Side:ブランシュ


「二人が久方ぶりの再開で楽しんでいるうちに話を済ませたい。」


ユーゴとリンがお楽しみの間に事を済ませておかないとね。
さて、今この部屋には俺と親父さん、そして『イクスパンションスーツ』なるふざけたものを開発したクセロシキの3人がいる。
まずは親父さんからの話が先だ。


「ドクタークセロシキ、今一度確認させてもらう。
 今回の事件の犯人…あなたで間違いないわけだな?」

「ああそうだゾ…デッキを盗んだのも、そこにいるブランシュに大怪我を負わせたのもエスプリを操作したワタシの仕業。
 リンはスーツの中で何も知らずに寝ていただけだゾ。
 犯行には一切無関係、オマエ達が疑う必要一切なし。」

「そうか…。」


まずは犯行の証言を聞くこととなった。
そして、全ての犯行をクセロシキが行った事が証言される。
クセロシキ本人が認めている以上、そこを疑ってかかる必要はない。
我が身可愛さ優先ならリンに罪を押し付けていたと思われるが、それはないようで一安心。


「だから捕えるのはワタシだけでいいのだゾ。」

「結構、あなたの証言を信じよう。」

「リンは心が純粋でいい娘だ。
 …ワタシの悲願であるイクスパンションスーツの開発は彼女によって果たされたゾ。
 最早、思い残すことはないのだ。」


そうだな、リンはなんというか俺としても彼女からは純粋そうな印象を受けた。
そして、スーツが完成して思い残すことはない…か。
どうやら本当にスーツを使ってどうこうする気はなく、完成させることその物を目的としてたんだな。
狂ってる…けど、善悪云々で測れないあまりにも純粋な研究欲を持った科学者というわけだ。
だけど、リンと接しているうちにある種の父親的な感情が芽生えてしまったのかもな。
ユーゴとのデュエル後に苦しむ彼女を見て、自らの手で洗脳をやめたのはそういうことだろうし。

もっとも、俺はその純粋な科学者に残酷な仕打ちをしに残ったようなものだが。


「さあ、ワタシを連れて行け。」

「わかった…準備が整い次第署まで同行願おう。」


おっと…このまま即連行という流れになるのは具合が悪い、だからここは…!


二人とも、待って。

「ヌ?」

「どうした?」

「クセロシキ…あなたには逮捕される前にある事をしてもらう。
 この件の依頼主からあなたの処分を命令されたのもあるから…ね。」


無論、炎の女から命じられた処分の事だ。
ここは敢えて物理的に処分するのではなく、科学者にとって非道な事をする形をとるぞ。


「処分…とな?」

「ここで何をする気だ、ブランくん?」

「残酷な事だけど、単刀直入に言わせてもらう。
 その今しがた完成したという『イクスパンションスーツ』のデータを即座に抹消していただきたい。

ム?


俺は感情を消した冷酷な声でそのように宣告する。
サイコデュエリストと言う名の一種の化け物である俺から見ても、アレはやばすぎる。
だから、何としても量産化の芽を摘まなければならない。
それに、かつての俺の以上に悪い大人にいいように利用されて辛く悲しい思いをする人を見たくないんだよ。
悲願を達成したばかりのアンタにとっては酷く残酷な事…だけどな。


「…理由は?」

「話せば長くなるがいいか?」

「構わないゾ。」


そうして俺は二人にこのスーツの危険性を伝えた。
冗談抜きで世界を相手に戦争できるのもあって、俺のような境遇の子供が増えるのは間違いない。
スーツの力を使えば、本人の意志に関係なく洗脳しテロを起こす超人を何の訓練もせずとも生み出せる。
人間には過ぎた力を持っている俺から見ても色々な意味でやばいものだよ、本当に。

ついでにかつて俺自身が前髪野郎に洗脳された挙句、暴走してシグナーに仇なした経験も言っておいた。
これについては主に親父さんがショックを受けていたな…。


「ブランくんにそんな過去が…!
 今に至るまでに散々な事があったんだな。」

「そういうこと。その身に余る力で暴走した経験のある俺だからこそ警告しておく。
 このスーツは人類には過ぎた力だ、悪意のある奴に悪用される前にデータを消してもらいたい。」


