ゴールデンウィークのデート中だった夏月とファニール、ナギ、神楽は、デート地の茨城県大洗町で突如発生した爆発事件に遭遇し、其れを行った新織斑を追い、そして海上で追い付き戦闘待ったなしの状況となっていた。
新織斑は合計で四人で、機体はフルスキンである物の形状から男性二人と女性二人である事が分かる。
「デートの邪魔をしたのは勿論だが、一般人を巻き込んだってのは其れ以上に許せる事じゃねぇ……新たな織斑が何人居るかは知らねぇが、取り敢えずテメェ等は此処でゲームオーバーだ。
テメェ等の狙いが俺や秋五だってんなら、俺と秋五、でもって夫々の嫁ズを狙えば事足りるのに、無関係な一般人を巻き込みやがって……楽に死ねると思うなよ?平穏に暮らしてる人達の休日を地獄に変えた罪は懲役百八十五年、終身刑三回でも足りないレベルだからな!」
「そもそもデートを邪魔した時点で、懲役四万年よ!!」
「一人に付き一万年で計四万年ですか、納得です。」
「懲役四万年って何処の国の判決なのよ……でも確かに数はあってるよね。」
ゴールデンウィークの最中に起きた突然の戦闘でも、夏月組は気負う事は無かった。
夏月は少し感情的に言葉を発したが、其れはファニール達を鼓舞する為のモノであり、夏月自身は感情の平静は保っていた――更識の仕事をはじめとした数々の修羅場を潜り抜けて来た夏月は、『激情と平静』を精神的に同居させられるようになっていたのである。
「そんで、何だって攻めて来ないんだお前達は?
此れだけ分かり易く隙を作ってやったって言うのによ?……もしかして攻めて来ないんじゃなくて、攻める事が出来なかったのか?――確実に勝てるかどうか、其れが分からなかったから攻める事が出来なかったって訳か。
だとしたら、弱虫も良いところだぜ……確実に勝てる戦いしか出来ねぇってのは、逆を言えばテメェの実力に不安があるからだしな……ふん、来るなら来てみろよ、三流以下の弱虫未満が。」
更に此処で夏月は新織斑達を盛大に煽ってみせた。
相手を煽って激高させ、冷静な判断力を奪うのも有効な手段ではあるのだが、人を煽る事、おちょくる事に関しては右に出る者は居ない楯無直伝の『煽りスキル』を会得している夏月の煽りは、毒舌満載でたたみ掛けて来るので短気な人間ならば全て聞き終える前に突撃してくるレベルだ。
「先に動くのは戦場では最悪の一手となるが故に見に回っただけの事……俺達を甘く見ると痛い目を見るぞ兄上殿……」
「俺達に痛い目を見せたいなら、生の唐辛子を熱した鉄板で炒めた際に発生する煙でも持って来いよ……並大抵の攻撃じゃ俺達には効かないぜ?
……取り敢えず、デートの邪魔をした代償は払ってもらう。序に、『道』での食事代も払ってもらうぜ?……テメェ等がやらかしてくれた事で、昼飯半分も食ってねぇのに、注文しちまったから代金だけは払わないとだからな!!」
織斑達は煽りに乗ってくる事は無かったモノの、発した言葉から精神の苛立ちを感じ取った夏月は更に煽り、言うが早いか続いて繰り出したのは得意の超速居合い、ではなくビームアサルトライフル『龍哭』による超絶連射だった。
『射撃の精密さは度外視して連射性能に全振り』して開発された龍哭の連射性能は極限まで高められており、マニュアル操作であってもオート連射を遥かに上回る連射が可能となっているのだ――尤も、其処に至るまでには束が『もう勘弁して』と泣きを入れるレベルで夏月が試験機を動作不良に陥らせる連射をした事が一因ではあるのだが。
そして夏月の超連射に続く形でナギも搭載された火器を全開にしてのフルバーストを敢行して先ずは弾幕攻撃で新織斑達にド派手な挨拶を一発ぶちかましたのであった。
夏の月が進む世界 Episode96
『新たなる世界に現れし害悪~The 束とタバネ~』
龍哭を超連射した夏月は、続いてビームダガー『龍尖』を両手に持てるだけ持つと、其れを何度も新織斑達に向かって投擲し、新織斑達を囲むように空中に停滞させる。
やがて、弾幕攻撃で起こった煙幕も晴れると、其処にはエネルギーフィールドを展開して弾幕攻撃を防いだ新織斑達の姿があった。
「ビームシールド搭載とは豪華だな?
