新織斑達によって、夏月と秋五とマドカが『織斑計画』によって生み出された人造強化人間である事が暴露されたが、IS学園に於いては逆に夏月と秋五の強さに納得する生徒しか居なかった――特に夏月に関しては、新年度開始から新入生の国家代表及び国家代表候補生からの挑戦を悉く退けていたのだから当然と言えば当然だろう。
だが、日本の『ISバトル』のリーグ委員会では夏月と秋五の今後の扱いについて議論が紛糾していた。
夏月と秋五はプロデビューしてから今の今まで無敗の記録を打ち立てているのだが(秋五は引き分けも含む)、其れが人工的に作られた強化人間であったと言うのならば話は別だ。
「人工的に作られた彼等がISバトルの世界に存在しているのは到底容認出来る事ではない……強化人間と普通の人間では其の能力には大きな差があるのは否めない……それは言うなればプロの選手がアマチュアの大会に出場するに等しいモノ、彼等のプロリーグの出場資格を即刻停止すべきだ。」
日本のISバトルのプロリーグ委員会では夏月と秋五のプロ資格を停止すべきとの意見まで飛び交っていたのである。
「たのもー!!」
夏月と秋五のプロ資格を停止すると言った意見が出る中で、国際IS委員会の日本支部に一人の女性が現れた――その女性は会議場の扉を蹴破って来たのだ、
「夏月と秋五からプロ資格を剥奪するとか、冗談だよな?」
其処に現れたのはプロリーグにて現在ランキング三位の伊織だった――IS委員会の日本支部の役員の中には伊織のスポンサーを務めている者も居るので、その人物がスマートフォンで会議内容をリアルタイムで伊織に伝えていたのだ。
「や、八神君……だが、生物兵器である彼等がISバトルの世界に居ると言うのは……」
「生物兵器?知らないなそんな事は。
夏月も秋五も私が認めた数少ないライバルであり、そして互いに高めあう友だ……それを私から奪おうと言うのならば黙っている事は出来んぞ?」
ランキング一位と二位の氷雨と黒羽が拉致され、現在の日本ランキングは伊織に勝った夏月が暫定一位、引き分けた秋五と伊織が同率二位で、名前の順で『八神』の伊織は三位なのだが、実力的には秋五と同レベルなのだ。
秋五と伊織が十回戦えば五分か或いはどちらかの6:4と大きな差は付かないだろう――が、其の予想は逆に言えば普通の人間であっても鍛錬を怠らなければ生物兵器に対抗出来ると言う事でもあり、そうなれば夏月と秋五からプロ資格を剥奪するという意見には一切の整合性がない事になるのだ。
「こうなる事を見越してSNSでデジタル署名を募ったところ、私の意見に賛同する署名があの放送から半日あまりで百万枚集まったぞ。
署名フォームは一度に十人署名できるのだが、其れがプリントアウトして百万枚分……つまり千万人の人間が彼等のプロ資格剥奪に反対している訳なんだが……さて、如何する委員長?」
「これ程までの反対意見があるなら一夜夏月君と織斑秋五君からプロ資格を剥奪する案は、否決する以外に道はないわね。」
伊織が大量のデジタル署名を集め、其れをプリントアウトして提出した結果、夏月と秋五からプロ資格を剥奪する案は95%の反対を持って否決され、なおも二人のプロ資格の剥奪を支持していた委員会の役員は、会議後に会場から出て来た所を伊織に襲われ、顔面蹴りからボディブローのコンボを喰らわされ、ボディブローを喰らって前傾姿勢になったところで首をホールドされ、其処から一気にぶっこ抜いて垂直落下式DDT一閃!
それを喰らった役員は一撃でKOされ、更に束によってこれまで隠し通して来た彼是が暴かれ、国際IS委員会の日本支部から除名される事になったのであった。
夏の月が進む世界 Episode104
『暴走する悪意と新たな戦いの前奏曲』
新織斑達からの宣戦布告を受けた形になった夏月達だが、だからと言って日常に何か変化があるかと言われたら、取り立てて大きな変化はなかった。
と言うのも、新織斑達は宣戦布告を行ったモノの、『何時、何処で戦うのか』を一切指定していなかったのだ……戦闘場所が分からないのであれば戦場に向かう事も出来ないので警戒は怠らずに日常を過ごす事が出来ていたのだろう。
そんな日常にて――
「ヤクばら撒くとか正気かお前……人様の人生ぶっ壊して手に入れた金で飲む酒は旨いかよ?」
「儲けを重視してセキュリティが疎かになっていたみたいね?
