ある時は、有名な資産家。

 

『チガウ…』

 

ある時は、廃れたショップの片隅。

 

『チガウ…』

 

ある時は、コレクターのショーケースの中。

 

『チガウ…』

 

それは、ただひたすらに待ち続けていた。

自分の主となる存在を。

いや、自身が主と認めた、唯一の存在を。

 

 

 

 

 

『真紅の眼』

 

 

 

 

 

「王子! 王子、何処にいるのですか!」

 

遠い昔、顔が見えないほどに深くローブを被った老人が、王宮の中で声を張り上げる。

 

「シモン様、どうなされたのです?」

「おおアイシス、王子を見かけなかったか?」

「王子なら先ほどお出かけになられましたよ。いつもの二人と一緒に。」

「またか…まったく…」

 

老人…シモンはローブの下で溜息を吐く。

 

「よいではないか、シモンよ。」

「おお、これはアクナムカノン王。」

 

シモンの後ろから現れた男性…王と呼ばれた男はシモンにそう呼びかけた。

王を前に膝をつき、頭を下げようとした二人をアクナムカノン王は手で制す。

 

「子供達が笑顔でいる、それはこの国が平和な証だ。喜ばしいではないか。」

「それはその通りなのですが…こう何度も誰にも言わずに王宮を抜け出されては、王子に万が一の事がありましたら…」

「そのようなことは無い、と思いたいが…」

「恐れながら、王子の外出はマハードが陰ながら見守っております。それに私の精霊スピリアも王子の傍に。」

「おおそうか、それならば安心だな。」

 

子供であるが、同時に王子という立場故、大人達は色々と気を回しているのだろう。

無論、それも全て王子を大切に思うが故に。

 

 

―――――――

 

 

「ジョーノ、一体どこまで行くんだ?」

「へへっ、良いから付いて来いよ、アテム!」

 

その頃、件の王子…アテムは城下町に住む幼馴染、ジョーノとアンズと共に、町外れの洞窟に来ていた。

そこでアテムが見た物は…

 

「これは…黒竜?」

「まだ子供みたいだけどな、この間、変な声が聞こえたと思ったら、どうやら翼を怪我してるみたいでよ。」

「それで、手当してここで休ませているってわけ。」

 

それは小さな黒竜。

怪我をしていることを差し引いても、まさに『雛』と呼ぶに相応しい弱々しさだった。

 

「で、今日はコイツに名前を付けてやろうと思ってよ。」

「ジョーノに任せたら碌な名前にならないからね…アテム、何か良い案は無い?」

「俺も名前は……そうだ。」

 

アテムは洞窟の入り口に向かって声を張り上げた。

 

「おーい、マハード! 来てくれないか!」

「………いつから気付いていたのです?」

「最初からだ。俺も自分の立場くらいは分かっているつもりだ。いつも護衛ありがとう。」

「……私もまだまだ修行が足りませんね…」

 

現れたのは王宮に仕える神官の一人、マハード。

アイシスの言う王子の護衛であり、王宮随一の魔導師でもある。

 

「それにしてもこの地に黒竜とは珍しい…群れからはぐれたのでしょうか…」

「んな事よりよ、何か良い名前付けてくれよ!」

「……全く…人の話を聞かない奴だ…」

「ははっ…そういうわけなんだが、マハードには何か良い案はないか?」

 

マハードは溜息を吐きながらも、王子に依頼されたお題について思考を巡らせる。

そして数秒の後。

 

「では…『レッドアイズ』…と言うのはどうでしょうか。」

「「「レッドアイズ?」」」

「はい。異国の言葉で『真紅の眼』を意味する言葉です。」

「真紅の眼…レッドアイズ…良いじゃんそれ! それに決めた!」

 

マハードの考えた名に、ジョーノを初め、子供達は大いに喜んだ。

 

「これからよろしくな、レッドアイズ!」

「………(スリスリ)」

 

黒竜もその名前が気に入ったのか、差し出されたジョーノの手に頬をこすりつけている。

言葉は無くとも、嬉しそうなのが皆にも伝わった。

 

 

――――――

 

 

それからは何事もない日々が続いていった。

翼の治療や食事、子供達はレッドアイズの世話を一生懸命にやった。

ジョーノ、アンズ、アテム…そして、話を聞いたマナもそれに参加した。

 

だが、そんな平穏は、唐突に終わりを告げる事になる。

 

 

――――――

 

 

「動物達の様子がおかしい?」

 

王宮で、アクナムカノン王は神官の一人、シャダからそんな報告を受けていた。

 

「はい。先日西の村を視察に行ったのですが、村人達からそのような報告が。」

「おかしいとはどういう事だ?」

「狼やハイエナに似ているようなのですが、体毛の色がどす黒く…体の一部が変形している個体もありました。
 それと…見逃せない負の力を感じたため、私の独断でその群れを処分しました。」

「負の力…そうか、よくやってくれた。だが原因は何なのだろうか?」

「部下達に死骸を調査させております。なにかあればすぐに知らせるようにと。」

「分かった。」

「王よ。シャダの話を聞く限り、その動物達は昔から生息していたわけでは無いはず。
 ならば王宮を初め、周囲の村の警戒を強める必要があるかと。」

「うむ。セト。そしてシャダよ、早急に護衛団を各地の村へ配置する用意を。」

「「はっ!」」

 

その報告を受け、王は即座に神官達に命ずる。

この即決も、神官達への信頼故だろう。

 

ダッダッダッダッダッダッダッ!!