だが、此のビームダガーの結界から逃れる事は出来ないぜ?……ビームシールドってのは実体シールドと違って使用しても蓄積ダメージで壊れる事が無い代わりに機体の消費エネルギーが大きいモンだからな?
此れだけの物量で攻撃すりゃ、一気に機体エネルギーを削れるだろ?……俺が晒してやった隙に攻撃してこなかった時点で、お前達は既に詰んでたんだよ……見えてる事が逆に恐怖だろう、ってか!?」
しかし新織斑達は無数の龍尖に囲まれており逃げ場はない。
羅雪の拡張領域に詰め込めるだけ詰め込んだ龍尖の数は五百本は下らず、更に使った端から羅雪のコア人格(以降地の文では『ラセツ』と表記)が補充するので事実上の弾数無限状態なのである。
そうして放たれた龍尖の結界はエネルギーフィールドに阻まれたモノの、其の物量でエネルギーフィールドを発動する為のエネルギーを大きく削り、新織斑達の機体のシールドエネルギーの残量を20%まで減少させてしまったのだ。
シールドエネルギーの残量が20%の状態で夏月達との戦闘を継続するのは相当に厳しく、夏月の居合いは勿論、ファニールの歌でバフ効果を得た神楽やナギの一撃を喰らっても一発でシールドエネルギーエンプティは間違いないだろう。
であるのならば此処は一旦退くべきところなのだが、新織斑達は撤退の素振りは見せずに夫々が武器を構えて戦闘継続の意思を見せていた。
「引き際ってモノを見極める事が出来ねぇのかお前等は?
俺や秋五、マドカの後発組って事はより高性能なのかと思ったが、如何やらそうでもなかったみたいだな……だがまぁ、お前達が静かに平穏に暮らすってんなら其れで良かったんだが、俺達に敵対するってんなら話は別だ。
弟や妹が道を間違っちまったってんならぶん殴ってでも元の道に戻してやるのが兄貴の役目なのかもしれないが、元の道に戻す事が出来ねぇってんなら此処でお前達の道を断ち切るまでだ。」
「四十院流の薙刀の舞、堪能して下さいませ。」
あくまでも戦う意思を見せる新織斑達に対して、夏月は居合で斬り込み、神楽はイグニッションブーストで懐に飛び込みビーム薙刀による連続攻撃を放ったのだが……
「夏月……此方が攻撃した筈なのに何故かシールドエネルギーが減っています。」
攻撃した側の夏月と神楽の機体のシールドエネルギーが減少していたのだ。
「此れは……成程、零落白夜を攻撃じゃなく防御に応用したって事か――自分に攻撃を当てた相手のシールドエネルギーを消費させる訳ね。
遠距離攻撃には意味がないが、近接戦闘になった場合はコイツは厄介だな……攻撃を当てたら逆にこっちのシールドエネルギーが減っちまうんだからな……零落白夜みたいな一撃必殺じゃないが、其れが逆に厭らしいぜ。
此れを相手に攻めるのは難しい……と思うだろうが、俺達に限ってはそうじゃねぇんだよなぁ。」
攻撃した側が逆にダメージを受けると言うのは実に有り難くない事なのだが、夏月は新織斑達の機体の特性を此の一撃で見極めると、再度居合で斬りかかった。
一撃必殺の居合いの威力は非常に高いのだが、其れだけに零落白夜シールドで削り取られるシールドエネルギーも膨大なモノになるのだが……
「シールドエネルギーが減ってない?……そんな、如何して!」
「零落白夜は束さんが作ったモンだって言うのを忘れるなよ?
