クラス対抗戦は一組代表の一夏が二組代表の鈴と、三組代表のロランを下して優勝し、優勝商品である『食堂スウィーツ無料券』を無事にゲットしてクラスメイトに配布したのだが……


「金の雨が降るぞ~~!!」


一夏は今や本場のアメリカでもトップに伸し上がった大人気プロレスラー『オカダ・カズチカ』の『レインメイカーポーズ』でスウィーツ無料券をばら撒き、クラスメイト達は一部を除いてそれに群がっていた――とは言ってもスウィーツ無料券はクラスの人数×3なので、一人頭三枚までであるので、其処は弁えてずるをする生徒はいなかった。
尤もずるをしたらしたで千冬(学園最強無敵)、一夏(短期間に代表候補生を三人ぶっ倒した猛者)、円夏(実力は未知数だが色々とやっべーのは間違いない)からのキッツーイお仕置きが待っているのでしなかったのは賢明と言えよう。

でもって、スウィーツ無料券の配布が終わった後は『織斑一夏優勝記念パーティ』が『織斑一夏クラス代表就任記念パーティ』と同じく食堂を借り切って行われる事になった……普通なら他のクラスから苦情が入りそうなモノだが、IS学園の食堂は寮やアリーナ、果てはトレーニングジムにも存在しているので本校舎の食堂を貸し切りにしたところでそれほど問題は無かったりしているのだ。

そんな感じで一年一組の面々がパーティで盛り上がっているころ、生徒会室では――


「鈴ちゃんとの試合では真っ向勝負の上で最後は圧倒して勝利し、ロランちゃんとの試合では敢えて雑な攻撃を行って相手が自ら自分で描いていた筋書きを破綻させるか……真っ向勝負なら言うに及ばず、実力で上回る相手を策で超えて来る相手に対しても此れだけの対応が出来るとは少し予想外だったわね?」

「あぁ、その通りなのだが……此れは普通ならば有り得ない事とも言える。
 正面からの真っ向勝負に強い戦士タイプでありながら、策で上回って来る戦略家タイプをも逆に策に嵌めるなど初めて聞いたぞ……若しかしたら、アイツは織斑先生よりも強いんじゃないか?」

「その可能性は大いにあるかもしれないわ……織斑先生が一夏君より上なのは経験の差があるから……其れを埋める事が出来たら世界最強の座は塗り替えられる、か……でも、其れは其れで今の世界には良い刺激になるかもしれないわね。」

「一歩間違えば現在の社会情勢を覆しかねない核兵器級の刺激ではあるがな。」


生徒会長である楯無と、副会長である夏姫がこんな会話を交わしていた。
IS学園における生徒会のメンバーにはそれ相応の実力も求められるため、そう言った意味では一夏もヴィシュヌも合格ラインなのだが、日本の暗部『更識』の長である楯無をしても一夏の実力の全てを計り知る事は出来ていなかった……オータムと共に襲撃者の対処に当たっていたため、生の試合ではなく録画映像を見る事しか出来なかった事を差し引いてもだ。


「此れは、連休明けにでも一夏君と一度勝負して其の実力を私が自ら確かめた方が良いのかも知れないわね……」

「かもな。」


そうして一夏があずかり知らないところで一夏と楯無が戦うための準備が密かに進められるのであった。









夏と銀河と無限の成層圏 Episode10
『GW前のちょっとした日常~One Good Dye~』










ゴールデンウィークが間近に迫り、生徒の多くはゴールデンウィークをどうやって過ごすかと言った話題で盛り上がり、ともすれば少し浮足立っていると言っても良い状況なのだが、だからと言って一夏の日常に何か変化があったかと言われたら其れは否だ。
今日も今日とて早朝に目を覚まし、本日の朝食は自室で摂る事になっているので炊飯器に米をタイマーセットした後に日課である早朝トレーニングに繰り出して行った。
現在の時刻はAM5:30であり、普段ならば寮の外には誰も居ないのだが……


