Side:エリカ


始まったわね、万年1回戦負けの弱小校と言われてる、明光大の1回戦の試合が。
西住隊長には『よく見ておけ』と言われたけれど、言われなくともよく見る心算だったわ……あの子の、西住みほの試合は、全部みんな全て!
小学校の時に、西住隊長以外で、唯一私に黒星をつけた相手の試合を見て、そして分析しない事には、雪辱を果たす事は出来ないもの。



「逸見さん、なんか気合入ってません?」

「気合が入ってる?……そうかも知れないわね赤星。」

気合が入っているというよりは、気持ちが昂ってると言った方が正しいのかもしれないけど、何れにしても、今の私の気持ちが高揚してるのは、
間違いないとだけ言っておくわ。

単純な戦車の性能差を言うならば、明光大の方が浪花中を上回ってるけれど、フラッグ車だけは、浪花中の方が圧倒的に強いから、アレをどう
やって倒すかが重要になってくるわね?
フラッグ戦である以上は、ドレだけ相手戦車を撃破しようと、フラッグ車を撃破出来なければ意味は無いんだから。

でも、如何言う訳か、あの子が負けるヴィジョンて言う物が、全く持ってイメージできないのよね?
或は、私の手で倒したいって言う願望がそうさせてるのかも知れないけれど、どうしても、あの子が倒される姿をイメージする事が出来ないわ。



「此の試合、明光大が勝つ。其れは間違いない。」



って、貴女が言いきりますか西住隊長!!
と言うか、貴女が言いきった以上、其れは絶対と言うか何と言うか…取り敢えず試合の結果を見届けて、結論はそれからにするのが一番よね。

何にしても見せてもらうわ、貴女が如何戦うのかを……西住みほ!!










ガールズ&パンツァー~隻腕の軍神~ Panzer10
『これが隻腕の軍神の力です!!』










No Side


始まった1回戦第6試合。
その試合開始と同時に、みほは自軍のⅢ号2輌を本体から分離させて、敵の動きを掴むための斥候として別行動を取らせていた。
戦車道に限らず、どんな競技でも相手の動きを知る事が出来れば優位に立てるのは間違いないのだから、此れはある意味で定石戦術だろう。


「此方、パンターブルー。Ⅲ号B車、Ⅲ号D車、敵部隊に大きな動きは見られましたか?」

『こちらⅢ号B車。
 浪花中は、ARL-44の周囲を、R-40とB1bisが取り囲むような陣形で、草原を移動中――此のまま進めば、10分後に隊長達と接敵すると
 思うよ。』


「分かりました、引き続き、無理のない範囲で偵察を続けて下さい。」


そして、どんな些細な事であっても、斥候に出したメンバーから齎されたデータと言うモノが、戦局に大きな影響を与える事は少なくない。本格
的な戦闘状態になってからは勿論の事、そうなる前に齎されたデータは特にだ。


「全軍に通達。
 敵戦車チームは、フラッグ車を護る形の陣形を展開しているようなので、此れより私達は、隊を幾つかに分けて行動しようと思います。
 パンター2輌とティーガーⅠB車が1組となって、此の儘敵の眼前に躍り出て攻撃を仕掛けます。
 そしてⅢ突と、斥候に出なかったⅢ号2輌で2つのチームを作って敵陣のサイドに回り込んで、護衛のR-40とB1bisのみを攻撃して下さい。無
 理に撃破は狙わず、陣形を崩す事をメインにお願いします。」


それを聞いたみほは、すぐさま最も効果的な作戦を頭の中で構築して、味方全軍に通達する。
そして此処でも、指示は大まかなモノしか出さず、後は現場の状況で判断してと言う感じ――正に、かの名将『ハインツ・グデーリアン』が実戦
導入した『訓令戦術』その物であり、戦術マニュアルが存在しない明光大にはピッタリの戦術なのだ。


「陣形が乱れたら……お願いしますね、近坂部長?」

「OK、任されたわ西住隊長。」


最後に、凛にお願いをしたみほは、其のままもう1輌のパンターと、ティーガーⅠB車を引き連れて進軍。
Ⅲ突A車はⅢ号C車と、Ⅲ突B車はⅢ号A車と共に、敵陣のサイドに回るように移動を開始し、凛が搭乗しているティーガーⅠA車は、敵陣の後
方から攻められるように移動を開始した。








――――――








一方の浪花中学は、フラッグ車であるARL-44を、R-40とB1bisが取り囲む形で平原を進んでいた。
この広い平原のフィールドならば、普通は偵察を出して相手の動きを探るのが定石なのだが、ARL-44以外はハッキリ言って低性能の戦車し
かない浪花中は、偵察に人員を割く事は出来ないでいた。