……さて、辞世の句でも読みなさいな……私達が来た以上、貴方達の死は絶対よ。」
本日、夏月組は絶賛更識の任務を熟していた。
今宵のターゲットは南米に拠点を置く麻薬密売組織『ヘルドラッガー』の日本支部だ――ヘルドラッガーは空港の麻薬探知犬でも探知出来ないように南米産のスパイスの袋にドラッグを隠して密輸すると言う手口で日本にドラッグを輸出し、販路の拡大を行っていたのだ。
如何に麻薬探知犬が麻薬のニオイに敏感と言えども、麻薬のニオイを上回る強烈なニオイがある『ニンニク』、『ナツメグ』、『ターメリック』と言ったスパイスの中に隠されてしまったら流石にかぎ分ける事は出来ず、更に其の袋に犬が嫌がる香水をふりかけてあれば尚更だ。
此の巧妙な手口でヘルドラッガーは日本でのドラッグの販路を拡大していたのだが、販路を拡大するにつれセキュリティ面が疎かになり、此度目出度く更識の情報網に引っ掛かってしまったのだ。
「赤目で蒼髪の女と、スカーフェイスの金眼の男……テメェ等『更識』か!
どんだけスゲェ奴等かと思ったら、マダマダガキじゃねぇか……子供は大人しく家で遊んでな!!」
裏社会に生きる人間として『更識』の存在は知っていても、その当主である楯無と、その楯無の右腕にして将来の夫である夏月の容姿は知らなかったらしく、『子供だ』と侮っていた――が、それが命取りだった。
「生憎と、もう子供じゃねぇんだ俺達は……少なくとも、アンタ達の倍は人を殺してるからな。」
「恐らくだけど、私以上に人の壊し方を知っている人間はいないでしょうね。」
夏月達は一瞬で相手との間合いを詰め、夏月はアッパーカットで、楯無はアッパー掌打で夫々ターゲットの顎を打ち抜いて一撃でKOし、残る構成員はロラン達が捕縛して縛り上げて更識の拷問部屋送りとなった。
「子供の頃から麻薬を国内にばら撒くアンタ達の事は嫌いだった……もう、十分なレベルで人の人生奪って私腹を肥やしたでしょ?……だからもう、アンタは此処で死ぬべきなんだよ!」
同刻、単身ブラジルに渡ったグリフィンは、『ヘルドラッガー』の本部を強襲し、たった一人でヘルドラッガーの本部を壊滅状態に陥らせ、ヘルドラッガーの総裁を追い込んでいた。
ブラジルは南米でも麻薬の密売が多い場所であり、グリフィンも幼いころから麻薬によって人生が破滅した大人を何人も見ており麻薬と言うモノに対しては人一倍嫌悪感を抱いているのだ――単身でブラジルに乗り込んだのも『自国の汚点は自分の手で片付ける』との思いからだ。
そんなグリフィンによってヘルドラッガー構成員は全員が死んではいないが再起不能の状態となっており、中にはグリフィンによって関節を逆に曲げられた者すら存在しているのだ。
護衛を全て片付けた後はヘルドラッガーの総帥に対し、グリフィンは一足飛びからの前蹴りで総裁に片膝をつかせると、其処から間髪入れずのシャイニングウィザードを叩き込んでKOし、其れを担いで専用機を起動するとそのまま日本に向かい、更識邸に到着するとヘルドラッガーのボスを拷問室に投げ入れる。
拷問室内には既に手足を縛られて磔にされている複数の人間が存在していた――ヘルドラッガーのメンバーのみならず、法の裁きを逃れてのうのうと生きている人物が其処には存在していたのだ。
「簡単には殺さないわ……精々、生きている事を後悔しなさい!」
「簡単には殺さねぇが、それでもまだまだ足りないぜ……テメェ等がぶっ壊した人様の人生の重さを感じろ!」
主犯格はほぼ逮捕され、此れから拷問が始まるのだが、此度楯無が選んだのはターゲットに致死量にならないギリギリの量のドラッグを注射すると言うモノだった――致死量の一歩手前のドラッグを注射された事でターゲットたちはあっと言う間に麻薬中毒者になったのだが、麻薬中毒者になってからが此の拷問の真骨頂だ。