「鷹月さん?」

「あ、おはよう織斑君。」


其処にはクラスメイトの鷹月静寐の姿があった。
世界初の男性IS操縦者である一夏、タイの代表候補生にしてタイのムエタイジュニア界で四階級制覇を成しただけでなく現ライト級のチャンピオンであるヴィシュヌ、ISの生みの親である束の実の妹である箒と、一年一組にはトンデモナイ連中が集っている訳なのだが、そんな中で静寐は特別枠を除いては入試をトップクラスの成績で通過した隠れた実力者であったりする。


「今日は早いんだな?」

「ちょっと早く目が覚めちゃって、もう一度寝る気分でもなかったから少し風に当たろうかと思ってさ――織斑君は此れからトレーニング?」

「モチのロンだ。
 先ずは学園島を一周だな。」

「学園島を一周って……学園島の外周って確か15㎞だったよね?まさか、毎日走ってるの!?」

「おうよ。」

「でもそれでトレーニングは終わりじゃないんだよね?」

「其処から筋トレして、木刀使っての素振りと無手でのシャドー、最後に柔軟運動だな。」

「織斑君、凄過ぎるよ……」


一夏からトレーニング内容を聞いた静寐が苦笑いを浮かべながらこう言ってしまったのも致し方ないだろう……一夏のトレーニング内容は凡そ並みの高校生が熟せるモノではなく、よしんば熟したとしても此れだけの早朝トレーニングを行っていたらその疲労で授業は睡眠学習になってもオカシクない所なのだが一夏は授業も普通に受けているのだから。


「えっと、取り敢えず無理だけはしないでね?」

「うぃ~っす!そんじゃ行ってきますわ。」


一夏がランニングに出発すると、静寐は寮の庭にあるベンチに座るとスマホでアプリを起動し、ダウンロードしてあったライトノベルを読み始めた――二度寝する気にはならず、此の場で時間を潰す事にしたようだ。

そうして静寐がスマホでライトノベルを読んでいると……


「フィニーッシュ!!」


学園島を一周していた一夏が戻って来た。
静寐もその声を聴いてスマホで時間を確認したのだが、時間を確認した静寐は思わず声を失った――一夏がランニングに出発したのが午前五時三十分頃だったのだが、現在の時刻は午前六時四十分頃……一夏は15㎞を僅か40分程度で走った事になるのだ。
常時同じペースで走る事は出来ないが、それでも単純計算で一夏は45㎞を120分――二時間で走る事が出来る計算になり、其れを踏まえると一夏はフルマラソンを二時間を切ったタイムで走り切る事が出来る事になるのである。


「織斑君……本当に人間?」

「ちふゆね……織斑先生と比べりゃオレは充分に人だと思うぜ?織斑先生なら一周三十分切るだろ絶対に。」

「否定出来ないね其れは。」


その後一夏は何時も通りにトレーニングを行ったのだが、其れを見学した静寐は一夏の底知れなさを目の当たりにする事になった。
筋トレはハードで筋肉のパワーを高めるモノだったのに対し、素振りとシャドーは筋肉の柔軟性を高めるモノで、柔軟運動はその両方を纏める効果を持ったモノであり、此のトレーニングを続けてきた結果、一夏の全身の筋肉は速筋と遅筋の利点のみを併せ持った筋肉となっているのである。








――――――








午前中の授業は特に問題もなく終わって昼休み。
食堂では最早お馴染みとなった一夏、ヴィシュヌ、円夏、箒、鈴、乱がテーブルを囲んでいた。
本日のランチメニューは一夏が『トンカツ定食(ゴハン特盛、カツ二倍)』、ヴィシュヌが『アジの南蛮漬け定食』、円夏が『回鍋肉定食』、箒が『鯖の味噌煮定食』、鈴が『ラーメンセット(好みのラーメンと半炒飯と餃子のセット)』、乱が『唐揚げ定食』だった。