 

ダンッ!!

 

「失礼致します!!」

「騒がしい! 王の御前であるぞ!!」

「申し訳ありません! 一刻も早くご報告をと!」

「あの動物の事で何か分かったのか?」

 

王と神官達の集まる場へ騒がしく登場した一人の兵。

それはシャダの部下であり、件の獣達の事を調べさせていた兵達の一人だった。

 

「はっ、申し上げます! 調査の結果、あの動物…狼達は、ある疫病にかかっていた事が判明いたしました!」

「疫病だと!?」

 

これには神官達もざわついた。

例の動物…狼達が変質した原因が疫病だと言うのなら、それと触れ合った兵やシャダだけではなく、既にこの王宮の人間全てに関係している話なのだから。

神官達、そしてその場に居た兵達も口々につぶやく。

 

「ご心配には及びませぬ。どうやらこの疫病は特定の動物…とりわけ狼やハイエナなどが、感染した者の肉を食らうことで感染するようです。
 奴等を喰らわなければ、人に感染する事はありませぬ。」

「そうか…ご苦労だった。」

「ですが、感染した動物達は脳が冒され、非常に凶暴になるとの文献もございました。
 可能であれば、早急に再調査を願いたく!」

「ふむ…セト、シャダ、そしてアクナディンよ、直ちに護衛団と調査団の編成を。」

「「「はっ!」」」

 

どうやら人間に空気感染する事はないらしい。

だが、感染した獣達がどんな行動に出るかは予測できない。

王の即決も当然の事だろう。

 

「……! マハードよ、今日は王子は…」

「!! また町の外へ…すぐに連れ戻します!」

 

シモンの言葉に、マハードはすぐに駈け出した。

 

 

――――――

 

 

「……っ…?」

「どうしたの?」

「いや…何か妙な気配が…」

 

その頃、子供達はすっかり元気になった黒竜と遊んでいた。

黒竜、レッドアイズは特にジョーノに懐き、彼の周りを飛び回っている。

が、急に飛び回るのを止め、誰もいない方向を睨みつけた。

 

「レッドアイズ? あっちに何か……! 王子!」

 

マナもレッドアイズの警戒の意味が分かったのだろう。

声を上げ、アテムに注意を促す。

 

「「「!!」」」

 

アテム達もその方向に目を向けると、それは目視出来るまで近づいていた。

体毛がどす黒く変色し、体の一部が変形している獣の群れ。

アテム達は知る由もないが、それは今まさに王宮で良くない話題となっていたモノ。

病にかかった獣…さしずめ、『疫病狼』と言うべき存在だった。

 

「凄く…嫌な感じがします…!」

「ジョーノ! アンズ!! レッドアイズを連れて町まで逃げるんだ! マハード達にこの事を伝えてくれ!」

 

疫病ではなく、疫病によって脳が破壊された故に発せられる『狂気』。

それを感じたアテムはすぐに二人に逃げるように促す。

レッドアイズも、怪我は治ったと言っても雛だ。戦う事は出来ない。

 

ジャキンッ!

 

アテムは腕の装飾具『ディアディアンク』を展開する。

 

「わ、分かったわ!」

「気を付けろよ、アテム!」

 

二人も、本音を言えばこの場に残りたいのだろう。

だが、自分達を守りながらではアテム達も満足に戦えない。

自分達に出来るのは、一秒でも早く王宮に向かい、応援を呼ぶこと。

それを理解している二人は、レッドアイズを抱えて全力で駈け出した。

 

「マナ、お前も…」

「いいえ! 私も魔導師の端くれです。王子と一緒に戦います!」

「……分かった。無理はするなよ。」

「はい!」

 

ディアディアンクを構えるアテムと、杖を取り出したマナ。

二人は疫病狼の群れを見据える。

 

「来い! 暗黒の騎士(ガイア)降雷の悪魔(デーモン)孤高の銀狼(シルバー・フォング)よ!!」

「行きますよ〜〜〜! 魔導波!!」

 

一気に3体もの精霊を呼び出すアテムと、マハード直伝の魔法を放つマナ。

如何に数が多くとも、この二人がやられる事はないだろう。

 

