時は二月三日。つまり節分である。
節分と言えば豆撒きだ。節分の日には全国各地の寺での豆撒きが行われ、その豆撒きには著名人が参加する事でも知られている――今年の節分も、例年に漏れずに多数の著名人が参加した様だ。
特に有名な成田山の新勝寺の豆撒きには、毎年力士が参加するのだが、今年参加したのは御嶽海、遠藤、高安と言った人気力士だった……御嶽海以外は平幕なのだが、絶大な人気があるので新勝寺としても招いた方が良かったのだろう。
そして、人気者による豆撒きはIS学園でも行われていた。
「「「「「「鬼はー外!!」」」」」」
豆撒きのお馴染みのセリフを言いながら、学園のグラウンドに設置された『節分特設壇上』から豆撒きをしているのは、陣羽織を着込んだ我等が主人公である一夏と、その嫁ズだ。
一夏の陣羽織姿は実に凛々しいが、嫁ズの陣羽織姿も艶やかで色っぽさを感じさせる……陣羽織は、本来男性が着るモノなのだが、其れを極上の美女が纏った時には絶妙な化学反応を起こして、逆に纏った女性の魅力を引き出すモノだった様である。
刀奈は蒼、ヴィシュヌはダークグリーン、ロランはライトグレー、グリフィンはスカイブルー、クラリッサは黒と、髪色と同じ陣羽織だったと言うのが更にその魅力を高めて居ると言えるだろう。
この豆撒きは、夏姫が生徒会の企画として放課後に行ったモノだったのだが、生徒からは好評だった――と言うのも、一夏と嫁ズが撒いたのは、鬼打ち豆だけでなく、お菓子も混じっていたからだ。
チロルチョコやベビースターラーメンと言った小型のお菓子ではあるが、だからこそ撒き易い上に比較的安値で其れなりの量を確保出来ると言う訳だ……中には『よっちゃんイカ』みたいな、現役JKには基本的に喜ばれないようなモノも混じっていたりするのだが、此れは恐らく夏姫のお遊びだろう。大量に余ったら余ったで、其の時は千冬を始めとした酒豪の教師陣につまみとして提供すれば良い位は考えていそうである。
『其れでは最後に、皆の今年一年の無病息災を祈念して、一夏君、刀奈君、ヴィシュヌ君、ロラン君、グリフィン君、クラリッサ氏に、この巨大な鬼の像を豆で倒して頂きましょう!』
夏姫のアナウンスで豆撒きの最後に現れたのは、身長250cm程の鬼の像――とは言っても、素材は厚紙で、足元に重りも付いていない、強い衝撃を受けたら簡単に倒れてしまうモノなのだが、『鬼を倒す』と言うコンセプトにはピッタリだと言えるだろう。
其れを見た一夏達は升に手を突っ込んで豆を握り締めると……
「「「「「「鬼は……外ぉぉぉぉ!!!」」」」」」
思い切り厚紙製の鬼に向かって投げ付けた!!そして、厚紙製の鬼は豆が着弾すると同時に上半身が木っ端微塵の爆裂四散!!ナムアミダブツ!!!
鬼の像に使われた厚紙はボール紙であり、無改造のエアガンの弾を止めるだけの強度があるのだが、其れを豆で木っ端微塵にするとは……恐らく一人だけならば耐える事が出来たのかも知れないが、超威力の豆が六人分一気にぶち当たった事でショットガンの如き破壊力となったのだろう、恐るべし一夏と嫁ズ!
だが、此の豪快な鬼ぶっ壊しが逆にウケたのか、イベントは大盛り上がりの内に終了した。
そしてその日の夕食、節分と言えば恵方巻なのだが、『恵方巻を無言で食べるとかホラーだろ』との理由で、一夏の部屋に集まっての『手巻き寿司パーティ』となったのだった。
因みに手巻き寿司の具材は、生魚や貝割れ菜と言った定番のモノだけでなく、カニカマや子持ちシシャモの天婦羅、細切りにしたチャーシュー、カルビ焼き肉、スティックチキンと言ったモノもあった。
マグロよりもサーモンの方が多かったのは、『サーモンの方がマグロよりも単価が安いから』との事だった……まぁ、マグロの赤身とサーモンでも単価は赤身の方が高いし、此れがトロとなれば中トロで凡そ三倍、大トロだと六倍位になるからな。
夏と刀と無限の空 Episode80
『Maiden's Holy War, whose name is Valentine's Day』
節分から十日後の二月十三日。
日曜日の此の日、刀奈、ヴィシュヌ、ロラン、グリフィン、クラリッサの五名、要するに一夏の嫁ズは家庭科室に集合していた。何故かって?明日は二月十四日、乙女の聖戦とも言える『バレンタインデー』だからである!
