Side:アインス


エルモ村から戻って来たら、何やら中央工房から白煙が……何事かと思ってエスカレーターを駆けあがり、マードックに話を聞いたのが、如何やら
ガスが発生したとの事らしい。
確かに、建物全体が覆われる程の煙が発生しているが、此れは本当にガスなのか?ありとあらゆる物がオーブメントの力で動いている事を考える
とガス漏れと言う事は先ず無いだろう……ガス式の何かがあった訳でもないみたいだしな。



《カルデア隧道から地下の天然ガスが溢れ出して来た、とか?》

《其れはとても面白い仮説だが、地下から染み出した天然ガスが中央工房全体を覆うなど異常事態だし、そうなったらカルデア隧道は通行止めに
 なってしまうから其れはあり得ないんじゃないか?》

《……実はガスじゃなくて只の煙で、職員の誰かが燻製を食べたくなって自作してる、なんて。》

《盛大な上に迷惑な燻製作りだな。》

しかし、ガスではなく只の煙か……ガス特有の刺激臭もしないし、其方の方が正しいのかも知れないな――問題は、如何して此れ程の煙が発生し
ているのかだが……?
此れは原因を直接確かめてみた方が良さそうだな。

と思って居たら、ティータが工房長に博士の安否を聞いて、工房長はヘイゼルと言う名の女性に博士の居場所を聞いていたが、彼女も博士の行動
は把握していないとの事……まさか、博士は未だ中に?



「おじいちゃん!!」

「あ、ティータ!ちょっと待って!!」

「よっしゃー!なぐりこみだーー!!」

「マードック工房長!僕達は中を捜索に向かいます。すみませんがギルドに連絡を!」



博士の身を案じたティータは迷わず工房内に突入し、エステルとレヴィも其れを追い、ヨシュアも続いたが工房長にギルドへの連絡を頼む冷静さが
あるのは流石だな。……そんなヨシュアが冷静さを欠いて取り乱した姿を見てみたいと思ってしまう私は、中々にひねくれているかも知れんが。
其れとレヴィ、殴り込みと言うのは少し違うからな?エルトリアに戻ったら王とシュテルに正しい言葉遣いをちゃんと習えよ。









夜天宿した太陽の娘 軌跡63
『急転直下!ラッセル博士誘拐!』









工房内に入って見ると、外から見た以上に中は煙が充満していた……此れでは50リジュ先も良く見えないな?取り敢えずエアロストームで煙を払
ってみたのだが、直ぐにまた煙で一杯になってしまったか。
だがまた発生したと言う事は、煙を発生させている何かがあると言う事になるのだが……其れはヨシュアが見つけてくれた。
エステルとレヴィに、『姿勢を出来るだけ低く、なるべく煙は吸わないように』と指示を出しながら、煙が濃くなっていく方に進むと、発煙筒の姿が!
コイツが煙の発生源だった訳か……手早く其れを処理してしまったヨシュアには素直に感心してしまうが、発煙筒の煙と言う事は人為的に発生した
煙と言う事になるな?
何者かが目的の為に此の煙を発生させたと、そう考えるのが妥当か……ヨシュアも、『人為的な事象には必ず目的が存在する』と言っているしね。



「フン、こんな所に居やがったか。」

「だ、誰!?」

「ったく、あちこち首突っ込みやがって……」



博士とティータの安全を確保しにと思って居た所で声を掛けて来たのはアガットだった……コイツが此処に居ると言う事は、まさか今回の一件は奴
等が関与していると言うのか?
だとしたら状況は悪いな……アガット、此処にはまだ民間人が二人残されている!



