Side:柚子


公園でブランが倒れているのを見つけてから二日経った。
あそこで何があったのかはわからない。
フィナンシェさんと一緒に看病してあげているのだけど、未だ目を覚まさないまま。
ひょっとしたら、このまま起きないんじゃないかと心配になってくる。
…駄目よ、そんな後ろ向きな事を考えてたら!

でも、結局里久も見つからない。
しかも、ねねが見舞いに来てくれるはずだったのに音信不通になるしでどうしてこんな事に…!


「どうしよう、このままブランが目を覚まさなかったら…」

「いいえ、ブラン様は必ず目を覚まします。
 あの方が姿を消してからの3年間、ずっと腑抜けていました。
 そんなあの子でもストロング石島との一件から次第に頭角を現してきたように。
 今度も大丈夫です、ブラン様は強くなりましたから。」

「そうね、ブランを信じなきゃ。」


あたしたちにできる事はやったから、後はブラン次第…でも大丈夫よね。

体を拭くのと服を着替えさせるために何度か脱がせたのだけど、幼く華奢な体つきは相変わらず。
こんな体でよくあのようなデュエルができるものだと思う。
だけど、ここまで本当にがんばってきたもの。
ストロング石島戦前と比べて、本当に強かになったと思う。
ちょっとだけ襲ってしまいそうな衝動に駆られたのは内緒に…女同士で何を考えてるのよあたし。

絶対に目を覚ましてね…ブラン!


「う…」

「「ブラン!」様!」



そう思った矢先にブランの様子に変化が訪れた。
閉じていた眼がゆっくり開かれた。


「柚子…それに母さん。」

「よかった…気が付いたのね、ブラン!

「あ…オレ……いつの間に意識を無くしてたのか…」


起きたブランに二日前に何が起こったのか聞きたいところ。
でも、意識を無くしてから目覚めたばかりだし…聞くのは少し落ち着いてからにしましょ。


――ぐぅ…


このお腹の音は…ブランね。
意識を失ってから何も食べていないから仕方ないけど。


「ブラン様、体にいいものを持ってきますね。」

「お願いするわ、母さん。」

「あたしも手伝います!ちょっと待ってて、ブラン。」

「わかったわ。」


そういうわけでフィナンシェさんが滋養食を作るために席を外す。
あたしも手伝うために彼女に着いていって下に降りた。










超次元ゲイム ARC-V 第36話
『1回戦終了と嵐の幕開け』










Side:ブラン


うぅ…起き上がったばかりで体がふらつくわ。
どうしてか意識を失っていたから仕方ない。
それに、腹もやたら空いていたのもあるけど。
程なくして、柚子がお粥を持ってきてくれたので咀嚼してお腹を満たす。
少し元気が出たわ。


「そういえば、オレはどれくらい寝ていたのかしら?」

「二日ほど、目を覚まさなかったわ。」

「マジか…道理でふらつくわけだ。」

「ええ、もうぐっすり。」


確かネプテューヌとベール、オレと同じ顔の二人がデュエルしてお互いのエースが出そろった所までは覚えているのだけど…。
あれからの記憶がないという事は…どういうわけか、あれから意識を無くしていたわけね。


「う〜ん、確か中央公園でオレと同じような顔をした二人がデュエルしていたのだけど…それからの記憶がないわ。」

「ブランと同じ顔…それって一人はネプテューヌ?遂にブランも会ったのね。」

「ええ、遭遇したわ…時折シリアスな空気を壊すけど、根は優しい人みたいだってのはわかった。」


真面目な感じかと思っていたら、時々おかしな事を言うのよね。
一方で敵対している人にも、躊躇するところがあったりと優しさあるいは甘い所もあるけど。
侵略者への憎しみと争いはしたくないという心の葛藤も見えた。


「でも、もう一人ブランと同じ顔の人が…?」

「ああ…ベールとかいうバイクに乗ったはた迷惑な女だった。
 ちなみに前に埠頭で話した事あるけど、あの時の通り魔と同一人物よ。
 何故か、オレやネプテューヌをつけ狙っているみたい。
 竜に導かれたとか、危険分子とかわけのわからない言いがかりを付けられて。」

「そんな事が…!大変だったのね、ブラン。」

「まったくよ…そしてネプテューヌとベールがデュエルしていたのだけど…途中までしかわからない。
 フュージョンシンクロ…召喚法の名を持つ2体のモンスターが相対したのは覚えているわ。


確か、各々のエースモンスターが相対した時に何故か発作的にオレだけが苦しんで…。
それからの事はわからないのだけど、ネプテューヌはどうなったの?