お菓子業界の陰謀とか何とか言われているイベントであるが、恋する乙女にとってはそんな外野の声なんぞ知った事ではない!
チョコレート共に意中の相手に告白するのも良し、既に相手が居るのであれば存分に己の愛を込めたチョコレートをプレゼントしてその仲をより深くするも良し、所謂『腐れ縁』な相手にイタズラ仕込んだチョコレートを渡して馬鹿やって笑いあうのも良いだろう。
何にしても、バレンタインデーと言うのは乙女にとって大事な日なのである!
IS学園は男子二人の女子の園なので、バレンタインデーとは無関係に思えるかも知れないが、本土に彼氏が居る生徒は一定数存在するし、隔絶された女子の園と言う事で百合カップルになる生徒も少なくないので、バレンタインデーは無関係ではないのだ!
本土に彼氏が居る生徒は外出許可を取って本土に渡って、バレンタインイブデートをしてたりする訳だ。
で、家庭科室に集まった五人は、IS学園にて学園の生徒の彼氏が居ると言うめっちゃレアな存在であるのだが、なればこそ彼女達は一夏に最高のバレンタインチョコをプレゼントすべく、家庭科室に集まったのである。
「それじゃあ、早速始めるわよ?」
「「「「お願いします、先生!!」」」」
ヴィシュヌ、ロラン、グリフィン、クラリッサは初めてとなる恋人へのバレンタインのプレゼントであり、一夏のチョコレートの好みは分からなかったのだが、刀奈と言う最高の先生が居れば話は別だ。
刀奈は三年前から一夏と交際しているので、既に三度のバレンタインを経験して、一夏のチョコレートの好みを略把握しているのだ!
普通なら、そのアドバンテージを活かして、自分だけが一夏好みのチョコレートを作る所だが、其れは嫁協定に違反する事なので、刀奈は一夏の好みを他の四人にも教える気が満々なのだ――其れに、折角のプレゼントなのだから、全員で一夏の好みのチョコレートをプレゼントしたいと思っているのである。実に素晴らしい事であると言っても罰は当たらないだろう。
「一夏は私達がプレゼントしたモノなら、余程のゲテモノでない限りは『美味しい』って言ってくれるでしょうけど、其れでもやっぱり一夏の好きなモノをプレゼントしたいわよね?
だから、先ずは一夏の好みなんだけど、一夏が一番好きなチョコレートは、定番な所ではあるけどトリュフチョコよ。あと、ちょっと変化球な和風のチョコレートも好きだったりするわ。純粋なチョコレート以外だとチョコムースや、チョコレートチーズケーキってところかしら?
其れから、トリュフとかの場合はチョコレートの中に何か入ってる方が好きみたい。ナッツとかレーズンとかね。好みのトップ3は、オレンジピール、ヘーゼルナッツ、塩キャラメルよ♪」
「流石は三年と言うアドバンテージは大きいね刀奈……だが、其れだけの情報があれば一夏好みのチョコレートが作れそうだ。
此れまでは九十九人の百合から貰うだけだったら私が、バレンタインのプレゼントを作る側になるとは思いもしなかったが……愛する相手の為にチョコレートを作ると言うのが、此れほどワクワクするとは思わなかったよ。」
「此れは、是が非でも一夏に喜んでもらえるチョコレートを作らなければなりませんね……バレンタインで、更に私達の仲を深いモノにしましょう!其れこそ、地球のマントルを貫く位に深いモノに!」
「マントルぶち抜くって、其れは確かに深いけど……でも、折角のバレンタインデーなんだから、一夏には最高のプレゼントをしたいよね!」
「バレンタインの最高のプレゼント……全裸になって身体にリボンを巻き付けて、溶かしたチョコレートを身体の色んな所に垂らせば良いのだったかな?前に、そんなシーンをコミックで見た記憶が……」
「クラリッサ、其れは大分間違ってるからまかり間違っても真似しちゃダメよ?其れに、溶かしたチョコレートってめっちゃ熱いから、リアルで其れやったら痕が残る位の火傷になるからね?」
「そうだったのか……忠告、感謝する。」
クラリッサが間違ったオタク知識を披露してくれたが、其れは刀奈が間違いを指摘して事無きを得た……現実に、溶かしたチョコレートを肌に垂らしたら大火傷は免れないからね。下手すりゃ垂らしたチョコレートが肌の上で固まって張り付いて、火傷の痕が残るレベルの大火傷をし兼ねない訳なのだから……そんなエロ展開はフィクションの世界だけであると言う事を忘れてはならない。
其処からは、嫁ズのチョコレート作りがデュエルスタート!!
