週明けの月曜日。
今日も今日とて我等が主人公の一夏は日課である朝練を熟していた――ランニングの途中で行ってるシャドーボクシングが拳の残像が見える様になってる辺り
可成りのレベルに達しているのは間違いなかろう。
ま、此れだけのトレーニングを当たり前の様に行っている一夏は間違いなく高校男子最強の戦闘力があると言っても過言ではあるまい。
だが、其れで一夏が満足するかと言われれば其れは絶対に否!一夏は決して現状に満足せずに、常に次なる高みを目指してると言う猛者中の猛者だからね。
なので、此の朝練にも新たなメニューが加わったのだが……


「痛い!痛いってヴィシュヌ!!無理、此れ以上はマジで無理!!!」

「一夏は身体が柔らかいので行けると思ったのですが、少し無理でしたか。」

「少しじゃなくて、頭の上で両足を組むとか、割と無理ゲーだからな!?」


其れに一夏は悪戦苦闘していた。
一体何をしているのかと言うと、其れはヨガを使った柔軟体操だ――そう、只の柔軟体操ではなく、より体の柔軟さが要求されるヨガを使った柔軟体操をしている
のである。
日々のトレーニングで全身のパワーも俊敏さも非常に高いレベルにある一夏だが、其処に今以上の身体の柔軟さを加える事が出来たら、もっと上のレベルに行
けるのではないかと考えて、ヨガをやっているヴィシュヌに頼んで教えて貰っていると言う訳だが……流石の一夏も、ヨガの柔軟には悪戦苦闘しているらしいな。


「無理ゲーって……やろうと思えば此れ位は簡単ですよ?」


悪戦苦闘する一夏に、ヴィシュヌは座った状態で身体を完全に二つに折り、その状態から両足を背中に回し、顔は正面を向いて両手を地面に付けた何とも複雑
極まりないポーズをして見せる。いやはや、一体どんな柔軟性をしているのやらだ。


「ヴィシュヌさん、なしてそないな事が出来るとです?」


その余りにも複雑怪奇なポーズに、思わず一夏も言語機能がバグってしまった程だ。
が、驚きつつも一夏は改めてヨガの柔軟性を得る事が出来ればとも思ったようだ――実際にヨガを行っているヴィシュヌの動きは非常にしなやかで、その動きは
ISの操縦でも生身の格闘でも発揮され、それがヴィシュヌの強さを支えていると考えているのだろう。


「其処は日々の積み重ねですよ一夏。
 今すぐには無理でも、一夏ならきっと私と同じ事が出来るようになる筈です――僅か三年で国家代表と互角以上に戦えるようになった一夏ならば絶対に。」

「やっぱ日々の積み重ねか……ま、そうだよな。
 カヅさんも『極の道に近道なし。愚直な日々の積み重ねこそが、何れ己を極に至らせる唯一の手段だ』って言ってたし、実際あの人はマジに其れで人外の力を
 手にしてっからなぁ……」

「あの方は、確かに凄まじい強さでした……私達の相手をした時はアレでも手加減していたと言うのですから、本気を出したら如何程なのか、ですね。」

「やろうと思えば覇王翔哮拳撃てるとか言ってたけど、そう遠くなく滅殺豪波動ビーム砲バージョンを会得する気がしてならない。或は密着即死のMAX版ジェノサ
 イドカッター。」


……何やら話の方向性がオカシナ事になってるみたいだが、確かに日々の積み重ねと言うモノが大事なのは間違いないだろう。一夏だけではなく、刀奈達も同
様に、日々の訓練を怠らなかったからこそ今の強さがある訳だからね。努力は人を裏切らないのだ。

其れとは別に、ヴィシュヌが一夏の事を『一夏さん』ではなく『一夏』と呼んでいるが、此れは一夏に選ばれてからの事で、曰く『敬称付きと言うのは距離を感じる』
との事らしい……ま、確かに敬称付きってのは何処か他人行儀な感じがするからね。
でもヴィシュヌが其れを自覚したって事は、確実に一夏の事を意識し始めてる証なのかも知れないな……グリフィンの方も最近は一夏と積極的に時間を取ろうと
してるみたいだし、候補の二人が正式に嫁になるのはそう遠くないのかもだね。