「召喚法の名を持つモンスター…?
 そうそう、見て…これ、ブランが倒れていた所に落ちていたのだけど…?」

「え?ちょっと待て…これって…!」


すると、柚子があるとんでもないカード取り出してを見せてきた。
そのカードはGH(ゲイムハート)カオス・リベリオン・F・(フュージョン)シデン』…ネプテューヌのエースカードのはずの融合モンスター。
それがオレが倒れていた所の近くに落ちてたって…!


ネプテューヌのエースカード…それがどうして…!」

「わからない…何度かネプテューヌが消えた時のように中央公園に来る時にブレスレットが光って…!
 あたしが公園に駆けつけた時にはブランが倒れていて、そのシデンが近くに落ちてた。」


柚子も理由はわからないか。
いずれにしても、柚子が現場に来る前にネプテューヌの身に何かがあった。
そうでなきゃ、このカードが落ちているはずがないもの。
ただ、ブレスレットが反応したという事はネプテューヌもベールもどこかへ飛ばされたんじゃないかと思う。
前に車に乗って逃げていた時、柚子の近くに来たら追いかけていたベールの姿が消えたのを見たから。


「成程…図々しいかもしれないけど、このカードをオレが預かってていいかしら?」

「へ…?あたしとしては別にブランが預かってる分にはいいけど…?」

「ありがとう…なんというか、オレの手で直接彼女にこのカードを返さなきゃって思った。
 オレもペンデュラムという召喚法を冠したモンスターを持っているからなんとなく、そんな気がするんだ。
 何より、ネプテューヌが生きているって事をオレの眼で確かめたいわ。」

「そう…わかったわ。」


そう言うと、柚子はシデンをオレに託してくれた。
そしてそのカードを手に触れた瞬間…!


――ドクンッ!


「!?」

「え…どうしたの?」

「いや…大丈夫よ。」


一瞬、オレの体に何かが流れ込んだような感じを覚えるけど、柚子からシデンを受け取る。
何かこのカードに残ったネプテューヌの思念?
上手く言葉で表せないけどそんな何かを感じた。
もっとも、これが一体何を意味しているのかはわからない。


「なら、いいのだけど…」

「そうだ、今大会ってどうなってるのかしら?」

「ジュニアユースは今日で一回戦が終わるのだけど。
 なんだか、何人かが行方不明になったとかで相手が不戦勝になった試合もあるみたい。」

「行方不明が複数人も…何がよからぬ事が起こっていそうね。」


LDSの襲撃事件でも行方不明者が出てるし、何かと物騒になって来たわ本当に。


「それと昨日から…ねねと連絡が取れなくなっちゃって…」

「え…?」


そんな!?ねねまでもが行方知らずって…!
柚子がいつねねと連絡を取り合う仲になっていたかはさておき…駄目もとで連絡を…


『おかけになった番号は電源が入っていないか、電波が届かないところにあるため掛りません。』


無情にもねねが着信を受け取れない云々のメッセージが流れる。
いったい、どうしてねねがこんな事に…!


「そういえば、ねねって紫吹たちに目の敵にされた事があったそうね?」

「ええ、その時に紫吹が確かあの子に向かってエクシーズの奴らとかなんとか…!


エクシーズ!?ねねは融合使いのはずなのにどうして…?
待てよ、ねねが融合召喚した時に里久が見せた失望の表情…エクシーズ次元にねねに瓜二つの人がいたのかもしれない。
きっと彼女はそれに間違えられて…いや、LDS轄下にいるのに紫吹がそんな騒ぎを起こすとは思えない。
だけど、いずれ本人に問いただす必要があるかもしれないわね。