「アガット、此処にはまだ民間人が二人残されているの!アインスもその二人を案じてるわ!」

「ラッセル博士と、そのお孫さんです!」

「んだと?場所は何処だ?」

「恐らく、三階の工作室です。行くよ、エステル、レヴィ!」

「あ、うん!」

「グズグズするなガキ共!」

「グズグズしてないぞ僕は!とりゃー!!」



レヴィは何時でも元気だな……まぁ、其れが頼りになるとも言えるが。



《ねぇ、アインス。奴等が関与してるって、如何言う事?》

《忘れたのかエステル、アガットが何を追っていたのか。》

《何って……ま、まさか黒装束が中央工房に!?》

《恐らく、と言うか略確実にな。》

あの黒装束共、ルーアンでも色々とやらかしてくれたが、今度はツァイスで一体何をする心算なんだ?事と次第によっては一人とっ捕まえて、拷問
かまして目的を吐かせる位はした方が良いかも知れん。
物理的な拷問は得意ではないが、精神的な拷問は得意だ……幸せな夢の中に閉じ込める事が出来るのならば、その逆も出来る訳だからな。尤
も、其れは幻属性のアーツの応用による疑似悪夢だがね。
で、アガットから『時間が惜しい、急げ』と言われて一緒に三階に向かう事に……此れは少しは私達の事を認めてくれたと思っても良いのかも知れ
ないな。

で、目的地には辿り着くとティータは居たが博士は居なかった……アガットが『何でここにガキが居やがる!』と怒鳴ったせいでティータは涙目にな
ってしまったがな。……少しは子供に対する態度を考えろ。
工作室内に博士が居ない事に、ティータも動揺していたが、ヨシュアが優しく(此れとても重要)『カペルは何処にあるの?』と聞いた事から、博士の
居場所の見当が付いた。
確かに博士は昨日、黒のオーブメントの解析にカペルを使うと言っていたし、今此処に黒のオーブメントはないからカペルのある場所に博士が持っ
て行ったと考えるのが妥当だな。
其のままティータの案内でカペルの演算室までやって来たのだが……


――シュン!


「違う、こっちだ!」

「アインスか?気付いたかお前も!」

「生憎と、人の悪意には敏感でな。」

濃密な悪意を感じたら強制的に人格が交代されたのには驚きだな?こんな事は此れまでなかったが、強制的に私が表に引き摺り出される程の悪
意だったと言う事か?……私は悪意探知機か何かなのだろうか?
其れは其れとして、悪意を感じた先に向かってみれば居たな、黒装束が――其れもご丁寧にぐったりとした博士を連れていると来た。
逃がすな、レヴィ!!



「よっしゃー!!ペギャ!!」



スピードとパワーが自慢のレヴィを向かわせたのだが、寸での所でエレベーターの扉が閉まり、レヴィは顔面からエレベーターの扉に突っ込んでし
まったか……スマン、エレベーターの扉の閉まる速度が私の予想以上に速かった。
怪我とかしてないか?



「僕げんき!!」

「コブ一つ出来てねぇとは頑丈だなガキンチョ……」

「エッヘン!僕は強い!」



そうだな、強いな。
だが、そんな事は今は横に置いておいて奴らを追うぞ……如何やら外に逃げるみたいだから、私達も下に降りるぞ!もう一度頼むぞレヴィ!!



「りょーかーい!くらえー!雷刃封殺爆滅剣!!」



レヴィの一撃で、一階を突き抜けて地下までのフリーフォールが大完成!
後は此処から飛び降りれば一階まで超速下降だ……流石に自由落下は危険なので、風属性のアーツで落下速度を調節しながら一階まで降りて
行ったのだが、落下速度を調節しすぎたらしく、エレベーターは一階のランプが点灯した状態でドアが閉まっていた。
開く様子がない事を見ると、連中は既に建物の外か!


――シュン


「あ、普通に戻った。」

「今度はお前か……色々忙しいやつだなお前も。」

「うっさいわね、二重人格って此れでも色々大変なんだから!」



そうだな、二重人格には二重人格の苦労もあるからな。
基本的に互いに隠し事は出来ないし、夫々に好きな人が出来ても身体は一つだからとか色々とな――ではなく、黒装束は何処に?誰か目撃者は
居ないのか!?