夏と刀と無限の空 Episode17
『厄災の転校生~Disaster silver~』










なんやかんやで朝練を終えた一夏は、何時もの様に弁当作りを始めたのだが、こっちの方でも此れまでとは違う事が起きていた――今までは、自分と刀奈の分
を作っていたのだが、ロランとヴィシュヌとグリフィンがパートナーに加わってからは彼女達の分まで弁当を作っているのである。
『刀奈にだけ作るのは不公平』だと考え、刀奈以外の四人にも弁当を作る事にしたのだ――一夏の本音を言うのならば、クラリッサにも弁当を作りたかったのだ
が、遠く離れたドイツに居るクラリッサに空輸で弁当を送る事も出来ないので、自分の弁当レシピの中でも特に自信のあるレシピをクラリッサにメールで教える事
で、疑似的に自分の弁当を堪能してくれるようにしていた。……クラリッサは、実はソコソコ料理も出来るので、此れはナイスフォローだっただろう。
因みに、一夏が円夏と千冬に弁当を作ってやらないのは、決して意地悪をしているのではなく、料理の腕前を上げる為に自分で作るように厳命しているからだ。
ま、その甲斐あって千冬も円夏も料理の腕前は少しずつレベルアップしてるみたいだけどね……特に千冬は、稼津斗と言う相手が居るので余計にだ。自分の恋
人に美味しい料理を振る舞いたいと思うのは、女性として当然の思いだからな。

そんな訳で今日も今日とて学園生活が始まった訳だが、一夏達四組の一時限目は……『自習』であった。
四組の本日の一時限目は本来は『数学』なのだが、本日は担当教師が出張である為に自習になったのだ――で、自習の場合、担当教師が自習用のプリントな
んかを用意してるモノなのだが、数学教師はそう言ったモノを用意していなかったので、本気でマジの自習になっていたのだ。
なので、四組の面々は夫々が好きな様に過ごしている……ラノベを読む者あり、ゲームをする者あり、雑談に興じる者ありと、正にフリーダム。
自習の監督は、通常担任が行うモノで、その監督下ではあまり好きな事は出来ないのだが、四組の担任のスコールは『騒がしくしなければ何しても良いわよ』と
言ったので、こんなフリーダムな自習になっているのである。


「一組に転校生か……」

「お義姉さんのクラスって時点で、間違いなく問題児よね……」


そんなフリーダムな自習時間に於いて、織斑兄妹、更識姉妹、本音+ネームドモブ三人娘(静寐、清香、癒子)の話題は、ホームルーム終了後にコメット姉妹か
ら『一夏チーム』のグループLINEに送られて来たメッセージにあった。
一夏チームのグループLINEにはコメット姉妹から『一組に転校生。一人はドイツの眼帯軍人で、もう一人はフランスの男装趣味な女子』と言うメッセージが送られ
れ、其処から四組のクラスLINEで同じ情報を共有するに至ったのだ。

なので、四組のメンバーは一組に転校生が来たって事は、一組の生徒以外では誰よりも早く知っているのだ……ネットが普及した世界の情報伝達スピードはマ
ジでハンパないが、刀奈が言った『一組の生徒=問題児』ってのは、実はIS学園では割と通じる事になってたりする。
決して一年一組の生徒全員が問題児と言う訳ではないのだが、イギリスの代表候補生であるセシリアは初日からやらかしてくれたし、二人目の男性操縦者であ
る陽彩はソコソコの実力はあるにしても、事あるごとに一夏に挑んで返り討ちに遭っているし、箒は剣道部ながら殆ど幽霊部員と化して陽彩にかまけてる……普
通に考えて、問題児以外の何物でもないわコイツ等。――更に一組ではないが、此処に中華風貧乳娘も加わるってんだから、陽彩チーム正に問題児軍団であ
ると言わざるを得ないだろう。


「男装女子の方は兎も角、ドイツの眼帯の方は少しばかり注意しておいた方が良いかも知れないな。」

「何でかしら?」

「クラリッサが黒兎隊の隊長が学園に来るから気を付けろって言ってたんだ。
 ドイツの軍人って事は、そいつは略間違いなくクラリッサが言ってた奴だと思うしな。……どんな奴なのかは言ってなかったけど、『気を付けろ』ってのは、つまり
 ヤバい奴である可能性がある訳だし。」

