンジェルよりも詳しい筈なので、現在のアフリカの状況を知るには話を聞く相手として此の上ない存在と言えるだろう。戦場に於いて、情報とは何よりも重要なモノであるのだから。
食事を終えたイチカとキラはシャワーを浴びると夫々の部屋に戻ったのだが、キラの部屋には何処から持って来たのかナース服姿のフレイが待機していて、スマートフォンで検索したマッサージをキラに施すのだった――付け焼刃で素人のマッサージではあったが、其れなりに効果はあったらしく、マッサージが終わった直後にキラは眠ってしまうのだった。
フレイ・アルスター……彼女は恋人には尽くすタイプであったようだ。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE17
『カガリ再び~The Desert Stream~』
翌日、少し早めの朝食を摂ったアークエンジェルのクルー達は『明けの砂漠』のメンバーと邂逅していた――因みに本日の朝食もイチカが作り、イチカの横でフレイが料理訓練に勤しみ、フレイが作った朝食はムウが食す事になった。
イチカがムウをフレイの料理の味見係……言うなればフレイのダークマターの生贄に選んだ訳で、ムウも最初は『冗談じゃねぇよ!』と拒否したのだが、イチカに『不可能を可能にする男なら、ダークマター喰らって死なないって言う不可能を可能に出来るだろ?』と言われては引き下がる事は出来ず、半ばヤケクソ気味に味見係を引き受けて、そして見事にKOされていた――其れでもモノの十秒ほどで復活したのだから『不可能を可能にする男』は伊達ではないと言えるだろう。
其れは其れとして、現れた『明けの砂漠』のメンバーの中に居たある人物を見てイチカとキラ、そしてその人物も驚いていた。
「君は……」
「お前達は……!」
「オイオイ、マジかよ……」
其の人物とはヘリオポリスでの『ザフトによる連合の新型モビルスーツ強奪事件』の際に、ヘリオポリスの工廠内でキラが出会い、ギリギリのところで工廠の外に逃がした少女であり、イチカにとっては嘗て色々と手を焼かされた少女だったのだ。
「(オーブの代表首長の娘が何だってアフリカの砂漠でレジスタンスなんぞやってんだよ!?)」
その少女の名は『カガリ・ユラ・アスハ』。
オーブ首長国連邦の代表首長『ウズミ・ナラ・アスハ』の一人娘なのだが、兎に角負けん気が強くて行動力があり、イチカは過去にウズミの護衛を務めた際に、『歳が近いから』と言う理由でカガリの護衛に回される事が多く、その際にカガリは大人しくしていてはくれずに、あっちに行ったりこっちに行ったりしてくれたのでイチカは何かとカガリには手を焼いていたのだ。
「(レジスタンスの連中の反応を見るに、カガリは自分の身分を明かしてないか……なら此処は初対面って事にしておくのが上策だな。何でそうなったのかは知らないけど、カガリも自分の正体は隠しておきたいだろうからな。)」
そのカガリが何故アフリカでレジスタンスに所属しているのかはマッタク分からなかったが、此処は初対面と言う事にしておいた方が良いと考えたイチカはその様に振る舞い、カガリもまたイチカとは初対面のように振る舞っていた――矢張り己の身分が明らかになるのは良くないと思っているようだ。
「キラ、知り合いか?」
「知り合いって言うか、ヘリオポリスの工廠で会った女の子だよ……工廠内にあったモビルスーツを見て『お父様の裏切り者!』とか意味不明な絶叫をしてたけどね。」
「なんじゃそりゃ?意味が分からん。説明プリーズ。」
「出来るかぁ!」
カガリの正体はさて置き、明けの砂漠のリーダーであるサイーブ・アシュマンによりレジスタンスのアジトに案内されたアークエンジェルのクルーは、其処でアフリカに於ける連合の拠点であるビクトリア基地が陥落したと言う事を知らされた。
アフリカはザフトが実効支配している地球の数少ない場所であるが、同時に連合の基地も存在していると言う戦術的には中々に微妙なバランスの場所だったのだ。
だがビクトリア基地が陥落した事でザフトは此の地域での影響力と支配力を増し、その結果として此の場所は宇宙から降下して来た連合の部隊を狩る『落ち武者狩り』の場となっていたのだ。
そして其れはアークエンジェルにとっては実に有り難くない事でもある。
ビクトリア基地が無事であったのならば其処で補給をしてからアラスカを目指す事も出来たのだが、ビクトリア基地が陥落したとなれば現地の街で補給を済ませた後に紅海を抜けて大西洋からアラスカを目指すルートを取るしかなくなってしまったのだ。
