GWも終わり、IS学園にも日常の光景が戻って来ていた――一夏の早朝トレーニングと、ヴィシュヌの早朝ヨガはその象徴とも言えるだろう……そして早朝トレーニングを終えた一夏と早朝ヨガを終えたヴィシュヌが軽くスパーリングをするのもいつもの光景である。
開始は一夏が攻めてヴィシュヌが防御に回り、スマホに設定した一分のタイマーが鳴ると攻守が入れ替わり、またタイマーが鳴ると互いに打撃オンリーでのスパーリングとなり、更にタイマーが鳴ると今度は投げや寝技も解禁したアルティメットバトルが展開されるのだ。

そこに至ったスパーリングで、ヴィシュヌはローキックで一夏の体勢を崩すと、其処から飛びつき式の腕十字にとって極めたのだが、一夏は腕十字を極められた状態で強引にヴィシュヌを持ち上げると勢いよく地面に叩きつけようとした。
だが地面に叩きつけられるよりも早くヴィシュヌが腕十字を解いて着地し、カウンターの横蹴りを放ったが、一夏はその蹴り足を取ってカウンターのカウンターとなるドラゴンスクリューを一閃!
そして……


「95年、10.9武藤vs高田戦じゃあ!!」


神速の足四の字固めを極めてみせた。
プロレスの古典技である足四の字固めだが、一度ガッチリと極まった足四の字固めから逃れるのは不可能――プロレスはロープブレイクがあるから逃げる事が出来るし、裏返っての痛み分けも狙えるが、ロープブレイクも無ければ魅せ要素である裏返りも許さないスパーリングでは極まったら最後なのだ。


「……ギブアップです一夏。
 立ち技オンリーなら私に分がありますが、グラウンドとサブミッションも込みとなると一夏の方が上ですね矢張り……」

「ガキの頃、天羽組のアニキ達に如何にかダメージ与えられないかって考えた末に辿り着いたのが、鍛えても鍛えようのない関節を攻める関節技だったんだよ……つっても、小林のアニキや矢部のアニキにはガキの関節技なんぞ全く通じなかった訳ですが。」

「一夏の話を聞く限り、その二人は相当に頑丈そうなので致し方ないのでは……?」

「確かにそうなんだけどさ、逆に言うならガキの頃の俺の関節技喰らって普通にギブアップしてた速水さんは別の意味でヤバいよなぁ……この前久しぶりに会った時には一皮剥けてたっぽいから少し強くなったのかもだけどさ。」

「速水……ピンク髪の彼ですか。
 確かに彼は私でも余裕で勝てると感じてしまいました……何故彼は極道を目指したのでしょうか?」

「……悪に憧れてって所だろうぜ多分。
 勿論それだけで生きていける生温い世界じゃないから、速水さんは漸く覚悟を決めたのかもな……だけど、速水さんと茂木さんだけはどうしても『アニキ』って呼ぶ気が起きない件について!」

「それは分かる気がします……所謂『アニキオーラ』がゼロでしたから。」

「何かあれば小林のアニキに締め上げられてたから頑丈さだけは鍛えられてるだろうけどな。」


今回のスパーリングは一夏に軍配が上がって終了。
スパーリング後はヨガを応用した柔軟運動で筋肉を解した後に、自室に戻ってシャワーで汗を流し、そして弁当を作ってから食堂に向かって朝食を済ませた後に登校である。

本日の朝食は一夏が『ご飯、納豆(ネギ、海苔、鰹節、卵黄トッピング)、焼き魚(鯵の開き)、ホウレン草の胡麻和え、ヒジキの炒め煮、味噌汁(豆腐とわかめとネギとなめこ)』で、ヴィシュヌが『ご飯、生卵、焼き魚(サバのみりん干し)、もずく酢、味噌汁』であった。









夏と銀河と無限の成層圏 Episode18
『ドイツとロシアとマヨネーズ~Germany Russia and Mayonnaise~』










朝食を終えた一夏とヴィシュヌが一年一組の教室に来ると、ホームルーム前の時間には女子達が何やら雑誌を広げて雑談をしていた。


「私はハズキ社製のが良いなぁ?」

「ハズキ社製のってデザインは良いけど機能的には微妙じゃない?私は機能的にはNIKEだけど、デザイン的にはMIZUNO、そしてその両方を満たしてるのがラビット・カンパニーなんだよね。」