束さんが味方である以上は零落白夜は脅威じゃねぇし、俺には零落白夜を無効に出来る能力がある――だけじゃなく、此の能力は俺の嫁ズ限定で共有する事が出来るんでな……零落白夜装甲は通じねぇんだよ!」
夏月の羅雪には零落白夜を無効にする『無上極夜』があるので、其れを使えば零落白夜の特製を備えた装甲を攻撃しても自機のシールドエネルギーが減少する事はないのだ。
更に羅雪のISコア人格であるラセツは無理矢理入れ替えられたとは言え元白騎士のコア人格なので全てのISコアに干渉する事が可能であり、ラセツの性格的に敵機へのデバフは得意ではないが味方機へのバフは得意であり、特に自機の能力を一時的に味方機に付与する事位は朝飯前なのである。
よってファニール、神楽、ナギも零落白夜無効能力を現行戦闘限定で得ており、零落白夜装甲は完全に無力と化したと言う訳だ。
「自機の能力を他の機体に与えるだなんて、そんな事が……」
「驚く事でもねぇだろ?
乱の機体のワンオフは他機のワンオフをコピーするって言うISバトルなら反則ギリギリのモノなんだ――他機の能力をコピー出来るんなら、自機の能力を他機にコピーするのだってありだよなぁ!?」
「他機の能力をコピーするのが反則ギリギリなら、自機の能力を他機にコピーするのは反則じゃないのか!?」
「ガチの戦場に反則なんて言葉はねぇんだよボケェ!
付け加えてもう一つだけ良い言葉を教えてやるよ……主人公ってのはなぁ、基本的に何をしても許されるモンなんだよ!ラストターンでエクゾディア完成させたり、ブチ切れ覚醒で戦闘力五十倍になったり、土壇場で時を止めたり、光の速度越えたり、生身で成層圏に達したりと色々なぁ!」
「む、無茶苦茶すぎるぞ其れは……」
「無茶苦茶上等!無理を通して道理を蹴り飛ばすのが俺の基本スタイルなんでな……世の中の常識なんぞ俺には通じねぇ!……此れで終わらせる!
生物兵器をも超越した力、思い知れ……!」
新織斑達の機体には『攻撃を喰らって減少したシールドエネルギーを即時回復する機能』が備わっていたからこそ、零落白夜装甲が威力を発揮出来たのだが、零落白夜装甲が無力化されては其の限りではない。
シールドエネルギーの即時回復能力は極めて強力であるのは間違いないのだが、『攻撃を喰らって減少したシールドエネルギーを回復する』機能は、逆に言えば一撃でシールドエネルギーがエンプティになった場合には発動しない――『減少した分を即時回復』出来るのは、シールドエネルギーが0.01%でも残っていればだからであり、完全にゼロになってしまった場合は発動しないのだ。
機体の弱点があらわになったところで、夏月は居合の構えを取るとイグニッションブーストを発動すると同時にワンオフアビリティの『空烈断』を発動し、見えない居合いと空間斬撃の合わせ技である『次元裂断』(技名は其の都度夏月の気分で変わるので同じだったり違ったり)を放ち、更に同じ能力をコピーされた神楽もビーム薙刀で同様の攻撃を放って見せた。
夏月の攻撃だけでも相当な威力なのだが、其処に神楽が同様の攻撃を重ね、其れがファニールの歌で威力を底上げされ、更にナギが『弾幕シューティングゲームなら回避にミリ単位の正確な操作が必要になる画面の九割を覆う弾幕』を放った事で新織斑達は咄嗟にエネルギーフィールドを展開してダメージを最小限に止めるのが精一杯だった。
「エネルギーフィールドで防御しても此処まで削られるとは……化け物かお前……!」
「今更何言ってんだ?
化け物はお互い様だろ、俺も、お前等も……所詮は兵器として生み出された人を超えた、超えちまった化け物である事を変える事は出来ねぇよ――だがな、如何生きるかを選ぶ事は出来るんだぜ?
俺も秋五もマドカも自分で選んで今の生活を送ってるからな――お前達だって俺達と同じ平穏の道を選ぶ事も出来たのに、其れを自ら放棄しちまった。
其れでも、俺達の平穏を邪魔しないなら無視を決め込む心算だったんだが、そうじゃないなら徹底的にやらせて貰うさ……最期に何か言う事はあるか?
