Side:アインス


ホテルの支配人の厚意で貸して貰った部屋だが、最上階の高級ルームと言う事もあって見事な部屋だな?
部屋の広さは申し分ないが、ソファーを始めとした家具が一級品なだけでなく、壁の絵画や蝋燭台と言った調度品も一級品であるが分かる……あ
の燭台は純金製みたいだしね。



《純金の燭台って、ドンだけの値段よ?》

《一万ミラ札が百枚は吹っ飛ぶだろうな、間違いなく。》

《百万ミラ以上ですって!?》

《まぁ、其れでもグランセル城にある調度品やら何やらと比べれば大した事はないんじゃないか?多分だが、クローゼが付けていたティアラは値段
 を付ける事すら出来まいよ。》

《さっすが、王族は違うわねぇ……》

《まぁ、アリシア女王やクローゼが身に付けていた装飾品は、代々王家に受け継がれて来たモノだろうから、本来の値段+歴史的価値で値段がも
 の凄いモノになるわけだけどな。》

服ならば経年変化でドレだけ大事に使っても何れは限界が来るが、フレームに金や白金を使い、天然石をあしらった装飾品であれば意図的に壊
さない限りは略永久的にその姿を留めるからな……遺跡から太古の装飾品が略完全な形で発掘される事が、其れを証明しているしね。
其れは兎も角、本当に見事な部屋だな?レヴィなんかは『すごいぞー!ひろいぞー!』とか言って飛び回っているし……そんなに跳ねると危ない
ぞレヴィ?



――ゴン!!



って、なんか凄い音がしたけど大丈夫かレヴィ!?



「レヴィ、大丈夫?……物凄い音がしたけど……」

「……ちょっと待ってヨシュア、レヴィってば何処にぶつかった訳?見た所ぶつかるようなものが何もないみたいなんだけど?」

「え゛?」



言われてみればエステルの言う様に、レヴィの周りにぶつかりそうなものは何もない……幾らレヴィがはしゃいだとしても、魔法無しで3mはあるで
あろう天井にまで達するジャンプは出来ないから、本気で何に激突したんだお前は?
『漫画の枠線が其処にあった』とか言っていたが……うん、意味が分からないな。










夜天宿した太陽の娘 軌跡49
ホテルで擦った揉んだのなんとやら』









レヴィも痛みから復帰したので改めて部屋を見て回ったのだが、寝室にはベッドが二つしかなかった。
其れを見たヨシュアは、『僕はソファーで寝るから、ベッドはエステルとレヴィが使うと良いよ』と、イケメン全開な事を言ってくれたが、エステルもレ
ヴィも其れをアッサリと受け取る筈がなく、最終的にエステルとレヴィが同じベッドを使って、もう一つをヨシュアが使うって事で落ち着いた。



「それにしても、最上階でしかもスィートか。通常料金で泊まらせて貰うのが申し訳なくなって来るね。」

「ま、折角の申し出だし精々堪能させて貰いましょ。」

「そーそー!たんのーしないとそんだー!……ところで、たんのーってなに?」



――ゴッドハンドクラッシャー!超電導波サンダーフォース!!ゴッドブレイズキャノン!!!



まさかのレヴィの一言に、エステルどころかヨシュアまでもがずっこけた……ステータスを力と素早さに全振りしてるとは言え、アホ過ぎないか此れ
は?お前は何か、脳ミソが皴一本無いゆで卵状態なのか?つるつる脳ミソなのかお前は?
まぁ、エステルが懇切丁寧に『堪能』の意味を教えてくれたおかげでレヴィも理解できたみたいだけどな……ユーリよ、紫天の盟主権限でレヴィの
頭脳を少し改善してくれ。シュテルが補えるレベルを超えてるからな此れは。



「凄いな、こんなバルコニーまであるんだ。」



其の後は、バルコニーで絶景を堪能だ。
流石に、東京タワーやスカイツリーのような高さではないが、ルーアンにはこのホテルよりも大きな建物がないから視界を邪魔するモノがなく、あり
のままの海を眺める事が出来るな……茜色に染まった海と空、綺麗なモノだ。
エステルも『まさに絶景だ』と言っていたが、同時に『アタシ達だけで使うには勿体ない部屋かも……』とも言っていたな……『父さんも一緒だったら
良かったのに』ともな。
ヨシュアの言う通り、お前は一体、今何処で何をしているんだカシウス?お前ほどの奴が誰かに如何されるとは思わんが、今の所の手掛かりがボ
ースで受け取った手紙と、あの黒いオーブメントだけではお前の安否が分からん……其れでは、エステルもヨシュアも不安になるだろうさ。