「このルートだと、どうやってもザフトと遣り合う事は避けられないか……是が非でも突破しないとだな。
コイツはまた厳しい戦闘になりそうだが、そん時は頼りにしてるぜキラ?お前なら背中を任せられるからな……頼りにしてるぜ相棒!」
「僕も君と一緒なら安心して戦えるよイチカ。
僕には僕の守りたいモノがある……其れを守る為なら僕は、相手の命を奪う事に躊躇はしないよ――君が言ってくれたように、奪った命を背負う覚悟も決めた。だから僕はもう迷いはない。」
「OKだキラ。」
戦闘を避ける事は出来ないが、しかしイチカもキラも迷いはない。
イチカもキラもコーディネーターであり、ザフトとの戦いは『同胞殺し』になるのだが、其れ以上にイチカとキラはナチュラルもコーディネーターも関係なく『仲間』の事が大事であるので、その仲間を守る為ならばザフトとの戦いも厭わないのだ――仲間の無事以上に優先すべき事はないのである。
キラに関しては親友であったアスランが若干の懸念事項ではあるのだが、ラクスの身柄を引き渡す際に、アスランの申し出をキッパリと断っている事から、キラはアスランと戦う覚悟も決めていると言っても良いだろう。
――――――
同じ頃、バルトフェルドは基地にて頭を悩ませていた。
先の戦闘に於ける敗北、其れがアークエンジェル所属のモビルスーツ二機によって引き起こされたモノであれば未だ良かったのだが、其処に『反ザフト』を掲げるレジスタンス部隊の協力があったとなれば話は別だ。
先の戦いで通信の乱れが発生していたので、その原因を探った結果、連合にモビルスーツに外部からの通信が入り、その通信電波によってバルトフェルド隊の通信に乱れが発生していた事が明らかになり、その通信電波の発生元が『明けの砂漠』のアジトである事が明らかになったのだった。
「やれやれ、マッタク持って面倒な事になったもんだ。
連合だけにやられたのなら兎も角、レジスタンス組織が加担したとなったら其れに対する報復攻撃は形だけでもやっておかんと上は納得しないだろう……レジスタンスとは言っても所詮は民間人だから、俺は出来れば攻撃したくないんだがな。
ダコスタ君、本日の日暮れと共にタッシルの街に向けて攻撃宣言と避難勧告を行ってくれ。攻撃されると分かっていてその場に残るお馬鹿さんは流石に居ないだろうからな。」
「は、はい。了解しました。」
レジスタンス組織が介入して来たとなれば、此方に大打撃を与える事になった事に対しての報復攻撃は形だけでも行わなければ上も納得しないだろう――そう考えてバルトフェルドは街の住民に対して事前通達を行い、可能な限り民間人の死者を減らそうと考えたのである。
「攻撃宣言と避難勧告を行ってあげるだなんて、些か優し過ぎると思いますわよバルトフェルド隊長?」
「まぁ、軍人としちゃ甘い判断なんだろうが、相手はレジスタンスとは言えその構成員は多くがプロの軍人じゃなくて民間人だからねぇ?此方の避難勧告を無視して抵抗するってんなら話は別だが、大人しく避難する相手の命を奪おうとは思わん。
無抵抗で戦う意思のない民間人を殺しちゃったら、其れこそユニウスセブンを核攻撃した連合の連中と同じになっちゃうからなぁ?……君達も其れを分かってるからヘリオポリスでは民間人には手を出さなかった、そうだろうクルーゼ隊の諸君?」
「其れは……まぁ、確かに。」
「ナチュラルとは言え民間人の命を奪うつもりは毛頭ないからな……それを理解した上でのこの選択……砂漠の虎、噂に違わぬ傑者だな。」
「砂漠の虎って聞くとなんか凄そうだけどよ、砂漠に虎って居るのか?」
「ディアッカーー!貴様疑問に思うところが其処か!?」
「砂漠に虎は居ない。けど砂漠にライオンは生息してるみたいだから、砂漠の虎から砂漠の獅子に改名するのもアリかも知れない……バルトフェルド隊長はモミアゲが長いからライオンの鬣に見えない事もないし。」
「何時もはフォローに回るカンザシが真顔でボケるって、此れは相当にレアな光景……なのかな?」
「いやはや中々に愉快な光景だが、賑やかなのも偶には悪くない……時に、此のコーヒーは如何かなカタナ君?」
「香りと酸味と苦みのバランスが実に見事ですわバルトフェルド隊長。此のコーヒーの苦みには塩キャラメル入りのチョコレートなんかが良く合うんじゃないかしら?」
「な~るほど。是非参考にさせて貰おうじゃないか。」