プレゼントの内容が被らないように相談した結果、刀奈は少し変化球で、塩キャラメルを練り込んだチョコレートムースの表面に砂糖を塗し、其処にラム酒を垂らしてフランベした『チョコレートブリュレ』、ヴィシュヌは甘味にグラニュー糖ではなく黒砂糖を使い、ミルクの代わりに豆乳を使用してほうじ茶パウダーを塗した『和風トリュフ』、ロランは抹茶味のトリュフの中に小豆を入れ、ココアパウダーの代わりに黄な粉を塗した『抹茶トリュフ』、グリフィンは甘さ控えめのトリュフを細かく砕いたヘーゼルナッツ、カシューナッツ、アーモンドで表面をコーティングした『ナッツビタートリュフ』、クラリッサは湯煎したチョコレートを大きな型に入れてチョコ塊を作ると、其のチョコ塊を彫刻刀とデザインナイフを使って一夏と嫁ズの形に彫り上げ、『一夏と嫁ズのチョコ人形』を作り上げてターンエンド……クラリッサは、若干技術の無駄遣いと言えなくも無いのだが、愛する一夏の為に全力を尽くしたのだから、無粋な突っ込みを入れるべきではないだろうう。
序に言うと、クラリッサはチョコ塊を作る過程で、湯煎したチョコレートに、フードプロセッサーで細かく粉砕したオレンジピールとヘーゼルナッツと塩キャラメルを練り込んで居るのだから、刀奈のアドナイスはバッチリ生かされていると言えるだろう。
一夏へのバレンタインプレゼントを見事に完成させた嫁ズは、全員が『やり切った仕事人』の顔をしていた。
――――――
「千冬姉、本気なんだな?」
「あぁ、勿論本気だ一夏……私に、チョコレートの作り方を教えてくれ!!」
同じ頃、千冬は一夏にチョコレートの作り方を教えてくれと頼みこんでいた!!
稼津斗と交際するようになってから三年が経った千冬だが、此れまでバレンタインデーには既製品のチョコレートしかプレゼントして居なかったので、今年こそはと一念発起して手造りチョコレートのプレゼントに踏み切ったのだ。実に思い切った決断であると言えるだろう。
とは言え千冬の家事スキルは、最近は大分改善されて来たとは言ってもマダマダ素人に毛が生えた程度のレベルであるので、主夫力が限界突破のレベチと言っても過言ではない一夏にヘルプを頼んでも仕方あるまい。寧ろ一人でやったら、ダークマター生成一直線間違いなしなのだから。
世界最強のブリュンヒルデと持て囃されても、千冬だって二十代のピチピチの乙女であり、その相手は年下でバリバリ現役の格闘家で、自分よりも強い男なので、惚れるなってのが無理な話だ。
そして、心から惚れた相手だからこそ最高のプレゼントをしたいと言うのは当然の思考であると言えるだろう。千冬さん、意外と乙女思考であるみたいだ。
「分かった……けどさぁ千冬姉、カヅさんに手作りチョコプレゼントするのは良いとして、あの人今日本に居るのか?俺の記憶が正しけりゃ、出会ってから三年の間に日本に居た日数って合計で三ヶ月位しかなかったと思うんだけど。」
「たまにフラ~っと日本に帰って来たかと思うと、また直ぐ海外に行ってしまっていたからな……『俺より強い奴に会いに行く奴』と言うのは、あぁ言うモノなんだろう?