話題はISスーツに関してのモノだった。
専用機持ちは夫々が独自のISスーツを使用しているのだが、一般生徒の場合はIS学園から支給されるISスーツを使用する事になるので、使えるのは倉持製かデュノア社製の二択だ。
学園に支給されている訓練機が打鉄とラファールリヴァイブなのでこの選択は妥当と言えるだろう……尤もラファールに関しては、先のデュノア社の崩壊の一件があるので、場合によっては他国の量産型第三世代機に変わる可能性もある事が否定出来ないのだが。


「ラビット・カンパニー性のISスーツが欲しくなったら何時でも俺に言ってくれ。
 同級生の頼みともなれば基本的に断る理由はねぇし、なんならオーダーメイドも受け付けるぜ?」

「あ、織斑君!……そう言えば織斑君ってラビット・カンパニーの社長だったんだよねぇ。」

「左様。
 故にクラスメイトの要求を聞いてやる事もやぶさかじゃない……尤も無茶過ぎる要求は宇宙の果てのブラックホールに蹴り飛ばすけどな。」

「ある意味では社長の権力乱用ですけれどね。」

「ヴィシュヌ、それは言わないお約束だぜ?」

「私が言わねば誰も突っ込みそうにありませんでしたから。」

「突っ込み不在は良くないな、うん突っ込みは大事だ。」

「相変わらず良い関係だよね織斑君とギャラクシーさんって。
 なんて言うか理想的な恋人関係って感じなんだけど……な~んか、GW前と比べてヴィシュヌさんの色気が増した気がする――若しかしなくても、GW中に一夏君と進展したのかなギャラクシーさん?」

「其れはノーコメントです。」

「まぁ、それを聞くのは無粋ってモンでしょ?
 其れよりも聞いた二人とも?今日は此のクラスに転校生っていうか編入生が入って来るらしいよ?」


一夏とヴィシュヌが登校して来た事で、ISスーツの彼是やら、ヴィシュヌと一夏の関係が進展したのではないかなどの話題が出たが、詳細を聞かれたヴィシュヌが『ノーコメント』を選択し、其れを聞いたクラスメイトの一部が其れ以上の追及がされないようにしていた。
だが、それとは別にやって来ると言う編入生……恐らくは何らかの事情があって遅れたのだろうが、新学期が始まって一カ月が経つこのタイミングでの編入と言うのは些かタイミング的な意味でも微妙過ぎるだろう。


「その編入生って何処出身なんだ鷹月さん?」

「えっとね……ドイツみたいだよ?」

「「ドイツ……」」

「一夏も円夏もその編入生に心当たりがあるのですか?」

「あるっちゃあるな……アイツはドイツの代表で俺達と同い年だからなぁ?……だがアイツの場合職業が職業だけに学園に来るとは考え辛いよなぁ?」

「だが兄さんとの面識があると言う事を考えると『世界唯一の男性操縦者』とのパイプ作りとして送られてくる可能性はあるんじゃないか?」

「あ~~……確かに。」


そのドイツからの編入生に織斑兄妹は少しばかり心当たりがあった。
三年前にドイツで行われた『第二回モンド・グロッソ』にて発生した『一夏誘拐事件』……其れ其の物は一夏が現場に雇われ兵として参加していたオータムを雇い直した事で無事に解決したのだが、一夏の誘拐を知った千冬は当然決勝戦を棄権しようとした。
だが決勝戦を優勝候補筆頭が棄権したとなればファンの不満は相当なモノとなり大会は失敗となり、ネットなどで炎上するのは目に見えていたので、ドイツは『ドイツ軍を織斑一夏捜索に派遣する』と言って千冬を何とか決勝戦に出場させる事に成功したのだ――其れでも千冬は決勝戦を大会最速タイムで瞬殺して一夏捜索に向かった訳だが。
それはさて置き、ドイツ側の思惑もあったとは言え一夏の捜索に軍を動かしてくれたドイツに対し、千冬は『何か礼をしたいのだが』と申し出たところ、当時ドイツ軍で新設されたばかりのIS部隊『黒兎隊』の教官をお願いされ、千冬の教官期間は一年間だが、夏休みの期間中だけ一夏と円夏もドイツ軍でお世話になっていたのである。
そしてその時にある人物と割と深い仲になっていたのだ。
因みに黒兎隊はISを使っての災害救助を主な任務とする部隊である事を追記しておこう。

