『緊急事態』の報告を受けて、シミュレーターの試験室までやって来た一夏達は、其処でシミュレーター内部で電脳ダイブの為のヘッドギアを装着して意識を失っている刀奈達を目にしたのだが、しかしシミュレーターから刀奈達を引き剥がす事は出来ていなかった。
何故かと言えば、刀奈達は電脳空間からログアウト出来ていないからだ――電脳空間からログアウト出来ていない状態で、強制的にシミュレーターから引き剥がしたら、最悪の場合は意識が電脳空間に囚われたままになって、肉体は意識不明の植物状態になってしまう可能性があるので、引き剥がす事は出来ないのである。
無論、此の状況を何とかする為に、束は手元のコンソールを、其れこそ指が分身してるんじゃないかと疑うレベルで叩いて、原因を探っているのだ――一夏の嫁ズは、束にとっても大切な妹分なので、可成り熱が入っているみたいだ。……あまりのタイプスピードなので、コンソールの方がぶっ壊れるんじゃないかと若干心配ではあるがな。
そして、超高速でコンソールを叩く事数分。
「吏さん、何か分かりましたか?」
「……最初に謝っとくよいっ君。ごめん、今回の事は完全に私のミスだよ!!」
束は、一夏に向かって見事なDO・GE・ZAを披露してくれた。――如何やら、此のシミュレーターで何かやらかしてしまった様だが、其れでも束が土下座と言うのは相当な事だろう。大抵の場合は、『あれ、ミスっちゃった?ごめんね~~♪』ってな感じで、軽く流す束が、ガチで土下座していると言うのは、笑って流せる事態でないと言う事を示していた。
「此のシミュレーターは、全盛期の織斑千冬が、仮想敵を自分に設定して本気でバトルしても平気な様に、各種処理能力を設計してたんだけど、其れはあくまでもタイマンに限った事で、バトルロイヤルでは参加者のレベル合計が全盛期の織斑千冬の倍以上になる事を想定してなかった。
かたちゃん達はバトルロイヤルをやってたみたいなんだけど、その時のレベル合計は全盛期の織斑千冬のレベルの三倍以上になってたみたいだから、シミュレーターがオーバーフローを起こして暴走しちゃったんだ。
其れだけなら未だ良かったんだけど、此のシミュレーターには学習用のAIも搭載されてて、そのAIがオーバーフローの原因である嫁ちゃん達を解析しようとしてるみたいなんだ……そのせいでログアウト出来なくなって、電脳空間に囚われちゃったんだ。」
そして実際にトンデモナイ事になっていたらしい。
現役時代の千冬が、自分を相手にガチバトルを行ってもオーバーフローを起こさないように設計してはいたモノの、現役時代の千冬に迫る実力を持っている一夏の嫁ズ五人によるバトルロイヤルが行われた事で、シミュレーターがオーバーフローを起こし、更に搭載されているAIがオーバーフローの原因である嫁ズを解析する為に電脳空間に閉じ込めていると言うのだから。
「解析って、其れ大丈夫なんですか吏さん!?」
「分からないけど、解析が終わったからって嫁ちゃん達が目を覚ますとは言い切れないから、此れは外部から干渉して……電脳ダイブを行って、嫁ちゃん達を強制的に連れ戻した方が良いかも知れない。」
「シミュレーターの電源を切る事は出来ないし、ログアウトさせる事も出来ないなら、電脳世界に行って強制的に刀奈達を連れ戻すのが最上策だと思う。」
「となると、その役目を担うのは……兄さんが適任だろうな。」
AIの解析でどんな事が起きるか分からない以上、此れ以上の面倒事が起きる前に、強制的に連れ戻した方が良いのも事実であり、その為にはシミュレーターとは別に電脳ダイブを行って、電脳空間に居る嫁ズに直接コンタクトする方法が現状では最善策と言えるだろう。
そして、円夏の言うように、その役目を担うのは一夏以外に適任者は居ないだろう。自分の嫁ズの危機に立ち上がらない奴なんぞ居ないし、一夏は嫁ズを助ける為ならば例え千人の敵にも一人で向かう覚悟が出来ている漢なのだから。
「吏さん、シミュレーター以外で電脳ダイブを行うには、如何すれば良い?」
「此処とは別の部屋に、一機だけ電脳ダイブを行う為の装置があるから其れを使ってだね。」
「分かった。なら、直ぐに其処に連れて行ってくれ。」
「了解!」
一夏は束の案内で、電脳ダイブを行える装置がある部屋まで移動し、電脳ダイブの準備が出来るまでの間待機する事に――今此処に、電脳空間に囚われた人間を救出すると言う前代未聞のミッションが幕を開けたのだった。
夏と刀と無限の空 Episode59
『電脳世界はChaos Dimension!』
部屋に到着してから、凡そ五分程で電脳ダイブの準備は終わり、現在一夏は装置に銀龍騎をセットして電脳ダイブが行われるのを待っている状態である……服装がIS学園の制服からISスーツに変わっているのだが、電脳ダイブにはISを使うので、ISスーツを着用した方が電脳空間での行動がよりスムーズに行えるので着替えているのである。
「其れじゃあいっ君、此れから電脳ダイブを行うんだけど、その前に一つだけ大事な事を話しておくね?