バルトフェルドとクルーゼ隊のメンバーは暫し和やかな時を過ごし、バルトフェルドの恋人であるアイシャはカタナとカンザシに『女の子なんだから偶には軍服以外の服も着てみたら?』と、自身が所有している服を着せてみたりもしていた――カタナは兎も角、カンザシは胸が余ってしまうと言う結果になったのだが。
其の間にも報復攻撃の準備は着々と進み、バクゥの発進準備が整ったところで夕暮れとなり、ダコスタはバルトフェルドに命じられた通り、タッシルの街に向けて攻撃宣言と避難勧告を行うのだった。
――――――
再び夜となり、アークエンジェルのクルーは暫しの休息をとっていた。
そんな中、イチカとキラは対レセップス戦に向けてビャクシキとストライクの調整を行っており、イチカはキラにビャクシキの運動プログラムを地球の環境での戦闘に適応するように調節して貰っているところだった。
ビャクシキはオオタカを装備すれば大気圏内でも飛行出来るのだが、無重力の宇宙とは異なり重力と空気抵抗がある環境では宇宙空間とは勝手が違うと言う事を先の戦闘で身をもって知ったのだ――シミュレーターでの経験はあったとは言え、シミュレーションと実戦では矢張り差があったのだ。
「CPG設定変更完了、ニュートラルインゲージ、メタ運動野パラメーター更新、パワーフロー正常、その他システムオールグリーン……うん、ビャクシキのシステムを重力下にも最適化出来たよイチカ。」
「お見事。
お前のプログラミングの腕前にはタバネさんでもビックリかもしれないぜ?……もしもタバネさんにお前みたいなアシスタントが居たら、ISは本来の姿で世に出てたのかも知れないな。」
「……IS?」
「え?アレ?何言ってんだ俺?慣れない砂漠での戦闘で疲れてんのか?」
そんな中でイチカがふと漏らした『IS』と言うモノにキラが反応したが、イチカ自身も何故そんな単語を口にしたのかは分からなかった……ごく自然にその単語が脳裏に浮かんだ、そんな感じだったのだ。
「イチカ、大丈夫?」
「大丈夫だろ多分……(俺じゃない俺の記憶……何なんだよ此れは?)」
青髪の少女の事が脳裏にフラッシュバックしてから、イチカは自分ではない『イチカ』の記憶とも言うべきものを夢で見る機会が多くなっていた――其れは所詮夢であるので特別気にもしていなかったが、その夢に出て来た単語を口にしてしまうとは、可成り精神的に疲れているのかとイチカは思ってしまった。
そして同じ事はザフト所属のカタナにも起こっていたりする……カタナが見る夢には己を『タテナシ』と呼ぶ少年が登場していたのだが。
「キラ、イチカ差し入れよ。」
「フレイ、ありがとう。」
「レトルトの焼きおにぎりバーガーのカルビ焼き肉か……良いね、大好物だ。」
其処にフレイが差し入れとしてレトルトの『焼きおにぎりバーガー・カルビ焼き肉』を持って来てくれたのでイチカもキラも其れを有り難く頂いた――勿論整備クルーにも同様の差し入れがあったので、マードック達も其れを頂いた。
キラと恋仲になって以降、フレイは積極的にアークエンジェル内で働いており、整備班の一部ではファンクラブまで出来る状況になっていたりするのだ――とは言ってもフレイに手を出す輩は居なかった。
嘗てフレイをナンパしたクルーが居たのだが、フレイに伸ばした手をキラが掴み取って絶対零度の笑みを向けた上でイチカにパスし、パスを受けたイチカが其のクルーに人間では絶対に返す事の出来ない超絶必殺技の『マッスル・スパーク』をブチかましてKOした事があったので、フレイに手を出す輩は居ないのだ。
尚、嘗てフレイの婚約者として選ばれておきながらフレイが拒否した事でその地位に納まる事が出来なかったサイは改めてフレイに自分の何が気に入らなかったのかを聞いたのだが、『単純に好みじゃなかった』と面と向かって言われて撃沈していた。
其れはさて置き、フレイの差し入れで腹ごしらえが出来たイチカとキラは何時でも出撃出来る状態になっていたのだが――
「ん?おい、おやっさん、そのモニターの映像拡大出来るか?」
「あぁ、拡大出来るぜ。よっと、こんな感じで如何だイチカ?」
「バッチリだぜおやっさん。
……此れは……タッシルの街が燃えてる!?」
其処でイチカはドッグのモニターに映っている砂漠の空が真っ赤に染まっている事に気付き、マードックに拡大してもらったモニターの先では、レジスタンスの家族が暮らすタッシルの街がバルトフェルド隊の報復攻撃によって燃えていたのだった……
To Be Continued 
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