程なくして千冬と真耶が教室に入って来た事で一夏達は自分達の席に着いたのだが……千冬と真耶の後ろには話題に上がっていた編入生と思われる生徒の姿もあった。
その生徒は小柄で長い銀髪と眼帯が特徴的な人物であり、其れを見た一夏と円夏は『やっぱりコイツだったか』と言った表情をしていた。


「おはようございます皆さん!今日はこのクラスに新しいお友達がやって来ました!それでは自己紹介をお願いしますね?」

「心得た。」


真耶から自己紹介をするように言われた編入生の少女はペン型端末を手に取ると、今では黒板にとってかわった巨大な液晶タブレットにデカデカと『ラウラ・ボーデヴィッヒ』と己の名を書き記し――


「私がドイツ軍黒兎隊の隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒであ~る!!
 軍人という職業柄、一般常識に対しては少々疎い所があるかもしれんが、日本のサブカルチャーに関しては副官から色々教えてもらっているので知識は豊富だ!同好の士が居たら是非とも語り合いたいと思っている!」


どこぞの塾長を思わせる名乗りをした後に、趣味的な事を話したのは中々のインパクトだった。
尤もそのインパクトに一組の生徒は若干呑まれてしまったのだが、一夏は『イキナリやりやがった』という表情を浮かべ、円夏は何を思ったのか席を立ってラウラを逆手で手招きした。
それを見たラウラは軽く笑みを浮かべて円夏の席まで移動すると……


「覇っ!!」

「甘い!!」


円夏目掛けて鋭い右ストレートを放った。
円夏は其れをダッキングで躱すと、ダッキングの状態から一気に身体を持ち上げてバネを利かせたアッパーカットを放つ――がラウラは其れをスウェーバックで回避し、カウンターのミドルキックを放つ。
だが円夏もアッパー後に一回転してラウラのミドルキックに裏拳を合わせる。
僅かな攻防ではあるが、其れは正に一流同士だからこその攻防であり、クラスメイト達も思わず見入っていた。


「「何をしてるんだお前達は。」」

「アボ!!」

「ひでぶ!!」


だが其の攻防も円夏の頭に一夏のチョップが、ラウラの頭に千冬の出席簿アタックが炸裂した事で強制終了する事になったのであった――千冬の出席簿アタックと一夏のチョップからは人体を攻撃した際に絶対に出ちゃいけない音が出ていたのはきっと気のせいだろう。


「何をするのですか教官!」

「何するんだ兄さん!!」

「何をするではない此のバカ者どもが!」

「何処の世界に編入生とイキナリバトル奴がいるんだよ!
 おっと、『此処に居る』とか抜かした場合は今度は織斑先生とマッスルドッキングブチかますからな?」

「数年ぶりに再会した兄上と姉上にドレだけ強くなったかを見せようかと思っていたところ、姉上が良い感じに手招きしてくれましたので其れに乗った次第です!」

「つまり……」

「お前のせいだな円夏?」

「えっと、姉さん、兄さん、その笑顔が途轍もなく怖いんだが……」

「其れは正解だ……此処は敢えてこう呼ぶぜ千冬姉!!」

「今はそれでいい!これを喰らって反省しろ円夏!!」

「「一撃必殺NIKU→LAP!!」」

「いってれぼ!!」


更に此の一連の流れが円夏がラウラを逆手で手招きした事だと聞いた一夏と千冬は円夏に対して脱出不能でダメージを軽減する事も出来ない最強クラスのツープラトンである『NIKU→LAP』をブチかましてKOしていた……教師が生徒をKOしたとなれば大問題だろうが、千冬と円夏は教師と生徒以前に姉妹なので問題はないだろう。
それに乗ったラウラには特にお仕置きが無かったのだが、其れに関しては一夏も千冬もラウラが誘われたら乗らずにはいられない『ノリ優先のアホの子』である事を知っており、乗せた方が全面的に悪いと判断したからである。


