C.E70、二月十一日。
地球連合がプラントに宣戦布告し、プラントの農業用コロニーである『ユニウスセブン』を核攻撃した事で一気に戦争状態に突入する事になった。
連合としては核の脅威を見せ付ける事でプラントに降伏を促す狙いがあったのだが、軍事施設ではないユニウスセブンに核攻撃を行って多数の民間人が殺害された事でプラントでは地球連合への怒りの感情が高まり、プラントの軍部である『ザフト』が地球連合に報復攻撃を行い、情勢は泥沼化。
更にプラントは核の脅威を排するために地球に核を用いたエネルギー生成を阻害し、核エネルギーを用いたあらゆる機器を使用不能にしてしまう『ニュートロンジャマー』を散布し、地球圏では深刻なエネルギー危機が引き起こされ、地球連合加盟国に置ける人々の反プラント、反コーディネーター感情も高まって行き、互いに一歩も譲らない状況のまま開戦から十一ヶ月が経過した。
「あふ……少しばかり寝過ぎたか。」
C.E71、一月二十五日。
そんな世界情勢の中、中立国であるオーブの軍人である少年『イチカ・オリムラ』は目を覚ますと、日課となっている早朝トレーニングを行いオーブ軍の制服――ではなく黒のスラックスにグレーのTシャツと言うラフな服装に着替える。
本日から一週間、イチカは休暇を取っている――と言うよりも、上官から溜まりに溜まった有給休暇を消化するように言われ、半ば強制的に休暇を取らされたと言った方が正しいだろう。
着替え終わったイチカは財布やスマートフォン等の必要なモノだけを持つと軍の宿舎から出る――イチカは物心つく頃には孤児院で生活しており親は行方知れずであり、十四歳でオーブ軍に入隊したので孤児院を出て軍の宿舎で暮らしているのだ。
「オリムラ三尉、一週間の休暇を楽しんで来ると良い。十四歳と言う若さで入隊した君だ、同世代の若者達が楽しんで来た事を、この休暇で味わって来なさい。」
「トダカ三佐……俺としては休暇よりもモビルスーツのシミュレーターをやらせて貰った方が嬉しいんですけどね……ってな事を言ったら『有休が溜まりまくってるから消化して来い』って言って来たハルフォーフ一尉から、『良いから偶には遊んで来い!』って結構ガチのチョップ喰らっちまいました。」
「まぁ、軍としても所属兵士が有休を消化しないでいると言うのはあまり良い事ではないからな……特に君の様な少年兵が有休をとっていないと言うのはウズミ代表が黙ってはいないだろうからね。
其れでオリムラ三尉、この休暇はどう過ごす予定だ?」
「資源衛星の『ヘリオポリス』に行こうかと思ってます。
あそこは工業ガレッジもあって学生街も発展してるみたいなんで……軍に入隊しなかったら、俺もそこで学生をやってたかもしれないんで、学生の街ってモノを楽しむ事にしようかと思ってます……其処にハルフォーフ一尉から頼まれたアニメのDVDが売ってるかどうかは分かりませんけど。」
「休暇を取った部下に一体何を頼んでいるんだ彼女は……」
宿舎から出たイチカは上官であるトダカと会い、少しばかり雑談を交わす。
トダカはオーブ軍の中でもいち早くイチカの才能を見抜き、其の力は将来必ずオーブを守るために必要になると考えて、通常の訓練に加えて個人的に剣術や無手の格闘、銃器の使い方を仕込んだ、イチカにとっては上官であるだけでなく師匠とも言える人物である。
「其れは兎も角として、私の娘もヘリオポリスの工業ガレッジに通っているんだが、その娘から最近学生街にとても美味しいラーメンの店が出来たと聞いてね……興味があれば食べて来ると良い。」
「ラーメンか……それじゃあその店の一番人気のラーメン注文して味覚えて来ます。でもって、軍や軍艦の食堂のメニューに追加しちまいましょう。」
「……君は、軍人よりも料理人の方が向いているのではないか?」
「良く言われま~す。それじゃあ、俺はそろそろ行きますね?ヘリオポリス行きのシャトルの時間があるんで。」
「あぁ、行って来なさい。」
トダカとの雑談を終えたイチカはヘリオポリス行きのシャトルに乗り込みヘリオポリスへと向かって行った。
こうして上官であるクラリッサ・ハルフォーフによって半ば強制的に有給休暇を消化する事になったイチカだったのだが、休暇の初日を過ごす場所に選んだヘリオポリスにて自身の運命を一変させる出来事が起こるとは、この時は予想すらしていなかった。
機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE1
『偽りの平和が終わる日――運命の始まり』
シャトルに乗り込んでから数時間後、イチカはヘリオポリスに到着していた――それと同時にスマートフォンにメールが入っていた。
「メール……送り主はタバネさん?