「いずれにしても何か起こり始めているのは確かね。」

「本当にね…それで大会の方へ話を戻すけど、ジュニアクラスはもう2回戦に入ってる。
 タツヤ君は勝ち進んでいるのだけど、フトシ君は2回戦でやられちゃったわ。」

「そうなんだ…相手は?」

「1回戦でアユちゃんに勝利した零羅君。
 今度はシンクロ召喚を使われて…それで惜しくも負けちゃった。」


確か、1回戦目では融合召喚を使用したのは覚えてるけど…シンクロまでも。


「今度はシンクロか…」

「ジュニアと言ってもあの子もLDS。
 もしかしたら、赤馬零児みたいに融合・シンクロ・エクシーズと使えるのかも。」

「3種の召喚法…か。」


融合、シンクロ、エクシーズと聞いたらあの夜ネプテューヌがいった事を思い出す。


「今度はどうしたの?」

「あの夜、オレがネプテューヌと遭遇したのは聞いたわよね?
 彼女が言うのはこの世界は少なくとも4つの次元に分かれているって。

「4つの次元…?」


まぁ、そんな事いきなり言われても戸惑うわよね。
でも、残念ながらもう他人ごとでは済まない話よ。
その柚子にもあの二人が異世界出身という可能性を前にも話したわけだし。


融合シンクロエクシーズ、そしてオレたちのいるスタンダード…この4つの次元があるみたい。
 ネプテューヌと紫吹が融合から来て、里久がエクシーズから来てと。
 うち融合とエクシーズの2つの次元が何故か戦争状態にあって…侵略を仕掛けてきたのはエクシーズの方らしいけど。」

「…道理で里久が融合を軽蔑していて、一方で紫吹たちがエクシーズを憎らしく見ていたのね。」


召喚法そのものが悪いわけじゃないはずなのに…!


「実はあの夜、里久を発見できたのだけど…オレの目の前でネプテューヌとデュエルして、消えてしまったわ。」

消えた!?そんな…」

「ネプテューヌ曰く、どうもエクシーズ次元に強制送還されたらしいわ。
 オレから見ても里久のデュエルディスクからプログラムが強制発動している節があったから、それで間違いなさそうだけど。」


それに戻りたくない云々も聞こえていたから。
発動した理由はわからないけど、どこか必要以上の事を話していた感があったわね。
何かの言葉が鍵になっていそうだけど…。


「にわかには信じられないけど…そうなのね。」

「ええ…最近不思議な事が起こりすぎて自分でもわけがわからなくなってくるけどもね。
 その後、バイクに乗ったベールという女が現れて冒頭に至るわけよ。」


そしてベールを食い止めようとネプテューヌが動いて、エースがぶつかった途端に発作みたいなのが起きたわけよ。
ひどく辛かったのは確かだけど、その後の記憶がない


「その彼女は…十中八九シンクロ次元のデュエリスト。」

「シンクロ?でもネプテューヌはエクシーズと戦ってるって…エクシーズに連れ去られた月子を助けるために。」

「ネプテューヌとしてもデュエルを仕掛けられて困ってる風だったわ。
 そのベールをエクシーズの手先とも呼んでいたみたいだけどね。
 ただ、オレも狙われていたのは確かだったし、エクシーズを野蛮と吐き捨てたりしていたから違うだろうけど。」


もっとも、狙う理由が此方としては電波じみている以上はお前が言うなと言いたいけど。


「そうだったんだ…」

「いずれにしても、オレがネプテューヌやベールとそっくりな顔をしている。
 それだけじゃない…二人はエースが相対した時にオレの目の前で変身したんだ、神々しい何かへ。
 二人ともいったい何なのよ…!」


お互いのエースが相対した後、発作のようなものが起きる前に確かに見た。
その美しくも神々しい存在にオレは見ただけで圧倒されたのは確か。
一方でオレは自分の正体でさえ何なのかよくわかっていない。
ただ、ベールのいう事が事実だとすれば…!


「でも、そうなると二人に似た顔のオレの正体は…もしかしたらとんでもない存在なのかもしれない。

「信じられないけど、ブランの話を聞く限りではそうなのかもしれない。
 でも、仮にブランがとてつもない存在だったとしても…ブランはブランでしょ?