誰とは言わないけどな…下手すると消されかねない立場だし。


「その処分を呑もう、それが最善であるならば止むを得まい。
 だが…条件がある。あの一着だけはリモートコントロール機能を消した上でリンに贈呈したい。
 リモートコントロール機能だけは考えた事そのもの失敗だったが、他の機能は使いよう次第で彼女にとって大いに役に立ってくれるはずだ。
 それが叶うなら、本当に悔いはないのだゾ。」


本当ならその一着に入ったデータも破棄しておきたいのだけどな…。
どうしたものか…だけど、彼の言う通り洗脳の危険がなくなった場合は考えようによっては心強い味方にもなりえるが…!


「…私からも頼む、なんだかんだでリンはこのドクタークセロシキを慕っているみたいだ。
 我儘を言ってしまって申し訳ないが、あれはリンとドクタークセロシキの絆の証とも言える…それをこちらの都合で奪いたくないんだ。」


そう、確かに見方によってはそう取れる。
二人がここまで言うのなら、彼女やユーゴも含めて信じるとするか。


「彼女なら悪い事には絶対に使わないと確信して言える。
 もし、悪い人から狙われたとしてもユーゴがいる!だから…」

「はぁ、仕方ないな…甘いよな、親父さん。
 だが、大いなる力には責任を伴う…まずはそれを理解させないとな。」

「ありがとう…!」

「すまぬ。」


まったくだ…俺も甘くなったものだよ、本当に。
リンにとっては護身用にもなりえるスーツ…力を間違った方向に使わないように教えないとな。
それと絶対にいわゆる悪の組織には渡さないように言っておかないと。

そして、クセロシキによりスーツのデータのあるところまで案内されると機器を操作し始めた。


「…まさか、完成して早々に破棄する事になるとは思わなかったゾ。
 だが、最早ワタシは逮捕される身……もう思い残す事はない…さらばだ……ポチっとな。」


すると、画面上に表示されていたものが消滅しその機械も自壊したのであった。
これでデータが消えたという事だろうか。


「これでスーツのデータが破棄できたはずだ。
 だが、この気持ちはなんだ?…取りつかれていた狂気から解放されたのかもしれないゾ。」


そして、不思議とクセロシキの表情は清々しいものとなっていた。
確かに狂気とも言える研究欲から解放されたのかもしれないな。


「これで俺からの処分はできたわけだな…。」

「さて、重い話はここまでにしよう…ドクタークセロシキ。
 今日はもうしばらくリンたちと共に過ごしていただけませんか?
 あなたを慕っており、この後のみんなでの食事も楽しみにしています。」


そして親父さんから張りつめたような空気が消え、リンたちと一緒に過ごす事をクセロシキに提案する。
俺としてはリンにはもう少し、ユーゴと二人きりになってもらいたいけどな。


「だから、事の真相を伝えるのは幸せな時間を過ごした後にやりたいのです。」

「……ハンサムとやら…お前は愚かだな……だが感謝するゾ。」


こうして俺達を苦しめたデッキ強奪事件は終わりを告げた。
後はクセロシキが盗んだデッキを持ち主に返すなりとかさせる事になるのだけどね。

あぁ……今日は色々と疲れた。

そして、その日の夜は病院送りになって一日入院する羽目になった。
あの時に無茶した結果だから仕方ないね。










異聞・遊戯王5D's 外伝 −esprit− Last Turn
『さらば、ミアレシティ』









Side:ユーゴ


久しぶりにリンと二人きりになり、食事の買い出しが終わってハンサムハウスに戻るところだ。
今日のところはここに寝泊まりするつもりだけど、リンが帰って来た事だし明日からはまた元いた所に戻らないとな。

で、途中口を滑らせてリンにアレを話してしまったのは失敗だったなぁ。
まぁ、今は現状を受け止めているからその辺は安心したが。

そして、先にブランやハンサムさんが帰ってきてると思ってドアを開けてみると…。


「あれ…まだ誰も帰ってきてないみたいだね。」

「そのようだな…待つとするか。」

「うん、そうだね…料理を先作っておこうかな?」

「だな…俺も手伝うぜ。」


まだ帰ってきてないならリンの言う通り、飯を作って待っておくか。
そのうち二人とも帰ってくるだろ。



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・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



「遅いね。」

「だな…何やってるんだろうな?」


そう思っていたんだが、気付いたら夜遅くに差し掛かっちまった。
リンが折角美味いご馳走を作ったというのに、これじゃ無駄になっちまう。
連絡してもどうしてか通じないし、二人で先食べて今日はもう寝るか?