「さて少しばかり騒がしくなったがホームルームは此れにて終了とする。
 一時限目は二組との合同実技だから遅れないように!」


半ば強引に千冬はホームルームを終了し、生徒達は授業に遅れないように更衣室に移動して行った――尚、KOされた円夏は一夏が『悪いが円夏連れてってくれ』と言ってヴィシュヌに頼み、ヴィシュヌは『任されました』と言って、円夏を小脇に抱えて更衣室に向かったのであった。








――――――








二組との合同実技授業は、開始直後に先ずは模擬戦を行う事となり、円夏と鈴が呼ばれ、二人の相手は真耶だったのだが、真耶は生来のドジっ子を炸裂させてコントロールを失ったラファールリヴァイブが突っ込んできたが、其れは一夏が蒼龍皇を展開し、更に超力変身で『月光蒼龍皇』となってエネルギーバリアで真耶を包み込んで地面に激突するダメージを大幅に激減させていた。

其の後、円夏と鈴のタッグが真耶とのハンディキャップマッチを行ったのだが、此処で真耶が嘗ての日本代表候補の力を如何なく発揮してくれた。
個々の能力で言えば現役の日本代表候補生である円夏と鈴の方が上だろうが、真耶の真髄は『実力差を技術で埋める』事にある――実は現役時代も実力だけで言えば真耶は中堅どころだったのだが、其の実力差を技術で上回って代表候補に上り詰めていたのだ。
更に恐ろしいのは真耶の戦術眼だろう。
温厚ドジっ子なイメージが強いが、いざ戦闘ともなればその戦術眼がいかんなく発揮され、対戦相手の得手不得手を即座に見抜き、将棋やチェスのように盤面を操り何時の間にか勝利しているのである。
この模擬戦で真耶はその力を如何なく発揮し、多少の被弾は有れど円夏と鈴をほぼ完封状態で退けてみせたのだ――円夏と鈴が連携を巧く取れていなかった事を差し引いても現役の代表候補生二人をほぼ完封したと言う事実は生徒に衝撃を与え、以後真耶は此れまでとは一転して生徒達から尊敬の目を向けられる事になったのだった。

其の後の授業では専用機持ち達が指導役となって一般生徒に実技指導を行い、最後は軽い模擬戦を行って授業は終了となった。


そして昼休み。
一夏とヴィシュヌと円夏、箒と鈴と乱と何時ものメンツにラウラが加わったメンバーでランチタイムとなっていた。
本日のランチメニューは一夏とヴィシュヌが『一夏手作り弁当(おにぎり三種、中華風唐揚げ、ホウレン草入りオムレツ、コールスローサラダ)』、箒は『カツ丼と蕎麦のセット』、鈴は『ラーチャーセット(ラーメン、半炒飯、餃子)』、乱は『ミルフィーユカツ定食』、ラウラは『牛丼』だった。


「ラウラは牛丼か……少し意外だったな?」

「牛丼は日本食に於いて、寿司、ラーメンに並ぶ人気メニューだとクラリッサから聞いていましたので……そしてつゆだくたまごは基本だと!!」

「びっみょうに間違ってねぇのが厄介極まりねぇなオイ……まぁ確かに牛丼は旨いな。そして牛丼と言えば吉野家だな。」

「其れは聞き捨てならんぞ一夏。私は松屋を推す!」


牛丼に関して、一夏は吉野家推しで箒は松屋推しであった――そして作者はすき家を推す!ってのはどうでも良いとして、ランチタイムにてラウラは少し浮かない顔をしていた。


「んで、なんだってそんな浮かない顔してんだラウラ?編入早々何か嫌な事でもあったか?」

「あ……いや、そう言う訳ではないのだが、先程の授業、少しばかり厳しくしてしてしまったのではないかと思ってな……兄上も知ってる思うが、私は戦うために生み出され、そしてずっと軍に身を置いていたから訓練と言っても軍隊式の其れしか知らないんだ。
 その軍隊式の指導が果たして彼女達にあっていたのかと、ふと思ってしまったのだ。」


