Side:アインス


ジョゼット率いる空賊団からセプチウムを取り戻して市長邸の強盗事件は無事解決したんだが、その直後にカシウスが乗った飛行艇がボース付近
で消息を絶ったと言うのは流石に気になるな?
まぁ、カシウスならばどんな事が起こっても最終的に何とかしてしまうだろうから、其処まで心配はしてないんだが、乗り合わせていた飛行艇の乗客
とクルーの安否は気がかりだな。



《そうよねぇ……何があったのか気になるけど、父さんだったら絶対に無事なような気がするわ。》

《カシウスの場合、仮に飛行艇が空中分解したとしても、無傷で生還するだけじゃなく、乗客の何人かは無傷のまま助け出してしまいそうな気がして
 ならないからな。》

《父さん飛べるのかしら?》

《カシウス自身は飛べなくとも、風属性のアーツを駆使して何とかしてしまいそうな件について。》

《若干否定できないわ其れ。》

《だろう?……まぁ、其れは兎も角、お前はカシウスを探しに行く心算なんだろう?そうでなければ、其れだけの荷造りは必要ないからね。》

《勿論よ!其れに、同時にロレント以外での修行も出来るしね!》



着替えに、怪我した際の手当ての道具、ゼムリア大陸の地図、日持ちする食糧、そして棒術具と準備は万端と言った所だな。



――コンコン……



「エステル、良いかな?」

「……ヨシュア?」

「食事の準備、出来たから。
 因みに今夜は、ローストチキンのバジル風味と、オニオンスープのグラタン。」

「美味しそうだね。うん(準備が終わった)後で行くから、先に二人で食べててよ……」

「そっか……分かった。冷めないうちにおいでよ。」



っと、ヨシュアか。
如何やら食事の準備が出来たみたいだが、エステルはキリの良い所までやりたいらしい……まぁ、気持ちは分からなくもないが、ヨシュアの言って
居た様に冷めないうちに行こうな?
特にオニオングラタンスープは、熱々の方が美味しいのだからね。










夜天宿した太陽の娘 軌跡27
『夜天と太陽と漆黒、本格起動









それにしても、今回の飛行艇がロストした件、考えれば考える程不可解な点が多いな?



《不可解って、何が?》

《今回の事が事故だろうと事件だろうと、その場にカシウスが居たのならば、飛行艇がロストする前に解決してしまった筈だ……だが、現実に飛空
 艇はカシウス共々消息不明となっているだろう?
 無論、カシウスも予想してなかった事態が起きた可能性もあるが、そうであってもカシウスならばその場で迅速な対応が出来るだろうから、矢張
 り解せない。
 ……有り得ない事が、起きた可能性があるかも知れないな。》

《有り得ない事って?》



さてな、其れは私にも分からない。
だが、カシウスごと消息不明になっている事を考えると、今回の一件は、私達が知らない大きな何かが裏で動いている可能性があるのかも知れな
い……あくまでも可能性だがな。
まぁ、此れはあくまでも可能性の話であり、『もし』をいくら話した所で事態が何か変わる訳でもない――だから今は、今宵のディナーを楽しもうか?



《そうね、そうしましょう。》

「はぁ~~、良い匂い~っ。もう我慢の限界だよ。」

「え……?」

「エステル、アンタ大丈夫なの?」

「もーダメダメ。お腹空いて倒れる寸前だよ。うわ、美味しそうじゃん!」



ギリギリまで頑張っていたお前も大したモノだがな。
シェラザードの『大丈夫なの?』に対して、若干答えが噛み合ってない気がするが、其れは別に気にしなくても良いだろう……其れよりも、今夜のメ
ニューは本当に美味しそうだ。
ローストチキンは皮の焼き加減が絶妙で、バジルの香りが其れを引き立てているし、オニオングラタンスープは表面のチーズの少し焦げた感じが何
とも言えないな。


「「いただきます!」」

「ハモッた。」



思わず私の声が表に出てしまう位に美味しそうだったと言う事だよ……時に、ヨシュアもシェラザードも食べないのか?



「如何したの二人とも?アインスも言ってたけど、食べないの?美味しいよ、スープグラタン。オニオンの甘みが利いてて。
 さっすがヨシュア、良い仕事してるじゃない!あ、此処は『良い仕事してるねぇ?』って言った方が良いのかしら?」



そうだな、此処はそう言うべきだった。鑑定士、中島誠之助先生の名ゼリフは割と汎用性が高い……そう、どこぞの赤い弓兵の有名なセリフと同じ
位汎用性が高いからな。



「そ、そりゃどうも。」

「シェラ姉も遠慮しないで。
 あ、父さんが隠し持ってる秘蔵のブランデーでも飲む?確か『スタインローゼ』の二十年物だったかなぁ……」

「ス、スタインローゼ!それも二十年物ですってぇ!?」

「ちょっと、シェラさん……」

「は……コホン、遠慮しときます。」



シェラザード、酒の事となると目の色が変わるな……まぁ、分からなくもない。
何時だったか、満月の夜に主の家の縁側で、将と酌み交わした酒は格別の味だったからね……まぁ、私と将の二人で徳利一本だったけどね。