――ガチャッ…!


と思っていたら、ドアを開ける音が聞こえてきた。
ハンサムさん達が帰って来たのか?


「失礼するゾ。」

「あっ…クセロシキおじさん……」

「げっ、てめぇかよ!…これ以上リンに手を出したらただじゃおかねぇ!」


実際にやってきたのはこの事件の主犯ことクセロシキだった。
よりにもよって、なんでお前がここに来るんだよ!
悪人と教えてしまったものの、リンは奴を慕っているようだが俺としては到底許せる相手じゃねぇし。


「案ずるな、そのつもりはないゾ。」

「ユーゴ、あまりクセロシキおじさんに突っかからないであげて…!
 悪い事はしていたかもしれないけど、心を開いてくれたみたいだし。」

「だけどよぉ…はぁ。」


う〜ん、どうも胡散臭いんだよなぁ。
だけどリンがこう言ってるし、少しだけ警戒を解いてやるか。
おっと、こいつにはまず聞きたいことがあったんだ。


「…ブランやハンサムさんはどうした?」

「ブランシュ…あの娘なら病院へ入院したから恐らく帰ってこないゾ。」

「ああ、そういうことだったのか…」

「だから、痛そうにしてたんだ…後で謝らないといけないね。」

「いや、リンは悪くないと思うぜ。」


成程…手負いの体でさらに殴られた以上はそうなるな。
そりゃあ、帰ってこないはずだぜ。


「それで、話を聞くにリンはある程度の真実は知ってしまったのか…本当に彼女には悪い事をしたゾ。」

「ああ、そういうことになる。
 それとやってしまった事は仕方ねぇよ…罪は償う気らしいから安心したけどよ。」


買い物の途中でクセロシキがやって来た事をつい口に滑らしちゃったんだよな。
その時リンの顔を少し曇らせちゃったけど、遅かれ早かれこうなってたわけだし。
で、クセロシキ自身も悪い事をした認識があるようだな。
リンに飛び火しなかった事が本当に幸いだ。


「……ハンサムとやらも色々忙しいようだが、手紙を預かっているから読むといい。」

ハンサムおじさんから…!?」

「手紙を…?」


すると、奴が俺達に一通の手紙を渡してきた。
忙しそうに何をしているのか気になるところだが、まずは手紙の中身を見てみないとな。


「どれどれ、読むぞ…」

【突然の手紙で失礼する。私だ、ハンサムだ。
 これより皆に伝えなければならない事があり、ここに手紙にして書き記した。
 どうか心して読んでほしい…実は私は探偵ではなく国際警察なのだ。】


「国際警察!?」

「そんな偉い人だったんだ…?」


マジか…身分を隠していたからわからなかったとはいえ、そんなすげぇ立場の人だったんだな。
色々と手続きなどで忙しいだろうし、今この場にいないのも頷ける。
身分を偽っていたのも、動きやすくするためだろうな。


【皆を騙していて申し訳なかった…というところで本題に入る。
 とあるヤマが解決したので、私は準備ができ次第ここを旅立つ。
 さみしいが、皆ともお別れだ…今までありがとう、そしてさらば。】


「そんな…ハンサムおじさん、帰っちゃうの?」

「立場から考えるとずっとここにいるわけにはいかないだろうしな…だが。」

「……」


追っていた事件の犯人…つまりここにいるクセロシキがこの付近にいると踏んで張り付いていただろうしな。
あまり大っぴらに身分を明かしてしまうと、警戒されてしまうだろうしな。
俺はその時ここにはいなかったから詳しい事はわからねぇけどよ。


【P.S. ユーゴくんとリンへ、君たちにハンサムハウスを譲る。
 なお、物件丸ごと買い取ったので家賃の心配は無用…どうか好きに使ってほしい。】



もしかして、俺たちが施設育ちの孤児である事を知っていてこれを…ありがてぇ。
ハンサムさんがいなくなっちまうのは寂しくなるけど、この場所を有効に活用してやらねぇとな。
だから、別れを惜しんじゃいけねぇな…想いを無駄にしちゃいけない。
けどよ…!