え~っと、『ヤッホ~、元気かいイッ君?今日から一週間有休を消化する為に休暇になったんだってね?偶には汗と火薬の匂いから解放されて青春を其の身で存分に謳歌したまえワッハッハ!』か……何で俺が休暇になったのを知ってんだあの人は?
いや……教えてもいないのに俺のスマホのメールアドレス知ってる時点で突っ込むだけ無駄か。」
メールの送り主は『タバネ・シノノノ』。
イチカがタバネと会ったのは孤児院で暮らしてた頃に片手の指で数える位なのだが、タバネは『頭にうさ耳型の謎の機械を装着して胸元が大きく開いたエプロンドレスを着用』と言う中々にぶっ飛んだ服装だったので、イチカの記憶には強烈に焼き付いていた。
そしてタバネもタバネでイチカの事を気に入ったらしく、イチカがスマートフォンを手に入れてからは何処から電話番号やメールアドレスを入手したのか、こうして連絡を入れて来る事も少なくなかった。
イチカも何故自分の連絡先を知っているのか気になって聞いた事があったのだが、『それは秘密♡』とはぐらかされてしまった……取り敢えず、タバネには通信会社各社が設定したセキュリティ程度はあまり意味がないのは間違いないだろう。
普通ならばタバネの事をブロックユーザーに設定するところだがイチカには其れをする気はなかった。
タバネが色々とぶっ飛んでいるのは間違いないのだが、孤児院で数回会った時に自分の事を慈愛に満ちた目で見て来たタバネの事が忘れらず、少しばかり『ヤバい』とは思っても拒絶する事は出来なかったのだ。
「取り敢えず『タバネさん、アンタ見ているな!』っと返信だな。」
タバネに返信したイチカはヘリオポリスの学生街へと繰り出し、早速トダカから教えて貰ったラーメン屋に入ると、店の一押しで客の人気もダントツである『ホット塩豚骨ラーメン』の『激辛』をランチメニューである『ギョウチャーセット(ラーメン+餃子&半炒飯)』でオーダーし、ラーメンは大盛り、炒飯は並盛で頼んでいた。
そのランチを、特にラーメンの味は己の遺伝子に焼き付ける気持ちで舌で覚えたイチカは、このラーメンは必ず食堂のメニューに加えると心に決めていた……オーブ軍でもトップクラスの戦闘力を持つイチカだが、趣味である料理の腕前も食堂の料理人達が舌を巻くほどのレベルなのだ――十歳になった頃から、孤児院の台所に立って料理をしていたと言うのもあるだろうが。
ランチを終えたイチカは学生街にあるゲームセンターで格闘ゲームやシューティングゲームでランキングの一位を更新し、『アニメイト・ヘリオポリス店』でクラリッサから頼まれたアニメのDVDを購入して着払いでクラリッサ宛てに発送し、其の後はヘリオポリス内を適当に散策していたのだが……
「此れは、工廠か?なんだってこんなモノがヘリオポリスに?」
学生街から少し離れた場所を散策している際に工廠を見つけた。
中立国であるオーブだが、だからと言って他国から攻撃される事は無いかと問われれば其れは否なので、軍事兵器を開発する工廠を有している事自体は当たり前と言えるのだが、資源衛星であるヘリオポリスに工廠を構えていると言うのは些か解せない事でもあった。
資源衛星なので軍事兵器の資源をすぐに使う事が出来ると考えれば不自然ではないが、ヘリオポリスは単純な資源衛星ではなく、工業ガレッジが存在し、其処に通う学生達が暮らす『学生コロニー』の側面も持ち合わせているので、其処に軍事兵器開発の工廠が存在していると言うのは普通では考えられない事なのだ……軍事工廠は戦争になれば真っ先に狙われる場所なのだから。
「極秘の工廠って事か?」
其れが気になったイチカは工廠へと足を進め、そして工廠内に入ったのだが、其処には驚くべきモノが存在していた。