 

――――――

 

だが、戦う力を持たない者達は別だ。

 

「………!(バタッバタッ)」

 

レッドアイズはジョーノの腕の中で翼を動かし、それを知らせる。

 

「どうしたんだよレッドアイズ……!」

 

息を切らしながらも、レッドアイズが示した方向を見つめる二人。

そこには、先ほどより大群では無いが、しかし、今後方でアテム達が戦っていくれている筈の疫病狼達と同じ獣達が居た。

 

「な、何で…」

 

思わずアンズは後ろを振り返るが、あちらではマナの魔法や、アテムが呼び出したであろう精霊(カー)達の攻撃による光や音が絶えず発生している。

脳が疫病に冒されていても、狼として、狩りを行うときの別働隊、というところだろうか。

数は少ない。

だが、人間の子供二人と、黒竜とはいえ雛では、到底敵う相手ではない。

ジョーノ達はゆっくりと後ずさるが、それを追うように疫病狼達も前へ進む。

 

ガッ

 

「やべ…」

 

それを何度か繰り返した時、運悪くジョーノの足が石に引っかかり、バランスを崩す。

 

「「「……………!!」」」

 

それを待っていたかのように、疫病狼達はジョーノへ飛びかかる。

 

「ジョーノ!」

「っ!」

 

アンズの声を聞きながら、ジョーノはレッドアイズを強く抱きしめる。

その強くも、温かい、優しい抱擁の中で…

 

「………っ!!」

 

レッドアイズが眩い光を放った。

 

 

――――――

 

 

「シモン様!」

「あの光は…行くぞマハード!」

「はっ!」

 

 

――――――

 

 

目を閉じ、痛みに備えたジョーノだったが、いくら待っても来るであろう衝撃がない。

気付けば、さっきまで抱きしめていたレッドアイズの感触もない。

ジョーノはゆっくりを目を開けた。

そこには…

 

「グルルルルルル………」

 

強く、雄々しく、猛々しい。

まさしく『黒竜』の名に相応しい存在の姿があった。

その黒竜の瞳の色は、真紅。

 

「まさか…レッドアイズ…なのか…?」

「嘘…」

「……っ! オォォォォォォォォッ!!」

 

咆哮。

それ一つで、すでに恐怖など感じない筈の疫病狼達が怯え、後ずさり、立ちすくむ。

 

バサァァァッ!

 

羽ばたきが風を起こし、ジョーノ達を守るように渦巻く。

 

コォォォ…

 

大きく開かれた口に、黒く、強大な炎の力が集う。

 

ドンッ!!

 

そして放たれる、黒き炎。

その漆黒の炎は、汚れた黒き狼達を跡形もなく焼き尽くす。

 

ドンッ!

ドンッ!!

 

続けざまに放たれた炎は、少し離れた場所で様子を見ていた、恐らく第二、第三陣であろう狼達を焼き尽くす。

 

「ジョーノ! アンズ!」

 

向こうでの戦闘も片付いたのだろう。

アテムとマナも追いつき、だが、目の前の黒竜の姿に言葉を失っていた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

一際大きな咆哮。

それを最後に、黒竜は先程とは違う弱々しい光を放つ。

同時に、体のあちこちから、煙のような物が昇る。

それと同時に、黒竜の体はみるみるうちに縮んでいき、アテム達のよく知るレッドアイズの姿になった。

ジョーノは慌てて駆け寄り、レッドアイズを抱きかかえる。

 

「レッドアイズ! お前すげーよ! …おい、レッドアイズ? レッドアイズ!!」

 

先ほどまでとは打って変わって、弱々しい姿を見せるレッドアイズ。

ジョーノの腕の中でも、まったく動く様子がない。

 

「王子!」

「王子! ご無事でしたか!」

「マハード! シモン! レッドアイズが!」

 

レッドアイズの光に導かれたマハードとシモン。

二人の視線がジョーノの腕の中にある、小さな存在に向けられる。

 

「これは…黒竜の雛…?」

「こいつは…さっき俺達を助けてくれたんだ! なんかよく分かんねえけど、一気にでっかくなって!
 でもまた小さくなって…頼むよマハード! 爺さん! レッドアイズを助けてくれ!!」

 

必至に訴えるジョーノ。

だが、シモンには気になるところがあった。

 

「待てジョーノ。その黒竜は一気に成長したのだな? そして今また、雛へ戻ったと…」

 

その問に頷くジョーノ。

それを見たシモンの瞳は、悲しそうに歪む。

 

「残念じゃが…その黒竜はもう助からん…」

「なっ…」

「な、何でだよ! 爺さんもマハードも王宮の神官だろ! すげえ魔法とか使えるんじゃねえのかよ!!」

「そうではない…そうでは無いんじゃジョーノ…」

 