「久しぶりに会えたと思ったらすぐ行っちゃうなんて…!」

「せめて、別れの言葉くらい言わせてくれよ…!」


あの人が忙しく、都合があるのはわかる。
だけど、別れの言葉さえ言えずにいなくなっちまうなんてねぇだろ。


「今はまだ行ってないゾ、ワタシも一緒にここを離れる事になる…出頭するからな。
 本日はハンサムの温情でここへ参ったのだゾ…デッキを返す事を済ませるついでにな。」

「クセロシキおじさんも…そうですか。
 意識はなかったとはいえ、盗んでしまったデッキが持ち主に戻ってよかったです。」


とりあえず、デッキが元の持ち主に戻ったようでよかったぜ。

クセロシキがハンサムさんと一緒に行く事が分かった今…まだ行ってない事がわかってよかったぜ。
挨拶さえできないで離れ離れになるのはもやもやするからな。


「あと、もしよければ料理が出来ておりますので食べていかれませんか?
 悪い事を手伝ってしまったとはいえ、お仕事を円満に終える事が出来たのでこの形で感謝を伝えたいのです。」

「リンの料理は美味いぜ、食ってもいいけど残したら承知しないからな。」

「いい子たちだ……では、ありがたくいただくとしよう。」

「「「いただきます!」」ゾ!」


こうして、3人で食卓に並んだ料理を食べる事にした。
時間がたって少し冷たくなってたけど、それでもすっげえ美味かった!!
やっぱリンの手料理は最高だぜ!!








――――――








Side:ブランシュ


あれから一日が経過し、俺は暫く無理はできないものの早々に出る事になった。
盗まれたデッキも無事戻り事件が無事解決したので、そろそろミスティと合流しないと。
ユーゴ達とはこれでお別れという事になるけど、いつかまた会える時が来ると思ってるから特に心配していない。


『もしもし、久しぶりねブラン…中々連絡来なくて心配したのよ。』

「心配かけてごめん、ミスティ…随分と手間取ったけど、無事に事件を解決できた。」

『そう…それはよかったわ。』

「ああ、これでようやく元の生活に戻れるよ。」


実際は全然無事じゃないけど…主に物理的な意味で。
現状は包帯を巻いたままでの再開になりそうなのが残念だな。
それに今まで休んでしまった分、マネージャーの仕事もきつくなるだろうから覚悟しておかないと。

え?お前は見た目的にマネージャーと言うよりアイドルだって?
無理無理。見た目は兎も角、こんな性格だからファンに媚びなんて売れないし。


「それで…どこで合流する?今はまだミアレにいるけど。」

『あら、実は近くまで戻ってきたのよ…私は今、クノエにいるわ。』

「マジで!?」


今、ミスティがいるという場所はクノエシティ。
俺が今いるミアレから北へ進んだすぐのところにある街だ。
これならすぐにでも合流できそうだ。


『ええ、明日の朝まではそこに滞在してるからそれまでに合流お願いね。』

「わかった、準備ができ次第すぐ向かうつもりだから。」

『そういう事でお願いするわ、では切るわね。』


そうして通話が切れた。
そうなると最悪明日の朝までに着けばいいから、少し余裕があるな。
ユーゴ達や親父さんに挨拶していかないとね。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



「だから返した…もう全て返したゾ。」

「…そうか。エスプリを使って盗んだデッキは全て持ち主の元へ戻ったか。」


で、退院早々フラダリカフェにて親父さんとクセロシキによる大人の話を聞いているところだ。
親父さんとは何とか連絡が付き、別れの挨拶を言いたいから会いたいといったところ…ここにいるとのことであがらせていただいている。
親父さんの正体は探偵どころか国際警察という凄まじい立場にあるらしい事を知った。
親父さんも間もなくクセロシキを連れてここを離れるらしい。

そして、クセロシキは盗んだデッキをちゃんと返したようだ。

ちなみに、ユーゴがリンに事のあらましをある程度話してしまったみたい。
だけど、話を聞くに思ったより落ち込んでなかったようでよかった。
これで正真正銘の一件落着かな。


「その通り、元通り。出頭はするから、しばしここで待て。」

「一体なんだというんだ…電車の時間が迫ってきたというのに。」

「あ、そういうこと…ならもう少し待ってやろうか、親父さん。」

「ブランくんまで…。」


実のところ、クセロシキがここで待たせる理由もわかる。
あの二人に別れの挨拶をせずに立ち去ってしまうのは拙いと思うし。


「だって、あの二人に挨拶せずにここを去ろうとしたでしょう?」

「うっ…それは…!