せめてもの情けとして、死にゆく者の言葉位は聞いてやるぜ?」
「遺言を聞いてくれるとは優しいな……だが、その優しさが命取りだ!」
ギリギリでシールドエネルギーが残った新織斑達は、此処で閃光弾とスモーク弾を炸裂させて夏月達の視界を奪い、そして其の隙に戦場からまんまと離脱したのだった――閃光弾かスモーク弾の何方か一方だけだならば即時対応も出来たのだが、同時に使われた事で夏月達は対応が少し遅れてしまったのだった。
「今回はあくまでも顔合わせだ……本命は此処からだからな……また会おうぜ、兄上殿――!」
「おぉっと、煙幕とはお約束の逃げの一手だが、お約束だけに有効なんだよなぁ……視界を潰されちまったら追うのは無理か……ハイパーセンサーのサポートがあっても視界をカバー出来る範囲は限られてるからな。」
閃光と煙幕が晴れた其の場所に新織斑達の姿はなく、まんまと戦闘から離脱してみせたのだった。
「逃がしてしまいましたね……逃げ足だけは一流であると認めざるを得ないようですが、彼等はまた現れる筈です……如何します?」
「如何もこうも、来るなら相手をするだけだが、次以降もまた今回みたいにマッタク無関係な人達を巻き込むってんなら次で確実に息の根を止めるしかねぇだろ?
アイツ等の実力自体は大した事はねぇ……精々更識の仕事で極稀に遭遇するソコソコ強い奴に毛が生えた程度だから俺達が負ける事はねぇよ。
其れよりも問題なのはアイツ等の機体だ……織斑計画が継続してたってんならアイツ等専用のISが存在しててもおかしくないが、零落白夜装甲はそんじょ其処らのIS開発者が作れるモノじゃねぇ。
束さんから聞いた話だと、織斑の機体が白式だった頃のワンオフが零落白夜だったのは倉持が零落白夜を搭載したんじゃなく、『一次移行時点でワン・オフ・アビリティを発現出来る機体』を目指して開発した結果、一次移行後に発現したワンオフが偶々零落白夜だっただけらしいからな。」
「えっと、つまり如何言う事?」
「……零落白夜はタバネ博士にしか作り上げる事は出来ない。
其の零落白夜とほぼ同等の性能の装甲を搭載している機体を使ってるって事は、アイツ等のバックにはタバネ博士並みの頭脳を持った存在が居る、そう言う事でしょ夏月?」
「ファニール……大正解。
脅威はアイツ等よりもむしろアイツ等のバックに居る存在だ……そいつがアイツ等の生みの親なのか、其れとも全く関係ない奴なのか――何れにしてもトンデモねぇロクデナシであるのは間違いねぇけどな。」
新織斑達の戦闘力は現時点では大した事は無かったが、寧ろ問題は使っていた機体だった。
零落白夜は束が開発したワン・オフ・アビリティであり、『エネルギー系の攻撃と防御を無効にする』と言うのが一体どんなメカニズムによって行われているのかは一般の科学者やIS開発者には解析出来ず、束も零落白夜の製造方法は一切語った事が無いので束以外に機体に零落白夜を搭載する事は不可能であるのだ。
にも拘らず零落白夜を応用した装甲を搭載している機体を使っているとなると、新織斑達の機体開発には少なくとも束に匹敵するだけの力を持った者が存在している可能性が極めて高いのである――もしそうだとしたら、此の先どんな超兵器が出て来るか分かったモノではないだろう。
「だが、今回の一件に関して束さんから何の連絡も無かった事を考えると、あんまり深刻になる必要はないのかもな……マジでヤベェ時は絶対に束さんが緊急連絡寄越すだろうからさ。」
「あ~……其れはすっごく納得だわ。」
とは言え、束が事前に何も言って来なかった事で夏月達の中では新織斑達の脅威は絶対天敵よりも下と認識されていた。