「そう…よね。気休めでもそう言ってくれてありがとう。」


自分の正体が例えどんな恐ろしいものであっても…オレはオレよね。
そう言ってくれるだけでも助かるわ。


「それにブランだけじゃない…あたしにもそっくりな人が…」

「まさか…それが月子?」

「そうみたい…ネプテューヌがそう言ってた。
 あたしの姿を見た紫吹が錯乱するほどには…」

「成程…別次元には何故かオレや柚子のそっくりさんがいるわけね。」


恐らく、今は知らないだけでエクシーズにもオレとほぼ同じ顔の奴はいるはず。
だけど、何故そっくりなのかはわからない。
ネプテューヌも里久も行方が分からない以上…現状、話を聞けそうなのは紫吹だけ。
でも、どう考えても話が通じそうな雰囲気ではないのが問題ね。

何より、オレはネプテューヌのエースを持っている状況だ…誤解されても不思議じゃない。
かといって、このままねねの事も聞けないままというのもそれはそれで嫌。


「次元のこと何か知ってるのは、月子のお兄さんである紫吹ぐらいしか思い当たらないけど…」

「今のところ、話が通じる相手じゃなさそうなのが問題ね。」

「それでも…駄目もとでセンターコートへ行ってみようか?」

「そうだね…今日は2回戦目の対戦カードも決まるから。」


確かに次の対戦カードも決まるし…行っておいた方がよさそうね。
そうと決まれば、早速出かけなきゃ。
5連戦から着ていたマーチング衣装は…よかった、洗濯されて畳まれていた。
まずはパジャマからそれに着替えてから、階段を下りてっと…!


「母さん、少し出かけてきます。」

「ブラン様、いったい何処へ?」

「大会中のセンターコートまでね…」

「そうですか、無理はしないでくださいね!」

「もちろん!行ってきます!」


こうして柚子を連れて会場へ向かったわ。
一応、少しでも他の試合も見ておかないとね。
可能なら、紫吹と話を付けないとならない事を考えると億劫にもなるけど。








――――――








真文:LP4000

ブラム:LP4000
竜戦士ダイ・グレファー:ATK2700



No Side


センターコートでは舞網チャンピオンシップのジュニアユース選手権1回戦の最終日。
現在、LDSの融合コースエースの辰ヶ谷真文とナイト・オブ・デュエルズのブラムの試合が行われていた。
なお、間違ってもこの騎士の恰好をした男の名はブランではない、名前が似てるけど全然違う…いいね?(威圧)
まずはブラムが戦士ダイ・グレファーとスピア・ドラゴンを展開し、その2体をリリースして竜戦士ダイ・グレファーを召喚したところでカードを2枚伏せターンエンド。
次は真文のターンである。


「ブランだかブラムだか知らないが、俺はもう今までの俺じゃない…LDSの融合の実力を見せてやる!
 俺のターン、ドロー!俺は手札から魔法カード『融合』を発動!
 俺が融合するのは、手札のブラック・マジシャン・ロリータと融解鱗の赤龍!
 幼き魔術の少女よ!融解した鱗を纏い、新たな姿と力に目覚めよ!融合召喚!いでよ、レベル6『竜装天子ドラグメイデン』!!」

『はぁぁぁぁ…!!』
竜装天子ドラグメイデン:ATK2000



とはいえ、ブランに似た紛らわしい名前が彼の闘志に火をつけてしまったようだ。


「ドラグメイデンが特殊召喚に成功した時、相手の表側表示モンスター1体を装備カード扱いで装備する!
 吸収するのは当然、ダイ・グレファーだ!『ソウル・リザーブ』!!」


――シュオォォォォ!!


「何っ、ダイ・グレファーが!?」

「そして融解鱗の赤龍が効果で手札から墓地へ送られた事により効果を発動する。
 デッキから攻撃力1500以下のドラゴン…ミラーシルト・ワイバーンを手札に加える。
 そしてドラグメイデンのもう1つの効果を発動!
 装備カードを墓地へ送り、お前のフィールドのカード1枚…俺から見て右のセットカードを破壊する!『リリース・ブレイク』!!」


――パリィィ!!


「ミラー・フォースが…!」


この効果で破壊したカードは『聖なるバリア−ミラーフォース−』。
相手の攻撃宣言時に相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する有名な罠。
もっとも、このように発動する前に割られる事も割とよくある。


「この効果を使用したドラグメイデンは攻撃できなくなる。
 だが…手札から魔法カード融合回収(フュージョン・リカバリー)を発動し、墓地の融合と融合素材に使用したロリータを手札に戻す。
 そして、攻撃できなくなったドラグメイデンをリリースし、『ブラック・マジシャン・ロリータ』をアドバンス召喚!」