辛気臭くなるのが嫌なのはわからなくはないけど、別れも言えないまま残されたあの二人の事も考えないと。
俺も少し遅れてここを去ることになるけど、せめて挨拶はしておかないとって思う。


「待てと言うのは、二人をここに呼んだからでしょう?」

「ああ、そうだゾ…オマエ、察しがいいな。


まぁ、来るだろうという予感がしたからかな。
クセロシキ曰く、ここに呼んだという事で待つのが正解の様だ。


「…別れの挨拶は面と向かっておかないとダメか。」

「そういうこと…俺もじきにここを離れるし、最後くらいはみんな揃って挨拶しておきたいんだ。
 俺もミスティのマネージャーとしての仕事が控えてるし、あまりここに長居はできないからね。」


今日に至るまでその仕事を投げ出して事件解決に乗り出してきたからなぁ。
ミスティも心配してるし、用を済ませたら行かないとな。


「ハンサムハウスに来る前は、世界的トップモデルのミスティ・ローラのマネージャーをしてるんだったな。
 色々と大変だとは思うが、がんばってこい。」

「親父さんこそ、次もきちっとしないとね。」


今回は速急に解決せざるを得ないとはいえ、親父さんは炎の女との取引と言う使いたくなかったであろう切り札を切ってしまった。
これが吉とでるか凶と出るか…これからの親父さんと俺次第だろうな。
クセロシキの処分はああいう形になったけど、それをどうとるかだな。
少なくとも、スーツのデータを残しておくよりはマシだと思う事にしておこう。


「え、なんだって?」

「またまた〜…炎の女の件、冗談抜きで大失態になりかねないぞ?」

「それは承知の上、本当は切りたくなかったさ…だが。」

「ああ、時間のなさとリンの身を考えるとやむを得ない所があるのは知ってる。」


実際、次の任務までの時間がなかっただろうしね。
この件で犯人がここにいるクセロシキだとわからなければ、この事件は解決できなかっただろうし。
そう考えると複雑な気分だよな…奴の手を借りなければ解決できなかったと考えると。


「それと…今思い出したけど、クセロシキに一つ聞きたい事があったんだ。」

「ヌ、なんだ?」

「どうしてエスプリは昔の俺の人格で活動していた事もあったんだろう?
 どうしても、そこが解せないから聞いておこうと思って。」


俺の昔の姿でそれっぽい正確の人格で活動していた時があったのが謎だ。
鎧殻黒龍の偽物があった理由も結局は謎だし、別の何かの介入があったとしか思えない。


「すまぬ…実はワタシにも詳しい事はよくわからん。
 だが、エスプリを動かし始めた時に得体のしれない怪しげな奴と接触したのは覚えている。
 オマエの偽物として活動し始めたのはそれからの事だゾ。」

「あ〜やはり別の何かの介入があったわけか。」


昔の俺の姿を模していたりしたのはそいつの介入のせいか。
全くの正体不明だけど、今後警戒するに越した事はなさそうだ。

それは兎も角、後はユーゴたちが来るのを待つのみ。


「おーい!ぜぇ、ぜぇ…


おっ、噂をすれば何とやら…ユーゴとリンの二人が現れた。


「よく来た、ユーゴにリン。」

「クセロシキおじさん、連絡ありがとうございます。」

「で、昨日はハンサムハウスに戻れなかったけど…おはよう、二人とも。」

「おう!ブラン、もう退院できたんだな…」

「ブランシュさんもおはようございます。」


二人が元気に挨拶を返してくれてるからこっちも笑顔になる。
ま、下手に無理な事をすると今度こそ俺自身ポックリ逝きかねないけどね。
これから暫くは変な事せず、大人しくマネージャー業しておこうかな?