我ながら何とも難儀な相手に惚れたモノだと思うが、『バレンタインは日本に帰って来い』と連絡を入れたし、アイツも『勿論その心算だ。話したい事もあったから。』と言っていたので少なくとも明日は日本に居る筈だ……問題は、アイツが普通の方法で日本に帰って来るかと言う事だがな。飛行機や船を使って帰って来た数が、両手の指で足りるぞ。」
『俺より強い奴に会いに行く奴の彼女』と言うのも中々大変であるみたいであるが、一年で数える程しか会う事が無くとも互いに気持ちが切れていないのだから、本物の愛が其処にはあるのだろう。
……心配している事が、『普通に日本に帰って来るか。』と言うのは致し方あるまい。なんたって稼津斗は臨海学校の際に、アメリカから日本まで海面を無敵移動技で滑って帰国すると言う人外っぷりを見せてくれただけでなく、銀の福音暴走時には、IS無しでの空中飛行なんてモノまでやってのけたのだから……若しかしたら其の内生身で深海や宇宙空間に進出してしまうのではないかと思っても罰は当たるまいな。
「最強の人類って千冬姉や束さんだと思ってたけど、カヅさんは其の更に上を行ってるからなぁ……凄腕のスナイパーにライフルで狙撃されたとしても、其れを避けるか弾丸掴み取る位はやりそうな気がする。」
「まぁ、アイツならば可能だろう。んん、其れよりも時間は有限だから、早速教えてくれないか一夏!!」
「だな。
でもな千冬姉、俺は料理に関しては他の事以上に妥協ってモノが出来ねぇから、その辺覚悟しといてくれよ?今の千冬姉のレベルで作れる最高のモノを作り上げるからその心算で……料理に関して、俺のコーチはスパルタたからな?」
「ふ、元より望む所だ……曲がりなりにも、嘗ては世界最強と謳われたのだ、お前のスパルタ指導を越えて、カヅに今の私が作れる最高のチョコレートをプレゼントしてやろうではないか!!」
「よっしゃ、その意気だぜ千冬姉!!」
さて、そんな訳で一夏のコーチの下で始まった千冬のチョコレート作り!
流石にチョコレートを湯煎する際に、チョコレートに沸騰した熱湯をぶっ掛ける何て言うお約束はかまさなかったが、湯煎する際のお湯の温度が高過ぎてチョコレートが分離してしまったり、逆に温度が足りずに巧く溶けなかったりと矢張り悪戦苦闘していた……其れでも、料理を始めたばかりの千冬だったらもっと酷い有様となっていただろう。最悪、チョコレートを溶かす為にガスバーナーとか持ち出してきそうだからね。
「時に千冬姉、此の多種多様な洋酒は何?」
「トリュフは洋酒の風味があった方が旨いだろう?
取り敢えずカヅが好きな洋酒を全部揃えてみたのだ……ドレがトリュフに適してるのか全く分からんが、酒ならばなんでも行けるクチだから大丈夫だろう多分。」
「そうかも知れないけど、今回はラムとブランデーに限定しような?
最近じゃビール入りのチョコとか、ジン入りなんてのもあるけど、そう言うのを手作りトリュフに混ぜ込むのは難易度が高いどころの話じゃないから、洋菓子に使われる酒としてはポピュラーな部類であるラムとブランデーだけにしておこう。カヅさんに劇物渡したくはないだろ?」
「む……其れは確かにそうだな。では、今回はラムとブランデーにしておくか。」
最近は、ウィスキーボンボンならぬ、日本酒ボンボンなんてモノもあるらしいが、果たして旨いのか如何なのかちょっと謎である。日本酒とチョコレートと言うのは、変な味の化学反応を起こしそうな気がするが、消えずに存在していると言う事は其れなりに需要があると言う事なのだろうな多分。
その後も、千冬のチョコレート作りは続き、湯煎したチョコレートに混ぜる生クリームや洋酒の分量を間違えてしまったり、ココアパウダーをふるいに掛けずに直接トリュフにぶっ掛けると言う失敗をしながらも、日が沈む頃には何とか完成させる事が出来た。
千冬が悪戦苦闘して作り上げたのは、ラムの爽やかな香りが引き立つホワイトチョコのトリュフと、ブランデーの渋めな香りが食欲をそそるビターチョコのトリュフだ!