原因は先程の実技授業。
専用機持ちが一般生徒に指導をしたのだが、ラウラは一般生徒達に軍隊式の若干スパルタな指導をしてしまった事を気にかけていたのだ――生まれてから現在に至るまでドイツ軍で生きてきたゆえに其れは致し方ない事なのかもしれないが、それが正しかったのかと気にしていたのだ。


「「「「「「「「「「ラウラさん!!」」」」」」」」」」

「うお!お前達は先程の授業で私が受け持った……」

「うん!
 それでね、お礼を言いに来たんだ!」

「礼、だと?」

「ラウラさんの指導はとっても厳しかったけど、要点が纏まってて分かり易かった。
 それと気づいたんだ……私達はIS学園に入学出来た事に満足してしまっていたって……IS乗りとしてはマダマダ未熟なひよっこにすらなってないんだって自覚させられた。」

「う、うぅむ?」

「だから、ラウラさんのスパルタ指導で思い出した。自分が何でIS学園を目指していたのか。
 其れを思い出させてくれた事にお礼を言いたかったんだ……ありがとうラウラさん!そして、これからもご指導ご鞭撻のほどを!」


だが其処に、ラウラが指導した面々が現れ、ラウラに礼を言って来た――彼女達も無意識だったのだが、IS学園に入学した事に満足して、日々の鍛錬を怠っていた訳ではないが其の鍛錬が生温かったと実感させれたのだろう。
ラウラの軍隊式のスパルタ指導は、彼女達にIS学園を目指した原初の思いを呼び起こしたのだった。


「お前の指導、間違ってなかったみたいだぜラウラ?
 で、こう言われてお前はどうするんだ教官殿?」

「答えは一つしかないだろう兄上……私自身まだまだ未熟故に何処まで教える事が出来るかは分からないが、私の力の限りを尽くさせて貰う。
 だから、お前達が良ければ何時でも共に訓練をしようじゃないか。」

「「「「「「「「「「宜しくお願いします!!」」」」」」」」」」


そして此の事が切っ掛けでラウラは一組に急速に馴染んでいく事になるのだった。








――――――








全ての授業が終わった放課後。
普段ならば部活動に精を出す時間であり、今日も今日とて部活動は夫々精力的に活動していたのだが、柔道部、剣道部、空手部が使用している武道場には文化部や部活に所属してない生徒達が集まっていた。


「な~んか、めっちゃ注目されてないっすかね会長さん?」

「学園最強vs世界初の男性IS操縦者がスパーリングとは言え戦うとなれば注目度は高いから当然と言えば当然じゃないかしらね?」

「闇遊戯vs遊星のデュエルみたいなもんですかね……」


その理由は今この場で一夏と楯無がスパーリングを行うからだ。
楯無は一夏の実力がどれ程なのかを知っておきたいと言う思惑があり、一夏は一夏で学園最強と言われている楯無と手合わせ出来る数少ないチャンスなので楯無からのスパーリングの申し出を受けたのだった。
一夏は赤い袖なしタイプの空手着を身に纏い、対する楯無は上はグレー、下はブルーの袴姿だった――胴着的に動の一夏と静の楯無と言ったところか。


「言い得て妙ね……ともあれ、手加減は要らないわ――今の君の全力を私に見せて頂戴。」

「全力……良いんすね?」

「勿論よ。」

「それでは、はじめ!」


審判役のヴィシュヌがスパーリング開始を告げるが、一夏と楯無は互いに構えた状態のまま動かなかった――様子見ではなく、一夏と楯無は既に戦っているのだ。
仕掛けるならどのタイミングか、何処から攻めるのか、其処を攻めた際に相手がどう対応して来て、其れに対しどう対処するか……そう言ったシミュレーションが脳内でコンマ単位で行われているのだ。
だからこそ動かないし動けない。