「それで、ユーゴから全て聞きました。
 知らない内にブランシュさんに大怪我させてしまったみたいでごめんなさい。」

「いや、呼び捨てでいいよ…それに、リンはそんなに悪くないんだしさ。」


そもそも、俺…リンより一つ年下のはずなんだけど。
それは兎も角、悪いのはリンをエスプリとして動かしたクセロシキだ。
ホイホイ釣られてスーツの被験体に協力した事など、リンにも責任がないとは言えないけどね。


「それでハンサムおじさん…どうして黙って行こうとするの?」

「水臭いんだよ、ハンサムさん…!
 せめて俺たちにも送るくらいはさせてくれよ…!」

「お前たちへの配慮が足りなかった…すまないと思ってる。
 だが、手紙にも書いた通り私は国際警察故に忙しい身なのだ。
 事件があれば世界のどこへも駆けつけるのが仕事、次の任務が待っているんだ。」


国際警察である以上、世界のどこでも厄介な事件が出てきたら向かわなくちゃならないみたいだしね。
そんなのがあるのが知らなかったし、話半分ではあるけどね。


「本当なら俺たちも連れて行ってほしかったんだがな。」

「今までまともに助手をやれてなかったし、少しずつ恩返ししたかったのに。」

「ありがとう…だが、お前たちを連れていく事はできない。」


色々な事を考えると単独行動の方が動きやすいだろうしね。
私情に動かされてしまったら大事な場面で判断が鈍るのもあるし。
それに、炎の女の件を考えると猶更だ。


「それに、親父さんはやばい奴に目を付けられてるはずだから。
 そう考えると、二人を護るためにもやむを得ないだろうね。」

「ああ、ブランくんの言う通りそういうことになる…本当に済まない。
 そうだな…それでは、お前たち二人に重要な任務を言い渡す。

「任務…ですか?」

「いったい何を…!」


多分…アレだな。


「この瞬間からお前たちをハンサムハウス二代目所長に任命する。
 そして、このミアレの平和を守ってほしい。」

「「!!?」」

「ああ、成程…」


リンはこれからイクスパンションスーツの所持者となる。
彼女にこのミアレの平和を守らせる事で、自らの身とスーツを守らせる算段と言うわけだな。
リンだけじゃあまりに危ういけど、そこをユーゴがカバーするというわけか。
まだまだ荷が重いかもしれないけど、がんばってほしいところね。
この二人の絆なら、どんな困難も乗り越えてくれると信じてるから。


「そうか…そういうことなら俺達に任せとけ!

「わたし達でどこまでやれるかわからないけど、がんばってみる!」


とりあえず二人がやる気になってくれたようで親父さんも安心だろうな。


「それを聞いて安心してここを後にする事が出来るな。
 例え、離れ離れになっても私たちは繋がっている。
 ハンサムハウスで暮らした、最高の仲間として!」

キズナ!キズナだな!見る事も存在する事もできないという概念。
 だが、ワタシはキズナを否定しないぞ!
 国際警察とお前たち二人はキズナでリンクしている…!」

「クセロシキおじさん…」

「…解せぬ。」


空気読めてないけど俺、仲間外れェ…もっとも、リンと接点なかったから仕方ないけどね。
だけど、絆でつながっている限り…いつかまた会える日がくるだろうな。


リン!オマエにはワタシのデッキとイクスパンションスーツを贈呈するゾ!
 二代目所長としてエスプリとなり、ミアレを守るがいいのだ!
 そして、ワタシのデッキもみんなお前にやるゾ!」

「クセロシキおじさんはユーゴから聞いたけど、とても悪い事をした人なんだよね。
 でも、わたしはおじさんの事す…もとい、何というのかな?嫌いじゃなかったよ。」


今何を言いかけた?というのは兎も角、悪い事させられながらこういう事は中々言えるものじゃないな。
…もし、クセロシキが前髪のような奴だったら完全にアウトだっただろうけどな。
そしてデッキと言うのはユーゴとのデュエルで使っていたアレだろう事は推測できる。