「エステルとヨシュア、其れにレヴィじゃねぇか!」

「ナイアル!?」

「其れにドロシーさん?」

「おー!ひさしぶり!!」



そう思って居た所でまさかのナイアルとドロシーのコンビとエンカウントだ――ルーアンで会った時はナイアルだけだったが、またドロシーとのコンビ
を組んでいる訳か。
何と言うか、やっぱりこの二人はコンビを組んでいるのがシックリくるな。
アガットが『誰だコイツ等?』と言う感じだったのだが、彼等の事を説明してやると納得していた……『リベール通信の名物記者か』と言ってた辺り、
意外とアガットは雑誌も読んでるみたいだね。



「ねぇ、二人とも、黒装束の一団を見なかった?
 工房で騒ぎを起こした犯人で、ルーアンでの一件の黒幕でもあるの。」

「黒装束ですか~~?知らないですねぇ……あ、でも王国親衛隊ならさっき建物から出てきましたよ~?とってもカッコ良かったです♪」



親衛隊が?
其れが本当ならば頼もしいが、ルーアンの時にリシャールが言っていたように、親衛隊の任務は女王の護衛だから中央工房の異変に出張るのは
有り得ない事だ。
ルーアンの時の様にクローゼが命じたのならば未だしも、ツァイスの異変をクローゼが知る筈もないから、親衛隊が出張る事など有り得ん。



「そうよねアインス……特にユリアさんが、こんな事をする筈がないわ。」

「ユリア?……確か王国親衛隊の中隊長さんだったよな?
 そうだ、何かおかしいと思ったが、さっきの王国親衛隊の連中はユリア中隊長を知らなかった……自分の所の上司を知らねぇ軍人なんざ居ねぇ。
 危うく誤認記事書いちまう所だったぜ――アイツ等は親衛隊なんかじゃねぇ。親衛隊に扮した偽物だ。」



矢張り偽物だったか。姑息な真似をしてくれたものだなマッタク。
ナイアルから、偽親衛隊はトラット平原道を東に抜けて行ったとの事……博士をどこか遠くに連れ去ろうと言うのならば、あのまま徒歩でと言う事は
考え辛いが、だからと言ってツァイスにほど近い場所に移動手段を用意しておいたら親衛隊に偽装したのがばれてしまうかも知れないから、ツァイ
スから程々に離れた場所に移動手段を用意している筈――全力で追いかければ追い付く事も出来るだろう。
……空から探せば其れが一番楽なんだが、ヨシュアとアガットをどうやって運ぶかが問題なので辞めた。

だが、其れ以上に問題だったのは……



「コラ、チビスケ!何自然に付いて来ていやがる!ガキは大人しく家で待ってろ!」



ティータの存在だ。
博士が攫われたティータの気持ちを汲んで此処まで付いて来させたものの、街道には魔獣も多く、黒装束の連中とも博士奪還の為に戦う事も考え
ると、ティータが一緒だと言うのは……言い方は悪いがプラスではない。
確かにティータは歳の割に非常に高い知識と技術を持ってはいるが、導力砲はある物の戦闘力は皆無と言って良いし、何よりも今は、目の前で博
士が攫われた事に動揺して正しい判断が出来なくなってる部分もあるからね。
アガットに『家で待ってろ』と言われたティータは、エステルに頼むも、流石のエステルも『連れて行けないかも』と言っているからな……其れでも退
き下がらないティータに、遂にアガットが地面を思い切り踏みつけ『足手まといだ、付いてくんな!』と一喝して強制終了。
……其れはまぁ、仕方ないとして街道に敷き詰められてる石畳を割るなよ。
『足手まとい』と言われたティータは、『じゃあ、レヴィちゃんは』と言っていたが、レヴィは見た目は子供でも私と同様に千年間存在していたし、頭は
パーでも戦闘では頼りになるからなぁ……ルーアンではアガットの目の前でレイヴンぶちのめして見せたから、アガットもレヴィの力は認めてるみ
たいだからね。
黒装束が向かった先が、導力技術がもっさり使われたトラップだらけの迷宮とかだったらティータを連れて行く事も出来たのだが、そうでないのなら
ばな。
ヨシュアも首を横に振っているし、ティータには悪いがツァイスに戻って貰うしかないだろう。