実は、電脳ダイブのシミュレーターを作ってるのと並行して、電脳ダイブを利用した体感型のゲームも同時制作してて、そのデータがあのシミュレーターに入ってるんだけど、若しかしたら嫁ちゃん達の意識は、そのゲームの世界に入り込んでる可能性があるんだ。
電脳ダイブを行う前に、いっ君の転送先をシミュレーターの仮想現実に設定しておくから、其処でゲームの世界かシミュレーターに設定されてる仮想世界かは判断出来ると思う……明らかにISバトルを行う場所じゃなかったら、其れはゲームの世界だから。」
「了解です。……てか、如何してシミュレーターに体感型ゲームのデータ入れてるんですか?」
「あのシミュレーターで、ゲームのβ版のテストもする心算だったから。そっちの方が楽だし、製品とは別に装置作る手間もないからね……そうやって横着した結果として面倒な事になってるから猛省だけど。」
何やら束は、シミュレーターとは別に、電脳ダイブを利用した体感型のゲームの開発も行っていたらしく、場合によってはそのゲームの世界に一夏の嫁ズは居るかも知れないと言うのだ……もしもそうだとした場合、恐らくそのゲームをクリアしなければ電脳空間からログアウトする事は出来ないのだろうな。.hackやソードアートオンラインみたいな事になってるんじゃねぇか此れは。デスゲームじゃないだけマシっぽいけど。
「ゲームね……因みに、其れってどんなゲームなんですか?」
「FFの世界観に、ロストジャッジメントと色んな御伽噺をぶっこんだような感じかな?ファンタジーっぽい世界に、現代日本のアウトロー的な何かが存在してるって言うモノだよ。」
「何なんですか、其のカオスな世界観は……」
そのゲームは、如何やら相当なカオスな世界観になっているらしい。ファンタジーっぽい世界に、現代日本のアウトロー的な何かが存在してるって、カオス過ぎて想像も付かん。矢張り稀代の天才が作るモノと言うのは、常人の斜め上を行くモノであるらしい。
だが、其れでもゲームの世界がどんなモノか分かれば、ゲームの世界に転送されても対応出来るので、ゲームがどんなモノか聞いておくと言うのは正解だと言えるだろう。
「でも、其れを聞いて安心しましたよ吏さん……おかげさんで、何が起きても対応出来るぜ。」
「ま、兄さんなら大丈夫だろうな。」
「一夏君なら、きっと大丈夫だと思うよ。」
「刀奈達の事をお願いね、お義兄さん。」
「簪、其れ若干反則だわ。――其れじゃあ始めてくれ吏さん。刀奈達は、必ず俺が連れ戻して来るぜ。」
「うん、お願いねいっ君。電脳空間に囚われた彼女達を助ける事が出来るのは君だけだから……其れじゃあ、電脳ダイブスタート!!」
そして、束が電脳ダイブ装置を起動して、一夏の意識は電脳世界へと旅立って行った……前代未聞のMissionではあるが、一夏ならばきっとこのMissionを見事にパーフェクトにCompleteしてくれる事だろう。
「あ……一つだけいっ君に伝え忘れてた事があった!体感型ゲームには、最強のエネミーとして織斑千冬とその彼氏である澤稼津斗を設定していたんだった!!」
「「「は~~~~!?」」」
だが、此処で束がトンデモナイ事を言ってくれた。
ゲームには最強エネミーでとして千冬と稼津斗が設定されてるとか、其れは最早クリア不可能ゲームになって居るのではないだろうか?ステータスとしては二人ともHPが一千万を越えてるのは当然として、千冬は攻撃と素早さがマックス地の255で、其れ以外のステータスも回避と運を除いて二百越えで、稼津斗に至っては回避と運以外のステータスは255になっているだろうからね。
「オイコラクソ兎、何てモンをエネミー設定してんだこら!姉さんとカヅさんが敵とか無理ゲーにも程があんだろうが!!兄さんは大丈夫なんだろうな!!」
「其れは、何とも言えない……いっ君を信じるしかない。」
「兄さんと刀奈達に何かあったら、私は貴様を許さんぞ絶対に!最悪の事態になったその時は、その顔を麻酔なしで物理的に整形してやるから覚悟しておけ!!」
「うん、それ位の覚悟はしているよ……今回の事は、全て私の失態だからね。……其れに、織斑千冬と同じ顔したマーちゃんにボコられるって言うのは、ちょっとドキドキだからね。」
「変態かお前!?」
「其れだけ織斑千冬を愛してるんだよ!片思いだけどね!ぶっちゃけ澤稼津斗が居なかったら、私は織斑千冬に玉砕覚悟で告白してたから!!」
束は束で、今回の事に関してその責務を負う覚悟は出来ているらしい――世紀の天才は天災でもあるが、人としての仁義を通す位の事は出来るのである。……流石の円夏も、本気でフルボッコにするなんて事はないだろうけどね。ないだろうけどね?
