一時的にバルトフェルド隊の一員となっていたアスラン達には此の日、バルトフェルドの計らいで休暇が言い渡されていた――慣れない地球の重力下での生活に些か疲れただろうと思ったバルトフェルドが直々に休暇を与えたのだ。
アークエンジェルとの交戦中に休暇を言い渡すとは普通ならばあり得ない事なのだが、バルトフェルドは『アークエンジェルの部隊はレジスタンスと共に砂漠下での作戦を立ててくる』と予測し、其れは一朝一夕では成しえないモノだと考えたのでアスラン達に休暇を言い渡したのだ。


「この局面で彼等に休暇を言い渡すとは……中々に大胆な一手だなバルトフェルド隊長?」

「こんな局面だからこその休暇だクルーゼ隊長――こいつは俺の持論だが、休める時に確りと休んでこそ人は必要な時に最高のパフォーマンスを発揮出来るんじゃないかと思ってるんでね。
 このタイミングでの休暇は俺は良い手を打ったと自負してるぜ?……そんでもって、チェックメイトだ。」

「む?うぅむ……此れは参った、降参だ。よもや私がギル以外にチェスで負けるとは思わなかったが……中々に知恵も回るようだねバルトフェルド隊長?」

「知恵が回らなくては隊長は務まらんでしょうクルーゼ隊長?」

「ククク……違いない。」


基地ではバルトフェルドとラウがチェスの勝負をしており、今回はバルトフェルドに軍配が上がったようだ。

一方で休暇を貰ったクルーゼ隊の面々は思い思いに過ごしており、アスランは婚約者であるラクスと久しぶりに連絡を取っていた――地球とプラントは宇宙を隔てて居るので、通信にはタイムラグが生じてしまうのだが、それは致し方ないだろう。
イチカとキラによってラクスがクルーゼ隊の艦隊へと帰されて以来となる会話だったが思いのほか話は弾んでいた――親同士が決めたとは言え、アスランとラクスは互いに恋愛感情があるかと聞かれたら『ある』とは言い難いが、少なくとも交際、そして将来的に結婚しても良いと思える程度の感情は持っているのである。
そんな久しぶりの会話の中で、ラクスから『嘗て貴方が彼……キラにプレゼントした鳥のロボット、彼は今も大切に持っていましたわ。』と聞かされ、アスランはなんともやるせない気持ちになってしまった。
嘗ての親友が今も六年前に別れる際にプレゼントしたモノを大切に持っていてくれるのは嬉しい事だが、その親友は今は敵軍の兵士、しかも自分と同じモビルスーツのパイロットとして自分達と戦っているのだ……もしも同じ立場になればアスランでなくともやるせない気持ちになるだろう。


「久しぶりの休暇と言う事で出かけたくなる気持ちは分からんでもないし、外出先もザフトの基地があるバナディーヤの街なのだから大丈夫とは思うが、先日バルトフェルド隊長がゲリラに襲撃されたとも聞いた……貴様等姉妹だけで大丈夫か?」

「心配いらないイザーク。
 お姉ちゃんは生身でも十分強いし、私も護身用に魔改造した『テーザーガン』持ってるから。」

「……因みにその魔改造したテーザーガンの威力は如何程か聞いても良いかカンザシ?」

「アンペア数は通常の十分の一にしたけど、ボルト数は通常よりも遥かに引き上げた十万ボルト……命中した瞬間に電流爆破で『やなかんじ~~』確定。」

「あら、其れはとっても素敵♪」

「外れた場合の被害がデカすぎるわ馬鹿者ぉ!」


一方、サラシキ姉妹はバナディーヤの街に繰り出そうとしており、イザークは二人の身を案じていたのだが、カンザシがシャレにならない魔改造品を装備している事が判明し、其れが外れたら大惨事になると言う事で、もしもの際にカンザシが魔改造テーザーガンを使わなくても済むようにイザークが同行する事になったのだった。