大きさも不揃いで、決して見た目が良いとは言えないが、味に関しては試食した一夏が、『今の千冬姉の腕なら充分に合格レベル』との評価を下したので、『メッチャ美味しいと言う訳ではないが、普通に食べる事が出来るレベル』と言うのは間違い無いだろう。
詰まるところは平均レベルと言う事なのだが、其処はまぁ恋人補正と言うモノも入るだろうから、稼津斗からの評価は一夏からの評価よりはもっと上になるのだろうと思われるがな。……そもそもにして、恋人が自分の為に愛情を込めて作ってくれたモノを『不味い』と言う奴なんぞ存在しないだろう。一般人の舌には不味いと感じるモノであっても、其処に真の愛があるのであれば、愛の力で『旨い』と感じてしまうモノなのだ。『愛情とは最高のスパイスである』とは良く言ったモノである。
「ふふ、やり切ったか……燃え尽きたよ、真っ白だよ……」
「千冬姉、燃え尽きるのはまだ早いから。つーか、カヅさんに渡す前に燃え尽きるとか本末転倒どころの話じゃねぇから、取り敢えず復帰してくれ。
モンエナ飲む?其れとも、デカビタの方が良い?」
「リアルゴールドを頼む。」
稼津斗へのバレンタインチョコを完成させた千冬は持てる全ての力を出し切った事で、若干最終回状態だったのだが、一夏が自販機で買って来たリアルゴールドを口に流し込むと速攻で復活した!
この様子を動画にしたら、其のままCMに使えるのではないかと言う位に、『ファイト一発!』、『元気百倍!アンパ○マン!!』、『戻った……戻ったぞー!ありがとよドラゴン○ール』ってな感じでエネルギーを取り戻した千冬の肉体は、矢張り色々バグっているのかも知れない。エナジードリンク一本で、最終回状態から復帰するとか普通は有り得んからね。
因みに、千冬が大量に錬成してしまった失敗作に関しては、一夏が再錬成した上で本音に全て丸投げした。
本来ならば失敗作を人に押し付けると言うのは如何かと思うのだが、一夏が再錬成した事でそのチョコレートは市販品に負けず劣らずの味になっているので問題なしだ。そして、其れだけのチョコレートを食べたらカロリー注意報なのだが、本音は摂取カロリーが睡眠によって消化されるだけでなく、余ったカロリーは全て胸に行くので問題なしであるのだ……世の女性、特に中華風貧乳娘が聞いたらブチ切れる事間違いないわな。
尚、円夏は手作りは最初から諦めて、出来るだけ高級なチョコレートを本土のデパートで探していた……ま、此れもまた一つのバレンタインのプレゼントの形と言えるのかも知れない。無理に手作りしないで安定の既製品をプレゼントすると言うのは、絶対に事故らないと言えるのだからね。
「静寐は大人っぽいから、此れが良いか?」
そんな円夏が選んだのは、バラエティに富んだ一口大のチョコレートのセットだった。
定番のトリュフだけでなく、ストロベリー味やキャラメル入り、プラリネ入りと種類も豊富で、貰った側も楽しめそうなモノなので、きっと静寐も満足するだろうね――其の静寐は、絶賛自室で円夏へのバレンタインプレゼントを作ってる訳だが……ま、お互いに相手の事を思って頑張っているのは良い事であろう。
――――――
そして翌日!バレンタインデー当日の二月十四日!乙女の聖戦!Maiden's Holy Warの開幕だ!
今日も今日とて、ハードトレーニングなんてモノを遥かに凌駕した内容の朝トレーニングを終え、嫁ズと共に朝食を摂り、そして登校した一夏にはクラスに入る前からバレンタインの攻勢がやって来た!!
「おっはよー一夏!はい此れ、バレンタインのプレゼント!!友チョコって奴だけどね♪」
「一夏、はい此れバレンタインのプレゼント。友チョコだけど、アイドルからバレンタインのチョコレートを貰うなんて滅多にない事だから、有難く思いなさいよ?」
「そう言いながら、昨日は私以上に張り切ってたよねファニール?」
「ちょ、余計な事言わないでよオニール!」
先ずやって来たのは、乱とコメット姉妹の年下組!義理チョコではなく、友チョコと言う辺りに一夏との関係が上辺だけの物ではないと言うのが垣間見える……一夏は乱とコメット姉妹の事を、『最も気を許せる異性の友人』と思っているのだが、其れは乱とコメット姉妹も同じだったらしい。……ファニールは、何やら張り切っていたようだが、其れを知られたくないとか可愛いか?子供故に、好きを巧く表現出来ないと言うのは可愛い事この上ない!そして、此れこそがホントのツンデレである!