それとは別に束は実は千冬に恋愛感情を持っていた事が判明した……稼津斗の存在があったので身を退いたようだが、稼津斗が居なかったら千冬もまた百合カップルの一員になってたのかも知れないな。――此の世界では、百合カップルは割と普通みたいなので、千冬×束もありかもしれないけどね。
――――――
電脳ダイブを行い、電脳世界にアクセスした一夏が降り立ったのは――
「如何考えても、ISバトルが行われる場所じゃねぇよな?って事は、束さんが開発したゲームの世界って事か。」
ISバトルが行われるアリーナでも、ISの真価を発揮出来る宇宙空間でもない、少しばかりファンタジーな感じがする場所だった。――なので、此処は束が開発したゲームの世界と言う事になるのだろう。
その事を知った一夏は、今の自分の姿を身近にあったガラス張りのウィンドウを鏡代わりにして確認する。――今の一夏の服装は、ジーパンに白いTシャツ、黒い革製のライダージャケットと言う出で立ちだ。(イメージはロストジャッジメントの八神。)
「ゲームの世界ってんなら、先ずは情報収取が基本だよな。……つか此の格好、此の世界だと浮き過ぎじゃねぇかな?スマホも普通にあるし。
ま、作ったの束さんだから何でもありなんだろうけど。」
周囲の世界観と比べると、明らかに場違いな感じしかしない一夏の服装なのだが、此れは電脳ダイブで直接ゲームの世界にアクセスした事で、自動的にアバター設定がされてしまったからだろう……本来なら、プレイ前に自分で設定するアバターを、自動的に設定してしまうとは驚くべき事だが、そのアバターは一夏其の物であるだけでなく、服装もバッチリ似合っていると言うのだから更に驚きはマシマシである。
「そんな事よりも、ゲーム攻略に役立ちそうな情報や刀奈達に関する情報を集めないとだな……取り敢えず、適当に通行人に話しかけてみるか。」
此の世界がゲームの世界だと知った一夏は、先ずは情報収集が先決だと考えて、街の人物に手当たり次第に話しかけて情報を得ようとする……NPC手当たり次第話し掛けるってのは基本だ。
とは言え、ノーヒントなのでそう簡単ではないのだが、手当たり次第に話し掛けて行けば何処かでビンゴに突き当たるからね。
一夏も、道行く人に声を掛けて情報を得ようとするが、中々有益な情報を得られず街中を転々として居たのだが……
「オイ兄ちゃん、命が惜しかったら有り金全部置いて行きな。大人しく言う事聞けば、痛い目に遭わずに済むぜ?」
其処で、チュートリアルバトルとも言えるイベントが発生した。
一夏の周りには、武装した半グレの集団が……メリケンサックは兎も角、鉄爪や鉄パイプ、日本刀まで装備してるってのは、半グレ集団を越えて普通にヤクザの集団でしかないのだが――だがそんな集団を前にしても一夏は怯まない。
本気でブチキレた千冬は、ヤクザなんぞ目じゃない程におっかないので、一夏がヤクザ級の半グレ集団を前にした所で怯む事なんざないのである……姉が世界最強である事で、一夏の胆力は相当に鍛えられているのだろう。
「分かり易い三下のセリフをどうも。悪いが、アンタ等の言う事を聞いてやる義理も義務も俺にはないからな、お断りさせて貰うぜ。」
怯むどころか、逆に半グレ集団にメンチを切っただけでなく、分かり易い位の挑発的な『お断り』を口にして、手で『シッシ』と追い払う様な仕草までして見せる……嫁の一人であり、一夏の最初の恋人である刀奈から習った煽りスキルを見事に使っていると言えるだろう。
「馬鹿が、この人数相手に勝てると思ってんのか?へっへっへ、言う事聞かねぇってんなら無理矢理奪うだけだ!!」
「そう来たか、日本語の通じない馬鹿だったみたいだなお前等……まぁ、そう思うならやってみろよ、お前達なら出来るかも知れないぜ?」
そのチュートリアルバトルで、一夏は半グレを相手に無双して見せた。
一足飛びのタックルを喰らわせると、其処からボディブロー→膝蹴り→チョークスラムのコンボを叩き込んで半グレの一人をKOすると、そのKOした半グレを振り回して凶器として使用して、他の半グレを蹴散らすと、リーダー格の相手にフランケンシュタイナーをかまして、更に追撃のフラッシュエルボーを叩き込んでターンエンド。