「成程ね……と言うか、副隊長に『ヤバい奴』判定されてる隊長って如何なのかしら?」


そんな中で一夏が警戒したのはドイツからの転校生だ……クラリッサから事前に聞いていたので、ドイツからの転校生が何時来るかと警戒していたのだが、まさ
か其れが今日だとは思いもしなかっただろう。
だが、其れでも慌てる事なく、『ドイツからの転校生はヤバい奴かも知れない』って事を刀奈達に伝える事が出来たのは、クラリッサから事前に情報を得ていたっ
てのが大きいだろう。やはり情報と言うのはどんな時でも重要なのだ。


「その隊長は、何れ副隊長が起こしたクーデターによって失脚する運命。」

「其れは過激過ぎるし、少しばかりアニメの影響受け過ぎだ簪。……現実的に行けば、隊員からの不満が爆発して、上層部にリコールを申請し、上層部が隊長と
 しての資質なんかを改めて調査して、その結果によってリコールか継続かと言った所だろうな。」

「マドマドの言ってるのが可能性高いかもね~~~?」


簪は刀奈の言った事に反応し、円夏は其れに突っ込みを入れつつ現実的な流れを予想し、本音達は其れに納得していた。


「(にしても、『気を付けろ』か……クラリッサの言い方だと、アレは俺個人に向けられたモノだよな?如何言う事だ?俺とソイツには何も接点はない筈だが……も
  しかして、千冬姉が関係してるのか?
  千冬姉はドイツで教官をしていた時期もあるし、あながち間違っても居ないかもな……時間を取って聞いてみた方が良いかも知れないな。)」


一夏は一夏で、クラリッサの言っていた『気を付けろ』の意味を考えていたが、如何やら『千冬が関係しているのではないか?』との考えに至ったらしく、時間を取
って直接聞いてみる事にしたようだ。


「ん?」

「如何したの一夏?」

「いや……一時限目は一組と二組の合同授業だったんだな。」


ふと視線を窓の外に向けた一夏は、グラウンドで一組と二組の合同授業が行われている事に気付いた……因みに、本日の五時限目は三組と四組の合同授業
だったりする。まぁ、流石に午前中に合同授業を二つも入れたら、実技担当の千冬と山田先生の負担がハンパないからな。
で、一夏が気付いた事で刀奈達もその合同授業の様子を教室から観察する事になった。
授業は、先ずはデモンストレーションとして、乱とセシリアのタッグが山田先生と模擬戦をする事になったみたいだが……


「此れは、山田先生の勝ちね。」

「だな。
 乱と山田先生のタイマンだったら其れなりにいい勝負になっただろうけど、今回に限ってはオルコットが完全に乱の邪魔になってるからな……近接型の乱を援
 護するのがオルコットの役目なのに、不必要な射撃と、拙いBT兵器の攻撃が完全に乱の攻撃の芽を摘んじまってる。」

「何だってあの程度の奴が代表候補生で専用機まで持って居るんだ?
 二年のサラ・ウェルキンの方が実力的には遥かに上だろうが……いや、より優秀なサラにより良い機体を与える為にあの縦ロールは試作機の試験パイロットと
 して代表候補に選ばれたと言うのか?」

「その可能性は否定出来ないよ円夏。
 そして、サラ先輩が優秀で強いのは当然……サラって言う名前の女性は強いって相場が決まってるから。ターミネーターのサラ・コナーはマジで最強。最新作
 で最新型のターミネーターの液体金属の分身をマシンガンで蜂の巣にして手榴弾で爆破し、本体のエンドスケルトンをバズーカでブッ飛ばしたのは見事。」


簪はアニメや特撮だけなくアクション映画もイケるクチだったみたいだね……確かにターミネーターの最新作でもリンダ・ハミルトン演じるサラ・コナーは、『アクショ
ン映画史上最強のオカン』の名に恥じない暴れっぷりを披露してくれたからね。
まぁ、其れは其れとして、模擬戦の方は刀奈の予想通り山田先生の勝ちで終わった。
近接戦闘では乱に分があると判断した山田先生は、得意の射撃戦でセシリアを先に撃破し、セシリアが撃破された瞬間に乱が降参したのだ――乱ならばタイマ
ンでも戦う事は出来ただろうが、『アタシとセシリアはタッグだったから、タッグパートナーがやられた時点でアタシ達の負けです』と言って降参したのだ。
そんな乱に対し、山田先生は『はい、良い判断です』と言って褒め、千冬も『この模擬戦の意味を理解しているようだな』と褒めていた――此れがもしも鈴とセシリ
アのタッグだったら、セシリアが落とされても鈴は山田先生に挑んで無様に負けて醜態を晒していた事だろう……そうならない様に、千冬は乱を選んだのかも知
れない。