「所で何してたのよ?ヨシュアが呼んでも降りてこなかったじゃない?」

「ん?あ~~、替えのパジャマを探してたの。奥にしまったお気に入りが中々見つからなくってさ~。」

「パ、パジャマ?」



ん?何を驚いてるんだヨシュアは?
寝間着の替えを用意しておくのは当たり前だろうに……因みにエステルのお気に入りは白いワンピースタイプのパジャマ。凄く似合ってると思う。
因みに、私の個人的な意見を言わせて貰うのならば、クローゼの寝間着にはフリルの付いたネグリジェが一番だと思う。異論は認めるが全力で無
視する。



「其れと旅行用具一式。ドレだけかかるか分からないし、備えあれば憂いなしってやつよ。」

「あ……」

「アンタ、もしかして……先生の消息を確かめる為にボースに行ってみる心算?」

「モチのロンよ!」



大正解だシェラザード。
『公式チート』『スタッフが何かを突き抜けた』『エクセリオンゼロ距離砲で無傷な様に言いようのない絶望を感じた』と言われている私をして、『このク
ソチート』と言いたくなるようなカシウスに何かあったとは思えないが、エステルはじっとしていられる性分ではないからな。



「じっとしてるのも性に合わないし、ちょっくら行って確かめて来るわ。」

「はは……マッタク、君って子は。前向きって言うか、神経が図太いって言うか……」

「なによ~、失礼しちゃうわね。どうせ、ヨシュアも付き合ってくれるんでしょ?」

「当たり前だよ。
 でも、定期飛行船は軍の捜索活動が終わるまで運航中止になってるみたいだ。ボースまで、街道を使って歩いて行くしかなさそうだね。」

「歩いてボースまでか……どのくらい時間が掛かるのかな?」

「遊撃士の足だったら、急げば半日ぐらいのモノよ。」



半日と言うと、大体五~六時間か……エステルが疲れたらアーツで体力を回復すれば良いだけだから、其れを考えると其処まで大変な距離ではな
さそうだ。
この世界に携帯電話のようなモノがあったのならば、リシャールに連絡を取って、特例で飛行艇を飛ばせるようにしてもらう所なのだが、其れは流
石に無理だから、歩いて行くしかないな。



「しかしまったく……そう言う事なら話は早いわね?その話、アタシも乗せて貰うから。」

「え……シェラ姉も来てくれるの?……でも、仕事が忙しいんじゃ……」

「こら、アタシは先生の弟子よ?師に何かあったと聞いて留守番なんかしてられますかっての。
 協会の仕事はアイナに頼んで、他のメンバーに回して貰うわよ。」

「シェラ姉……」

「シェラさん、ありがとう。」

「礼を言われる筋合いはないわ。此れだけの事件を、新人だけに任せる訳には行かないって事。」



……此れは、師の窮地を弟子が助けに行くと言う場面であり、普通は感動すべき所なのだろうが、シェラザードに仕事を押し付けられる事になるで
あろうロレントの遊撃士に同情を禁じ得ない。
せめて、強く生きてくれとしか言えないな。

それにしても新人、新人か……確かに遊撃士としては駆け出しの新人も良い所なのだが、恐らくゼムリア大陸広しと言えど、こんな事が出来る新人
は私がインストールされてるエステルくらいだろうな。



――ボッ!!



「!?エステル、手に火が燃えてるわよ!?」

「あ~~~……此れ、アインスがアーツ利用してやってるだけだから気にしないでシェラ姉。アタシも全然熱くないし。
 やろうと思えば全身を炎で包む事だって可能なのよね……その場合も、熱くないだけじゃなくて普通に息も出来るし。」

「その状態で魔獣に突進すれば、其れだけで良いダメージが入りそうだね。」



炎を纏って突進……フレイムシュートか、バーニングソウルか、はたまたゴッドフェニックスか?だが、突撃は若干危険なので、纏った炎を一気に前
方に解放して薙ぎ払うのが良いかも知れないな。
取り敢えず、エステルはそんじょそこ等の新人とはちょっと違うと言うデモンストレーションでしたとさ……はい、鎮火。



「火が消えた……結局今のは何だったの?」

「私がその辺の新人とはちょっと違うって言うデモンストレーションだって。」

「何よ其れ?」

「さぁ?」



デモンストレーションはデモンストレーションとしか言いようがないな。
まぁ、其れは其れとして、シェラザードが一緒ならば頼もしい。『銀閃』の二つ名を持つ遊撃士から学ぶ事も多いだろうしね。



