第八艦隊本隊全滅と言う悲劇的な結果を持ってして地球に降下したアークエンジェルだったが、大気圏突入後にビャクシキとストライクをシグナルロストしていた――同じタイミングで大気圏に突入したのだが、ギリギリまでビャクシキはグラディエーターと、ストライクはデュエルと戦闘を行っていたために大気圏突入後にアークエンジェルと大きく距離を離してしまう事になったのだ。
同じくギリギリまで戦闘を行っていたグラディエーターとデュエルは同軌道で降下していたヴェサリウスに回収されたのだが、異なる軌道で大気圏突入を果たしたビャクシキとストライク、そしてアークエンジェルは即時合流せねばだろう――オオタカを装備したビャクシキは大気圏内での飛行能力を有しているが、ストライクはエールストライカー装備でも大気圏内での滑空能力はあっても飛行能力は有していないので、即時回収は必須なのである。
「イチカ君とキラ君は何処に?」
「シグナルは……見付けました、現在ストライクとビャクシキはアフリカ上空をに居ます!シグナルの状況からビャクシキがストライクを抱えて飛行している模様!」
「直ぐに其方らに向かって、二人を回収するわ。……それにしても、まさかのアフリカとはね。」
オペレーターのフレイがビャクシキとストライクのシグナルを発見したのだが、其れはアフリカの上空であり、アークエンジェルもまた其処からそれほど遠くない場所を飛行していた――アークエンジェルは地球への降下を優先し突入角度を度外視したため、結果として目的地であるアラスカとは程遠いアフリカの上空付近にやって来ていたのだった。
尤も、だからこそ降下中のビャクシキとストライクを即時発見出来たのだが。
其れから程なくしてストライクを抱えながら飛行しているビャクシキを発見し、即座に回収したのだがビャクシキは兎も角ストライクの様子が何処かおかしかった。
機体がドッグに運ばれると、イチカは直ぐにビャクシキから降りて来たのに対し、キラはストライクから降りてくる気配が無かったのだ……其れを不審に思ったイチカがストライクのコックピットを外部操作で開けると、キラはコックピットに力なく座っていた。
「キラ?おい、確りしろキラ!」
大気圏突入時に発生するGによって気を失ったのかと思い、イチカはシートベルトを外してキラをコックピットから連れ出しヘルメットを取ると、キラの顔は紅潮して汗を浮かべ、呼吸も荒い状態だった。
「コイツは……凄い熱だ!
おやっさん、担架を!其れと、誰かラミアス艦長に『キラが熱を出した』って伝えてくれ!」
「担架だな!任せときな!」
明らかな異常事態であってもイチカは冷静に指示を飛ばし、キラはマードックが持って来た担架に乗せられて医務室へと搬送された……その際にマードックが宇宙空間と同じノリで一人で担架を運ぼうとすると言う珍場面があったが、ついさっきまで宇宙に居た事を考えれば致し方ないだろう。
キラの容態はマリューに伝えられ、アークエンジェルは敵地であるアフリカに一時着陸する事になった……空中を移動しながらよりも、一度地上に降りて安定した場所で休ませた方がキラの回復も早いと判断しての事であると同時に、アラスカ基地に向かう前に少し補給をしておきたかったと言う事情もある。
ストレートにアラスカ基地に向かっていれば補給は必要なかったのだが、アフリカからアラスカへとなると移動に相当な時間が掛かるので、その移動を考えると補給は必須であるのだ。
無論敵地故にザフト軍との戦闘は避けられないだろうが、其れも最低限の迎撃に止めれば良いのだから敵地だからと其処まで緊張する事でもないのかも知れない。