「らちが明かんな……合図だ!」


此処で円夏が財布から500円玉を取り出すとそれを親指で弾いてコイントス。
そして其の500円玉を円夏はキャッチせず、500円玉はそのまま道場の床に落ち――


「疾!」

「覇!」


甲高い金属音が鳴り響いた瞬間、一夏と楯無は同時に飛び出し、一夏は右の正拳突きを、楯無は左の掌底を繰り出す。
一夏の拳と楯無の掌は真っ向からカチ合い一瞬拮抗するも、此処は楯無が点をずらして一夏の拳の勢いを逆利用して投げ飛ばす――が、一夏は投げ飛ばされながらも体勢を立て直して着地する。
しかしそこに楯無が追撃となる大車輪蹴りを放つ――袴姿から楯無は古武術の使い手であり、古武術と聞くと『柔よく剛を制す』なカウンター型の戦い方を思い浮かべるだろうが、其れはあくまでも『合気道』として確立した現代のモノであり、その源流である古流柔術には自ら仕掛ける投げや当て身等の技が多くあり、先の先も後の先もどちらも得意としていたのだ。
そして楯無が修めているのは古流柔術であり、更に楯無なりのアレンジもなされて更に洗練されたモノなっていた。


「っと!だが足元がお留守だぜ!」

「そう来るのは読めているわ!」


大車輪蹴りを繰り出して来た楯無に対し、一夏は軸足を狩ろうと足払いを放つも楯無はなんと片足ジャンプで其れを躱し、蹴り足をそのまま一夏に向けて振り下ろす!
決まれば一撃必殺のジャンピング踵落としだが、一夏はその蹴り足をキャッチすると……


「一本背負いドラゴンスクリュー!!」


今度は一夏が楯無を強引に投げ飛ばす。
だが楯無も伊達に『学園最強』を名乗ってはおらずすぐさま体勢を立て直し、追撃として放たれた一夏の拳をガッチリガードしてみせた。


「(さっきの投げ、下手したら私は足を折られていたし、今の突きも急所を狙っていた……彼の戦い方は相手を破壊する殺人格闘技!
  天羽組のお世話になっている事は知っていたけど、天羽組の組員から殺しの技を学んでいたと言う事ね……ISを使わない生身での実力がどれ程かを見る心算だったけど、これは私も楯無としての技を使わないときつそうだわ!)」


其の攻撃を受けた楯無は一夏の攻撃が『裏社会に生きる人間の其れである』と確信すると、自らも裏社会でしか使う事がない『楯無としての技』を解禁!
『殺しの技の応酬』ともなれば一夏も楯無も無事では済まないだろうと思うが、互いに殺しの技を知っているからこそのギリギリのラインを弁えており、急所を狙いつつもクリーンヒットしてもギリギリ致命傷にならない程度には威力を抑えていた。
それでも一夏の拳打や蹴り、楯無の掌打や手刀は掠っただけで皮膚を裂くレベルであるのでクリーンヒットこそないモノの、一夏と楯無は互いに浅い裂傷を身体に刻み肌が露出している部分に赤い筋が入っているのだが、其れでもスパーリングが止まる事はなく、それどころか一夏と楯無の顔には裏社会に生きる者特有の『獰猛な笑み』が浮かんでおり、此の場に集まった一般生徒は其れを見ただけで震え上がる結果となった。


「そこまで!!」

「「!!!」」


それを見た円夏は大きく手を打ち鳴らして『試合終了』を告げ、其れを聞いた一夏と楯無は拳と貫手がぶち当たる直前で其の動きを止めた……正確に言えば止める事が出来た。
此れが一般生徒の合図ならば止まらなかっただろう……裏社会の人間と関わりのある円夏の合図だからこそ届いたと言ったところだ。