「此れは……モビルスーツ!」
工廠内にあったのは六機のモビルスーツだった。
モビルスーツは数で劣るザフトが、連合の主力であったモビルアーマーを圧倒する為に生み出した人型の兵器であり、その性能は数の差をひっくり返す程に強力なモノであった。
モビルスーツが実戦投入された当初、連合はモビルスーツとモビルアーマーの戦力比を1:2と予測していたのだが、実際の戦力比は1:5と言う圧倒的なモノであり、其れを知った連合がモビルスーツの開発を急いでいると言う話はイチカも知っていた――だがそのモビルスーツが、ヘリオポリスの極秘工廠で開発されて居るとは思わなかった。
「中立国のオーブが連合のモビルスーツを開発してる?……否、連合に無理矢理開発を押し付けられたのか?」
中立国であるオーブが連合のモビルスーツの開発を行っていた事を疑問に思うイチカだったが、オーブは連合のモビルスーツの開発を行いながら、平行してオーブ軍に配備するモビルスーツの開発も極秘に行っていたのだ。
オーブ軍に配備するモビルスーツには、連合のモビルスーツの開発で培ったノウハウも反映されていると言うのだから中々に強かであると言えるだろう――逆に言えばその強かさがなければ中立国として生きる事は出来ないのかも知れないが。
――バッガカァァァァァァン!!
そんな中、突如工廠内で爆発が起き、イチカはその爆発の衝撃で吹き飛ばされたが、空中で受け身を取ると其のまま着地して何が起こったのかを確認すべく辺りを見渡し、そして視界に入って来たのは四機のモビルスーツに乗り込んだ赤いパイロットスーツを纏った三人の男と一人の女だった。
「アイツ等はザフトの赤服?……ザフトの連中が、連合のモビルスーツを奪いに来たのか!」
其れを見たイチカは休暇モードから軍人モードに切り替え、この突然に事態にどうやって対処するかを考える。
休暇中だったので武器は携帯しておらず、そもそもにしてモビルスーツを相手にして生身で挑むのは自殺行為に他ならない――工廠から脱出しようにも周囲は瓦礫に囲まれており、火の手も上がって脱出路は皆無。
『さて如何したモノか』、と考えたイチカの目に映ったのは強奪されていない一機のモビルスーツだった。
「休暇で訪れたコロニーでテロに巻き込まれて死ぬなんてのは真っ平御免だからな……悪いがお前の力を貸して貰うぜ!」
イチカはそのモビルスーツに乗り込むと即座に起動する。
――ピピ!
・General
・Unilateral
・Neurolink
・Dispersive
・Autonomic
・Maneuver Synthesis System
G・U・N・D・A・M
「……ガンダム?」
起動画面を見たイチカは、OSの頭文字が並んだ文字列を『ガンダム』と読んだ――のだが、直後にタバネからメールが入り、『其の機体の名前はガンダムじゃなくてビャクシキって言うんだよ♪オーブが自軍のモビルスーツの試作機として開発した一機で、完成したらイッ君に渡される予定だったんだって』と書かれていた。
「だからアンタは何処で見てんだよ……つか、なんだって軍の内部事情まで知ってんだっての?……タバネさんだからだよな、うん。
ビャクシキ……其れがお前の名前か。
本来とは違う形で出会っちまったけど、使わせて貰うぜお前の力!」
ビャクシキは起動するとツインアイがスカイブルーに輝き、PS装甲が起動してグレーだった機体がボディ部分が黒、其れ以外の部分が白に変わって行く。
「搭載されてる武器はビームサーベルとビームライフル……モビルスーツ用のビーム兵器って完成してたのか!?