マッタクもって其の力が未知数であり、更に凄まじいスピードで進化を行って驚異的な力を手にして行った絶対天敵と比べれば、新織斑達は生物兵器としてある意味完成された存在であるのだがあくまでも肉体は人間であるので、絶対天敵のように『生物の枠組みを超えた進化』をする事だけは、まず有り得ないのだからその認識になるのも致し方ないだろう。
其の後、夏月は束と楯無に今回の一件を伝えると、ファニール、神楽、ナギと共に破壊された大洗シーサイドステーションの瓦礫撤去作業にボランティアで参加し、ISの力をフル活用して作業に尽力していた。
大洗シーサイドステーションではゴールデンウィークのイベントが行われており、訪れた多くの人が駐車場や中央広場などに集まっており、建物内にテナントで入っている店の従業員も、イベントの出店にほぼ出払っていたので瓦礫に巻き込まれて生き埋めになった人は極少数であり、其の瓦礫も夏月達があっと言う間に撤去したので救助された人達は重傷であるモノの、命に別状はなかった。
「しかしまぁ、本当に良いのかね此れは?」
「店主が良いって言ってんだから良いんじゃないの?」
作業を終えた夏月達は、ランチタイムに入ったお好み焼き屋『道』の店主に呼ばれ、食べそびれてしまったお好み焼きを改めて食べる事になっていた。
流石に昼に注文したメニューは時間が経ってしまったので、大洗アクアワールドに魚達の餌として提供して、新たにお好み焼きの生地を作った訳だが、今回はなんとお代は無料との事だったのだ。
店主曰く『大洗を襲った敵と戦って撃退して、シーサイドステーションの瓦礫撤去と被害者を救出してくれた礼だ』との事で、断るのも失礼だと思って夏月達は其の言葉に甘える事にしたのだった。
「お好み焼きは、焼き上がったところにソースを掛けるんだが、ソースは鉄板に垂らすように掛けるのがポイントなんだ。
鉄板の熱で焦げたソースが良い味を出してくれるんだ……其処にお好みでマヨネーズ、カツオ節、青のりをトッピングすればお好み焼きの完成だぜ!」
「お好み焼きはヘラで食べるって聞いた事があるんだけど、どうやってヘラで食べるのよ?」
「其れはですね、ヘラで縦と横に切って、切ったのをヘラに乗せて食べるんです。」
「おばちゃーん、追加注文でイカゲソの唐揚げお願いしまーす!」
こうして遅めのランチを済ませた夏月達は、『大洗科学館』を見て回った後に『かねふく明太パーク』を訪れ、其処で『明太を丸々一本使ったジャンボおにぎり』、『横浜中華街監修明太ブタまん』、『明太ソフトクリーム』を堪能してから工場見学をし、ロビーで『出来立て明太子』、『イカミミ明太』、『明太チョリソー』、『明太ギョーザ』等をお土産として購入し、ゴールデンウィークをはじめとした長期休暇中の拠点である更識の屋敷へと戻って行ったのだった。
因みに明太パークには多くの著名人のサイン色紙も展示されているのだが、其処に新たに今回明太パークを訪れた夏月一行のサイン色紙も追加されたのだが、夏月のサインは『夏月』の『月』の字の払いの部分が『三日月』になっていると言う中々にエンターテイメント性のあるモノであった。
――――――
「新織斑達が本格的に動き始めた……だけじゃなく、その背後には束博士レベルの人間が存在している、か……しかもそれだけじゃなく、マッタク無関係な民間施設に攻撃したと言うのは見過ごせないわ。
だけど、そのおかげで更識を動かす大義名分が出来たわ……更識は日本の暗部であり、日本にとってマイナスになる存在を消し去る事も大切な仕事なのだからね……更識はターゲットを絶対に逃さないし、束さんもターゲットは逃がさない。
そんな更識と束さんが協力関係にあるのだから、ターゲットに逃げ場はない……其の場凌ぎで逃げおおせても、本当の意味で逃げ切る事は出来ないわよ絶対にね!!」
「逃げられる訳ねーじゃんよ?
