GW初日も一夏は日課である早朝トレーニングを終え、何時ものメンバーで朝食を摂った後に着替えてヴィシュヌと共に本土行きのモノレールの駅にやって来ていた。
本日の一夏の服装はブラックジーンズに同じく黒のTシャツでジーンズにウォレットチェーン、左手首にソーラー式の電波腕時計(中学時代にホームセンターで2980円で購入した愛用品)を装備し、靴はブランド物の高級スニーカー……ではなく、これまたホームセンターで3980円で購入した『安全スニーカー』である。
鉄製のガードが入っている爪先はいざと言う時の武器となるだけでなく爪先へのダメージをシャットアウトし、厚底の靴底は釘なんかを踏み抜く危険性を回避しつつ、足裏での攻撃の威力を上昇させていた。

一方でヴィシュヌの服装はと言うと、白のホットパンツに赤いオーバーニーソックス、白のタンクトップに半袖のGジャンをひじ掛けにし、足元は白いロングブーツと言う出で立ちだ。


「健康的な褐色肌には白が良く似合う件について。」

「私から其れについて言う事は何もありませんね。
 一夏も良いコーディネートだと思いますよ?黒は引き締め色なので一夏の鍛え上げられた『究極の細マッチョ』がより際立ちますし……ですが、問題はそのシャツです。」


一夏とヴィシュヌは互いに本日のファッションを褒めていたのだが、ヴィシュヌは一夏が着ているTシャツに突っ込みを入れる事が我慢できなかった。
普通の黒のTシャツならば未だしも、一夏のTシャツは黒字のシャツに装飾が施されているモノだった――此れが『nWo』のロゴマークや、左胸に『武』の一文字ならばヴィシュヌも何も言わなかったのだが、一夏のTシャツにプリントされていたのは、『法律が許しても俺が許さない』との過激なモノだったから物申さずにはいられなかったのだろう。


「え?悪くないと思うんだが駄目だったか?」

「今日は天羽組の皆さんに挨拶に行くのでしょう?
 ヤクザ組織に挨拶に行くのにそのシャツは如何なモノかと……」

「大丈夫だって、天羽組の皆さんはシャレが通じるし、其れこそ『法律が許しても俺が許さない』を地で行く集団だからともすれば『天羽組の精神を理解してる』って褒められるんじゃないかとすら思ってる。」

「そう言うモノなのですね。
 其れで一夏、昨晩は遅くまで何か作っていたようですが、何を作っていたのでしょう?」

「天羽組さんへの挨拶の際に持ってく手土産。今回はチーズタルトにしました。」

「ヤクザとチーズタルト、ギャップが凄まじいです。」

「天羽組の皆さん、割と甘味好きなんだよ。」


一夏のTシャツのデザインにヴィシュヌが突っ込みを入れつつも、一夏とヴィシュヌはモノレールで本土に移動し、駅でタクシーを拾って天羽組の事務所へと向かうのだった。









夏と銀河と無限の成層圏 Episode11
『GW1日目~Greetings to the Yakuza~』










タクシーに乗る事十五分、一夏とヴィシュヌは天羽組の事務所の近くまでやって来ていた――事務所前までではないのは、タクシーの運転手がヤクザ組織の事務所の前まで行きたくなかったからと言うのが大きいだろう。
天羽組の本拠地である九龍街のタクシードライバーならばこんな事は無かったろうが、天羽組の名前だけを知っている東京中心街のタクシードライバーにとってはそうではなかったという事だ。

そして一夏とヴィシュヌは降ろされた場所から十分ほど歩いて、天羽組の事務所前までやって来ていた。


「これが天羽組の本拠地ですか……立派なお屋敷ですね?」

「天羽組は東京でも特に巨大な極道組織だからな。
 東京極道のトップ3は天羽組、京極組、師子王組なんだが、組員の層の厚さでは天羽組がぶっちぎってるからなぁ?守を引き受けてる店も多いからその見返り額も大きいから、此れだけの本拠地を構える事が出来たんだろうな。」


天羽組の本拠地は立派な日本屋敷だった。
檜造りの正門と外壁が目を引くが、実はそこかしこに監視カメラが設置されており、セキュリティ対策も万全で、正門前には常に二人以上の見張りが配置され、正に隙なしと言ったところだろう。
因みに此の見張り、日中は若手が行い、夜間は幹部級が行う事となっている……日中よりも夜間の方が極道としては危険度が増すという事なのだろう。