しかもビームサーベルは双刃式か……良いねぇ、こう言う尖った武器は俺好みだぜ!……それじゃあ、折角の休暇を潰してくれたザフトの皆さんに憂さ晴らし&八つ当たりをするとしますか!
っと……此れは使えそうだな。」
ビャクシキを起動したイチカは工廠から脱出する直前に、工廠内に残されていたバズーカの様な武器を見付け、『使えそうだな』と思って持って行く事にした。
此れは本来ならば強奪されたモビルスーツの一機である『デュエル』用の武器だったのだが、ザフト兵はモビルスーツの強奪に重点を置いていたので見逃してしまったのだろう……結果としてビャクシキは新たな武装を手にする事が出来た訳だが。
そのバズーカ、『350mmレールバズーカ ゲイボルグ』で工廠の壁を破壊して外に出ると、強奪された四機は既に離脱しており、代わりにザフト製の量産型モビルスーツ『ジン』が待ち構えていた。
連合の抵抗を想定して配備されたのだろうが、其れを見たイチカの顔が獰猛に歪む。
「アンタ等ザフトにとって連合が開発した新型モビルスーツは脅威になるから配備される前に奪っちまえって考えは理解出来なくもないが、だからと言って民間人が暮らすコロニーを襲撃するのは如何かと思うぜ俺は?
特にオーブのコロニーにはナチュラルだけじゃなく、アンタ等にとっては同胞であるコーディネーターも暮らしてるんだしよ……って、言ったところで仕方ないか。
だが、此処はオーブのコロニーで俺はオーブの軍人だ……軍人は民間人を守る義務があるんでな、俺もコーディネーターだけど、同じコーディネーターであるアンタ達に刃を向けさせて貰うぜ?
そもそも、人様の領域に土足で踏み込んで来たのはそっちなんだ……討たれても文句は言えないと思うけどな!」
迫りくる数機のジンに対してゲイボルグを放って牽制すると、ビャクシキは双刃式ビームサーベル『雪片』を展開してジンに斬り込んで行った。
――――――
イチカがビャクシキを起動した頃、工廠内での別の場所では、工業カレッジの学生であるキラ・ヤマトもまたザフトによるモビルスーツの強奪現場に遭遇していた。
避難場所を探していたキラは逃げ遅れた少女を追ってこの工廠に迷い込み、其処で未だ強奪されていなかった二機のモビルスーツを発見した――其れを見た少女は『お父様の裏切り者ーーーー!!』と絶叫していたが、キラはなんと彼女をなだめて工廠外に脱出させたモノのキラ自身が行く場をなくしてしまっていた。
「其処の君、こっちよ!」
行く場をなくして絶体絶命となっていたキラを救ったのは、その場に居合わせた連合の士官である『マリュー・ラミアス』だった。
彼女は残されていた二機のモビルスーツの内の一体である『ストライク』にキラを案内しようとする――イチカがそうしたように、彼女もまたストライクを使ってこの場を脱出しようとしたのだ。
――パン!パァァァン!!
だが、キラとマリューがストライクに乗り込もうとした直前に鳴り響いた銃声。
銃弾が二人を貫く事は無かったが、銃声のした方を振り返ると、其処にはパイロットスーツに身を包んだザフト軍兵士の姿があった――今のは威嚇射撃であり、言外に『其の機体から離れろ』と言う意味合いがあったのだが……
「アス……ラン?」
「お前はキラ……キラ・ヤマト、なのか?」
その威嚇射撃を行ったザフト軍兵士は、キラの幼馴染であり親友だった『アスラン・ザラ』だったのだ。
キラもアスランも数年振りとなる再会が、まさか戦場になるとは思っても居なかっただろう――この世に神が存在しているとしたら、神とは途轍もないサディストであるのかも知れない。
戦場での親友との再会――キラもザフトの軍人だったのならば、『期せずして訪れた旧友との共同戦線』となっていただろうが、キラはヘリオポリスの学生でアスランはザフトの軍人と言う決定的な立場の違いがあるのだ。
こうして戦火の中で再会したキラとアスランは、此れを皮切りに壮絶な戦いにその身を投じる事になるのだった。
同時に此の日は、イチカ、キラ、アスランの運命が大きく動いた日でもあったのだった――
To Be Continued 
補足説明
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