「えすてるとよしゅあのおとーさん、いないの?」

「ちょっとね……何処で何をしてるのか分からないんだ……」

「ふ~ん……それでしんぱい?」

「そりゃ心配よ。あの極道親父、ムッカつくほど強いけど、だからと言って完全無敵って訳じゃないから、何かあったんじゃないかと思うと、ね。」

「強いってどれくらい?」

「アインスと人格交代して挑んでも、時間切れ引き分けに持ち込むくらいよ。」

「つまりクロハネとどうレベル……ならぜったいだいじょうぶ!えすてるとよしゅあのおとーさんはぜったいに無事だ!僕達のなかでさいきょーのお
 ーさまだって、ぜんせーきのちからをとりもどしたクロハネには勝てなかったんだ!
 そのクロハネとひき分けることができるなら、だれが相手でも負けることなんてありえない!クロハネはほんきを出したら30ぷんでせかいをはか
 いできるからな!!」

「エステル、父さんは何か大丈夫なんじゃないかって思って来た。」

「偶然ねヨシュア、アタシもよ。」

レヴィ、ある意味良くやった。
エステルもヨシュアも、私の力は良く知ってるし、その私とカシウスは互角に渡り合える事を知ってるからな……其れを改めて第三者から言われれ
ば、カシウスは大丈夫だと思えるだろうからね。
レヴィは、アホだが直観力はあるから、こう言った事には案外鋭いモノがあるな。



「ほほう……中々良い部屋ではないか。」



っと、部屋の中から何やら聞こえて来たな?……此処は私達が使ってる部屋の筈だが、一体何者だ?――もしも、不法侵入者だったら速攻で無
力化せねばと思って部屋に戻ったのだが、其処に居たのは髪型を所謂『坊ちゃん刈り』にして口髭と顎髭を生やした小太りの男と、痩身で白髪と
眼鏡が特徴的な初老の男性。
小太りの男の方は、此の部屋に泊る心算みたいだな?白髪の男性が、『既に利用客が居る』と言っても、其れには全く耳を貸さない感じだ……ヤ
レヤレ、差し詰め成金おぼっちゃまとそのお目付け役と言った所かな此れは。
それでだ、その男は私達を見つけるなり、『私の命を狙う賊か?』とかなんとか言って来たが、其れはエステルが『勝手に部屋に入って、オジサン
達こそ何者よ』と返したか……だが、コイツは其れで怯む事なく、『此処は私が、ルーアン滞在中のプライベートルームとして使用する。とっとと出て
行くがよい』とか、ふざけ腐った事を抜かしてくれたなこの野郎。
当然エステルも憤慨したのだが、どうにもこの男は何やら偉い立場の人間らしく、『私を誰か知らんのか?』と言って来たか……



「うん、全然。なんか、変な頭をしたオジサンにしか見えないんだけど。」

「へ、変な頭だと!?」

「へんなアタマ~~?……僕はふとってるからふくを着たブタかとおもった!」

「ブ、ブタァ!?」

「エステル、幾ら何でも其れは失礼だよ……個性的って言ってあげなくちゃ。
 其れからレヴィ、其れはブタに失礼だよ……豚は食用であっても体脂肪率は5%以下なんだから、体脂肪率が最低でも30%はあるであろう彼
 と比べたらブタに申し訳ないよ。」



エステルの先制攻撃、レヴィの追加攻撃、ヨシュアのトドメの一撃が炸裂だ……エステルとレヴィは思ったことをそのまま口にしてるんだろうが、ヨ
シュアの場合は、分かってやっているのだから性質が悪い事この上にない――まぁ、お前が今言った事に関しては諸手を上げて大賛成だけどな。
其れに男はプルプル震えていたが、意を決して自分の名を明かしたか……『デュナン・フォン・アウスレーゼ』――アリシア女王の甥にして侯爵位を
授けられたモノか……此れはまた……



「あはは……!」

「く……はは……!」

「クククク……ハハハハ……ハ~ッハッハッハッハ!!」



笑うしかないな。レヴィの情け容赦ない高笑いも最高だ。
お前なんぞがアリシア女王の甥……引いてはクローゼの叔父だと?馬鹿も休み休み言え。お前の様な奴が王族の血筋である筈が無かろう?嘘
を吐くなら、もっとましな嘘を吐けよ。