「試合終了……本音を言えば決着がつくまでやりたかったけど、試合終了が告げられたのならば仕方ないわね……だけど、君の力は見せて貰ったわよ一夏君♪」

「そんで、学園最強の会長さんから見て俺は如何でしたか?」

「その力、申し分ないわ。
 君なら其の力の使い方を間違える事もないだろうし……うん、君とのスパーリングを行ったのは間違いじゃなかったわ♪」

「そう言って貰えるなら僥倖っすね。」


此の戦いを観戦していた生徒達は『今のがスパーリングって嘘でしょう!?』と言った表情をしていたが、ヴィシュヌや円夏は『スパーリングじゃなかったら骨折やらなにやらしてただろうな』と思っており、軽い裂傷は有れど大怪我はしていない一夏と楯無が行っていたのはスパーリングだったのだと確信しているようだった。

尚、此のスパーリングは当然の如く新聞部の黛薫子も観戦しており、翌日には『学園新聞特別号』として発行された新聞にて此のスパーリングの詳細が全生徒に知れ渡る事になり、楯無の学園最強と、其れに比肩する一夏の実力に多くの生徒が畏怖すると同時に尊敬の念を抱くのだった。








――――――








一夏とのスパーリングの翌日の生徒会室。


「昨日は仕事があったからお前達のスパーリングの詳細は新聞部の特別号で知ったが……お前が本気を出す事になるとは、一体何時以来だろうな?」

「少なくとも裏の人間としての本気を出したのは貴女に続いて二人目よ夏姫……学園内で二度目があるとは思わなかったわ。
 そして実際に拳を交えてみて分かった事だけど、一夏君は殺しの技を修めてはいるし其れを普通に使う事も出来るけど、無意識とは言え試合では自分でリミッターを掛けているのだと確信したわ……もしも彼がリミッターなしで戦っていたらセシリアちゃんは言うまでもないけれど、クラス対抗戦で鈴ちゃんもロランちゃんも秒殺されていたと思うから。」

「まぁ、実力が申し分ないってのが再確認出来たのなら良いさ。
 IS学園の生徒会は教師部隊とは異なる生徒主導の学園の自警団的な役割も担っているから実力が無くては話にならんからな……そして彼の彼女もムエタイのジュニア世界では4階級制覇の猛者と来ている――生徒会の戦力は盤石だろう。」

「えぇ、本当にそうね。」

「此れで彼に対する懸念事項は無くなった訳だが……其れよりも、お前の妹は大分立場が悪くなっているが如何する心算だ?」


楯無の恋人であり副会長である夏姫と一夏とのスパーリングについて話していた楯無だったが、話題が自分の妹である簪の事になると少しばかり表情を曇らせた。
楯無は自分と簪の間に大きな溝がある事は理解しており、其れが簪が自分に対して強烈なコンプレックスを抱いているからこそだと言う事も理解しているからこそ、少しでもその溝を埋めようと色々と手を尽くしており、その一つが開発が凍結された打鉄・弐式を簪が所有する代わりに自分が倉持のテストパイロットになると言うモノなのだが、楯無は最近テストパイロット業に疲れを感じるようになってきていたのだ。


「……妹思いのお姉ちゃんも良いが、それも相手に届かなければ意味がない。
 恐らくだが、簪はどうして開発が凍結された打鉄・弐式を自分が所持出来ているのか、その本当の理由を知ってすらいないのだろう?」

「知らないわ……私が関わってると知ったら、簪ちゃんはきっと……」

「事の真相を話せとは言わないが、一度簪を真っ向から話をしてみたら如何だ?
 其処で見極めろよ……簪がお前が身を粉にしてまで助ける価値があるのか否かをな――暗部更識の長は、時として身内にも非情な判断を下さねばならない、だろ?」

「……その通りね。
 今日の放課後、簪ちゃんにIS委員会日本支部からの通達を伝えると共に学年別トーナメントへの参加、打鉄・弐式を完成させる為のスタッフの配備を言い渡すわ……それに対しての簪ちゃんの対応によっては……私は楯無としての判断を下す事にするわ。」


夏姫に言われて楯無も覚悟を決めたのか、今日の放課後に簪と真正面から対する事を決め――その瞳には『IS学園生徒会長:更識楯無』である人誑しで社交的な光はなりを潜め、『暗部更識家第十七代当主:十七代目更識楯無』としての剣呑な光が宿っているのだった。









 To Be Continued