「そう言えば皆はゴールデンウィークの予定はどうなっているのだ?」


ランチ中の話題は箒が切り出す形でゴールデンウィークの予定に関するモノになっていた……他のテーブルでも似たような話題が出ているので、この流れはある意味で当然と言えよう。
箒は『一度篠ノ之神社に行ってみる心算だ。叔母さんにも神社を管理してくれている事に礼を言いたいし……若しかしたら姉さんと会えるかも知れないからな。』と言っていた――束との再会に関しては誰も否定しなかった……束ならば篠ノ之神社を訪れた箒の前に姿を現すなどこのメンバーならば容易に想像出来てしまったから。
他のメンツは円夏が『行ける範疇でのアニメ聖地巡礼』、鈴と乱は一緒に『関東のテーマパーク巡り』であった。
そして一夏とヴィシュヌはと言うと……


「まぁ、俺は一度家に戻るのは確定として、後はヴィシュヌと旅行に行こうかなって考えてる。
 付き合ってるとは言っても中学時代は二人だけで旅行に行く事は出来なかったし、ヴィシュヌがタイに帰ってからは完全遠距離恋愛だったからなぁ……つっても、何処に行くかは決めてねぇけど。」

「何処でも良いですよ?一夏と一緒ならどんな場所でも楽しめるでしょうから。」

「あ~~……はいはい、御馳走様~~。」


一夏はヴィシュヌと旅行を計画していた。
ヴィシュヌがホームステイしていた中学時代は二人で旅行に行く機会などある筈もなく、ホームステイ後は完全遠距離恋愛であったため、この機会に二人きりで旅行と言うのは悪くないだろう――加えて今年のゴールデンウィークは休日と土日の関係でIS学園も十連休となるので少し長めの旅行も可能なのである。


「後は……天羽組さんに挨拶行かねぇとだよなぁ……円夏は千冬姉と入学前に行ってるけど、俺の場合は入学前のゴタゴタで行けなかったからな。」

「だな。
 小林なんかは『なんだぁ、一夏はいねぇのか?』と残念そうだったからな……いっそ、ヴィー義姉さんも連れて行ってしまえ。」

「円夏、其れは流石に……いや、矢部のアニキから『お前の彼女、機会があったら俺に紹介しろ。俺の中の矢部がそう言ってる』って言ってたし、天羽組長も『是非紹介してくれ』って言われちまってるから、選択肢はねぇか。
 つー訳で、天羽組への挨拶にも付き合って貰って良いかヴィシュヌ?」

「勿論です一夏。
 私も天羽組の皆さんとは一度会いたいなと思っていましたから。」


加えて天羽組への挨拶も決定していた。
因みに、一夏達がゴールデンウィークについて話していた頃、学食のカウンター席ではグリフィンがチャレンジメニューである『バケツラーメン』を制限時間の三十分を大幅に上回るタイムである十分で完食しただけでなく、『おかわり』までして調理スタッフを愕然とさせていたりした。








――――――








放課後のトレーニングルーム――その中央にあるスパーリング用のリングでは今日も今日とて緊張感が高まっていた。
リング上には袖なしの黒い空手胴着を着た一夏と、ボクサーブリーフにタンクトップ姿のヴィシュヌが対峙している――一夏は腰を落としてスタンスを大きく取って左右の腕を上下に大きく開いた空手の天地上下の構えで、ヴィシュヌはガードポイントを高めに取った蹴り主体の構えだ。


「試合開始ぃ!!」


此処で円夏がゴングを打ち鳴らして試合開始!
先ずはヴィシュヌが一足飛びで間合いを詰め、其処から膝蹴りを繰り出したが、一夏は其れを紙一重で躱す……がヴィシュヌは膝蹴りを繰り出した足を延ばすと其のまま踵落としに繋いできた。
完全にタイミングを外された一撃を避ける事は無理と判断した一夏は自ら頭を突き出してヴィシュヌの踵を額で受けた――普通ならば頭へのダメージが心配になるところだが、実は額は頭で最も固い部位であり、額でのガードは古代のパンクラチオンでは当たり前だったりする。
其処から一夏は強引に頭を跳ね上げてヴィシュヌの態勢を崩すと腰の入った正拳突き一閃!
まともに喰らったらKO確定の一撃ではあるが、ヴィシュヌは咄嗟に肘を落とす事で其れをガードしてクリーンヒットを回避……したモノの、一夏は其処から後ろ回し蹴り→右ストレートのコンビネーションを繰り出して来た。
遠心力を利用して威力を高めたコンビネーションであり、真面に喰らえばKO確定だがヴィシュヌは後ろ回し蹴りをダッキングで避けると、続く右ストレートに対して自らも右ストレートをブチかまして来た。
それは一歩間違えば自分の拳を壊しかねない行為なのだが、ヴィシュヌは微妙に点をずらして拳へのダメージを最小限に留めているので拳が壊れる事はないだろう。