『えいっ…!』
ブラック・マジシャン・ロリータ:ATK1500



「リリース元より攻撃力の低いモンスターをアドバンス召喚だと…?」


相手にとってはこのプレイングは理解に苦しんでいるようだ。
だが、実際には攻撃できないモンスターを放置しても攻める側としては何の得もない。
特にドラグメイデンは効果使用後は実質効果のない置物同然である。
ならば、それを上級モンスターを召喚するためにリリースに使用する選択肢も十分考慮に値する行為だ。
何よりモンスターを表面だけで判断するのは愚の骨頂…本当に大事なのは状況に応じて効果などを上手く活用できているかだ。


「攻撃力こそは大したことないが、効果こそが重要でな。
 ロリータがアドバンス召喚に成功した時、デッキから俺の嫁…もとい『ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚できる!」

『いきます!』
ブラック・マジシャン・ガール:ATK2000



ロリータの効果でデッキから別の上級を展開。
これは事実上、ドラグメイデンの攻撃封印を解除したようなものだ。
だが、これで止まらない。


「さらに魔法カード『ティマイオスの眼』を発動!
 この効果でこのカードとフィールドのブラック・マジシャン・ガールを融合!
 魔術の少女よ!伝説の竜に跨り、新たな姿と力に目覚めよ!融合召喚!いでよ、レベル7『竜騎士ブラック・マジシャン・ガール』!!」

『はぁぁぁぁっ!!』
竜騎士ブラック・マジシャン・ガール:ATK2600



「「「「「「わぁぁぁぁぁ!!」」」」」」

「負け犬にしては、見事でしてよ。」

「ああ、これこそがLDSの実力だぜ!」


真文はアクションカードを取るのも上手い選手である。
ここまで来たら、伏せカードを処理できれば勝利は目前だろう。

一方、繁華街ではその試合の様子をモニター越しに見ているローブ姿の不審な人物が2人。
彼らがこの試合を見て何を思っているのか伺う事は出来ない。


急ごう!ブランお姉ちゃんが起きて会場に向かってるみたいだから!」


そして、遊勝塾の子供たち3人は慌ただしく走っていた。
それもそのはず、二日間昏睡状態だったブランが起きて会場へ向かっていると柚子から連絡があったからだ。
それを受けて彼らも会場へ急いでいるわけである。

だが、その中でアユがローブ姿の不審者の内一人を見て足が止まってしまう。
僅かに顔がちらりと見えてしまい、見覚えのある顔がそこにはあったのだ。


「え…?」

「アユ、何してるの?」

「急げよ。」

「今そこに…柚子お姉ちゃんが…あれ?」


ローブ越しに見えたその顔はなんと柚子そっくりだった。
柚子はブランと一緒にいるはずであり、困惑を隠せない。


「いるわけないだろ。」

「今頃みんな、センターコートに着いてるよ。
 そもそもブランお姉ちゃんと一緒のはずだし。」

「ぐずぐずしてると置いてくぞ!」

「あっ、待ってよ!」


先ほど通り過ぎた2人いるローブの不審者が気になるも、3人はLDSのセンターコートへ急いだ。
だが、この2人が後でここスタンダード次元を脅かす火種となる事を彼らは知れない。








――――――








Side:ブラン


大会の会場であるLDSのセンターコートへ到着したところ、塾長が出迎えてくれたわ。


「二日間も眠りこんで心配をかけてごめんなさい、塾長。
 ユーヤ・B・榊、ただいま戻りました。」

「おかえり…ここに戻ってきて何よりだ、ブラン。
 本当に心配したんだぞ、このまま目を覚まさなかったらどうしようかって。」


今回、二日間も眠り込んだために塾長たちには本当に心配をかけてしまったわね。
今はまだふらふらするけど、明日になればきっとよくなってるから。


「ブランお姉ちゃん!」

「心配だったけど、無事でよかった!」

「嬉しすぎてしびれるぜ!」


っと、ここで子供たちが駆けつけてくれたわね。
この子たちにも本当に心配をかけてしまったわ。


「これで里久が戻ってくれば…」

「遊勝塾もすっかり元通りね。」


遊勝塾は…ね。
あくまで権現坂道場跡取りとはいえ、権現坂もいないもの。
だけど、権現坂はあれで終わる男じゃない…あっと驚く進化を見せていつか戻ってきてくれるはず。