あまりな物言いに食って掛かるジョーノ。

だが、シモンは寂しそうに、悲しそうに言葉を続ける。

 

「黒竜は本来、長い長い時をかけて、雛から成龍になる。
 じゃが、雛の時でも、一時的に成龍の姿と成る事が出来るのじゃ……命と引き換えに…」

「「「「!!」」」」

 

そして告げられたのは残酷な、残酷過ぎる真実。

 

「黒竜は強い。だが、その反面雛は弱い。だがそれでも、戦わねばならぬ時、雛はその生命を燃やして戦うのじゃ。」

「そんな…俺がもっと早く町に逃げれてたら…」

「それは違う。」

 

俯くジョーノにシモンは言葉を続ける。

 

「その黒竜…レッドアイズは、命を賭けてでもお前を…お前達を守りたかったんじゃろう。
 それだけ、お前達の事が好きじゃった…そうではないか?」

「だけど……!」

「………(ピクッ)」

「っ! レッドアイズ!?」

 

シモンの言葉の意味は分かる。

だがそれでも…

そんなジョーノの腕の中で、レッドアイズが小さく動く。

 

「しっかりしろ、レッドアイズ!」

「頑張って!」

「死んじゃヤダよ、レッドアイズ!」

 

アテムも、アンズも、マナも。

レッドアイズと共に過ごした子供達が声をかける。

 

「……ジョーノ…アテム……アン、ズ…マナ……」

「っ! レッドアイズ…お前…」

 

その声に、レッドアイズは弱々しく、だかしっかりと答える。

 

「アリガトウ……ミンナ…ミンナ、ダイスキ…」

「「「「!!」」」」

「タスケテクレテ…アソンデ…クレテ……ダイスキ……」

「レッドアイズ……っ!」

「ミンナ……ミンナ……アリ、ガ、トウ………ダイスキ……………」

「っ……レッドアイズーーーーー!!」

 

 

――――――

 

 

その後、レッドアイズの亡骸は子供達の手で丁寧に葬られた。

 

「ジョーノ、大丈夫か?」

「ったりめーだろ? いつまでもウジウジしてるなんて、俺らしくねーからな。」

「ジョーノ…」

「それによ…レッドアイズは命を賭けて俺達を守ってくれたんだ。だったら、その分まで生きてやらねーとな!
 レッドアイズが向こうで、自慢出来るくらいすげー奴によ!」

 

そう言ってジョーノは笑う。

強がりは勿論あるだろう。

だが、それ以上にしっかりとした強さを感じられる笑みだった。

 

 

――――――

 

 

そして、時は流れる。

 

「よっしゃあ、来たでー! ワイの最強カードが!!」

 

『ッ!! ミツケタ…!』

 

「このカードを使わせてもらうぜ!! タイム・ルーレット!!」

 

『ヤット…アエタ……!』

 

「約束通り、スターチップとレッドアイズのカードは俺がもらうぜ!!」

 

『マタ…イッショニ……ジョーノ……』

 

 

 

それは幼き少年と、小さな黒竜の雛の、出会いと再会の物語。

 

 

 

 

 

End.

 

 

 

 

 

後書き座談会

 

kou「初の初代遊戯王!」

城之内「そうだな。その初が俺とレッドアイズで良かったのか?」

kou「何をおっしゃる! 君は初代DMにおける一番の出世頭でしょう!」

城之内「そ、そうか? なんか照れるな…」

kou「カードのカの字も知らないアホみたいなデッキ構成から、馬の骨を経て、遂に凡骨デュエリスト!!」

城之内「ぅおぉぉぉい!!」

kou「最強の凡人! 雑草魂! 炎の凡骨デュエリスト!!」

城之内「やかましい!!」

kou「全部褒め言葉だぜ?」

城之内「なお悪いわ!」

kou「まあそれはそれとして、これを書くに至った経緯ですが、DMのゲーム作品での登場キャラ、ジョーノとアンズ。
   彼等の出番がアニメ『王の記憶編』で出なかったのが少し残念でね…話の流れ的に仕方ないのかも知れんけど。」

城之内「まあ、いたとしてもジョーノもアンズも、マナみたいにメインじゃないからな…」

kou「それと、遊戯とブラマジ、海馬と青眼に過去からの繋がりがあるのなら、城之内とレッドアイズにも何かあったって良いじゃないと思ってね!」

城之内「なるほど、確かにな。
     ずっと昔からレッドアイズが俺の相棒だったってんなら、これは最高に嬉しいぜ。じゃあそろそろ終わりだな。最後に作者、一言頼むぜ。」

kou「おう。では……封印されし記憶は無理ゲーだ!!」

城之内「ぅおぉぉぉぉぉぉい!?」

 

 

 

 

 

座談会終了。