「あ、アインスが『嘘を吐くならマシな嘘を吐けって』……ヤバい、笑い過ぎてお腹痛いww」

「エステル、そんなに笑ったら悪いよ……この人も、場を和ませるために冗談で言ったのかもしれないし。」

「じょーだんはじょーだんらしいテンションで言えって、おーさまも言ってたぞ~~!!」



エステルもヨシュアもレヴィもノリノリだったのだが、白髪眼鏡の初老の男性が『閣下の仰っている事は事実です』と言って来た……男性はフィリッ
プと言うらしく、この男の世話をしているとの事……お付きの執事って事か。
聞けば、幼少の頃からこの男の世話をしているとか……そんな彼が言うのであれば、非常に認めたくない事であるが、この男がアリシア女王の甥
だと言うのは真実なのだろうな。
エステルも、フィリップの実力を察し、ヨシュアはジャンが『ルーアンに王室の人が来ている』と言っていた事を思い出したか……
其れで、デュナンとやらは自分の立場を笠に立てて、部屋を譲れときたか……余りに横柄な態度に私もエステルもブチ切れる寸前だったのだが、
ギリギリのところで執事のフィリップが割って入って、私達に耳打ち――要約すると『侯爵は一度言い出したら梃子でも動かないから、相応の金は
払うから部屋を譲ってくれ』との事だった。
金で解決と言うのはあまり好きなモノではないが、土下座せん勢いで頭を下げられては、其れに応えるしかあるまい。



「はぁ、仕方ないか……あんまり執事さんを困らせる訳にも行かないし……」



そう言って、部屋を譲る事になった。
差し出されたミラは、ヨシュアが丁重に断ってな……にしても、あんなのがクローゼの叔父とは、若しかしたらクローゼは物凄い苦労をしてるのかも
知れないな……学園祭に行ったその時は、少しでも癒してやるとするか。――私に其れが出来るかどうか分からんがな。
ミラを受け取らない事に執事さんは困惑していたが、エステルが『アタシ達にはちょっと豪華すぎる部屋だし。あのオジサンのお守り、大変とは思う
けど頑張ってね♡』と言ったら、物凄く感謝されてしまった。
最後に、ヨシュアが『部屋は侯爵閣下にお譲りします』と言ったら、えらく上機嫌になっていたなデュナンとやらは……ああ言う輩は、此方が下手に
でて煽ててやるのが一番と言う事か。



「ぶ~~!なんであんなやつに、あのいいへやを譲っちゃうのさ~~!僕達がつかうへやだったのに~~!!
 えすてるもよしゅあもクロハネもこれでいーのかよー!!」

「少し残念ではあるけど仕方ないよ……相手は曲がりなりにも王族の人だし、あまり食い下がって執事の人に苦労を掛けるのも如何かと思ったか
 らね。」

「つまり、あのオジサンに部屋を譲ったんじゃなくて、執事さんに部屋を譲ったのよ。
 あのオジサンに譲るのは何か癪だけど、あの人の良さそうな執事さんに譲るんだったら悪い気はしないでしょ?」

「ん~~~……それならべつにいっか。」



其れで良いんだなレヴィよ……こう言う時、単純なのは助かるな。
其れでだ、フロントに事の次第を説明して、他に部屋はないかと聞いた所、何とついさっき全ての部屋が埋まってしまったとの事……バッドタイミン
グにも程があるな。
ギルドの休憩室は既に他の遊撃士が使っているだろうし、だからと言って野宿と言うのもな……



「ヨシュア、如何しよう……」

「此れは、少し甘く見てたかな……」

「僕はのじゅくでもへーきだぞ?エルトリアでは、ふっこーさぎょーのとちゅーでそとで寝ることとかけっこーおーかったし!」



うん、お前は平気だろうなレヴィ。否、私は元よりエステルとヨシュアも野宿程度は大丈夫だろうが、此れだけの都会で野宿などしていたら、ホーム
レスと間違われかねん……準遊撃士がホームレスに間違われて通報され、ギルドに保護されたとか笑い話にもならないからね。



「よ、何か困ってるみたいだな。」

「「!!」」

「エステル、ヨシュア。空賊アジトで会って以来だな。」

「な、ナイアル!」



そんなこんなで困り果てている私達に声を掛けて来たのは、ナイアルだった……まさか、こんな場所で会うとは思わなかったが、若しかしなくても
仕事か?



「こんばんわ。意外な場所で会いますね?」

「アインスも、『こんな場所で会うとは思わなかった』ってさ。」

「そりゃ、こっちのセリフだぜ。
 お前さん達もルーアンに来てるとは思わなかったが……そっちの青髪のちっこい嬢ちゃんは何モンだ?ボースの時にゃ居なかったよなぁ?」

「それって僕の事?
 ふっふっふ……よくぞきーてくれた!僕こそ、してんをしゅごするダークマテリアルズで、『力』をつかさどる雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャー
 だーーーー!!」

「……決まったわね。」

「そうだね、見事に決まったね。」



エステルもヨシュアも、レヴィの扱い方が大分分かって来たな……レヴィ的に今のは物凄くカッコ良く決めた心算だろうから、突っ込まずに肯定的
な事を言ってやるのが正解だよ。