こうして、ヘリオポリスを発ってから凡そ一カ月半掛かって、遂にアークエンジェルは地球の地に降り立ったのだった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE15
『大天使の降臨~砂漠での一幕~』
医務室に運ばれたキラは直ぐに簡単な検査が行われたのだが、高熱による心拍数の増加以外は特に異常がなく、何かしらの病気を発症したと言う訳ではなかった。
「キラ……一体如何しちゃったの?」
「……ヘリオポリスの一件から今日まで慣れない事の連続だったからな……色々と限界が来たのかもしれん。
ついこの間まで普通の学生がある日突然モビルスーツに乗って戦う事になったってだけでも相当な事なのに、さっきの戦闘でキラは初めて人を殺した上に味方であったハルバートン提督が目の前で死んじまった……精神的負荷が限界を超えても不思議はねぇさ。」
キラの高熱は精神的なモノだと判断したイチカだったが其れはあながち間違いではないだろう。
寧ろ今の今までキラが精神的に不調をきたさなかった事の方がある意味では異常なのだ……普通ならばとっくの昔に発狂していてもオカシクないのだが、そうならなかったのは偏にイチカとフレイの存在が大きいだろう。
イチカは同い年の現役軍人であり、戦闘面では兄貴分としてキラをサポートし、非戦闘時もキラを気に掛けてくれており、フレイはまさかの展開から恋人となったが、だからこそキラはフレイを守ると言う、『友達を守る』以上の目的が出来たので此処まで戦ってこれたのである。
だが、其れ等をもってしても初めて人を殺したと言う重責と、ハルバートン提督を目の前で喪ったと言う事実はキラの精神にこれまで以上の負荷を掛け、更にはデュエルとのギリギリの戦いでも精神を擦り減らしていた事もあって限界を迎えてしまったのだろう。
「フレイ、キラが目を覚ましたら食事は出来るか、食欲はあるかを聞いてその結果を教えてくれ。其れによって、俺がやる事も変わって来るからさ。」
「うん、分かったわイチカ。」
フレイはキラの看病のために医務室に残り、イチカは医務室から出て行った。
医務室に残ったフレイは献身的にキラの看病を行い、額のタオルが温くなったらすぐに冷えたモノと交換し、汗も冷えたタオルで拭っていた……そうしている内にキラの呼吸は次第に落ち着いて行き、暫くすると顔の赤みも少し引いて行った。
「……此処は?」
「キラ!目が覚めたのね!?」
「フレイ?僕は……ううん、此処は何処?」
「此処はアークエンジェルの医務室よ。
貴方、大気圏突入後に高熱を出して今まで寝ていたのよ……イチカが言うには精神的なモノらしいけど、何処か具合の悪い場所はない?」
「高熱を……通りで頭がぼ~っとする訳だ。……でも、其れ以外は大丈夫かな?特に身体が痛いって事もないし、熱が下がればって所だと思う……取り敢えず、今は何か飲み物が欲しいかな?喉がカラカラだ。」
「飲み物ね、ちょっと待ってて。」
程なくしてキラは目を覚ましたのだが、熱で頭がボーっとする以外は問題がなかったようだ。
高熱による発汗で体内の水分を消費していたので飲み物を所望したが、其れはフレイが速攻で食堂に向かって、食堂の冷蔵庫からイチカがヘリオポリスで大量購入していた『モンスターエナジー』の中からトロピカルなフレーバーが特徴の『パイプラインパンチ』を持ち出すと其れをキラに渡し、キラも其れを一気に飲み干した。
其れからフレイはキラに『普通に食事は出来そうか、食欲はあるか』とイチカから聞いておくように言われていた事を思い出してキラに聞くと、キラは『普通に食事は出来ると思うし、少しお腹が減ったよ』と答えたので、フレイはそれをイチカに伝えた。