その日中の見張りを担っているのは、天羽組最弱トップ2の速水と茂木だ。


「速水さん、茂木さん、お久しぶりです。」

「一夏君!いやぁ、本当に久しぶりだね!」

「久しぶりやな一夏君!……もしかして、お連れさんが話に聞いてた彼女さんかいな?」

「まぁ、そうっすよ茂木さん。ヴィシュヌ、こちら天羽組の若手のお二方。ピンクの髪が速水さんで、大阪弁が茂木さんね。」

「初めまして。ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーと申します。以後お見知りおきを。」

「「一夏君……」」

「なんすか?」

「「爆発しろこのリア充野郎!!」」

「うわーお理不尽。だが此処でカウンター罠発動!悔しかったら彼女作ってみやがれ非モテ野郎!!」

「「ぐっはぁぁぁぁぁぁ!!!」」


――速水と茂木に固定ダメージ999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999999


速水と茂木を相手にコント的な遣り取りとなってしまったのだが、直後に一夏は膨大な闘気を感じ、ヴィシュヌに手土産を預けると即座に身を屈め、直後に大砲のような蹴りが一夏の頭上を通過した。
更に其の蹴りは身を屈めた一夏目指して踵を落として来る。
一夏は其れをバック中で躱し、追撃の横蹴りはサイドステップで躱す。


「……イキナリ何するんすか小林のアニキ……」

「ちょっとした挨拶だ一夏~~。
 にしてもちゃんと鍛えてるみたいじゃねぇか?全部当てる心算でやったんだが、まさか全部無傷で躱されるとは思わなかったぞ?」

「ま、俺も進化してるって事っすよ。」

「ちゃんと成長してるのは感心感心。速水、茂木、お前等も少し見習えコノヤロー。」


襲撃者の正体は天羽組の最高戦力の一人である小林だった。
天羽組トップクラスの巨躯を誇り、黒い長袖シャツがパッツンパッツンになる程の凄まじい筋肉を纏ったある意味での『人間兵器』と称して差し支えない人物であり……現在進行形で右手で速水、左手で茂木にアイアンクローをかまして持ち上げている事からもそのパワーは計り知れないだろう。


「小林のアニキ、速水さんと茂木さんの頭からヤバめの音してるんでその辺で勘弁してやってください。」

「此れでも手加減してるんだけどな。まぁ、此の程度じゃ死なないから大丈夫だろ~~。
 そんでこの子がお前の彼女か一夏~~……美人でスタイルも抜群とは羨ましいじゃねぇかこの野郎!……一夏、この子の名前は?」

「ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーっす。」

「ヴィシュヌか~~……なぁ、ヴィシュヌ~、俺って怖いか?」

「……蹴り倒せるモノに対しては怖いモノはないのですが、貴方は私の蹴りを真面に喰らっても倒れそうにないので、其処は少し脅威であると思います。」

「そう来たか~~……度胸があるだけじゃなくて正直なところも気に入った!
 一夏の事よろしく頼むわ……だけどお前が一夏を裏切るような事したその時は、女であっても関係ねぇ……憧れのサウスポーグリンブチかますから忘れるなよ~~?」

「私が一夏を裏切るですか……其れは天地がひっくり返っても有り得ないと断言しますよ。」


その小林は、ヴィシュヌと向き合い、幾つかの質問をしたのだが、『一夏を絶対に裏切るな』との問いに対して、ヴィシュヌが『自分が一夏を裏切る事だけは絶対にない』と言い切って、小林と真正面から向き合ったのを見て、小林は笑みを浮かべた。


「よ~し、良く言い切った~~!
 一夏の嫁はヴィシュヌ、俺公認だ~~!!」

「一夏、彼の事が色々と理解出来ません。」

「ヴィシュヌ、小林のアニキを理解出来る人間は地球上でも多分天羽親分一人だけだと思う……多分だけど、束さんでも小林のアニキを理解しようとしたら四苦八苦するのは間違いないだろうから。」