「(銀髪の眼帯……アイツがクラリッサが言ってた黒兎隊の隊長か。
  どんな奴かは知らないが、俺に、俺達にちょっかいを掛けて来るってんならその時は相応の対応をさせて貰うぜ?……弱い奴に用はねぇが、降り掛かる火の
  粉は払うってのが俺のやり方だからな。)」


一組と二組の合同授業の様子を見ていた一夏は、其の中に居た銀髪で眼帯をした少女が一組に転校して来たドイツの黒兎隊の隊長だと直感していた――チー
ムLINEで特徴を聞いてたから、そら分るわな。
何よりも、クラリッサと同じ眼帯をしてたからね。

そしてこの時、一夏は普通に笑みを浮かべたつもりだったのだが、刀奈には『強気で不敵な笑み』を浮かべた様に見えたらしく、其のニヒルな表情を浮かべた一
夏に惚れ直してしまったのだが、此れは仕方なかろう。――極上イケメンの一夏が不敵な笑みを浮かべてるとか、完全に女性キラーだからね。
その結果として、刀奈が四組の面子の前で一夏にキスしちゃったのは仕方ないよね……其れに、黄色い歓声が上がったのは、まぁ、当然だな――イケメンと美
女のキスシーンってのは映画でも盛り上がるからね。ドラゴンボール超の未来トランクス編でも、瀕死のマイにトランクスが口移しで仙豆を食べさせるシーンは瞬
間最高視聴率が割と高めだったからね。

でだ、四組の教室でそんな事が行われるなんて事を知る由もなかった陽彩は、又しても己が持って居る原作知識とは違う展開――シャルロットが性別詐称をし
て『シャルル・デュノア』として転校して来るのではなく、『男装趣味のシャルロット・デュノア』として転校して来た事に混乱していた。


「(シャルが男装趣味の女性って……これじゃあ、性別バレイベントがねぇじゃねぇか!……でも、まだチャンスはある――俺のエクシアのデータを持ってすれば
  シャルも俺のモノに出来る……俺のハーレムを邪魔するものは何もないぜ!!)」


でも、混乱しつつも軌道修正出来るってのは凄いわ……陽彩が下衆野郎ってのは変わらない事実だけどな――こいつが自分の勘違いに気付く事は、悟空がサ
イバイマンに負けるくらい有り得ない事だろうねマジで。









――――――









そんな訳で、一時限目の自習を終え、次の時間の準備を一夏はしてたのだが……


「……貴様が織斑一夏か?」


其処に、ドイツの銀髪眼帯が襲来!……同じ眼帯キャラでも、クラリッサさんがクール―ビューティーに見えるのに対して、この銀髪眼帯チビは髪色も相まって手
遅れの中二病な感じを受ける。
……下手したら、某管理局の白い悪魔の部下になっちゃった数の子の五番目のコスプレをしていると取られかねない感じだ。


「だとしたら如何する?」

「貴様が織斑教官の弟などとは、私は絶対に認めぬ!貴様の様な軟弱者が、教官の弟などとは絶対に!」


銀髪眼帯チビは一夏に殴り掛かろうとするが、その拳が一夏を捉える事はなかった。


「ほう?初対面の相手にイキナリ殴りかかるとは、随分と過激な挨拶だなぁオイ、ドイツ人?」

「教官!?……いや、違うな。貴様、何者だ?」

「ハッ、敬愛する教官の家族構成位は把握しておけ。
 私は織斑円夏。織斑千冬と織斑一夏の妹だ。」


偽悪的な笑み浮かべた円夏がその腕を掴んで止めたのだ。
攻撃を止められた銀髪眼帯は、千冬と瓜二つの外見をしている円夏に一瞬戸惑うも、その正体を知ると己の行動を阻んだ相手として忌々し気に睨み付けて来た
が、そんなモノは円夏には全く通じていない。……千冬ですら恐れをなす、ガチギレした一夏を知る身としては、軍人の殺気の籠ったメンチギリも大した事ないの
である。