「おう、ありがとな三人とも!ホワイトデーにはちゃんとお返しするから楽しみにしていてくれ。」
「ふふ、期待しないで待ってるわ♪」
「良い?有難く食べるのよ!!」
「えへへ、其れじゃあまたお昼にでもねお兄ちゃん♪」
『最も気を許せる異性の友人』と言うよりは、乱とコメット姉妹が年下のせいで若干『妹』的な部分が有るのが否定出来ないが、一夏も乱もコメット姉妹も今の此の関係を気に入っているので問題はあるまいな。……円夏がブラコンで百合と言う強烈過ぎる個性を持っているので、そう言った強烈過ぎるモノを持っていない乱とコメット姉妹は一夏にとって極々普通の年下の女の子でもあるのだろう。
一夏は一夫多妻、円夏は百合ップル……普通の恋愛してるのが千冬だけな織斑家。尤も千冬の場合は、恋愛の形としてはノーマルだが、其の相手と己自身がメチャ人間辞めてる訳ですがな。否、一夏と嫁ズも大分人間辞めてる部類に入って来てはいるけれども。
「ウィーッス、おはようっす一夏!此れ、アタシとレインからのバレンタインのプレゼントっす!本命じゃないから、嫁さん達に遠慮せずに貰ってくれるっすかね?」
「フォルテ、お前にはレイン先輩が居るから本命じゃないのは分かってるから……ま、有り難く貰っとく。」
続いてはフォルテ。レインからのも一緒に持って来たのは、『学年一緒なんだし、クラスも近いんだから渡しといてくれ』と頼まれたのだろう。
フォルテとレインは、一夏チームのサブレギュラーと言った感じで、放課後のトレーニングもスポット参戦が多いのだが、フォルテはあの対抗戦以降、何か意識が変わったのか最近ではレインと共に良くトレーニングに参加するようになっており、一夏達とも以前より親しくなっているのようだ。少なくとも友チョコを渡す位には。
因みにだが、一夏の護衛であるオータムも其れなりのチョコレートを生徒から渡されていたりする。姉御肌で面倒見の良い彼女のファンは、一定数存在しているので此れもまた当然と言えば当然だろう……尤もプレゼントされたチョコレートが何れも『ウィスキーボンボン』や『ラムレーズン入り』、『生チョコ(オレンジブランデー)』と言うのがどんなイメージを持たれているのか良く分かると言う感じだが。
「お義兄さん、此れお納め下さい。」
「鷹月さん、若干キャラが崩壊してるぞ?」
四組の教室に入ると、まず最初にチョコレートを渡して来たのは静寐だ。既に円夏には渡し、円夏からも貰った様だが其れとは別に一夏へのバレンタインのプレゼントも用意していたらしい。……未来の義妹になる身としては、未来の義兄にプレゼントしないと言う選択肢は存在しなかったのだろうが、大分静寐も染まって来ている感が拭えない。ホントに如何してこうなったのか……千冬が円夏に『いっそ同性でも構わないから相手を見付けろ』って言ったのがそもそもの原因だろう――嘗て世界最強と謳われた女傑は、一人の少女の人生を若干狂わせてしまったようである。円夏も静寐も幸せそうだから問題ないが。
そして其れを皮切りに、クラスメイト達が次々に一夏にバレンタインのプレゼントを贈呈して行く!嫁ズの事は皆分かっているので本命はなく、そしてこうなるであろう事を見越してか、プレゼント一つ一つは小さめなのだが如何せん数が多い!
一番大きなモノであっても精々、『パイの実』程度の大きさとは言え塵も積もれば山となり、山が積もればもうお終い!大凡通学鞄に収納出来る量ではない!拡張領域にぶち込むと言う最終奥義が残されているとは言え、まさかのクラスメイト略全員からと言うのは一夏も初めての経験なので若干驚いてしまった。
まぁ、一夏の場合は中学時代もクラスの女子全員からバレンタインのプレゼントを貰った事があるのだが、中学時代はクラスの半分は男子だったため、本当の意味でクラス略全員からバレンタインのプレゼントを貰うってのは初めてなのだ――尚、バレンタインチョコと言わないのは、チョコレートだけでなく、『チョコポテチ』や『チョコせんべい』と言ったチョコレートに分類して良いのか迷うモノが紛れ込んでいるからである。序に、『激辛ワサビクリーム入りトリュフ』なんて言う劇物も混じってたりするのだが、此れは完全にネタと見て良いだろう。ネタ品は、其れは其れで使い道があるだろう多分。