「食事は出来るし腹も減ったってか……なら、キラを一気に回復するメニュー行くぞオラァ!」
其れを聞いたイチカは鍋に水を入れて其れを火に掛けるとグリルに焼き肉用の味付けカルビを並べて火を点け、ネギを斜めの薄切りにし、ニラを適当な大きさに切って鍋の中で沸いている湯に投入し、其処におろしニンニクと豆板醤、顆粒の鶏ガラスープを加えてパンチのあるスープを作って行く。
そうしてスープが一煮立ちした所にジャーで炊きあがった米を加え、溶き卵を加えると卵が良い感じに固まったところでグリルで焼いたカルビを加え、最後にゴマを散らしてイチカ特製の『カルビクッパ』の完成だ。
ネギとニンニクとニラには滋養強壮の効果があり、カルビはエネルギーとなる脂質と身体を作るのに欠かせないタンパク質の両方を含んでおり、唐辛子の辛み成分であるカプサイシンには自律神経を整える効果もあるので、今のキラにはピッタリのメニューと言えるのである。
因みにこの流れで、本日のアークエンジェルのランチメニューは『カルビクッパセット』となったのだった。
土鍋に入ったカルビクッパをトレイに乗せたフレイが再び医務室を訪れると、其処ではキラがベッドで身体を起こしていた――より正確に言うのであれば、可動式ベッドを立てた状態にして、其処に背を預けていると言った状態である。
目を覚ましたばかりの頃と比べると幾分顔色は良くなっており少し熱が下がった様にも見える。先程飲んだモンスターエナジーが、高熱の発汗によって失われた水分とエネルギーをある程度補充してくれた事で症状が少し改善されたのだろう。
「食事、持って来てくれたんだ?良い匂いがするけど、何かな?」
「イチカ特製の、え~っと……カルビクッパって言ったかしら?私も初めて見る料理だから良く分からないけど、取り敢えず美味しそうだとは思ったわ。」
『出来れば私が作りたかったけどね』と言いながら、フレイはベッド横に備え付けられている簡易テーブルをリモコンで起動し、其処にカルビクッパ入りの土鍋を置いた。
フレイがキラに料理を作ってやる事が出来れば恋人としてベストだったのかもしれないが、フレイは何を隠そう家事スキル全般が平均以下で料理の腕は壊滅状態でありダークマター生成は標準スキルで、鍋が噴火中の活火山と化し、揚げ物は爆弾となり、フランベしようとしてボヤ騒ぎ等々の状態なのでとてもキラに料理を振る舞える状態ではなく、最近では本気でイチカに弟子入りしようかとか考えていたりするのだ。
其れは兎も角、『自分で食べられる?』と聞くと、『少し腕が重いけど、頑張ってみるよ』と答えて来たので、フレイは少し考えた後にレンゲでカルビクッパを掬うと其れをキラの口元に持って行った。
「えっと、フレイ?」
「腕、調子が悪いなら無理に動かさない方が良いでしょ?食べさせてあげる。」
「其れは……流石にちょっと恥ずかしいんだけど?」
「四の五の言わない。其れとも口移しの方が良かったとか?」
「いえ、大人しく食べさせて頂きます。」
其れは所謂『あ~ん』の状態であり、男であれば誰でも一度は美少女にやって貰いたいシチュエーション(独断と偏見)なのだが、其れが実際に目の前で起こると流石に恥ずかしかったらしく、キラも断ろうとしたのだが、フレイは其の上を行く事を言って来たので大人く食べさせて貰う事に。
とは言え腕の調子が良くなかったキラにとって此れは有り難い事であり、少し気恥ずかしかったモノのフレイに食べさせて貰いながら十分ほどでカルビクッパを完食していた――唐辛子の辛みのおかげで汗も掻けたので熱は更に下がるだろう。
「ふぅ、ごちそうさま。ありがとうフレイ。」
「お粗末様……うん、顔色も大分良くなったわね?