「ったく、余計な事するなよ円夏。
 俺があの程度の温い拳を喰らうと思ってるのか?カヅさんのマックス120kmを超える拳速を体験してる俺が。」

「いや、喰らうとは思ってないが、止めておかないと兄さんが反射的にカウンターの一本背負いを食らわせて、コイツが大怪我してしまうと思ってな?
 如何にコイツが先に殴りかかって来たとは言え、専用機持ちの代表候補生を怪我させたとなったら、正当防衛を主張しても無罪放免とは行かないだろう?」

「あ~~~、そっちか。」


そして、円夏が止めたのは、一夏の身を案じての事ではなく、一夏が銀髪眼帯に怪我をさせないようにだったみたいだ……まぁ、確かに日々のトレーニングで超
人の域に片足突っ込みつつある一夏が、カウンターで一本背負いぶちかましたら、下手すれば投げる際の勢いで肩関節脱臼、投げ付けた時のインパクトで脳震
盪+一時的な呼吸困難に陥りかねないから、円夏の行動は至極真っ当なモノだった訳だ。


「一夏は既に、リアルにストリートファイターのリュウレベルの戦闘力があるから。」

「一夏はスタンダートなバランス型じゃなくて、アグレッシブな攻撃型だからリュウよりもケンの方が合ってる気がするわよ?……ま、一夏がカウンター攻撃を叩き
 込んでいたら、此の銀髪ちゃんはタダでは済まなかったって言うのは同意だけれど。」


更に其処に更識姉妹も参加。……主人公って意味では簪が、性能面で言えば刀奈が夫々相応しいキャラを上げてる辺りに二卵性とは言え双子なのだと言う事
を感じるね。
だが、円夏に攻撃を止められてイラついている銀髪眼帯からしたら、円夏と刀奈が言った事は更に怒りのボルテージを上げるモノでしかなかった……直接的でな
いとは言え、『お前では一夏に勝てない』と言われたようなモノなのだから。


「貴様等、私を愚弄するか!!」

「刀奈も円夏もそんな心算はないぜ?ってか、お前を愚弄したところで何の得もないしな……でもまぁ、今は後ろに注意した方が良いんじゃねぇかと思うぜ?」

「貴様、何を訳の分からない事を……」






……何をしている、ボーデヴィッヒ?






一気に怒りのボルテージが上がり、更に噛み付こうとする銀髪眼帯だったが、突如背後から聞こえて来た底冷えのする声に、思わず後ろを振り返ってしまった。
そして彼女は見た……腕を組んで仁王立ちし、目の部分が影で覆われて右目のみが赤く光っている織斑千冬の姿を。背後に殺意の波動っぽい紫色のオーラと
不動明王、そして二体の金剛力士像が見えたのは見間違いではあるまい。


「き、教官!?」

此処では、『織斑先生』だ馬鹿者が。
 それにしても転校初日で問題を起こしてくれるとはいい度胸をしているなボーデヴィッヒ?……しかも、私の弟にいちゃもんを付けると
 は、全く持って見上げた度胸をしていると褒めてやる。
 公私は分けねばならんから、授業時間中は教師と生徒ではあるが、だからと言って織斑兄が私の弟だと言う事に変わりはなくてな……大
 事な弟に因縁を付けたお前を黙って見過ごしてやれるほど、私は聖人君子じゃないんだ。

「ひぃ!?」


その千冬の怒気を真正面から喰らった銀髪眼帯はブルブルと震えて失神寸前!寧ろ、ビビッてチビらなかっただけ大したモノだって言っても過言ではあるまい。
だが、この場合は寧ろ失神してしまった方が良かったかもしれない。


少し頭を冷やせ、この大馬鹿者が!!