逃げられる訳ねーんだけど、新型織斑達の方はたっちゃん達に一任させて貰おうかなぁ?今回は私が出張らずとも君達だけで全部解決出来ると思ってたからあんまり手を出す心算はなかったんだけど、そうも言ってられない状況になったみたいだからね。」
夏月達がデートをしていた日、束はムーンラビットインダストリー社長の『東雲珠音』として、倉持技研が開催した会合に出席し、楯無が護衛として同行していた。
束本人は出席する気はマッタクなかったのだが、『東雲珠音』としては招待状を受け取った以上は出席しない訳にも行かず完璧な変装を施して出席して他の参加者を驚かせていた――世界初の男性IS操縦者を企業代表として有している上に、社長の護衛として更識の長であり夏月の婚約者の一人である楯無が同行しているのだから驚くのも当然と言えるだろうが。
会合は立食パーティの形で行われ、束は業務提携を持ち掛けて来た他のIS関連産業を『其方と提携する事で此方にはどのようなメリットがあるのか?』と聞いてやんわりと提携を断っていた……束が直々に機体の開発を行っているムーンラビットインダストリーのIS及び関連部品は今や世界トップシェアとなっており、特にISの本来の目的である宇宙開発の部門に於いてはシェアを独占状態にあるのだから。
詰まる所、ムーンラビットインダストリーと比肩する企業はないため、提携するメリットは皆無であり、提携する事で技術流出するデメリットしかない訳なのである。
その会合が終わった後、予約していた旅館の露天風呂(最高ランクの宿泊部屋に付属のミニ露天風呂)にて、楯無と束は新織斑達の事について話していた――夏月から連絡を受け、此れからの事を話し合っていた訳だ。
「……其れは、零落白夜装甲が関係しているのかしら?」
「まぁ、そうだね。
かっ君も言ってた事だけど、零落白夜は私にしか作る事が出来ない上に、零落白夜の作り方を記したメモも、アイツに手切れ金として暮桜をくれてやった後で破棄したから私以外に零落白夜のメカニズムを知ってる人間は居ない筈なんだ。
だけど今回、其の零落白夜を応用した装甲を搭載した機体が現れた……此れは流石に無視出来ねーっしょ?……新型織斑の機体を作ったのが何処の誰かは知らないけど、そいつは少なくとも束さんに匹敵する脳味噌持ってるって言える訳だからね。
私は、そいつが何者なのか、其れを明らかにする事に集中したいのさ――恐らくはむこうも私の事を調べて来るだろうからミラーマッチになるだろうし。」
「相手のバックに束さんレベルの存在が居るとなると確かに脅威ね……了解したわ。
新織斑の動向は更識が全力をもって注視するから、束さんは連中のバックに居る相手の方をお願いするわ……思い知らせてあげましょう、更識と篠ノ之束のコンビに喧嘩を売ったのがドレだけ愚かな事であったのかを!」
「オウよ、やったろうぜたっちゃん!!」
束がぶっ飛びすぎているので忘れがちだが、楯無もまた若干十五歳と言う異例の若さで楯無を襲名した稀代の天才であり、二人の天才は今後の方針を決めると温泉でハイタッチ。
互いに天才タイプで可愛がっている妹が居て、ノリが良く、面白い事には目がないと言う共通点もあり、実は楯無と束は結構仲も良いのである。
「時に束さん、折角の温泉なのだから一献如何?此の温泉旅館で頼める最高級の純米吟醸なのだけれど。」
「おぉ、最高の温泉に浸かりながら最高のお酒とか最高過ぎるじゃんよ!もちろん有り難く頂くよ!」
「本来なら出たくもない会合に出て貰ったんだから此れ位はね……温泉が終わったらマッサージもあるから其方も楽しみにしておいてね♪」
「見晴らしの良い露天風呂と美味しいお酒を堪能して、更に其の後にはマッサージとか至れり尽くせりとはまさにこの事だねぇ~~?……折角だから君も飲みたまえよたっちゃん。
身分を偽っての潜入捜査の時とか飲む事もあるんだから飲めるっしょ?」
「まぁ、飲める飲めないで言えば飲めるけれど……アルコールと睡眠薬に関しては特に高い耐性訓練やって来たから酔わないのよねぇ……でも逆に言えば酔わないって事はお酒の美味しさを純粋に楽しめると言う事なのかしら?」
「かもね♪」
二人の天才は温泉とお酒を堪能した後にマッサージで身体をほぐし、そして旅館自慢の料理(お造りの盛り合わせ、季節の天婦羅、ジビエ鍋、名産牛の石焼ステーキ等々)を堪能した後に、床に就いたのだった。
「そう言えば、箒ちゃんは束さんに対してコンプレックスとかは抱いていなかったのかしら?簪ちゃんは私に対して少しコンプレックスを抱いていたけど。」
「無くはなかったと思うんだけど、其処まで強くはなかったんじゃないかな?