「何やら愉快な道連れが出来たみたいだなお前さん達は――それより如何した、何かトラブルでもあったかよ。」

「実は……カクカクシカジカ、シカシカエゾジカ、シカニクオイシー!って事なのよ。」

「ハハハハ!相変わらず面白い事に巻き込まれてるじゃねーか!」

「あのねぇ、笑い事じゃないんだけど。」

「だが、そう言う事なら話は早い。俺の部屋に泊めてやるよ。」

「え?」

「ベッドに空きがあるからな。
 開いてるのは二つだが、一つはヨシュアが使って、残る一つはエステルとレヴィの嬢ちゃんで使えば問題ねぇだろ?
 よう、フロントさん、其れでも構わないだろう?」

「勿論ですとも。そうして頂けると助かります。」

「おし、決まりだな。地下一階の奥の部屋だ。遠慮せずに付いて来いよ。」



取り敢えずエステルがナイアルに何があったのかを説明したら、ナイアルが借りている部屋に泊めて貰える事になったか……其れは良いんだが、
ナイアルはエステルのあの説明で分かったのか?……ジャーナリストの言語解析能力は侮れないな?私だって何言ってるのか分からなかったと
言うのにな。



「うーん……良いのかな?」

「折角の申し出だし、受けても良いんじゃないかな?
 まぁ、泊めてもらう代わりに、何かネタは要求されそうだけど。」

「うーん、めちゃめちゃありそうね……ま、其れ位は仕方ないか。」

「ネタ?僕は、おすしのネタなら、イクラとサーモンとネギトロがいーな!」

「……ヨシュア、お寿司って何?」

「確か、東方の島国の料理で、炊いて酢を加えた米に、生魚や魚卵の加工品を乗せた料理だったと思うよ。」



ヨシュア、大体合ってる。
だがレヴィはちょっと違う。其れはネタ違いだからな?……まぁ、好きなネタは実に子供らしいと思うが、エルトリアには寿司がある事に驚きだよ。
尤も、我が主を模した王であるのならば、我が主の家事スキルをも受け継いでいる可能性は充分にあるから、やろうと思えば寿司くらいは作れる
のかもしれんな。……主が、ひな祭りの時に作ってくれた『ひな寿司ケーキ』は最高だったからね。

レヴィには『ネタ違いだ』と言う事を説明しながら、地下に降り、ナイアルが借りている部屋に到着――エステルは『ちょっとサービス良すぎるんじゃ
無いの?』と言ってたが、ナイアルは『この前はお前さん達のおかげでスクープをモノに出来た。感謝のしるしって奴だ』と言っていたから、きっとそ
うなのだろうな。
なんでも、最新号がバカ売れで、特にリシャールと情報部の活躍を取り上げた記事が大反響だったらしい……空賊事件そのモノより、リシャール
に稼がせて貰ったと言うのは、比喩ではなく実際にそうなのだろうね。



「大佐、凄い人気ねぇ?」

「噂じゃ、今回の事件で陛下から勲章まで貰ったらしい。
 王都辺りの市民の噂じゃ、人気うなぎ登りって話だぜ。今度ウチでもリシャール大佐の独占インタビューを載せるしな。」



アリシア女王から勲章まで賜るとは、矢張りリシャールは凄い奴だな……王国軍の役付きの軍人は其れなりに居るだろうが、アリシア女王から受
勲される奴など早々居るモノではないだろうからね。
リベール通信の記事で、リシャールの人気が上がるのは良いんだが、上がったら上がったで、カノーネが見当違いな嫉妬に燃えそうで怖い。六歳
の時のエステルにすら敵意を剥き出しにしたからなアイツは。

そう言えば、ドロシーの姿が見えなかったが、聞くところによると、元々新人研修の一環としてコンビを組んでただけあり、空賊事件のスクープをも
ってしてコンビ解消との事だった。



「ふーん……でもあの人って、一人にしたらかえって心配なよーな。」

「言うなっての……考えない様にしてんだから。」



だろうな。……取り敢えず、ドロシーと新たなコンビを組まされた記者に同情せざるを得ないな――こんな事を言ったらナイアルは全力で否定する
かも知れないが、ドロシーのカメラの腕を最大に活かせるパートナーと言うのはナイアル以外には絶対に居ないと断言するよ。
新人研修が終わったからコンビ解消と言っていたが、そう遠くなくお前はまたドロシーとコンビを組む事になると思うぞ?ジャーナリスト魂の塊であ
るナイアルと、写真に魂をかけてるドロシーのコンビと言うのは、天下無敵のマスコミタッグだと思うからね。
それとは別に、ナイアルはバカンスとは別に、私の予想通り仕事がらみでルーアンに来ていたと言う事が分かった……ヨシュアに聞かれて、『イエ
スとだけ言っておく。後は秘密だ、可成り大きなネタなんでね!』と言っていたからな。


だが、此の時ナイアルが言っていた『大きなネタ』とやらが、後に私達に深く関わって来る事になるとは、此の時はマッタク予想していなかったよ。











 To Be Continued… 





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