そして、戦利品として『体力増強リポナミンX』なるアイテムと、五千円を手に入れた。
「うぐ……クソッタレ。」
「雑魚が粋がってんじゃねぇよ。其のまま寝てろ……オラァ!!」
「ゲボラァ!?」
半グレのリーダーに蹴りを叩き込んでKO!何とも容赦のない一撃だったが腐れチンピラに容赦は不要なので、一夏は思い切り腹を蹴り飛ばしたのだ――現実世界ならば兎も角、電脳世界に現れる相手は、所詮はデータなのでブッ飛ばしても良心は痛まないのである。
そして半グレ集団をブッ飛ばした一夏は改めて情報収集を開始して、此の世界の事を知ろうとしていたのだが……その最中でトンデモナイ物をを見付けてしまった。
「これは、刀奈?其れに、ロランとヴィシュヌ、グリフィンとクラリッサまで……!」
其れは、一夏の嫁ズの顔写真が掲載された『手配書』だった。
しかも、只の手配書ではなく、全員に賞金が掛けられている、所謂『賞金首』としての手配書だったのだ……掛けられている賞金は一人頭『一千万円』と言うトンデモナイ金額なのだ。ゲームの世界であっても一夏の嫁ズは中々に凄い存在であるみたいだ。一人頭一千万円の賞金が掛けられていると言うのはハンパな事ではないのだから。
逆に言うと、一体何をして其れだけの高額な賞金首として手配されているのかが謎だが。
「何で刀奈達が賞金首に……?
でも、此れで刀奈達の情報を得る事が出来た訳だが……此れってもしかして、決められた数の通行人と会話すると、チュートリアルバトルが発生して、チュートリアルバトル終了後に有益な情報が得られるようになってるのか?
だとしたら、初見プレイヤーには優しくない設定だぜ。」
そう言いながらも、一夏は賞金首となっている嫁ズの事を街の人間に聞いてみる事にしたのだが、これまた通行人では『あの賞金首の事?何でも、此れまで何人もの賞金稼ぎが返り討ちにされたみたいだぜ?』、『あの賞金首には関わらねぇ方が良い。半殺しじゃ済まねぇって噂だ』と、賞金首のヤバさは幾らでも聞けるのだが、彼女達に関する有益な情報は中々得る事が出来なかった。
「通行人からは有益な情報は得られないな……って事は、ショップの店員とかに話し掛けた方が有益な情報を得られるかもしれないな?モブの通行人よりも、そっちの方が良さそうだぜ。」
なので一夏は通行人から情報収集をするのは止めにして、今度はショップの店員なんかから話を聞く事に。大抵のゲームは、街中をうろついている通行人よりも、ショップの店員の方が攻略のヒントを持っていたりするから、この選択は間違いではないだろう。
そんな一夏がまずやって来たのは雑貨屋。アイテムが購入出来る店なのだが……
「いらっしゃいませ。」
「え、鷹月さん?」
「え?」
「あ、ごめん。知り合いにあまりにも似てたもんで驚いちゃって……」
其処に居たのはクラスメイトにして、妹の恋人である鷹月静寐だった。――この全く予想外の事態に、思わず驚いてしまった一夏は仕方ないだろう。
電脳ダイブを行って着いた先の世界に、現実世界に居る筈の人物が居れば、其れは驚くなって言うのが無理な話であり、人によっては其れだけで頭がパニックボンバーの混乱状態になって、最悪の場合は自分をぶん殴ってるかも知れない状態になってしまうだろう。
混乱して味方を攻撃するのは兎も角として、混乱して自分を攻撃するってのはやっぱり意味が分からん。幾ら正常な判断が出来なくなってる混乱状態とは言っても、自分自身を攻撃すると言うのは考え辛い……まぁ、其れはゲームの演出上の事なんだろうけどね。
「(何だって鷹月さんが?……若しかして、ゲームの登場人物に、刀奈達の記憶が反映されてるのか?……シミュレーターのAIが刀奈達を解析してるってんならあり得ない話じゃないか。)
あのさ、少し聞きたいんだけど、あの賞金首の五人って何者?何だって、あんな高額賞金が掛けられてるんだ?一体何したってんだよ?」