そうして暫し一夏とヴィシュヌの拳が火花を散らしていたのだが、その拮抗を先に破ったのはヴィシュヌであった。


「行きます!」

「!」


ヴィシュヌはステップから鋭い横蹴りを繰り出すと、何と蹴り足を地面に着かせる事なく連続で横蹴りを上段、中段、下段に打ち分ける連続蹴りを放って来たのである。
蹴り足を地面に着けずに片足立ちの状態で連続蹴りが放てる時点でヴィシュヌのボディバランスは凄まじいモノがあるのだが、更に驚くべきはその蹴りの鋭さと速さだ。
一発蹴った後の次の蹴りの間隔が一秒程度な上、全ての蹴りが必殺クラスの鋭さを有しているのだ――実はヴィシュヌは蹴りの角度を変える為に股関節は動かしているモノの、蹴り足に関しては蹴りのたびに元に戻さずに膝下だけを動かす事で脅威の連続蹴りを行っていたのだ。
更にヴィシュヌは足首から先も角度を変えながら足の甲、足先、足の裏、踵と攻撃部位を変えているのである――つまり一夏は矢継ぎ早に放たれる変幻自在の蹴りに対応しなくてはならない訳だ。

普通ならばこんなイリュージョンのような蹴りに対応するのは難しいのだが――


「ふっ!はぁ!とぉっ!!」


一夏は腰を落として左手を腰の辺りで構えると、右腕一本でヴィシュヌの蹴りを見事に捌いて見せた。


「いや、其処でウメハラブロッキングするんかい!」


その一夏の捌きを見た、(たまたまジムにトレーニングに来ていた)鈴は思わず突っ込んでしまった。
一夏の防御は、日本が世界に誇るプロゲーマーウメハラダイゴがストリートファイターⅢ3rd Strikeの大会で見せた伝説の超絶プレイを再現したモノであったから致し方ないだろう。分からない人はGoogle先生かようつべで『ウメハラブロッキング』で検索してくれ。

それはさて置き、一夏は何度目とも分からない蹴りを捌くと左の拳に力を溜め……


「一撃必殺!!」

「これで決めます!!」


ヴィシュヌが決める心算で放って来たハイキックに対してカウンターとなる左正拳突きを一閃!



――バァァァァン!!



凄まじい打撃音が鳴り響き、次の瞬間にはヴィシュヌのボディに左拳を突き立てた一夏と、一夏のコメカミに膝を突き刺したヴィシュヌの姿があった。
ここだけ見れば相打ちに見えるだろうが……


「なんぼ俺が頑丈だつっても、テンプルへの膝は流石に効くってば……」


先に崩れ落ちたのは一夏だった。
ヴィシュヌの狙いが一夏の側頭部だったのは間違いないが、それはあくまでハイキックの一撃だった――しかし一夏が鋭い正拳突きをカウンターで放ってきた事で目標がずれてしまい、咄嗟に膝蹴りに変えた結果、一夏のテンプルに必殺の膝蹴りが炸裂してしまったのだ。


「す、すみません一夏!大丈夫ですか!?」

「スパーリング中の事故だから謝らんといて~~。
 しっかし、マジでお前の膝蹴りはエッグいなぁ?なんつーか、コンクリートブロックで思いっきり頭をぶっ叩かれたんじゃないかと思うくらいの衝撃だった。
 俺じゃなかったら意識ぶっ飛んでるだろうな……だが、まだスパーリングは終わってないぜ?」