「おじさんが託してくれたデッキとスーツ…ずっとずっと大切にするね。
 クセロシキおじさんとわたしの大事なキズナの証だから。」

「リン、よかったな。」

「おっと、みんなすまない…電車の時間がもうすぐだ、もう行かねば。」


と、ここで親父さんの時間が無くなってしまったようだ。


「もう引き留めないよ…わたしたちがこの街を守るから!」

「だから、安心して次の仕事行ってくれ!」

「俺も親父さんには大変お世話になりました!」

「ブランくんも達者でな。」


もう親父さんは行かないとならないわけだ。
俺たち3人で見送ろう。


「ミアレの事頼んだぞ、二人とも!」

「リン!それにユーゴ!ヘマをやらかすんじゃないぞ!」

「…あ。」


あ…ここで、ユーゴが何かに気付いたみたい。
そう、俺に託していない点のことだろう。


「では改めて…ミアレの平和は君たち二人に任せた!
 今までありがとう、いざさらば!」

「親父さん、この度は本当にありがとうございました!この恩は忘れません!


そうして親父さんはクセロシキを連れてここを早足で去っていった。
俺は精一杯の感謝を口にしつつ、二人を見送った。


「今までありがとう…さようなら……」


こうして、手強かったこの事件は本当の締めくくりを迎える事になった。
さてと、次は…俺の番だな。


「で、ブラン…お前はこれからどうするんだ?」

「嘘を言っても仕方ない、正直に話すよ……俺ももうじきここを離れる。」

「そうか…ハンサムさんがお前にミアレの平和を託さなかったように見えた理由がそれか。」


意外と話が見えてるみたいだ、こういう所で鋭い奴だ。
そして、親父さんが俺に託さなかった時点で俺がここを去る事は察していたみたい。


「出会えたばかりなのに、もう行っちゃうの?」

「ああ、元々この事件に巻き込まれたせいで無理言ってここに滞在していたものだから。
 ここを去った後は、本来の俺の仕事に戻るだけだよ。」

「そうなんだ…少し残念だけど、無理に引き留めたりはしないよ。」


元々、ミスティに無理言ってここに滞在していたものだからね。
成すべき事が終われば、ここに滞在する理由もないわけだ。
とりあえず、引き留められずに済みそうでよかった。

それと、ここを去る前にリンには言っておかないといけない事がある。


「ありがとう…でも、ここを去る前にあなたに約束してほしい事があるんだ。」

「それって…?」

「あなたは『イクスパンションスーツ』という強大な力を託された。
 だけど、その力の使い時を間違えれば大惨事を引き起こしかねない…わかる?」

「うん…ブランシュ、あなたに大怪我を負わせてしまった程のものだから。」


そう、常人どころか俺のようなサイコデュエリストでさえ手を付けられない程の力をそのスーツには秘めている。
その使い方を誤ればとんでもないことになりかねない危険なものだ。
そのスーツの凄まじさは彼女も多少の理解はあるみたいね。


「だから俺と約束して…まず、この力を悪い方向に使わずに何かを守るための力として使う事。
 大いなる力には責任が伴う…かつての俺のように常人にない力で暴走なんてしたら、周りの人が辛くなるし悲しむから。
 そして、この力を決して誰にも渡さない事…いいかな?」

「難しいかもしれませんが、それを守って頑張ってみます。」


両方とも簡単なようで難しいことだ。
俺だって少しでも油断したり焦ったら、力を振りかざしてしまいがちだから。
そして、誰にもこの力を渡しちゃいけないんだ…特に炎の女にはね。


「一度道を踏み外した俺だからこそ、この事は伝えないとってね。
 辛く険しい道になるとは思うけど、きっと乗り越えられると信じてるから。
 そして、ユーゴも彼女の助けになってあげて。」

「おう、言われるまでもねぇ!
 もう二度とリンがいなくなるなんて事態には絶対させねぇからな。」

もう、ユーゴったら…でも、ありがとね。
 わたし、ユーゴと一緒にハンサムハウス2代目所長としてミアレの平和を守ります。」


本当にいい雰囲気だ、この二人…まったくお似合いだよ。
二人がこう言っているなら、大丈夫そうだ。
よし、そろそろここを出るとするかな。


「それじゃ…俺はそろそろ行くよ。」

「お、もう行くのか…寂しくなるな。
 だけど、いつかまた会おうぜ!」

「ああ、いつかまた近いうちに再会できる嬉しいかな…それじゃ、二人とも達者で。」

「うん、ブランシュこそね。」


そうして俺はこの場を立ち去り、Dボードに乗ってミアレを後にした。
炎の女などの懸念事項はまだ残ってるけど、あの二人なら乗り越えられるはず。
クセロシキが言った正体不明の奴といい、俺も油断しちゃいけないけどね。