「其れは兎も角、シェラ姉が一緒なら心強いわ。アインスも同じ意見だし。」

「よろしくお願いします。」

「フフ、此方こそ。取り敢えず、明日の朝、出発前にギルドに寄りましょ。アイナに事情を説明しないとね。」



そうだな。アイナにはちゃんと説明しないとだな。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

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・・・



翌日、遊撃士協会ロレント支部。



「――話は分かりました。
 正直、カシウスさんに続いて、シェラザードに抜けられると可成り人手不足になるけど……他ならぬカシウスさんの事だもの。
 遠慮せずに行ってきてちょうだい。」

「恩に着るわアイナ。ま、精々リッジの奴を目一杯コキ使ってやって。普段の仕事量の三倍は行ける筈だから。」

「さ、流石に可哀想じゃない?」



アイナに事情を話したら、割とあっさりOKして貰えたんだが、シェラザードの抜けた穴を補填する事になるであろうリッジには同情すると言うか、若干
申し訳ないな。
と言うか普段の仕事の三倍量って、シェラザードは鬼か?悪魔か?高町なのはか?
アイナが『いざとなったら王都支部に応援を頼む』とは言っていたが……リッジが一杯一杯になってから呼んでも遅いのではないかと思ったのは私
だけではないよなきっと。



「ところでシェラザード、少し時間を貰えない?貴女が受ける筈だった仕事についてちょっと……」

「ん、分かったわ。
 エステル、ヨシュア、二階で待っててくれる?直ぐに終わらせてきちゃうから。」

「はい、分かりました。」

「…………………ねぇ、シェラ姉。待つんだったら時計台の前でも良いかな?ちょっと、挨拶したい人も居るし。」

「……?」

「そっか……うん、そうだったわね。其れじゃあ、時計台の前で待ち合わせと言う事にしますか。用事が済んだら、直ぐにアタシも行くからね。」

「りょーかい。ヨシュア、行こう?」

「あ、うん……」



時計台、挨拶したい人……そう言えば、この面子だとヨシュアだけが知らないんだったな。
少し困惑した表情のヨシュア……此れは中々貴重なモノを見たかもしれない。手元にカメラがあったら記念に撮っていたかもしれないね。



で、時計台の前まで来て、ヨシュアが『一度壊れた物をよく此処まで直したもんだ。』と感心してたんだが、エステルの提案でシェラザードが来るまで
上に登ってみる事になり、現在時計台の頂上。
結構な高さのある建物だから、此処に上るとロレントの町が一望できるだけでなく、私達の家まで見えるな。



「あ、本当だ!家が見える!
 ヨシュア、アインスが此処からだと家が見えるって。」

「本当だ、屋根が見える。
 でも、何時もは此処に上りたがらないのに、如何言う風の吹き回しだい?――此の場所、君はあんまり好きじゃないと思ってたけど。」

「………………此の場所は好きだよ。でも、気軽には登れないんだ。……お母さんが、亡くなった場所だから。」

「……え?」



此れは、先程以上に驚いているなヨシュアは……まさかこの場所がエステルの母親が亡くなった場所だとは思ってなかったのだろう――まぁ、私も
初めて聞いた時には驚いたさ。
十年前の戦争、世に言う『百日戦役』の時、ロレントを包囲した帝国軍が市民を降伏させる為に、ロレントの象徴である時計台を砲撃した……その
頃のカシウスは王国軍の軍人で、当時エステルは、カシウスが戦っている相手がどんな輩なのか見たくなってこの時計台に登っていて、逃げる間
もなく巻き込まれたんだったな。
だが、気付いた時には殆ど無傷だった……母親であるレナが、エステルを抱きしめて沢山の瓦礫から守ってくれていた……泣きじゃくるエステルに
子守唄を唄って……だが、瓦礫が取り除かれた時には、既にレナは事切れていたんだったな。
自分の命と引き換えに、愛する娘を護る事が出来たと言うのは、母親としては悔いはなかったのかも知れないが、残されたエステルとカシウスの悲
しみは如何程だったのかは計り知れないだろう。
……若しかしたら、私も我が主に同じ悲しみを与えてしまったのかも知れないな。



「……戦争が終わって、此処は元通りになったけど、余り来ないようにしていた。――辛い思い出があるからじゃないの。
 この場所に来ると、心のどこかでお母さんに頼っちゃいそうで……頼ってばかりじゃ、お母さんみたいに強くなれない様な気がして……」