「え?」


崩れ落ちた一夏を心配したヴィシュヌは一夏の安否を気にして近付いたのだが、次の瞬間には視界が反転してリングに倒されていた――ダウン状態の一夏が電光石火の『下からの三角締め』を極め、そのまま強引にヴィシュヌをリングに倒したのだ。


「此れは……まさか、崩れ落ちたのは演技だったのですか?」

「いや、あれはガチだが、スパーリング終了の合図を確かめずに近寄って来たのなら俺としては好機だった。
 卑怯と言えば卑怯な一手だが、これもまた戦術だ……つか、此のスパーリングは目潰しと金的以外は何でもありだから卑怯もへったくれも無い訳だなんだけどよ。」

「確かに其れは正論ですね。」


だがヴィシュヌは咄嗟に左腕を首と一夏の足の間に滑り込ませて三角締めが完全に極まるのを阻止していた――と同時に此れは状況が完全に膠着状態になった事を意味している。
現状では一夏もヴィシュヌも両腕が使えない状態ではあるが、三角締めを決めているは一夏の方なので一見すれば一夏の方が有利に見える……がしかし、ヴィシュヌはヨガによって常人を遥かに超えた体の柔軟性を有しており、加えてヴィシュヌは一夏にも言っていないが身体の大きな関節(肩、肘、股関節、足首、手首)が全てダブルジョイント(二重関節)となっており、常人よりも関節の稼働幅が大きい事で関節技は殆どダメージにならないのである。
状況が反対だった場合は一夏が三角締めを極められた状態でも強引にヴィシュヌを持ち上げてリングに叩きつけて三角締めを解除する事も出来たのかもしれないが、流石のヴィシュヌも首から下を極められた状態で一夏を持ち上げる事は出来ないので完全な膠着状態だ。


「タイムオーバー!」


此処でレフェリー役の円夏がスパーリング終了を告げるゴングを打ち鳴らし、一夏は三角締めを解き、ヴィシュヌも肩回りを解していた。


「今回もドローか……中学の時も何度も遣り合ってるが、俺が勝てなかった相手は千冬姉以外ではお前だけだぜヴィシュヌ。あ、天羽組のアニキ達は除外の方向で。」

「それは私も同じかもですね……私が勝てなかったのはタイの伝説的ムエタイ帝王以外では貴方だけですから一夏。」

「お互いにデカい壁がある訳だが……」

「「何時の日か必ずぶっ倒す!!」」


スパーリング後、一夏とヴィシュヌは互いの健闘を称えて握手をした後に、その手を盛大に跳ね上げてから拳をぶつけて何時の日か己にとって最大の壁を超える事を誓っていた――『親友でライバル』ってのは良く聞くワードかもしれないが、『恋人でライバル』ってのは中々に珍しいと言えるだろう。

……因みに一夏のテンプルにヴィシュヌの膝蹴りが突き刺さった時点でスパーリングを止めなかった円夏なのだが、その理由が『兄さんがあれでKOされる事はないと思った。それと兄さんの負けを宣言したくなかった。』とレフェリーとしてはあるまじき個人的な理由だったので、一夏が『バッカモーン!』と一括して脳天に『オベリスク・ゴッドハンド・クラッシャー』を叩き込んでいた。

普通なら此の一撃でKOされるところで、実際円夏もKOされていたのだが、その顔はこの上ない幸福感に満ち満ちたモノだったので誰も何も言わずに其の場に放置する事になったのであった。

因みに、この日の夕食は、一夏が『石焼きカルビビビンバ特盛』、『チキン南蛮』、『究極のモヤシ炒め』、『鯖の竜田揚げ野菜あんかけ』、『コロッケ』であった……激しい運動後の食事量は相変わらず凄まじいモノがあると言えるだろう。








――――――








――コン、コン!