「おはよう皆。ハッピーバレンタイン!!」
挙げ句の果てには、担任のスコールが教室に入って来るなり多種多様なキットカットをばら撒くと言うぶっ飛んだ事をしてくれた……普通なら問題になりそうだが、生徒は喜んでいるし、特に何か害がある訳でもないので此れは不問になるだろう。
そんな中で、円夏と簪だけは一夏にバレンタインのプレゼントを渡していないのだが、其れは『お義姉さん達から貰うだろうから、私からはなくても問題ないと判断した』との事だった……超絶ブラコンである円夏ならばプレゼントを用意した気がしなくも無いのだが、兄の嫁ズに気を使ったのだろう。ブラコンではあっても、兄と嫁ズの事を一番に考える事が出来る円夏は、最高のブラコンであるのかも知れないな。
――――――
午前中の授業を終えてのランチタイム、月曜日の弁当担当は一夏であり、本日の弁当のメニューは『ザーサイとメンマのピリ辛中華風おこわ』、『真タラの唐揚げ、油淋ソース掛け』、『モヤシとホウレン草とニンジンの三色ナムル』、『オイスターソースを使った中華風出汁巻き卵』である。中華なメニューでありながら、中華料理特有の油っこさと濃い味付けを可能な限り軽減しつつ、中華料理の美味しさを残した一夏の料理の腕前は最早鉄人レベルであると言っても過言ではあるまいな。
そのランチタイムには、夏姫が友チョコを渡して来て、『あの話、前向きに考えてくれたかな?』と言って来た――と言うのも、あの対抗戦の大将戦で一夏が勝ってから、夏姫は一夏に『次期の生徒会長』を打診していたのだ。
IS学園の生徒会長は、『学園最強』の証でもあるので、その生徒会長である自分を打ち負かした一夏を、夏姫は次の生徒会長にと考えたのだが、一夏からは『未だ一回勝っただけだから』と色よい返事は貰えていなかった。
「会長さん、悪いけど俺はやっぱり生徒会長を引き受ける事は出来ないよ――ガラじゃないってのもあるけど、全生徒の頂点に立つ生徒会長ってのはやっぱり生徒の投票によって選ばれるモンだろ?
会長さんが俺を推薦して、他の候補が立った上で選挙を行って、その結果として俺が選ばれたんなら兎も角とし、会長さんの指名で俺が次の生徒会長って言うのはやっぱり違うと思うんです。」
「ふ……君ならばきっとそう言うだろうと思っていたが、此処まで頑なだと、此れ以上の勧誘は逆効果か――だが、アタシが君を買っていると言う事に変わりはないから、生徒会長の選任選挙には君を推させて貰うよ。
アタシに初めて敗北を与えた存在……ふふ、君の見合い相手としてアタシを推さなかったエジプト政府には少しばかり怒りが湧いてしまうね――簪君が居なかったらアタシは若しかしたら……いや、其れは考えるだけ不毛だね。」
だが、一夏は生徒会長をやる気はなかったので其れを伝えたのだが、夏姫も無理強いをする心算はなく、次の生徒会役員選挙で生徒会長に推薦するに留まったみたいである。まぁ、無理強いして生徒会長になった所で、その職務を全う出来るかどうかは大分怪しいので、お互いに此処がギリギリの落としどころだったのだろう。
その後のランチタイムは実に和やかに進み、午後の授業は三組と四組の合同実技であり、其処で更識姉妹vsロラン&ヴィシュヌの模擬戦が行われたのだが、此れは更識姉妹が圧倒した!ロランとヴィシュヌのタッグは、ヴィシュヌが近距離型で、ロランが射撃よりのバランス型だったのだが、更識姉妹は刀奈が万能の近距離型で、簪がバリバリの遠距離型と言うのが勝負分かれ目立った。
簪が必殺の『絶対殺す弾幕』を展開すると、刀奈が無数の水の分身を生み出してヴィシュヌとロランを攪乱して弾幕を回避し辛くする――刀奈が生み出した分身は触れれば爆発するモノだったと言うのも大きいだろう。これ等の攻撃でプレッシャーを掛けた更識姉妹が見事に勝利を収めた訳である。
午後の授業を終えた後は部活に精を出し、古武術部では一夏と刀奈がガチンコのスパーリングを行い、インディアンデスロックを極めた一夏がカマ固めに行ったところで刀奈がカウンターのスリーパーホールドを極めてレフェリーストップの引き分けとなった。
で、部活後の汗を流して一夏は部屋に戻って来たのだが……
「「「「「一夏、ハッピーバレンタイン!」」」」」
そんな一夏を迎えたのは、『アニマルコスプレ』をした嫁ズだった!