尤も、ARL-44の主砲ならば、相手のフラッグ車がマウスででもない限りは、大抵の戦車の正面装甲を抜く事が出来るので、敵フラッグ車さえ
見つけてしまえば勝つ事も出来るのだ……極論ではあるが。


「(おそらく相手は斥候を出して、こっちの動きを掴んでるやろな。せやけど、動きを掴まれたところでうち等は何にも痛いモンはないで?
  ……私等のやる事は只1つ!ARL-44の圧倒的な性能で、相手を倒す其れだけや!!)」


実際に浪花中の隊長も、そう考えて居た。
ARL-44の正面装甲は、明光大が所有するティーガーⅠの88mm砲でも撃ち抜くのは簡単ではない……故に、R-40とB1bisが全滅したとし
ても、ARL-44でフラッグ車を撃破すればそれでいいと思っていたのだ。


だがしかし、その考えは、脆く崩れることになる。


「何やアレ……アレは、明光大のⅢ号!!」


進軍する一段の前に、突如2輌のⅢ号が現れて攻撃を仕掛けて来たのだ。


「奇襲とはやってくれるやないか……怯むな、応戦や!!」


この奇襲に対して、すぐさま応戦できるというのは、中々に隊長の能力が高いと言う事の現れだ――だがしかし、此のⅢ号の攻撃は、みほが命
じた物ではない。
斥候に出ていた2輌のⅢ号が、夫々己の判断で動いて、そして浪花中の前に躍り出たのだ。しかもみほ達が、接敵するよりも早くだ。
そもそも、みほからは『無理のない範囲で偵察を続けろ』とは言われたが、だからと言って『攻撃するな』とは言われていないし、此の行為だって
見様によっては『敵戦力が如何程かの偵察』と言えなくもないのだから、命令違反でもないだろう。無理矢理だが。


「足回りが強いⅢ号で奇襲っちゅうんは、中々にやるやないか西住隊長も。
 最大速度では追いつけへんし、チョロチョロ動かれたら狙うのやって容易やない……尤も、行間射撃なんぞ碌に当たるもんやないんやけど。
 やけど、浪花魂舐めたらアカンで?B1には、砲身が2つある事忘れんなや!B1は、2つの砲門でⅢ号に連続攻撃せやぁ!!初撃破を取れ
 ば、流れをつかむ事が出来るからなぁ!」


加えて、浪花中の隊長――風間はやては、奇襲をかけて来たのがⅢ号であったのはラッキーであったと思っていた。
総合能力が高い水準で纏められているⅢ号であるが、その装甲はルノーB1bisならば抜く事は出来る上に、B1には砲門が2つあるから、連射
に近い連続砲撃が可能なのだ。(その場合の車長の負担は半端なものではないが。)

すぐさま、B1からの凄まじい砲撃が開始されるが、当たらない。掠りはすれどクリーンヒットには至らない。
果たして、戦車道をはじめて間もない、素人同然の操縦士が直撃を受けないように操縦できるのかと思うだろうが、出来るのだⅢ号ならば。
Ⅲ号戦車は、ドイツの主力中戦車の先駆け的存在であり、攻守速を比較的高い水準で備えているのが特徴だが、それ以上に『扱いやすさ』と
言う点に於いても、抜群に扱いやすいのだ。
アメリカ産のシャーマンと比べれば劣るモノの、その扱い易さは数ある中戦車の中でもトップクラスと言っても過言ではない――故に、基本的な
動かし方さえ覚えてしまえば、後は割と自由に動かせるのだ。
だからこそ、撃破されずに走行をする事だって出来るのである。

そして、此のⅢ号2輌は、決して無謀な突撃をした訳ではない。
この2輌は斥候に出ていた訳であり、みほ達と後どれくらいで遭遇するかは分かっているし、みほの全軍に通達した作戦だって聞いている…つ
まり、この奇襲は、浪花中の部隊をみほが率いる小隊の前まで誘導するのが目的だったのだ。


「西住隊長、敵連れてきました~~~♪」

「お疲れ様でした。では、此れより本隊に合流して下さい。」

「了解したっス!」


その思惑は成功し、程なくみほが率いるパンター2輌とティーガーⅠB車で構成された小隊と、浪花中がエンカウント!
同時に、奇襲をかけたⅢ号2輌も旋回して、敵チームと向き合う形になって改めて前進!!