むしろ、問題なのは里久の方。
その事を言われると柚子と共に思わず遠い目になってしまう。
だって、目の前でエクシーズ次元へ戻っていってしまったのだから。


「すまない、ブラン…里久の行方を探し続けて入るんだが…」

「あ、あの…」


正直言いにくい…そんな事を言うなんて。
でも、いずれ話すのだから勇気を出して言わないと…


「実は…」

「ごめん!」

「えっ?」

「俺も昨日負けちゃったし、浮かれてる場合じゃないんだ。」


と思っていたら、ここでフトシが昨日の試合で負けた事を言う。


「柚子から聞いてたからそれは知っていたわ。
 零羅って子にシンクロ召喚を決められて負けたみたいね。」

「うん…まさか、融合だけじゃなくてシンクロまで使うなんてさ。
 驚きすぎて逆にこっちが痺れちゃったぜ…」


融合、シンクロと来たら…十中八九エクシーズも使いそうね。
色々な召喚法を使いこなすというだけで脅威で、ジュニアでは場違いな強さという印象ね。
だけど、負けた二人を見るにトラウマを刻み込まれるまでには至らないからロムよりは大分ましなはず。


「ドンマイ、次はフトシが痺れさせればいいだけの事よ。
 来年の大会までここでしっかり鍛えて…」

≪本当の戦いに次なんてない!≫

「はっ…!?」



フトシを励まそうとしたら、里久の放った言葉が脳裏にちらついた。
それは実際の戦場では負けたらもう終わりって事…!
今はまだ負けても立ち上がる事はできるけど、もし戦場と化したらそんな事はできない。


「ブランお姉ちゃん?」

「どうしたんだ…?」

「い、いや…なんでもないわ。


ううん、脳裏にちらついただけでそれを話すのはいけない。
今のところ、無暗に不安がらせるだけだから。

それはそうと、三番勝負を仕掛けたあの3人が目の前にいるわね。


「皆さん、こんにちは。」

「お前たちも見に来てたのか。
 あの時は不覚を取ったが、あれが俺の本当の力だ。」

「ええ、あなたの試合見ていたわ。
 そうね、『俺の嫁』云々言わなくなっただけでも成長したんじゃないかしら?」

「おいおい、そこかよ…


そこが重要なのよ。
キモオタ…もとい真文は黙っていれば割とイケメンのはずだからね。


「まずは2回戦進出おめでとう。
 だけど、紫吹と会わせてはもらえないかしら?話があるのよ。」

「…話ってなんですの?」


そりゃ、急にこんな事言われては懐疑的になるのも当然か。
でも、あなたたちには聞かれたくない話なのよね。
もっとも…言ったとしても、意味わからないと思うけど。


「話は紫吹に直接言うわ。」

「大分込み入った話をね。」

「そんなこと仰られましても…」

「そうはいっても、紫吹さんはお前たちを相手にしないと思うぜ?
 そもそも、俺たちすら滅多に話せない以上はな。」

「そう…それなら仕方ないわね。」


流石に彼らにも会わせてくれる権限はないようね。
仕方ない、今後大会で当たった時に話を持ち掛けるしかないか。
色々と怖いけど…それに、確実にキレられそうで怖い。

後は…これも聞かないとならないわね。


「それはそれとして…光焔ねねを見ていないかしら?」

「光焔ねね…?」

「どうして俺たちにそんな事を聞くんだ?」

「あなたたちがLDSの生徒だからよ。
 実は連絡を取ろうとしたのだけど、通じないみたいなのよ…!」


もしかしたら何か知っているかと思って、訪ねてはみるけど…。


「そういえば、昨日から見かけてないぞ…」

「言われてみると…心配ですわね。」

「何か変な事に巻き込まれたのかもしれないな…こっちでも聞いてみるとするか。」

「お願い!」


やっぱり見かけていないようね。
ねね…あなた本当に何処にいるのよ…!
何より、大会期間中に連絡が取れないなんて普通じゃない事よ。


本当に光焔の事が心配なんだな…。
 ま、次は1回戦目のラストだ、折角だし見て行けよ。
 俺と暗国寺ゲンとかいう無所属の奴との試合だ。」

「暗国寺ゲン…だって!?」


っと、ここで奴の名前が出てきた…!
まだ試合をしていなかったみたいだけど、烈悟が相手だったのか。
暗国寺ゲンは無所属…LDSシンクロコースのエースの烈悟からすれば取るに足らない相手のように思うかもしれないけど…!


「あいつとは初日に遭遇したけど、今までにないようなとんでもない狂気を感じた。
 どう考えてもあれはやばい…何をしてくるかわからないから、気を付けて!