「あぁ、あの賞金首ね……表向きには『国家転覆を目論んでる危険人物』って事になってる。」
「表向きには?其れって如何言う事なんだ?」
其れでも一夏は、何故静寐が居るのかに自分なりの予想を立てると、賞金首の事を訊ねる。
すると何やら気になる事が……賞金首となっているのは『国家転覆を目論んでる危険人物』だかららしいのだが、それは『表向き』だと言うのだ――此れは『気にするな』ってのが無理な案件だと言えるだろう。
こんな思わせぶりな事を聞いて、其れを気にしない事が出来る人間など早々居ないのだから。
「大きな声じゃ言えないんだけど、手配書の青髪でショートカットの女の子って、実はこの国の女王様の実子なんじゃないかって言われているの。
女王様の実子って、何度か民衆の前に姿を見せているんだけど、手配書の写真は女王様の実子にそっくりなの……他人の空似にしては似すぎてるんだよ。
そのせいで、『国家転覆を目論んでる危険人物』って言うのは建前で、女王様が城を飛び出して自分を打ち倒そうとしている娘を排除する為に手配書を出したんじゃないかって噂があるの。
あ!其れから、女王様が自分より若くて美しい自分の娘に嫉妬して、娘を城から追い出して、更に亡き者にしようとしてるって噂もあるんだけどね。」
「いや、白雪姫かよ!」
「ん?女王様の娘の名前は『白雪』様だよ?」
「マジかオイ!」
そして、其処から一気に情報が出て来たが、何よりも一夏を驚かせたのは、此の世界で刀奈は『白雪姫』になっていると言う事だった……だとしたら、女王が出した手配書は、ガチの物だろう。
白雪姫の物語でも、女王は白雪姫を城から追放しただけでなく、白雪姫を亡き者にしようと、彼是と手段を講じた訳だからね……賞金首にして、賞金稼ぎに討ち取らせようと言う辺りに、束なりのアレンジを感じるが。
「何かメッチャ驚いたけど、中々貴重な話が聞けたよ。何も買わずにってのも悪いから……お勧め品、五個くれる?」
「あくまでも噂ですけどね。それとは別にお買い上げありがとうございます。
お勧め品五つですね?本日のお勧め品は『のり塩ポテチ』になっておりますので、其れが五個で五百円になります。」
「まさかのポテチののり塩かよ。まぁ、のり塩旨いし好きだから旨いから良いけどな。」
ショップを出る前に、店員のお勧め品を五個購入した一夏だが、お勧め品はまさかの『のり塩ポテチ』で、のり塩ポテチは『体力の最大値を+100』と言う効果の強化アイテムだった。
なので、取り敢えず五個全部使って体力の上限を引き上げておいた。
その後も一夏は、武器屋、料理屋、アクセサリー屋を回って賞金首に関する情報をゲットして行ったのだが、武器屋の店員は『相川清香』、料理屋の店員は『谷本癒子』、アクセサリー屋の店員に至っては『布仏本音』だった。
まぁ、最初の静寐で慣れたのか、一夏は驚く事はなかったが、其れ等のショップでも中々に有益な情報を得る事が出来た――『白雪姫は、自分よりも若い女性に嫉妬して、若い女性を無実の罪で捕らえては処刑している女王を打ち倒す為に決起したらしい。』、『白雪姫以外の四人は、白雪姫が集めた協力者らしい。』等々だ。
だが、其れ以上に一夏は、刀奈以外の四人の此の世界での役所に驚いた……刀奈は白雪姫だったが、ロランは美女と野獣の『ベル』、ヴィシュヌはアラジンと魔法のランプの『ジャスミン』、グリフィンは竹取物語の『かぐや姫』、クラリッサはシンデレラの『シンデレラ』になっているのだ。
つまり、賞金首なっている五人は、『御伽噺のお姫様連合』とも言うべき存在なのである……ファンタジーっぽい世界に、現代日本でありそうな服装の一夏が居る時点で大分カオスなのだが、更に御伽噺のお姫様連合って、カオス感がハンパない。と言うか、カオスディメンションどころの話ではない。
つか、如何してグリフィンだけ日本の御伽噺のキャラなのか……青髪褐色肌のかぐや姫とか違和感しかないわ。『違和感過労死寸前!労災認定!!』って言っても良い感じだマジで。