「んな!?……奇襲だけやなくて、誘導までやったんか……上等やないか!!」

「メインイベントは此処からです……行きますよ!!」


更に其処に、別動隊のⅢ突とⅢ号が合流し、試合は一気に敵味方が入り乱れる戦車戦へと突入していった。
そして、その大混戦の中で活躍しているのは、矢張り最強の中戦車であるパンターと、最強と名高い重戦車のティーガーⅠなのは間違いない。
パンターは、その能力をフルに活用して、B1やR-40を撃破し、ティーガーⅠも最強の88mm砲で的確に相手の戦車を撃破していく。

だが、浪花中とてやられっぱなしではなく、ARL-44を中心に的確な砲撃を行い、明光大のⅢ号を撃破していく。


「スイマセン、やられちゃいました隊長!!」

「いえ、よく頑張ってくれました……其れよりもけが人は居ませんか?」

「全員無事でーす。」

「分かりました。後は任せて下さい。」


こんな中でも、仲間の安否を気遣うのがみほらしいと言えばらしいだろう。
みほは、自分でも自覚はしてないだろうが、勝利の為に仲間を斬り捨てる事を良しとしない部分がある――だから、撃破された戦車のクルーの
事を心配するのは当然の事なのだ。

同時にそれは、味方が撃破された場合には撃破された仲間の為にも絶対に勝つという思いをみほの中で弾けさせる要因にもなっているのだ。


とは言え、此のままでは互いに決定打が打てないのも事実。
そんな状況の中で、先に動いたのは浪花中の隊長だった。


「こうなったら他は無視して、隊長車を撃破や!!
 隊長が撃破されれば、指揮系統が機能しなくなって、流れは一気にこっちに向かって来る筈や!!全軍、青いパンターを集中攻撃せやぁ!」


この状況を動かし、そして勝つ為に、明光大の隊長車――引いてはみほが搭乗するパンターの撃破に目的を切り替えて来た。
確かに、隊長が撃破されれば、指揮系統が立ち行かなくなり、明光大の部隊は大混乱に陥るだろう――如何に、訓令戦術とは言えど、部隊の
長が討ち取られてしまっては、士気も下がってしまい、其処に隙が生じるモノなのだ。

実際に、みほのパンターに攻撃を集中してからは、浪花中の戦車が撃破される事は少なくなった。――尤も、標的にされた青のパンターは、未
だにノーダメージなのだが。
しかしそれでも、集中攻撃を受ければ、どうしても足が止まる瞬間が出来てしまう。


「もろたで西住!!」


その生まれた僅かな隙を狙って、ARL-44は青いパンターを撃破せんとするが――



「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


――ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!!

――ベキィィィィィィィィ!!


「何やとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


隊長車を護ろうとして放たれたⅢ突の砲撃が、ARL-44の主砲をものの見事に、中間部から完全粉砕!!
長砲身の75mmの砲撃の破壊力は、化け物染みた性能の重戦車の牙を、ものの見事にへし折ったのだ。――正にⅢ突恐るべしであるだろう。

だが、砲身が半分になったからと言っても、ARL-44は未だ戦闘が可能な状態であり、実際に折れた砲身から弾を放っているのだ。――尤も
本来の砲撃性の半分も発揮できてはいないが。
それでも撃破されていない辺り、ARL-44の装甲厚の凄さを物語って居るだろう。

しかし、主砲を折られたARL-44は、牙をもがれたライオンに他ならない。


「行きます!」


その号令を合図に、みほが率いる青のパンターは、ARL-44に突撃し、そしてそのまま側面に回り込んで超長砲身75mmの砲撃を炸裂する!
無論、其れに負けじとARL-44も、必殺の90mm砲を炸裂!!!

だが――


――ドガァァァァアッァァァァァァァァァァァァァァン!!

――パシュン!




『浪花中フラッグ車、走行不能。明光大付属中学校の勝利です。』



パンターではない砲撃がARL-44の側面をぶち抜き、見事にフラッグ車を撃破!!
其れは言うまでもなく、凛が車長を務めるティーガーⅠA車が行った事だ――乱戦には敢えて参加せずに、身を潜めて敵フラッグ車が無防備な
姿を曝す瞬間を待っていたのだ。

そしてみほも、凛ならば必ず撃破してくれると言う事を信じて、突撃を仕掛け、凛のティーガーⅠにARL-44の後面が向くように仕向けたのだ。
明光大が撃破された戦車は4輌で、浪花中はフラッグ車を含めて5輌なので、正にどちらも譲らない戦いであったのは間違いないだろう。