こう言ったら何だけど、やっぱりコーディネーターってナチュラルよりも回復が早いわね?免疫や自然治癒力も高くなるようにしてるんだろうから当然と言えば当然だけど、其れを考えたら未知のウィルスに対する耐性だってあって然りよね……地球で新型インフルエンザが流行った時にコーディネーターが罹患率0%だった事で『コーディネーターによるバイオテロ』が疑われたけど、アレは単純にコーディネーターの方がナチュラルよりも耐性があっただけの話なのよね。」
「そう言えばそんな事あったね……だけど、僕はコーディネーターがナチュラルより優れているとは思わない――だって、生まれ方は異なるとしても同じ人間である事に変わりはないんだからね。」
「フフ……アンタとイチカと出会えた事に感謝ね。
アンタ達と出会わなかったら、私はきっとずっとコーディネーターに偏見を持ったままだったと思うから……」
其処から少しばかり雑談をした後にフレイは土鍋を返す為に一度医務室を離れ、そしてまた医務室に戻って来てキラの看病に勤しんでいた――コーディネーターに偏見を持って毛嫌いしていた頃の彼女からは想像も出来ない事だが、恋は人を変えると言う事なのだろう。
そんなフレイの献身的な看病のおかげでキラは驚異的な快復を見せ、その日の夜には普通に動けるようになるのだった。
――――――
一方で同じく地球に降下したクルーゼ隊の面々はアフリカを実行支配しているザフトの地球部隊である『バルトフェルド隊』と合流していた。
バルトフェルド隊の隊長である『アンドリュー・バルトフェルド』は『砂漠の虎』の異名を持つ傑者であり部下からの信頼も厚い好漢だ――コーヒーへの拘りが人並外れており、『カフェが開けるんじゃないか?』と思う程の大量のコーヒー豆を常備しているのが少しアレだが。
「しかしまぁ、アンタが仕損じるとはらしくないなクルーゼ隊長?」
「私とて人間だ、全てが思い通りになる訳ではないよバルトフェルド隊長……とは言え、此処に降下できたのは幸運だったがね――尤も久し振りの地球の重力には些か身体がきつい部分があるのは否定出来ないが。」
「ま、暫くは休養と思ってゆっくりしていればいいさ……アンタの隊の赤服達もまだ若いからな?偶には息抜きも必要になるだろうさ。」
「ふふ、違いない。」
バルトフェルドとラウはそんな感じで話をしていたのだが、其処に副官の『マーティン・ダゴスタ』が慌てた様子でやって来た。
何事かと問うと、『連合の部隊を発見しました』との事で、バルトフェルドは宇宙に居る連合の部隊がトラブルで地球に降下して来た部隊で『落ち武者狩り』かと思ったのだが、ダゴスタは『いえ、今回は大物です』と言って来たので外に出て双眼鏡でダゴスタが示した方を見てみると、其処には一隻の白い軍艦が存在していた。
其れはアークエンジェル――宇宙よりやって来た大天使が砂漠に鎮座していたのだ。
「アレは……」
「アークエンジェル……よもや私の部隊が仕留めきれなかった連合の新造艦が此処に降下して来ているとは、なんという運命のイタズラか……とは言え、私の部下達は地球の重力に少し参っているので此処は君に任せるとしようバルトフェルド隊長。
『砂漠の虎』、そのお手並みを拝見させて貰おうか。」
「そうやって、事前にプレッシャーを掛けて来るってのは良くないと思うんだけどねぇ俺は……だが、此処でアレを叩く事が出来ればプラントにとってもプラスに働くってのは間違いないから一丁やりますか!
時にクルーゼ隊長、そのコーヒーは如何でしたかな?」
「深い焙煎で香りは素晴らしいが、同時に苦みも強くなってしまっている――此れはブラックで飲むよりもカフェオレにした方がより楽しめると思う。」
「な~るほど、参考にさせて貰いますよ。」
少しばかりラウと雑談を交わしたバルトフェルドはアークエンジェルを攻撃する為の部隊編成に取り掛かった――ザフト内でも選りすぐりのエリートが集まったクルーゼ隊が仕留めきれなかった相手ともなれば、絶対の準備をして挑むは道理と言えるだろう。
こうして、砂漠の虎は大天使に突き立てるための牙と爪を研ぎ澄ますのであった。
――――――
バルトフェルドが戦闘準備を行っている頃、全く別の一団が砂漠に降り立ったアークエンジェルの事を観察していた――其れは此の砂漠を拠点に活動しているゲリラ組織であり、『反ザフト』を掲げる一団でもあった。
その一団の中に金髪を肩までのセミロングにした少女が居た――少女名は『カガリ・ユラ・アスハ』。
ヘリオポリスでのザフトのモビルスーツ強奪事件の際にキラと共に工廠内に居て、そしてキラによって工廠外への脱出を行った少女なのだった――!
To Be Continued 
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