さて、ミスティには大いに心配をかけてしまった上に仕事が溜まってしまったはずだ。
だけど、あの二人は険しい道を歩み始めたんだ…俺も負けないくらいがんばらなくちゃ。

そして、ミスティと再会した時に思い切り怒られたのは言うまでもない。
大怪我した上に随分と無茶したから仕方ないね。










 異聞・遊戯王5D's 外伝 −esprit− fin.









Side:炎の女


「…してやられましたね。」


やはり、こうなりましたか。
こちらの思惑としては用済みのクセロシキを彼女に処分させ、残ったスーツのデータを頂く算段でしたが。
奴は処分という依頼を物理的に抹殺するという事でなく、『科学者としての成果を自らの手で消させる』というように解釈しましたか。
スーツのデータを再構築しようにもクセロシキの心が洗われてしまった以上、それは最早望めないでしょう。
もっともそれが残っていることなど、大して期待はしていなかったのだけれどもね。

現存しているのは肝心の『リモートコントロール機能』が失われた一着のみ。
しかもそれは彼女の体型に合わせたもの…その上データの吸出しができるとは考えにくく、量産化は絶望的。

ブランシュ・ノーチラス…数人を率いてフレア団を壊滅に追い込んだ少女。
自らや身内が危険にさらされるかもしれない中、今後のためにスーツのデータを抹消する道を選ぶほどの強靭な意志。
本当に憎たらしいサイコデュエリスト。


「笑えるくらいにね、あーっはっはっは!!


そして、彼女がしてやった惨状に思わず笑い声を上げてしまう。

今回の依頼で彼女は本当に余計な事をしてくれたわ…憎すぎて、むしろ好きよ。
ですが、彼女を潰すのは次に対峙する機会があった時にしておきましょう。
そうでなくては、面白くないわ…手負いの彼女を潰したところでね。

それに、肝心の取引こそは無事に守られたようで安心したわ。
それが破られていたならば、間違いなくハンサムもブランシュもその身内もこの手で処分していた事でしょうから。








――――――








Side:プラシド


ブランシュ・ノーチラス…ディヴァインという輩が生み出した元人造シグナーにしてイレギュラー。
あの上条遊里にも渡り合った程の実力を持つ、水属性使いのサイコデュエリスト。
今回は、ゴーストの1体が潰された腹いせにしばしこいつで遊ばせてもらった。
クセロシキという狂った科学者に資金援助をし、強化スーツの女にはオモチャを仕込んで昔の奴に擬態させた上でデッキを盗ませてな。

くはははは…!実に面白いショーを見せてもらった。
シンクロやエクシーズ召喚に頼らずとも戦い抜いた貴様の実力、我々にとっても一目置くものがある。
いずれは我々の手駒として働いてもらうぞ…貴様にはそれだけの価値がある。

一方で、クセロシキもよくここまで働いてくれたものだ。
あくまで科学者としての好奇心を追及するだけの男…そのためならば手段は選ばない危険人物。
そして、奴の最高傑作という『イクスパンションスーツ』
どんな凡庸な奴でも、それを着るだけでサイコデュエリストさえ物理的に軽く一蹴できてしまうものだったのだ。
洗脳機能や変身機能などのおまけ付きでな…!
それを略独りで生み出した奴の科学力は目を見張るものがあった。
もっとも、奴はそのデータを抹消した上で警察に出頭してしまったがな。

あのスーツを量産できれば、シティをカオスに陥れるのは容易いものだっただろう。
実に惜しいが、ホセとルチアーノに見つかってしまった以上はもう手出しできんな。



だが、シグナー共と本格的に交える前のいい暇つぶしにはなったぜ。









 異聞・遊戯王5D'sの本編へ続く