「おいおい、俺を見くびっては困るな。
 どんな手で来ようが、正面から振り切ってやるぜ。」


シンクロコースのエースだけあって、流石に余裕な感じね。
でも、今の暗国寺からは得体のしれない恐ろしい何かを感じる。
妙な胸騒ぎを覚えつつ、オレ達は会場へと向かった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



そして会場へ到着し、これから試合が始まろうとしていた。
ジュニアユース一回戦最後の試合…どちらに転んでもこの後に2回戦目の対戦カードが決まるわけよ。


『皆様、いよいよジュニアユース選手権・1回戦最後の試合が行われます!
 このデュエルの勝者が2回戦目に進む32人目の選手となります!
 果たしてレオ・デュエル・スクール所属の早見烈悟選手か?
 それとも、無所属ながら公式戦6連勝でこのジュニアユース選手権出場を成し遂げた暗国寺ゲンか?
 名門対無所属と聞くと一見勝負が見えていそうな対戦カードではありますが、最後までどうなるかはわかりません!
 未知数な所が多い暗国寺選手が早見選手に一矢報いれるかがどうかに注目です!』



前評判では圧倒的に烈悟ね。
でも、前評判がよくわからない選手こそ実は恐ろしい事もあり得る。
何より、客席越しでも暗国寺から嫌な雰囲気が感じられる。
可能なら烈悟に勝ってほしい所ではあるけど…嫌な予感が拭えないわ。


「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い…フィールド内を駆け巡る!」

『見よ、これぞデュエルの最強進化系!』

「「「「「「アクショォォォォォォン!!」」」」」」


「「デュエル!!」」


いよいよ始まったわ、ジュニアユース1回戦の最終戦が。
そして…嫌な予感は早速的中する事となった。


――ドガァ!!


「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

「烈悟!?」

「ククククク…おっと、手が滑ったぜ。」


まるで梁山泊塾の塾生以上のラフプレーで暗国寺は烈悟を徹底的に痛めつけていた。
さらに悪質なのは、アクションカードを拾おうとして滑らせるふりを行っている。
観客には如何にも手が滑って拾えなかったという感じに見せて…!
時折アクションカードを取る事もあるとはいえ、痛めつける事を狙いとしていたのは明らかだった。


「なんなんだこれ…!」

「ひ、ひどい…!」


「アクションカードの取り合いのふりして烈悟を甚振りやがって…!
 あの野郎、そこまで性根が腐ってやがったか!!


しかも、暗国寺の貼った罠により烈悟のシンクロモンスターは機能停止状態。
その上、卑劣なラフプレーで烈悟は既に満身創痍になってしまった。
ふざけんな、あの野郎!!デュエルを何だと思っているんだ…!


「っ…ターンエンド、お前はデュエルを何だと…!

「ククク、デュエルなんてものは勝てばいいんだよ…俺のターン!」


だけど、暗国寺はまるで悪びれる様子もなくターンを続け…!


エクシーズ召喚!

「今度はエクシーズ召喚…だと?」

「どうなってんだよ…?」


何と無所属ながらエクシーズ召喚まで決めてきやがった…!
しかも、あのエクシーズからは只ならない何かを感じた…!
そして、その勢いで…!


――ドガァァァァァァァ!!


「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


――ゴスッ…!


「あ……ぐ……
烈悟:LP0


「なんだよこれ…」

「嘘だろ…」

「こんなのねぇだろ…」

「うわ〜ん!!」


壮絶な決着…烈悟が暗国寺に血祭りにされ敗れるという、まさかの事態に周りがざわつく。
そして、暗国寺に対しての皆の反応は…当然ドン引きである。


『しょ、勝者…暗国寺ゲン選手……』


そして今の烈悟のダメージはこの前の里久以上だ。
物理的な攻撃以上に、奴のモンスターの攻撃の衝撃も半端ないものだった。
いくら質量のあるソリッドビジョンだからといって、普通のモンスターが出せる衝撃を超えているぞ…!
デュエルというものは楽しむべきものであるべきだと思うのに…こんなのあんまりだ。
そして、今のエクシーズ召喚のせいなのか今はオレが持つカオス・リベリオンも怒りに震えているような気がした。
また、当然オレも…!


「あ、の野郎…!!」

「ブラン…!?」


怒りがこみあげすぎて頭がおかしくなりそうだ…!