刀奈は猫、ヴィシュヌは虎、ロランは狼、グリフィンはクマ、クラリッサは兎……全員がビキニに獣耳と言う野郎の股間の核ミサイルにダイレクトアタックをブチかます破壊力がある姿であり、其れを目にした一夏も思わず見惚れてしまった。
「ふむ、中々のお手前で。」
だが、一夏はルパンダイブする事無く、柏手を打って一礼し、そして改めて嫁ズからのバレンタインのプレゼントを受け取り、その後は嫁ズ全員とキスをしたのだが、嫁ズのバレンタインの仕込みは此れで終わらず、一夏がシャワーを浴びている僅かな時間で、バレンタインパーティの御馳走を作り上げており、其処からは最高と言っても過言ではないパーティが展開され、一夏も嫁ズも大いに楽しんだのだった。
尚、パーティではカラオケ大会も行われたのだが、此れは甲乙付け難い結果となり、全員優勝と言う事にして幕を閉じた……そしてその後、一夏と嫁ズが甘い夜を過ごしたって事は態々言う事でもないだろう。夜の営みってのは、愛し合っている者にとっては至極当然の事なのだからね。
――――――
同じ頃、学園に外出許可を出して、其れが受理されていた千冬は本土の飲み屋に居た――勿論一人ではなく、その隣には稼津斗の姿がある。稼津斗は千冬に言われた通り、バレンタインデーには日本に戻って来ていたのだ。……今回は、ブラジルから日本本土まで海面を阿修羅閃空で移動して来たらしい。マジで人間辞めてんなコイツは。
千冬と稼津斗は、個室にて焼き鳥の盛り合わせを肴に酒を楽しんでいたのだが……
「ハッピーバレンタインだ、カヅ。」
「此れは……有難く貰っとくぜ千冬さん。」
此処で千冬が稼津斗にバレンタインプレゼントをブチかました!!
稼津斗は其れを受け取ると……
「なぁ、千冬さん……俺からも話があるって言ったの、覚えてるよな?」
「あぁ、勿論だ。一体何があったと言うのだ?」
「アメリカで、超高額賞金が出る大会で優勝したんだ……其れでさ、今度ビッグマッチで優勝したら、やろうと思ってた事があるんだ――千冬さん、俺と結婚してくれ。
俺の相手は、千冬さん以外には居ないんだ。」
「なっ!?」
まさかのカウンターをブチかまして来た!ご丁寧に指輪まで用意しての完璧なカウンターだ!!
だがしかし、予想外のカウンターではあったが、稼津斗からのプロポーズを千冬が断るかと言われたらそれは否!断じて否である!!千冬とて女性であるので、普通に恋愛や結婚には興味があったのだが、『世界最強』の称号を手にした事で、逆に男性の方が委縮してしまい中々良縁に恵まれなかったのだけれど、そんな中で出会ったのが稼津斗だった。
自分よりも強い稼津斗に千冬が惚れるのは当然の帰結であり、稼津斗もまた千冬に惚れていたのだ……なので、稼津斗が千冬にプロポーズすると言うのは、ある意味であるべき結果だったと言えるだろう。
「だめ、かな?」
「そんな筈が無かろう……私が首を横に振ると思っていたのか?……お前からのプロポーズを断る理由が何処にも無いからな――私で良ければ貰ってやってくれ。
お前以外では嫁の貰い手も無いだろうからな。」
「貴女で良いんじゃない。俺は貴女が良いんだ千冬さん……其れ以上の言葉が必要か?」
「いや、必要ないな……だが、実のところはお前からのプロポーズを待っていたんだ――是非もない、結婚しようカヅ。お前となら、少なくとも退屈な日々を過ごす事はなさそうだからな。」
「誰にも出来ない生き方をさせてやるよ千冬さん……」
そして、二つの影は個室の少し暗めの照明の明かりの下で一つになったのだった……そして、翌日に千冬は稼津斗と結婚することを決めた事を一夏達に伝えて、そんでもって一夏達から盛大に祝福される事になるのだった。
だがまぁ、結婚するからと言って千冬には寿退社と言う選択肢はなく、マダマダバリバリでIS学園で教鞭を取るみたいだ――稼津斗も、結婚しても『俺より強い奴に会いに行く』というスタンスは変わらないみたいである。
突っ込みどころが満載ではあるが、だからこそ千冬と稼津斗は良い感じの恋人関係ってモノを続けている事が出来ているのかも知れない――人外カップルには、常人には大凡理解出来ない何かがあるのだろうなきっと。
何にしても、今年のバレンタインデーは誰にとってもハッピーな結果になった、其れだけは間違い無いだろうね。
To Be Continued 
|