お父さんは『褒めて伸ばす』の達人みたいな人だったから、箒ちゃんの良いところを見付けて褒めて伸ばしてたからね……人って不思議なモノで、長所を誉められて育つと、自然と短所って形を潜めるモノなんだよ――私だってお父さんに褒めて貰う事が無かったら人間嫌いの人格破綻者になってたと思うからね。」
「褒めて伸ばす事が大事、か……お父様もお母様も簪ちゃんの長所を誉めていたけれど、周囲の有象無象が色々言っていたからねぇ――私が楯無を襲名した際に簪ちゃんを夏月君と共に最側近に置いて、簪ちゃんの事を低く見ていた連中を黙らせる事は出来たし、簪ちゃんはその後の更識の仕事で力を示してくれたから今では簪ちゃんを低く見る人は居なくなったのだけどね。」
「『優秀な姉』って評価も善し悪しだよね。
お姉ちゃんってのは総じて妹にカッコいいところを見せたいから頑張ってるだけなんだよねぇ……束さんの場合、其れが突破して世紀の天才なんて言われちゃってるんだけどさ。」
「束さん……分かります!分かりますよその気持ち!!」
そして二人の『優秀な姉』は布団に入った状態で日にちが変わるまで語らい、何時しか夢の世界に旅だったのだが、束は相当に寝相が悪かったのか掛布団を蹴り飛ばしただけでなく幾度となく寝返りを打った事で浴衣の帯が解け、最終的には浴衣に袖を通しただけのほぼ全裸の状態で楯無を抱き枕にしており……
「ちょ、束さん!?」
「うわおぉぉ、なんじゃこりゃぁぁぁ!!」
翌朝、旅館には楯無と束の驚きの絶叫が響き渡るのだった。
――――――
時は少し遡り、夏月達が襲撃された日の夜。
此の日、東京ドームではISバトルのランキング戦が二試合行われていた――一試合は現ランキング二位の『草笛氷雨』と現ランキング三位の『美神黒羽』が夫々下位のランクの挑戦者を迎え撃つと言う構図で、氷雨と黒羽はランキングに恥じない戦いをして見事に現ランクを防衛して見せたのだった。
尤も氷雨も黒羽も、完全専用機を手にした伊織に完敗して一位と二位の座を追われた身であるのだが……其れでも、四位以下との実力差を示した試合だった。
「草笛氷雨……俺達と一緒に来てもらおうか?」
「美神黒羽、貴様の身柄貰い受けるぞ。」
氷雨と黒羽は試合後ホテルに戻る予定だったのだが、其処に新織斑達が襲撃を掛けて来た――護衛は既に倒されて地面に転がっているのを見て氷雨と黒羽は最大級に警戒心を持って襲撃者に向き合ったのだが……
「ソコソコ強かったのは認めてやるが、俺達の敵じゃねぇな……だが、お前達は此れから人知を超えた力を手にする事が出来るんだから感謝しな!!」
一対多では分が悪く、氷雨と黒羽は機体がシールドエネルギーエンプティになっただけでなく、意識も刈り取られていたので完全KOとなり、意識を失った氷雨と黒羽の身体は新織斑達が拠点へと持って帰っていた――
其れが何を意味するのかは分からないが、少なくとも碌でもない事であるのは間違いないだろう――!
To Be Continued 
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