因みに一夏は武器屋で『スローダガー』、料理屋で『コンビーフとチーズのホットサンド』、アクセサリー屋で『クリスタルのピアス』を購入した。『スローダガー』は遠距離攻撃が出来るようになるアイテムで、『コンビーフとチーズのホットサンド』は体力を最大値の50%回復するアイテムで、『クリスタルのピアス』は、全てのステータスを10%アップさせる装備品だった……ゲーム序盤で手に入れられるアイテムとしては破格の性能だと言えるだろう。
「束さんが作ったゲームだから、普通じゃないとは思ってたけど、まさか此処までとはな……色んなモン混ぜ過ぎだろマジで。混ぜ過ぎカオスって言うのは、正にこの事だぜ。」
一通りの情報を得た一夏は、街を出て街道に来ていた……その街道で、チンピラの集団に襲われたので、纏めて叩きのめして戦利品と金をゲットしていたするのだけどね。
日本刀を装備したチンピラを真っ先に倒して、その日本刀を使って雑魚散らしをしたのも見事だった。……その日本刀は、戦闘終了と同時に消えてしまったのは、一時的な装備って事なんだろうな。
――Pipipipipi
そんな中、スマホに着信が。
「着信……相手は、束さん?はい、もしもし一夏です。」
『あ、いっ君!無事に電脳ダイブ出来たみたいだね?
ごめんね、いっ君が転送された世界と、今の嫁ちゃん達の状態を解析してたら少し時間が掛かちゃってね~~……其れで、今いっ君が居るのはゲームの世界の方だよね?』
「あ、はい。色々とカオスで若干戸惑ってますけど。」
通信を入れて来たのは束だった。一夏が電脳ダイブで転送された世界と、嫁ズの今の状態を解析し、その解析結果を伝えるために通信を入れて来たのだろう。少しばかり時間が掛かったようだが、逆に言うと其れだけ嫁ズの今の状態と言うのは厄介なモノである訳だ。
『色々と詰め込んだからね~~♪
って、其れは置いといて。嫁ちゃん達は、今そのゲームに登場するキャラになってるんだけど、完全にゲームのキャラになり切っちゃって、本来の記憶に蓋をされてる状態になってるんだよ。だから、いっ君の事も分からないと思う。』
「記憶が……其れって元に戻せるんですか?」
『記憶を失ってる訳じゃなくて、蓋をされてるだけだから、何か切っ掛けがあれば元に戻る事は出来る筈だよ。
でね、此処からが重要な事なんだけど……シミュレーターに搭載されてるAIは、嫁ちゃん達を解析する為に、ゲームプレイの為のアバターじゃなくて、NPCに設定してるんだよ。ゲームをクリアさせずに嫁ちゃん達を電脳空間に縛り付けておくためにね。
でも、其れって逆に言うとゲームをクリアすれば電脳空間から脱出出来るって言う逆説も成り立つんだよ……そして、確実にクリアする為には、嫁ちゃん達の記憶も復活させる事が必須。……いっ君のやるべき事は、もう分かったよね?』
「分かるどころか、答え教えてくれたようなモンじゃないですか。
皆の記憶を元に戻した上でゲームをクリアすれば良いって事でしょう?――まだゲームは序盤ですけど、クリア条件は大体分かりましたんで、後はゲームオーバーにならないようにやってみますよ。」
『うん……ゴメンね私のせいで。
こっちからは直接的なサポートは出来ないから、せめて出来る事として、本来ならスキルポイントを消費して習得するスキルを全部解放しておいたから、取り敢えず戦闘面では大分楽になる筈だよ。』
如何やら中々に面倒な事になっているみたいだが、『嫁ズの記憶の蓋を取っ払った上でゲームをクリアすれば、電脳空間から脱出出来る』と言う事が分かれば僥倖と言うモノだ。やるべき事が明確になって居るのならば、その分だけ動き易くもなるのだから。
加えて、束が本来は時間を掛けて習得すべきゲーム内スキルを全開にしてくれたと言うも大きい……『一周目から強くてニューゲーム』と言うのは、チートを使ってプレイしているのと同じであり、ゲームをつまらなくしてしまうのだが、今はゲームを楽しんでいる場合ではないので、最初から強いに越した事はないのだ。
「ありがとうございます、吏さん。」
『むむ、此の通信は私といっ君にしか聞こえてないから、普通に呼んでくれても良いんだよ~~?