一夏とヴィシュヌが夕食を済ませ、寮の大浴場の使用時間が終わった頃、寮監室の扉をノックする音があった。


「入れ、空いているぞ。」

「そんじゃ、遠慮なく。」

「失礼します。」


学生寮の寮監を務めているのは、IS学園最強にして一夏とヴィシュヌが所属している一年一組の担任でもある千冬だ――実の姉である千冬が寮監である事には驚いたが、公私は混同しないから大丈夫だろと一夏が思ったのは内緒だが。


「其れで如何言ったご用件でしょうか織斑先生?」

「普段の話し方で構わん一夏。
 教師の仕事なんぞ生徒の完全下校時刻を過ぎればそこでお終いだ――無論、寮監としての務めは果たすが余程の事をしない限りは寮では其処まで厳しくするつもりもないからな。」

「さいですか……んで、改めて何の用だよ千冬姉?言っとくが俺もヴィシュヌも呼び出し受けるような事はしてないぜ?なぁヴィシュヌ?」

「勿論です。」

「何か咎める事があった訳ではない。
 お前達に此れを渡しておこうと思ってな。」


『普段通りの話し方でいい』と千冬が言ったのを聞いて『今はプライベートな時間』だと理解した一夏とヴィシュヌだったが、そんな二人に千冬が渡したのは何かのチケットのようなモノだった。


「千冬姉、此れは?」

「去年の暮れに商店街で買い物をした際に福引券を貰ってな。
 一枚だけだったしどうせティッシュだろうと思って一回ガラガラを回したところ、何と一等の『二泊三日の温泉旅行ペアチケット』が当たったのだ……とは言え家族で行くには一枚足りんし、私には一緒に行く相手もいない。
 お前と円夏にと考えもしたが、円夏と二人きりではお前の気苦労が絶えないと思い止めた。
 山田君にやろうかとも思ったが彼女も独り者だし、オータムは論外……正直どうしたモノかと思っていたのだが、どうせなら有効活用出来る奴に渡そうと考え、熟考した結果お前達に渡す事に決めたという訳だ。」

「熟考って……姉としての忖度は?」

「バリバリ入っているに決まっているだろう!」

「自信満々に言わないで下さい……」


それは去年の暮れに千冬が福引で引き当てた温泉旅行のペアチケットだった。
譲渡先を一夏とヴィシュヌに決めるまでの紆余曲折に関しては突っ込みどころが満載である気がしなくもないが、これは一夏とヴィシュヌにとっては嬉しい誤算であったとも言えるだろう。
GW中に二人で旅行に行く事は決めていたモノの行先はこれから決めようと思っていたからだ。


「まぁ、姉から弟と将来の義妹へのGWのプレゼントだと思って受け取ってくれ。」

「義妹って、気が早すぎるよ千冬姉……ま、将来的にはそうなるのは確定とは言えさ。」

「円夏からは既に義姉さんと呼ばれていますからねぇ……ですが、其れは其れとしてありがとうございます――お義姉さん♪」

「……うむ、予期しないその呼び方は中々に来るモノがあるな。」


ともあれ、此れで一夏とヴィシュヌの旅行先は決定した。
其の後は『学園生活は如何だ?』、『生徒会では巧くやれているか?』と言った世間話をしながら千冬は缶ビールを開け、一夏は『教師の時間が終わってるなら問題ねぇか……なんかつまみ作ってやるよ』と言って、あっと言う間に『コンビーフのユッケ風』を作って千冬を満足させていた。


「一夏、温泉旅行楽しみですね?」

「あぁ、そうだな……だが先ずは天羽組さんへの挨拶から、だな。」

「ふふ、其れも楽しみです♪」


尚、一夏とヴィシュヌが寮監室から去った後、千冬はスマホでオータムを寮監室に呼び出して呑みあかし、目が覚めた時には二人揃って全裸でベッドに転がっており、盛大に動揺する千冬に対しオータムが、実際には酔っぱらった末に自ら全部脱いでベッドにダイブしただけなのだが『ブリュンヒルデ様のカワイイ鳴き声いただきました~~』と言って盛大に揶揄っていたのだった。











 To Be Continued