取り敢えずヴィシュヌも天羽組の最高戦力の一人である小林に認められたという事で、一夏とヴィシュヌは天羽組の本拠地内部に入って行ったのだった。








――――――








そして本拠地にやって来た一夏とヴィシュヌは、現若頭である野田と中堅組員でありながらも組内での中心人物となっている小峠の案内で組長室前までやって来ていた。


「おやっさん、一夏と一夏の彼女さんをお連れしました。」

「うむ……入って貰ってくれ。」


野田が扉を開けると、其処には天羽組を束ねる天羽組組長の『天羽佳司』が穏やかな笑みを浮かべて一夏とヴィシュヌを迎える姿があった。
短く刈り上げた坊主頭に薄茶色の着物を着用した姿は一見『好々爺』の印象を与えるが、その実態は『戦争中の相手を許す寛大さを持つ人格者』であると同時に『外道は慈悲なく殺す』苛烈さも持ち合わせた人物であり、過去には利益目的で犬や猫を悪辣な環境で増やしていた悪徳ブリーダーに対して『極道拷問:背中鰹節の刑』を自ら敢行していたりするのだ。


「お久しぶりですおやっさん。
 色々あって挨拶に来るのが遅れてしまいました。」

「いや、それは仕方ないだろう。
 なにせ『世界初のIS男性操縦者』ともなれば君が望まなくとも忙しくなるのは容易に想像が出来ると言うモノだ……寧ろ、此の大型連休に挨拶に来てくれただけでもありがたいと思ってるよワシは。
 そしてそちらが一夏君の彼女さんか……一夏君、お互い女性運は良いみたいだな?」

「そっすね……てかおやっさん、姐さんとは歳幾つ離れてるんですか?」

「三十は離れてるかな?」

「恐るべき歳の差婚だった!!」


天羽組長はヴィシュヌを見るや、『ただモノではない』と見抜き、その美貌を持って一夏に言外に『いい子を見付けたな』と言っていた。
其の後は、一夏が天羽組長に近況報告を行い、道場では小林と並ぶ天羽組の最高戦力の一人である和中と刃を潰した鉄製の刀での訓練を行い、一夏が鍛えに鍛え上げた神速の居合いを繰り出して去年まではマッタク敵わなかった和中に初めて一刀を浴びせる事が出来ていた。


「この居合い、和泉をも超えるか……男児三日合わずば刮目して見よと言うが、お前の成長は正にその通りだった……純粋な剣の勝負で俺に一太刀入れたのはお前で三人目だ一夏。」

「はは、和中のアニキにそう言われると照れますよ……でも、今回も俺の負けですね……だが、今回はパーフェクト負けじゃないからな~~~!!!」


だが、一夏もまた和中の袈裟斬りを真面に喰らっており、此処でKO!
ヴィシュヌの前で勝つ事が出来なかった事が悔やまれるが、其れでも天羽組の最高戦力に認められるだけの実力を持つ一夏は間違いなくISバトルの世界に於いて台風の目になる事は間違いないと言えるだろう。

この模擬戦後、天羽組には懇意にしている寿司屋からの出前が届き、昼食は『一夏のIS学園入学を祝してのお祝い』と言った形でこの日の天羽組は昼間っから宴会が開催されたのだった。

更に其の宴会の席ではカラオケ大会も開催されたのだが、一位になったのは一夏と天羽組の中堅幹部の『小峠華太』がデュエットした『奇跡の地球』で二位は一夏とヴィシュヌがデュエットした『夕陽と月』だった。








――――――








天羽組を後にした一夏とヴィシュヌはデパートで買い物していた。
一夏は『此れから合わせたい人がいる』と言ってヴィシュヌを此処に連れて来たのだが、本当にヴィシュヌに会わせたい相手は此処に居ないのは確実であり、だからこそヴィシュヌは何も言わなかった。

一夏は酒コーナーで一升瓶の日本酒を花屋で菊の花束を、総菜屋で唐揚げや煮物を、和菓子屋でみたらし団子を購入していた。


「これから会う人への手土産ですか?」

「うん……まぁ、そんな感じかな。」


ヴィシュヌの問いに対する一夏の答えは何処か歯切れの悪いモノだった。
そして其処からバスに乗ってやって来たのは……墓地だった。


「あ……」

「こっちだ……ホームステイの時は連れて来た事なかったからな。」


一夏がヴィシュヌを連れて来たのは、両親の墓だった。
理不尽に命を奪われた織斑姉弟の両親だったが、その墓は天羽組が資金を出して可成り立派な物が建立されていた……『織斑家の墓』ではなく『織斑家の奥津城』となっているのも他の墓とは異なる部分だろう。


「父さんと母さんにさ、ちゃんとヴィシュヌの事紹介しておきたかったんだ。」

「そうだったんですか……あの、一夏のご両親はどのような方だったのですか?」

「ん~~……ぶっちゃけ、両親の事はあんまり覚えてないんだよな。俺も円夏もマダマダ小さな頃に死んじゃったからさ。
 だからさ、今日のお供え物も『もしかしたらこんなのが好きだったんじゃないかな』って、俺が勝手に想像したモノで、父さんと母さんがどんな人で、どんなモノが好きだったのかとか本当の所は知らないんだよ俺も円夏も。」