っと、そろそろ通信の限界時間だね?……外部からの電脳ダイブ者との通信を妨害してくるとは、自分で作っておいてなんだけど、ムッカつくAIだね?しかも、これ以降の通信は出来ないとか最悪だマッタク。
其れじゃあ最後に!このゲームには、エネミーデータとして、ちーちゃんとカヅ君のデータが入ってるから、戦う事になったら気合を入れて頑張って!』
「は?千冬姉とカヅさんが敵として登場するって事ですか!?束さん!!束さーーん!?……ち、切れちまった。
千冬姉とカヅさんが敵として登場するってマジかよ?千冬姉なら、俺達が力を合わせれば何とかなるかも知れないけど、カヅさんとかマジ無理ゲーの不可能ゲー過ぎんだろ……つっても、現実と違って、ゲームなら未だ勝ち目はあるか?ヤバくなったら回復アイテム使えば良いしな。」
最後の最後で束が『ゲーム中最強の敵』の存在を教えてくれたが、だからと言って一夏は怯みはしない。
千冬には現実世界でISなしの格闘戦で、押し気味の時間切れ引き分けだったし、現実世界では絶対に勝てない稼津斗も、回復アイテムが使えるゲームでならば何とかなると考えたのだろう。
何より、嫁ズの救出と言う重要なMissionを担っている以上、相手が誰であっても全く退く気はないのである。
「そう言えば、此の世界でISって展開出来るのか?」
改めて気合を入れ直した後、ふと一夏は、此の世界でISを展開出来るのかと言う事が気になり、銀龍騎を展開しようとしたのだが、機体は展開されず、メイン武装である『龍刀・朧弐式』だけが展開されるに留まった。……まぁ、此れで機体の展開が出来たら、更にカオス極まりないのだけどね。
「展開出来るのは朧だけか……ま、此れが展開出来るだけでも充分か。」
だが、其れでも己が一番得意とする得物を展開出来ると言うのは嬉しい事だろう。――其れこそ、武器屋で新たな刀を購入する必要は無くなる訳だからね。遠距離武器である、スローダガーはある程度購入しておく必要があるだろうが。
「其れよりも、何時まで付いてくる心算だ?尾行は趣味が悪いぜ?」
武装の展開は出来る事を確認した一夏は、背後の森に向かってそう言った――街を出てから今まで、一夏は自分を追って来ている気配を感じていたのだ。
最初は気のせいかとも思ったが、自分の後から感じた気配は、一定の距離を保って付いて来ており、一夏が立ち止まれば気配も立ち止まると言った感じで、一夏は自分が尾行されている事を確信したのだ。
だが、尾行相手はその姿は見せず……
――ヒュン!!
代わりに森の中から矢が飛んで来た。其れも一気に何本もだ。
「ッシャア!!」
一夏は朧を一閃して矢を叩き落す。
叩き落された矢は、通常の弓矢で使うモノよりも短いモノであり、更に連射して来た事を考えると、相手の武器は弓矢ではなくクロスボウハンドガン――一般的には『ボウガン』と呼ばれている武器だろう。
射程と威力では弓矢には劣るが、弓矢と比べて短い間隔で発射出来る利点がボウガンにはあり、矢を自動装填出来るように改造すれば、ハンドガン並の連射も可能になると言う優秀な武器だったりするのだ。
「話をする心算はないってか……なら、ぶっ倒して強制的になんで俺を尾行してたのか吐いて貰うぜ。」
言うが早いか、一夏は武器屋で購入したスローダガーを矢が飛んできた方向に投げると、束が解放してくれたスキル『超居合い切り・極』を使って、森に切り込む!