「ひでぶ!!」


直後、千冬の一撃必殺技である『超出席簿アタック』が炸裂し、大凡出席簿で叩かれたとは思えない音が鳴り響き、其れを喰らった銀髪眼帯は一撃で戦闘不能
に……千冬の出席簿アタックは、Hunter×Hunterのウボォーギンのビックバンインパクトに匹敵する威力が有るとも言われているので、其れを喰らって気絶で済
んだのは幸運と言えるだろう――打ち所が悪かったら間違いなくGo to Hell!だっただろうからね。


「私のクラスの生徒が迷惑を掛けたな織斑兄、織斑妹……済まんな。」

「円夏のお蔭で俺は大丈夫だから気にしないでください織斑先生。
 にしても、コイツは何だって俺に敵意を向けて来たんすかねぇ?俺が知る限りではコイツとは初対面だし……ドイツ軍で教官をしてた事もある織斑先生なら、そ
 の辺の理由を知ってるんじゃないですか?」


此処で一夏は時間を作って聞こうと思っていた事を、予定とは違ったとは言え千冬に聞いていた……少しばかり聞き方に棘を感じるかも知れないだろうが、一夏
は神や仏じゃなく普通の人間なのだから、覚えのない悪意をぶつけられれば不機嫌にもなるってもんだ。
だから、少しばかり苛立ちを含んだ言い方になっても仕方あるまいて。


「……お前の言う通りだ織斑兄。
 ドイツで教官をしていた時、『出来損ない』と蔑まれていたコイツを不憫に思い、集中的に鍛えてやったのだが……その結果として、コイツは『力こそが全て』だ
 と思うようになってしまってな。
 本音を言うと其れも矯正してやる心算だったのだが……一年と言う短い期間では精神面まで鍛えてやる事は出来なくてな――その結果、力にしか価値を見出
 せなくなったコイツは、第二回モンド・グロッソの時に誘拐されたお前を一方的に『軟弱者』と決め付け、私の汚点と思っているみたいなんだ。」

「うん、意味分からねぇ。」

「その理屈で行くと、私も軟弱者になるのかしらね?」


千冬がその理由を話してくれたが……一夏の言う通り、マジで意味分からん。
千冬の強さに憧れて『力こそが全て』って考えに至ったのは百歩譲って良いとしても、なんだって誘拐された一夏が『軟弱者』って思考になるのか?確かに一夏
は何も出来ずに誘拐されちまったけど、其れは相手が武装した複数犯で有るのに対し、一夏は丸腰の一人だったからであり、木刀の一本でも装備してたら確実
に返り討ちにしてたからな?……まぁ、そうなった場合には一夏と刀奈は付き合ってなかったかもだけど。


「コイツの理論で言えばお前もそうなってしまうだろうな更識姉……迷惑を掛けて済まないが、そろそろ次の授業が始まるのでな、私はコイツを生徒指導室に連
 れて行くから、お前達は次の準備をしておけ。」

「ん、了解しました。」


気絶した銀髪眼帯を千冬は肩に担ぎ上げるとそのまま生徒指導室へ直行!それも普通に肩に担いでるのではなく、肩の上に仰向けにした状態……『カナディア
ン・バックブリーカー』で連行していた辺り、一夏に手を出した事に可成り怒って居ると言う事なのだろう。
その結果生徒指導室に運び込まれて目を覚ました銀髪眼帯は、背中に凄まじい痛みを感じたのだとか……ま、其れも自業自得だわな。








――――――








銀髪眼帯の襲来はあったが、無事に午前中の授業を終えた一夏達は屋上でランチタイム――今日も今日とて一夏チームの面々が勢揃いし、自分の弁当だけじ
ゃなく、それ以外の一品を持ち寄るのが何時の頃からお決まりになっているのだが……


「レイン先輩、なんすか其れ?」

「豚の骨付きもも肉だな。俗に言う、『漫画の肉』。其れをローストしたモンだ。」


本日は、レインが持って来た物が衝撃的過ぎた。
『豚のもも肉のロースト』ならば何の問題もなかったのだが、『豚の骨付きもも肉のロースト』と言うのはインパクトがハンパない!レインも言ってる様に、リアルに
『漫画の肉』な訳だからね?……てか、どうやって持って来たのか、其処が謎だわ。


「其れは、自分で作ったんですか?」

「いんや、学食で買って来た。」

「何を売ってんだよ此処の学食は?」

「発注しておいて言うのもなんだが……まさか本当にそのまま調理するとは思わなかったぞ?」

「あ、夏姫さんが一枚噛んでたんだ……」


そして此れは生徒会長である夏姫が一枚噛んでるっぽかった……生徒会長の権力使って画策したらしいが、ジョークで言った心算がまさか本当になるとは思わ
なかったと言う所だろう。ジョークは程々にである。
まぁ、突っ込み所は多数あるとは言え、豚の骨付きもも肉もこの人数でシェアすれば一人辺りの量は其処まで多くないので、さっそく切り分けて頂く事にした。