エステルが何とか説得しようとするも、アガットに『もうかまうな、行くぞ』と言われ、結局説得は出来ずに『博士は必ず助けるから』と言う事しか出来
なかった。



「エステルお姉ちゃん……酷い、酷いよぉ……」



……ティータの涙交じりの声に、滅茶苦茶心を抉られるな。



《ホントにね……なんかめっちゃ悪い事をしちゃった気分だわ。》

《そうだな……この罪滅ぼしは、博士を無事に助け出す事で帳消しにして貰うとしよう。博士を助けて連れて帰れば、あの泣き顔も笑顔に変わるだ
 ろうからね。》

《そうね、その為にも絶対にあの黒装束達を見つけ出してブッ飛ばしてやるわ!》



その意気だ。
まして王国親衛隊を騙ったと言うのは言語道断だからね。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・



其れからあちこち探しまわったのだが、一向に黒装束の一団を見付ける事は出来なかった……完全に見失ってしまったようだな?陽も沈みはじめ
たし、そろそろ限界か?
アガットも、『限界か……』と言っているしな。



「まだよ!諦めるのはまだ早いわ!
 博士を連れてウロウロ出来る筈がないわ!きっと未だ近くに隠れてる!!」



だが、エステルは諦める気はないみたいだな……ふ、それで良い。
アガットも少々『諦めの悪さだけは一人前だな』と言った顔をしているが、諦めなければ必ず道は開ける……砕け得ぬ闇事件の時の最終決戦で、
トーマも『諦めなければ未来が見える!』と言って居たしね。
なので、もう少し近くを回って見る事にしたのだが……



「ダメだ、其処から離れて!」



ヨシュアが私達の前に割って入り、同時に茂みから物音が……何者だ?



「誰!隠れてないで大人しく出て来なさい!」

「あ、あの……」

「へ?アルバ教授?」

「……誰だ?」

「えっとね~~……へんなおじさん!」



茂みから現れたのはアルバ教授だった……其れとレヴィ、その説明は間違ってないけど間違ってる。『変なおじさん』はとても偉大な国民的ギャグ
なので、この変態教授に使うのは間違いだ。

如何やら教授は、この辺にある四輪の塔の一つである『紅蓮の塔』の調査に来ていたようだ……相変わらず護衛の遊撃士も雇わずに魔獣が犇め
く塔の調査に入るとは命知らずだな?
其れとも学者とは得てしてこう言うモノなのだろうか……何だか良く分からん。



「そうそう丁度良かった。私さっきまで塔の調査をしていたんですがね。」

「ごめん教授、塔の話を聞いてる場合じゃないの。」

「いえいえそうではなくて――実は塔の中に王国軍人が数名入って来まして。その……見つかると面倒なので、影から様子を伺っていたんです。
 そうしたら、誘拐だの逃走ルートだの、不穏な言葉が聞こえて来ましてねぇ……気になってしまって、ギルドに通報しようかと思って居た所なんで
 すよ。」

「まじんこで?」

「マジンコです。」

「ありんこで?」

「蟻んこです。」

「みじんこで?」

「ミジンコです。」



教授、レヴィ、ナチュラルに漫才をするな。
だが、よもやこんな形で黒装束達の足取りを掴む事が出来るとは、相変わらず胡散臭いが教授も偶には役に立つようだな……紅蓮の塔、此処が
黒装束共の逃走経路と言う訳か!
此処を選んだと言う事は、飛行船でも使って逃げる心算だろうが、逆に言うのならば飛行船が来なければ逃げ場を失くした袋の鼠だ……博士を奪
還すると共に一網打尽にしてくれる!
孤児院の放火、テレサ先生の襲撃も含め、纏めて倍返しにしてやるから覚悟しておくんだな!!













 To Be Continued… 





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