何より自分がまいてしまった種だと思ってるし、自分で処理しなければならないはず。
でも、オレの持ち味はエンタメデュエルのはず…ただ叩き潰していいのかと疑問に思うけど…!


『これにてジュニアユース選手権の1回戦は全て終了しました。
 引き続きこれより、2回戦の組み合わせを発表いたします。
 2回戦進出者は登録カードをデュエルディスクにセットしてください。』



…そうだ、ここで2回戦目の対戦カードが発表だ。
なので、ここは指示通りに登録カードをデュエルディスクにセットして…と。
おいおい…運命の女神はなんて残酷なんだ。


「あたしは二日目の第2試合にLDSの光津真澄と…」


柚子の相手は光津真澄か…公式戦で先攻1キルされた苦い記憶が蘇る。


「そうね、一先ずバーン対策はしておいた方がいいかもしれないわ…下手したら先攻1キルしてくるから。」

「詳しいのね、ブラン…あっ。」


察されたみたい。
でも、あれはちょっとしたトラウマだけどこういう形で教訓にできたと思えば悪くないかもしれない。


「ブランお姉ちゃんは…?」

「明日の第2試合……よりによって相手は、暗国寺ゲン…!

「そんな…」

「ブラン…」


相手はよりにもよってこの暗国寺ゲン…!
追い詰められていた故に正気をなくしていたとはいえ、一度は再起困難にしてしまった因縁の相手でもある。
本心で言えば正直相手にもしたくない。
でも、オレはエンタメデュエリストだ。
オレの真価が試されているのかもしれないとすると、エンタメで笑顔にするのが一番のはず。
奴のデュエルに対する姿勢といい、本音を言えば無理臭いだろうと思ってるけど。


「誰が相手だろうと、オレは自分のデュエルをするだけよ。
 それにネプテューヌは『デュエルで笑顔にできればいいな。』とも言ってたもの。」


そして入場口にいる暗国寺と目が合う。
目が血走っており、ただならない雰囲気なのは間違いない。

オレはあなたのデュエルを絶対に認めないわ。
それでも…一度は心をへし折ってしまったけど、今度はオレがデュエルで笑顔を取り戻して見せようじゃない。

まぁ、笑顔を取り戻す以前の問題だと思うけど。
これからもエンタメデュエリストであろうとするなら、それくらいの事はやりとげなきゃならないわよね…父さん。



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そして、次の日の朝…覚悟を決めてデュエル場へ向かおうとしたところ、差出人不明のメールがあった。
迷惑メールの可能性も無きに非ずだけど…このタイミングというのがいかにも気味が悪い。
妙な胸騒ぎを感じて、メールを開いてみると…。


≪お前の塾の鮎川アユって子を誘拐した。助けたければ、一人で指定場所へ来い。≫

「なんだよ、これ…?」


そのメールの内容は…明らかな脅迫だった。
とてもじゃないけど、にわかには信じられるものではない。
だけど、添付画像には…縄で縛られ、粘着テープで口をふさがれ裸にされ緊縛されたアユちゃんの画像があった。

しかも、他人や警察などに連絡すれば人質の身が保証できないともあった…!
最悪なタイミングで、オレは何者かの脅迫を受けてしまった。
いったい、オレはどうしたら…?

そのメールを受けて、オレは無我夢中で家を後にした。
焦りのあまり、母さんに相談しないまま…。
そして、この不用心な行動がエンタメデュエリスト『ユーヤ・B・榊』の終わりの始まりだという事に気付かないまま。













 続く 






登場カード補足






融解鱗の赤龍
効果モンスター
星4/炎属性/ドラゴン族/攻1600/守 200
「融解鱗の赤龍」の効果は1ターンに1度しか使用できない。
(1):このカードが効果で手札から墓地へ送られた場合に発動できる。
デッキからドラゴン族・攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える事ができる。



竜戦士ダイ・グレファー
特殊召喚・効果モンスター
星8/地属性/戦士族/攻2700/守2000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールドの「グレファー」モンスターとドラゴン族モンスターを1体ずつリリースした場合のみ特殊召喚できる。
(1):1ターンに1度、罠カードが発動した時、デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地へ送って発動できる。
その発動を無効にし破壊する。
(2):このカードが戦闘・効果で破壊され墓地へ送られた場合に発動できる。
自分の墓地から「グレファー」モンスター1体とレベル4以下のドラゴン族モンスター1体を選んで特殊召喚する。