其れとは別に本日の一夏のお手製弁当のメニューは、刻みウナギと米をタレと一緒に炊き込んだひつまぶし風炊き込みご飯、ホウレン草とエビのマヨネーズ焼き
に四川風キンピラゴボウ、かに玉風玉子焼き(カニじゃなくてカニカマ使用)と相変わらずメッチャ美味そうなモノである。コレを五人前作っちゃうだけでも相当に凄
い事なのだが、マヨネーズ焼きに使ってるマヨネーズも市販品じゃなくて手作りしたモノなのだから大したモノだ。


「ん~~~♪やっぱり一夏のお弁当は最高ね!」

「マッタクだ。最早プロの腕前ではないかな此れは?」

「一夏が料理人になって店を出したら、即ミシュランガイドで星付きになる気がします。」

「確かに、其れは否定出来ないかもしれないわ。」

「お褒めに預かり恐悦至極、ってな。」


そして、その弁当がパートナー達に好評ってのが、一夏に更なるやる気を出させているのだ――誰だって、自分が作った料理を『美味しい』って食べて貰えれば
嬉しいモノだからね。
そんな訳で本日も楽しいランチタイムを過ごしていたのだが……


「えっと、君が織斑一夏君かな?」

「ん?」


其処に現れたのは金髪を一本に束ね、一夏や陽彩と同じ男子用の制服を着た……少女だった。


「そうだけど……コメット姉妹から聞いた、『男装して来た転校生』ってのはアンタの事か?」

「あぅぅ……そうだよ!僕が男装して来た転校生だよ!
 言っとくけどね、僕だってしたくて男装してるんじゃないからね?父さんが『男装趣味ありって備考欄に書いといたから、初日は男装して過ごせ』とか抜かした上
 に、ご丁寧に女子用の制服が届くのを明日にしやがったの!
 だから、ひっじょーに不本意だけど男装してるの!決して男装趣味じゃないから!そもそも自慢じゃないけど、この胸で男装しろとか無理があるから!」

「お、おう。何か色々と大変そうだな?でだ、俺に何か用か?」

「ハッ!ごめん、ついつい熱くなっちゃって。
 僕はシャルロット・デュノア。特に用があった訳じゃないんだけど、世界初の男性IS操縦者である織斑君に挨拶しておこうと思ってね……まさか、国家代表や代
 表候補生の集団と出くわすとは思わなかったけどさ。」


男装少女、シャルロットは如何やら一夏に挨拶に来たみたいだった――一夏の居場所は、四組に行って聞いたのだろうが、此れだけの大所帯に出くわすとは思
わなかったみたいだ。
しかも布仏姉妹を除いては、全員が国家代表や代表候補生だってんだから予想しろってのが無理ってモンだろう。


「要件は其れだけ。
 授業で一緒になる事はないけど、取り敢えず宜しくね織斑君。」

「あぁ、こっちこそな。」


で、簡単な挨拶だけ済ませるとシャルロットは屋上から去って行った。


そのシャルロットはと言うと……


「(織斑君の方はガードが堅そうだなぁ?……婚約者である更識刀奈さんを出し抜くのは難しそうだし、彼のデータは諦めた方が良さそうだね。
  となるとやっぱり二人目の彼が狙い目かな?彼にも婚約者は居るけど、更識刀奈さんと比べたら出し抜きやすそうだし、彼自身のガードも緩そうだから、僕と
  してもやり易いしね。
  もしも必要なら僕自身を餌にするって最終手段もあるし……彼のデータは手に入れたも同然だね。)」


考えてる事が可也ブラックだった。って言うか真っ黒だ。悟空ブラックも驚きの黒さだ。
一夏に挨拶に行ったのも、実は一夏からデータを得るのがどれくらいの難易度になるのかを確かめに行ったと言うのが本当の所なのだ……一夏自身にマッタク
隙が無かった事と、一夏と婚約関係にある刀奈から感じた『強者のオーラ』で一夏のデータは断念したようだが。
だが、其れで即座にターゲットを陽彩に切り替え、あまつさえ必要ならハニトラも厭わないとか、目的の為には手段を択ばないらしい……中性的な見た目が魅力
な美少女がまさかの腹黒とは、世の中分からんもんである。