麻薬中毒者にとって最も辛いのは麻薬の効果が切れた際の禁断症状であり、禁断症状が出た際に再度麻薬を使う事で症状が治まり更に麻薬に依存する事で負のスパイラルが起きるのだが、此の拷問では麻薬の禁断症状が現れたら発狂するギリギリまで放置した上でドラッグを投与し、そしてまた禁断症状が現れたらギリギリまで放置するを繰り返した末に麻薬中毒で命を落とすと言う苦しみが長く続くモノだったのだ……其れだけ、国内での麻薬密売は重罪なのである。
「そう言えばヴィシュヌ、タイって麻薬に厳しかったよな?」
「厳しいですね……所持していただけでも懲役十年は間違いないですから。」
「厳しいが、麻薬撲滅をマジで考えるなら、其れ位の事は必要かもな。」
ヘルドラッガーを壊滅させて拷問をブチかました後、夏月達は更識の指令室に集まった。
「俺達を態々集めるとは、愚弟達に関して何か分かったのか束さん?」
「まぁ、そんなところだね。
かんちゃんが手伝ってくれたからこそ判明したんだけどさ――アイツ等は、絶対天敵の本拠地だった場所を自分達の拠点にしてんね……そんでもって、其れだけじゃなく自分達の子供を増やしてんね?
人工授精と発育促進機能付きの人工子宮を使って兵隊を量産してんね此れは♪」
「アイツ等同士の遺伝子でか?
其れだと人工授精とは言え近親相姦になるんじゃねぇの?」
「ん~っとね、そうじゃないのだよダーちゃん。
あいつ等が拉致ったプロ選手二人を生命維持が可能な状態にして排卵誘発剤使って卵子を大量に採取して、其れを使ってるみたいだね……あの二人は完全な卵子提供装置にされちゃってる訳さ。
最悪の場合、脳味噌も弄られて生存本能のみを残されてあとは壊されてるかもしれない……まぁ、それでも生きて連れて帰って来てくれれば治す事は出来るけど、IS操縦者としては再起出来ないかもね。」
「最悪だな其れは……伊織さんとの約束、果たせなくなっちまった訳か……」
「まぁ、そっちの方は出来るだけ手を尽くしてみるから彼女達は生きて連れて帰ってくれだね。」
其処では新織斑達の拠点が何処であるのかと言う事と、新織斑達が人工授精と発育促進機を使って戦力を増強している事が明らかとなった。
発育促進機による増員はプロの世界に氷雨と黒羽の偽物が現れた事で既に分かっていたが、あの時の攪乱のみならず戦力の底上げをしていたと言うのは少しばかり驚かされたようだった。
加えて氷雨と黒羽が『卵細胞提供者』としてのみ存在しているというのも何とも胸糞の悪い話だった――新織斑達にとって自分達以外の存在は、人ではなく自分達の道具だと思っているのだから。
「束博士、現状の彼等の戦力は如何程かしら?」
「正確な数は分からないけど、少なくとも百人は下らないと思うよたっちゃん。
でもって連中だって馬鹿じゃないからかっ君達に全ての戦力を注ぐ事はしない筈さ……ほぼ間違いなくIS学園にも戦力を向けるだろうね。」
新織斑達の戦力はドレだけ低く見積もっても百人は下らないと言うのが束の見解であり、それだけの人数があれば全てを夏月達に回さず、半分はIS学園を襲撃する事だろう。
IS学園には秋五組と教師部隊が居るので対応は可能だろうが、殺しの経験のない秋五達では殺しに来る相手に対しては一抹の不安があるのは否めないだろう。
「……義母さんと秋姉にIS学園に残ってもらうか。其れなら大丈夫だろ。」
「ふむ、確かにお義母様とオータム女史なら実力的には申し分ないが、果たして二人で対応出来るだろうか?」
「其れは大丈夫だと思うぜロラン……つか、ぶっちゃけ義母さんと秋姉が負ける姿が想像出来ねぇっての。
亡国機業の実働部隊の隊長とナンバー2だし、こと殺しに関しては俺達とは年季が違うからな……何より義母さんはある意味でサイボーグだから簡単に死なねぇし、秋姉は流血するとアドレナリンがドバドバ出て超強くなるから問題ない。