「負けてもうたか~~……やけど、私の持てる力の全てを出し切ったから悔いはない――やけど、次は負けへんからな西住!!」

「はい、楽しみにしています。」


そして、闘いが終わればノーサイドなのが戦車道だ。
敵味方関係なく、勝者を称え、敗者の健闘を労うのが戦車道なのである――実際に、激戦を繰り広げたみほと浪花中の隊長の顔には笑みが
浮かんで居たのだから。

ともあれ、毎年1回戦負けの弱小校の明光大付属中学校は、一昨年の準優勝校を抑えて初戦を突破すると言う、偉業を成し遂げたのだった。








――――――








Side:エリカ


い、今目の前で起きた事をありのままに話すわ。
万年1回戦負けの弱小校が、一昨年の準優勝校を、ある意味で圧倒して倒した……其れは、普通では考えられない事なのだけど、明光大の隊
長の西住みほはそれをやって見せた。
何を言ってるのか分からないかもしれないけど、大番狂わせなんてものじゃない、もっと別の脅威を感じたわ。冗談じゃなくて、可也本気でね。



「ポル○レフ乙。」

「ブラボー!おぉ、ブラボー!!って、違うわよ赤星ぃぃぃぃ!!!」

「案外ノリ良いですね、逸見さん。」

「だからって、乗せんじゃないわよ……ブッ飛ばすわよアンタ。」

「ふむ……その際の必殺技は?」



言わずとも昇龍拳です!って、隊長も乗らないでください!――と言うか、そんなキャラじゃないでしょう西住隊長!或は、其れが素ですか!



「かもな。
 まぁ、悪ふざけは兎も角として――逸見と赤星も、今の戦いは確り見たな?……アレがみほだ、万年1回戦負けの弱小校を勝たせてしまう、み
 ほの力であり、私達の前に立ちはだかる最強クラスの相手だ。
 今大会、間違いなく準決勝で、我等は明光大と対峙する事になるだろうから、気を引き締めておけよ?」

「「はい……!!」」


少し前まではふざけていても、此の切り替えの速さは流石の西住隊長ね。
でも、確かに弱小校である明光大を1回戦突破させた西住みほの手腕は侮る事は出来ないわ――もっと言うなら、小学校の時よりもずっと強く
なってるみたいだから、気を引き締めないと、吞まれるのはこっちでしょうからね。



「とは言え、みほにはみほの、我等には我等の戦いがある――まずは1回戦、王者の戦いと言うモノを見せてやろうじゃないか。」

「「はい!!」」


だけど、臆する事はないわ……私達は絶対王者の黒森峰――相手が誰であろうとも叩きのめして勝利を掴む!!只、其れだけだからね!!!








――――――








Side:みほ


1回戦は、何とか突破出来たね。
で、1回戦の最終試合は――



『綾南中、フラッグ車走行不能――黒森峰女学園付属中学校の勝利です。』



順当に、黒森峰が勝ったね?まぁ、お姉ちゃんが隊長を務めてる以上は、余程の相手じゃない限りは負ける事がイメージできないんだけどね。



「フラッグ戦であるにもかかわらず、敵の残存戦力は0……文字通りの完全滅殺ね此れは。」

「黒森峰ハンパねぇだろマジで。」

「絶対王者の名は、伊達じゃないわね……」

「其れが、お姉ちゃんだから。」

何よりも、自分でも言ってたけど、お姉ちゃんは西住流そのものだから、重戦車部隊を手足の如く動かす事くらいは雑作もない事だろうからね?



「だけど、其れが楽しいんでしょみほ?」

「否定はしないよ、ナオミさん。」

確かに私は、今の状況を楽しいって感じてる――って言うか、準決勝でお姉ちゃんと戦えるって言う時点で、テンションはMAX振りきり状態だか
ら、ガラじゃないけど燃えて来たよ!



「なら、2回戦もサクッと行こうじゃねぇか!!」

「ですね!!」

迷わない!退かない!
何があっても一歩を踏み出す勇気を忘れない――それこそが、大事な事だと思うから……2回戦も絶対に突破して、そしてお姉ちゃんの前に立
つよ!!

常勝黒森峰の歴史は、私が終わらせて見せるから、その心算で居てねお姉ちゃん――!!











 To Be Continued… 




キャラクター補足


風間はやて
大阪府立浪花中学校の戦車道チームの隊長。
基本ヘタレなくせに、喧嘩っ早いと言う、何とも扱いに困るキャラだが、戦車道における隊長としての能力は高く、部隊を完全に纏め上げている。
が、副隊長には頭が上がらない、なんとも『残念な隊長』である。