――――――








五時限目は三組と四組の合同実技授業で、午前中の一組と二組の時と同様に山田先生が千冬が選んだ二人と模擬戦を行ったのだが、今回は生徒のタッグが
勝利した。
今回千冬が指名したのは刀奈とロランだったのだが、そのコンビネーションは実に凄まじく、現役時代は二つ名まであった山田先生を圧倒して見せたのだ。
二人の戦闘スタイルは、オーソドックスな前衛・後衛スタイルであったモノの、ロランは対鈴戦で見せたビームとライフルの波状攻撃で山田先生にプレッシャーを
掛け、刀奈は得意の槍術による近接戦闘で山田先生のラファールのシールドエネルギーをガリガリ削り、最後は超高速の連続突きでシールドエネルギーを削り
切ったのだ。
午前中とは全く反対の結果になったが、此れは山田先生の相手に差があった――午前中のタッグは乱もセシリアも(乱とセシリアの実力には差があるとは言え)
代表候補生であったのに対し、今回のタッグである刀奈とロランはどちらも国家代表と言う違いがある。
国家代表と代表候補生では実力に差がある……言うなれば『数値の上ではたった1ポイントだが、其処には覆しようのない差がある』って感じだ――ヴィシュヌ
と乱とレインが代表候補生に甘んじてるのは、実力が原因ではなく、前任の国家代表がまだ現役だからであるが。
其れを考えると、山田先生は確かに現役時代は日本の国家代表候補であり、その中でも飛び抜けた実力者ではあったのだが、現役引退まで代表候補だったと
言うのがこの結果だったのだろう。
山田先生に対して、刀奈とロランは『覆しようのない差』が有ったって訳だ――まぁ、其れでも国家代表のタッグを相手にソコソコ戦った山田先生の評価は上がっ
たのだけれどね。

如何やら千冬は午前中はどこか山田先生を舐めてる一組の生徒に山田先生の凄さを分からせる為に模擬戦を行い、逆に午後は国家代表が如何に凄いかって
事を認識させる為に模擬戦を行ったみたいだ……千冬もちゃんと考えてるんだな。

その後の授業は恙なく進んで終了となったのだが、午前中の授業が一組の生徒の歩行訓練になったのに対し、午後の授業は飛行訓練だった辺り、生徒のレベ
ルに差が出てるのは間違い無いだろう。……午前中の授業でも、一組の生徒が歩行で四苦八苦してる中、二組の生徒は余裕で歩行してたからな。



そんな訳で午後の授業も無事に終え、一夏と一夏のパートナーズ+四組の『本日の訓練メンバー』はアリーナでISの訓練の真最中。
教える側は日替わりで、一夏と一夏のパートナーズか、簪・円夏・コメット姉妹となっており、訓練メンバーもクラスの女子グループを日替わりでって感じになって
おり、今日は一夏と一夏のパートナーズが教える日だ。


「そうそう、いい感じだぜ矢竹さん。」

「神楽ちゃんは、もう少し肩の力を抜いた方がいいわね?真面目なのはいい事だけど、肩に力が入り過ぎてたら本来の力は出せないわよ?」


一夏と刀奈が中心となって訓練メンバーを指導しており、その指導も実に的確であり、ともすれば一夏と一夏のパートナーズはIS学園の教師として就職出来るん
じゃないかってレベルだ。
そんな一夏達の指導を受けてる四組の生徒はレベルアップするわな――二組と三組の生徒も時々この訓練に加わってるから、レベルは可成り高いけどね。

今日もいい感じで訓練が続いていたのだが……


「織斑一夏、私と戦え!!」


突如アリーナにそんな声が響いた。
一夏達が何事かと思って声がした方を向くと、其処には専用機と思われる機体を纏った銀髪眼帯の姿が……此れは、如何控えめに見ても面倒事発生だろう。
殺意の籠った視線を向けてくる銀髪眼帯に対して、一夏はあくまでもクールに静かな闘気を込めた視線をぶつける。
その視線はぶつかり合って、火花放電を起こしてるんじゃないかって錯覚を起こしそうなモノだが、一触即発の事態である事は間違いなさそうだ――一体、如何
なってしまうのか、だな。











 To Be Continued 







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