寧ろ秋姉に関しては流血してからが本番だから。」
「オータムさん、ベジータの『わがままの極意』もビックリのドMゾンビ戦法。」
なので学園にはスコールとオータムが残る事になった。
兵器として生み出された新織斑達に対して二人で足りるのかとも思うだろうが、スコールは元更識のトップエージェントであり、現在は亡国機業の実働部隊の隊長であり、白騎士事件の際に失った右腕と左足を機械化して居るだけでなく、頭蓋骨をカーボネイドタングステン製のモノと置き換え、心臓を同素材のプレートで心臓の運動を阻害しない形で覆っているので限りなく『殺されない存在』に近い存在となっているのだ。
オータムは生身の人間だが、オータムの頑丈さは折り紙付きであり、コンクリートブロックで頭を殴られて流血はしても『痛ぇじゃねぇかこの野郎!』で済むレベルなのだ……更に血を見たら戦闘本能が刺激されて強くなるのだから多少のダメージは寧ろアドバンテージとなるのだ。
「そんじゃ、愚弟達の本拠地が明らかになったところで乗り込むとするか……ってところなんだが、アイツ等は本拠地と占拠した国際IS委員会本部のどっちに居るんだ束さん?」
「んっとね、国際IS委員会の本部だね。
委員会の本部はIS学園と同様に何処の国の所有でもない無人島に建てられて、そんでもって常駐する委員が生活出来るようにインフラが整備されてるから海底洞窟よりも遥かに過ごしやすいかだろうから、此れは当然かな。」
「なら、向かうべきはIS委員会の本部ね。」
そして夏月達が向かうのは新織斑達の拠点ではなく国際IS委員会の本部――新織斑達によって占拠されてしまった場所だった。
だがIS委員会の本部は設備が整っており、インフラも充実しているので海底の地下洞窟を改造した拠点よりも遥かに過ごしやすいので、其処に居留まるのは当然と言えば当然だろう。
そうして夏月組は束が新たに開発した超高速輸送船『コスモ・ソニック』に乗り込むと、一路国際IS委員会本部に向けて驀進!
その道中で……
「かっ君……うぅん、ちょっといいかないっ君?」
「束さん?……俺はもう『いっ君』じゃないぜ?」
「其れは分かってる……だからこれが最後……私はね、君の事が好きだった……君が初恋の人だったんだよいっ君。」
言うが早いか束は夏月の唇を奪った。
「えっへへ~~……束さんのファーストキス、確かに君にあげたよいっ君!」
「束さん……」
「私の初恋は此れにて清算!
だから此処からはかっ君達のサポートを全力で行うよ……私が惚れたいっ君はもういないけど、いっ君への愛をかっ君のサポートに全振りするぜい!」
「恋愛に関しては不器用なんだな束さん。」
束の思いを聞いた夏月は其の不器用さに苦笑いしつつも束を抱きしめた――
「かっ君……あはは、いつの間にか君の身体は私が安心できるほどに大きくなっていたんだね……うん、行ってらっしゃいかっ君。
必ず生きて帰って来てね?」
「言われるまでもねぇよ束さん……全員で生きて帰る、其れが俺達のポリシーだからな!」
「だよね……そんじゃ、かっ君達が戻って来た時の祝勝パーティの会場を抑えとくよ――だから、一人も欠けずに戻って来てね!」
「あぁ、約束するぜ!全部終わらせて来るよ……クソッタレ共を全員細胞の欠片も残らないレベルでぶち殺してな!」
夏月が絶対帰還宣言をしたと同時に飛空艇は出発し、夏月組は一路国際IS委員会の本部へと向かい――そして同じタイミングで国際IS委員会の本部からは複数のISが出撃していた。
最終決戦のカウントダウンが少しずつだが確実に行われるのであった――!
To Be Continued 
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