一夏の居合いは元々最速の剣技だが、このスキルを使う事で相手の近くまで一瞬で近付いてから居合いを放つ事が出来るのだ……ロックオンした相手がドレだけ離れた場所に居ても、一瞬で其処に移動して居合いを放つ事が出来るとか、可成りのチートスキルと言えよう。
このスキルで、森の茂みは切り裂かれ、其処に身を潜めていた尾行者の姿も明らかになったのだが……
「君は料理屋の……!!」
現れたのは、料理屋の店員に扮していた癒子だった。
「おぉりゃあぁぁぁぁ!クタバレくせ者!!」
「不思議な格好をしてると思ったけど、白雪様の事を聞いて来るとは、お兄さん賞金稼ぎでしょ!!」
「白雪様達に仇なす者はぶっ殺し~~~♪」
そして、其れだけではなく武器屋の店員に扮していた清香、雑貨屋の店員に扮していた静寐、アクセサリー屋の店員に扮していた本音も現れて一夏を攻撃して来たのだ。……本音が何時もののんびりとした口調で物騒な事言ってるのが若干恐怖である。
「鷹月さんに、相川さんに、のほほんさんもかよ……コイツは、逃走不可能バトルって奴だろうな――有益な情報を得る事が出来た相手とのバトルってのは、回避不能のイベントバトルだからな。
女の子に手を上げる趣味はないが、ゲームを攻略する為だってんならその限りじゃねぇ……何よりも、刀奈達を取り戻さないといけないんでな、悪いが最初から本気で行かせて貰うぜ?」
改めて居合いの構えを取る一夏に対し、襲撃者の四人も夫々武器を構える。
静寐は長刀、清香は双剣、癒子はクロスボウハンドガンで本音は所謂一つの『1tハンマー』だ……本音の武器が若干ギャグ要素な感じではあるが、見た目の凶悪さだけならばトップクラスだろう。
「白雪様達を狙う賞金稼ぎは、私達が倒す!!」
「賞金稼ぎじゃねぇって言っても信じて貰えないパターンだな此れは……ったく、マッタク持って面倒な仕様にしてくれた事を少し恨みますよ束さん――ま、四の五の言っても仕方ないから、取り敢えず倒させて貰うぜ?怪我しても文句を言うなよ?」
其れだけ言うと、一夏は一足飛びで間合いを詰めると、居合い一閃!
此の一撃は見事に決まったのだが、静寐達のHPはまだ残っているので、一撃必殺とはならなかったようだ……現実世界では一撃必殺となる攻撃も、ゲームでは一撃ではなくなってしまうのは仕方ないだろう。即死技ってのは、ゲームとしては面白くないモノだからね。尤も、雑魚散らし技としては優秀なので、レベル上げなんかでは重宝する技なのだけれどね。
「く……お兄さん、只の賞金稼ぎじゃないね?一体何者?」
「織斑一夏。一介の剣士だよ!そして、賞金首になってる姫様達の未来の旦那だ!!」
「「「「な、なんだってー!!」」」」
一夏が言った事に対して、静寐達は驚いたみたいだが、だからと言って構えを解く事はなく、何時でも一夏を攻撃出来る態勢を整えている。
其れを見た一夏は、口元に薄い笑みを浮かべ、右手に朧を持つと、左手に鞘を持った『疑似二刀流』の態勢を取って、改めて静寐達に向き直って闘気を全開にしてある種の威嚇を行う。――圧倒的な闘気を叩きつけて戦意を喪失させようと言う思惑もあったのだが、静寐達は全く戦意を失う事なく一夏を睨みつけ、そして今の一夏の闘気解放を合図に再び静寐達は一夏に攻撃を始め、一夏もそれに対応する。
「全力で来いよ?チュートリアルバトルと、チンピラ相手の喧嘩じゃ満足出来なかったんでな……お前達の素性は分からないが、精々満足させてくれよな?」
「勿論、満足させてあげるよ――二度と白雪様達に襲い掛かろうと思えない程にね。」
「成程……ソイツは楽しめそうだ。本気で行くぜ!!」
「其れとは別に、白雪様達の未来の旦那って如何言う事かについても聞かせて貰うから!!」
「あ~~……そっちの説明も必要か?」
「当然でしょ!?」
「ま、そうだよな……其れに関しては、俺に勝てたら教えてやるよ。その代わり、俺が勝ったら姫達の所に連れて行って貰うぜ!」
こうして、ゲームのストーリーに関わるであろうバトルが始まり、そして其れは、ゲーム序盤とは思えない位の激しい戦闘へと発展していくのだった……
To Be Continued 
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