「……ですがきっと、一夏のご両親は喜んでくれていると思いますよ?
 子供が自分の為に選んでくれたモノを喜ばない親は居ないでしょう……毒親と称される存在の事は今はなしとしてで。」

「……そう言うモノなのかな……でも、そうだったら嬉しいよな。」


一夏はデパートで買ったモノを墓に備えると、墓地がある寺で購入した線香に火を点けて線香台に置き、一夏とヴィシュヌは二礼二拍を行ってから墓に向かって手を合わせた後に、一夏はヴィシュヌの肩を抱いて改めて墓に向き合った。


「父さん、母さん、紹介するのが遅れちまったな……この人が俺の大事な人、俺の彼女のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだ。
 高校生の身で気が早いって言われるかもしれないけど、俺はヴィシュヌと生涯を共にしたいと思ってるんだ……だからさ、天国から見ててくれると嬉しいな、俺とヴィシュヌのこの先を。」

「ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです……一夏と交際させて頂いてます。」

「今日はヴィシュヌを紹介したかったら来たんだ……今度は千冬姉と円夏も一緒に来るよ。」


最後にもう一度墓に礼をすると、一夏はお供え物を回収して墓地を後にした……現代ではお供え物は回収するのがマナーだ。
お供え物をそのまま備えておくのはカラスや野良犬、野良猫を呼び寄せる事になるので絶対にお供え物を備えたままにしてはならない!動物が自力で開ける事が出来ないスチール缶の飲み物や缶詰以外は即座に回収するように!








――――――








同じ日、オータムは九龍街、黒焔街の二つの街で半グレ組織を壊滅させていた。
任侠組織な極道と異なり、半グレ組織は義理も仁義もなく『己の利になる事』のみを率先して行うため、堅気が相手であっても容赦なくその刃を振り下ろすので存在其の物が害悪でしかないのだ。
加えて構成員も学生時代にヤンキーとして名を馳せた者達で構成されており、ソコソコ強いから極道組織の下っ端では制圧が難しく、中堅以上の幹部が出張る必要があるので極道組織にとっても厄介な存在だった。

だからオータムは一夏から『時間が空いたその時は半グレ組織を潰せ』との命を受けており、オータムはその命を忠実に熟していた訳だ。


「ったく、歯ごたえがねぇなマッタクよぉ?」


オータムは構成員が三十人以上の半グレ組織二つをたった一人で壊滅させており、これ以前にも世界中で半グレ組織やテロ組織をオータムはたった一人で壊滅させており、何時の頃からか裏社会でオータムは『黒い毒蜘蛛死神』として恐れられていた。

一仕事終えたオータムは一休みする為に公園にやって来たのだが……その公園ではメロンパン屋のキッチンカーがやって来ていた。
任務を終えたオータムは小腹が空いていたのでメロンパンを買おうとキッチンカーにやって来たのだが、そのメロンパン屋の店主の顔を見た途端全身に緊張が走った。
此のメロンパン屋の店主は、緑の髪に金色の瞳、閉じられた右目と右の額から頬にかけての傷跡があった……その特徴は、オータムが亡国機業時代に裏社会で有名になっていた伝説的な暗殺佐者である『瓜生龍臣』、通称『屍龍』とバッチリ一致していたから。


「(数年前にアサシンは引退したって噂で聞いてけど、まさかメロンパン屋になってたとはな……)
 メロンパン一個くれ。」

「はいよぉ!カリン、焼き立て一丁包んでくれ!」

「了解だじょ~~。」


オータムは驚きつつもメロンパンを一個購入し、其れを一口食べて……


「とってもおいしいれす。」


オータムはアホになった。


「アホになったじょ。」

「このお嬢さんも訳ありって事か。」


屍龍にメロンパンは一般人が食べても何もないが、後ろ暗い過去を持つ者が食べると何故かアホになると言う謎の効果を備えており、屍龍の仲間達も絶賛全員アホになった過去があるのだ。

数分の後にオータムは再起動して、改めて半グレ組織の壊滅を行い、しかし麻薬密売組織『裏神(ウラカン)』に関しては今現在日本に害を与えていないという事で今回は見逃したのだが、其れ以外の半グレ組織は多くが纏めて滅殺されるのだった。











 To Be Continued