「……エステル。」

「でも、良いよね?今日くらいは頼っても……父さんが無事に帰って来るようにお母さんにお願いしても……
 父さんを護ってあげてって、お母さんにお願いしても……」

「……当たり前だよ。大丈夫……きっと父さんは無事でいる。
 君のお母さんが守っているんだ、無事に決まってるじゃないか。」

「………………」

「万が一、無事じゃなくてもエステルが助けてあげればいい。
 お母さんに助けられた君が、今度は父さんを助ければ良い。僕も一緒に手伝うからさ。」



で、エステルから話を聞いたヨシュアなんだが……ぶっちゃけて言わせて貰おう、何このイケメン?
言う事が一々カッコイイじゃないか……こう言っては何だが、主の世界の『アイドル』とか言う男性よりも、ヨシュアの方が遥かにカッコいいのではな
いだろうか?
主の世界ならファンクラブとか出来ていてもおかしくないが、この世界にはそんなモノはない……良かったなエステル。



《何が良かったのよ?》

《さて、何がだろうな?其れは、お前自身が気付くべき事だから教えてやらないよ。》

《……ケチ。》



ケチではない。
男女恋愛、好きだ嫌いだはまず自分で自覚しなければ意味がないからな――エステルは現状では自分の気持ちにマッタク気付いてないからな?
此れも家族として過ごした弊害なのかも知れないな。



「君の悲しみを完全に分かち合う事は出来ないけど……こうして、傍に居る事は出来るから。僕の胸で良かったら、幾らでも貸してあげるから。
 だから……」

「……ふふ。」

「え?」

「あははははは~~!ヨシュア、カッコつけすぎ~~!もう、そんな事軽々しく言ったりしないの。」

「え?えぇ?」



って、ちょっと待てーい。この流れでそう来るのか?そう来ちゃうのかお前は?
普通なら此処はアレじゃないのか?ヨシュアの胸に飛び込んで、暫く抱きしめて貰うとかそう言う場面じゃないのか?少なくとも、私は主のコレクショ
ン(恋愛小説や少女漫画)からそう学んだのだが……エステルは並の恋する乙女と同格に見ては駄目だと言う事か。



「他の女の子だったら完全に誤解してる所だって。ヨシュアって、将来絶対色恋沙汰で苦労するタイプよね。
 は~~、お姉さん心配になって来ちゃった。」

「悪かったね軽々しくて……何だよもう、人が折角心配してるのに……」



将来と言うか、現在進行形で苦労しているな……思い人が、これ程鈍感ではな――エステルに自覚させるには、多少強引な方法が必要なのかも
知れないな。
例えば壁ドンから少し強引に唇を奪ってやるとか……まぁ、其れはヨシュアのキャラではない気がするけどね。



「へへ、ありがと。励ましてくれて……何だか元気出て来ちゃった。」

「ふん、そう言ってくれると、カッコつけた甲斐がありますよ。マッタクもう……」

「いじけないいじけない。これでも感謝してるんだから……さてと、其れじゃあそろそろ下に降りようか?シェラ姉が待ってると思うし。」

「そうだね。戻ろうか。」



だが今のエステルとヨシュアは、この絶妙な距離感が良いのかも知れないな……時が来れば、エステルも自分の思いに気が付くだろうし、そうなれ
ばきっとな。
自分の気持ちに気付いていないエステルと、自覚していながらもその気持ちを伝える事が出来ないヨシュア……不器用な二人の行く末を、今はじっ
と見ている事にするか。

で、時計台を降りたらシェラザードが盛大にからかって来たんだが、ヨシュアは兎も角エステルは全然動じてなかった……酔っぱらったシェラザード
の抱き付き癖と同じって、其れは幾ら何でもカッコ良く決めたヨシュアに失礼ではなかろうか?
まぁ、エステルに言っても無駄かも知れんがな。



「レナさんに、挨拶して来たの?」

「……うん、ちゃんとお願いもして来たよ。父さんを、守ってあげてって。」

「そう。だったら大丈夫。レナさんの加護は、エイドスに匹敵するからね。カシウス先生の無事は、保証されたようなもんだわ。」



そして衝撃の事実、レナは神に匹敵する存在だったらしい。
確かに其れならばカシウスの無事は間違い無いだろうな……クソチートキャラに女神の加護がプラスされたら誰も勝てないだろうからね。


まぁ、其れは其れとして、そろそろ行くとしないかエステル?



《そうね、行くとしましょうかアインス!》

《あぁ、行こうエステル!、ヨシュアとシェラザードと共にな。》

新たなる地、ボース……果たしてそこでカシウスの手掛かりが見つかるのか、他の何かがあるのかは分からないが、何にしても全力で事に当たる
だけだな。
それにしてもボースか……ボース、ボース……何となく、名前的にボース市長は某缶コーヒーのロゴマークの様なダンディーな男性をイメージしてし
まったな。











 To Be Continued… 





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