そして同じ頃、プラントの最高評議会では『戦争の継続か共存か』の激論が……言葉による戦いが行われていた。
アスランの父である『パトリック・ザラ』は最高評議会の中でも『ナチュラル許すまじ』の感情が特に大きい『強硬派』に属しており、地球への一大降下強襲『オペレーション・スピットブレイク』を発動させんとの姿勢を貫きながらも、しかしラクスの父でありナチュラルとの共存の道を目指す『穏健派』のリーダーであり最高評議会の現議長である『シーゲル・クライン』は、強硬派の意見を聞きつつも彼等を思い留まらせて平和の道を歩む方法はないかと苦悩し、此の場は何とか強硬派を思い留まらせる事にギリギリで成功していた。
だが、この時既にパトリックは極秘裏に次の一手を考えており、連合から強奪した『G兵器』のスペックデータ、搭載武装とPS装甲のデータから、新たなモビルスーツの開発に着手していたのである。
同時に、彼からすれば『腰抜け』でしかない『穏健派』を最高評議会から排除する作戦も、着々と進行しているのであった。










機動戦士ガンダムSEED INFINITY PHASE20
『穏やかな日に~Time in the desert~』










一方でアークエンジェルはと言うと……


「少しばかり味は薄いが、ソースをかけて食べるなら問題ないか……ジャガイモの潰し方に荒い部分はあるモノの、其れは異なる食感を楽しむって事で容認出来るから、此のコロッケは合格だフレイ。」

「いよっしゃ~~~!!」


フレイがイチカによる料理修行に於いて初めて『合格』を貰っていた。
イチカとしては可成り甘めの評価ではあるのだが、『コショーを入れすぎた真っ黒なハンバーグらしきモノ』や、『言峰麻婆すら序の口に思える此の世のモノとは思えない辛さの麻婆豆腐』を作っていた頃から比べたら、『無理せずに食べられるモノ』を作れるようになったのは大きな進歩と言えるだろう。
まだまだ道は長そうだが、フレイはイチカの指導の下に着実にスキルアップしているようだった。

フレイの料理指導を終えたイチカはキラと共に砂漠のレジスタンス組織『明けの砂漠』とアークエンジェルクルーによる作戦会議に参加していた。
アークエンジェルとしても此の砂漠地帯を何とか抜けてアラスカに到達したいのが本心であり、『砂漠の虎』の突破はレジスタンスとの利害が一致するのでこうして協力関係にあるのだ。


「俺とキラが出るとしてもモビルスーツの数では向こうに分がある。
 あの四つ足型のモビルスーツにはPS装甲こそないが、砂漠みたいな極地戦闘では二足歩行の人型よりも機動力は上だ……数で劣る俺達は、可成り不利な戦いになるのは間違いなさそうだぜ。」

「普通ならばそうなのだが、我々が仕掛けた地雷原に砂漠の虎の部隊を誘導出来たとしたら如何だろう……それでも、不利なのかな?」


数の上ではこの地域に限ればザフトの方が上であり、如何にイチカとキラがモビルスーツパイロットとして特出した技量を有していたとしても、同時に複数の敵を攻撃する方法がなければ、バクゥの群れには少しばかり苦戦を強いられることだろう。
だが、レジスタンスが仕掛けた地雷原にバルトフェルドの部隊を誘導する事が出来れば御の字と言えるだろう――PS装甲を持たないバクゥには、地雷の爆発は可成りのダメージになるのだから。


「ビャクシキとストライクなら地雷原でもPS装甲があるから普通に戦う事が出来るのかも知れないが……地雷原にザフトの連中を誘導するのが最良ではないと思うぜ?
 向こうにも連合から強奪した機体がある筈だ……となれば地雷による攻撃は機体エネルギーを削る事は出来るがほぼ無効になっちまうからな……と言うかそもそもザフトの連中をどうやって地雷原に誘導する心算なんだレジスタンスの皆さんは?」

「武装した装甲車とジープでザフトの基地に攻撃を仕掛けて連中を出撃させて、そして誘導する。
 此方から攻撃すれば応戦してくるのは先の戦闘で分かり切っている事だから、今回は其れを利用する……地雷原に誘導するだけならば、逃げ切るのも難しい事ではないだろう。」

「いやぁ、そいつは如何だろうな?
 ジープや装甲車は小回りが利くが、機動力じゃ砂漠地に特化したモビルスーツの方が上だろう?……地雷原までの誘導とは言え、そっちに出る犠牲者は決して少なくないと思うんだが……」

「それでも、誘導役が我々にしか出来ないのであればやる以外に選択肢はない……目的を達成するための犠牲は仕方のない事でもあるだろう。」


だが其れも、クルーゼ隊のモビルスーツが出てきたら話は別だ。
クルーゼ隊の赤服達が搭乗するモビルスーツは連合から強奪した機体であり、ビャクシキやストライクと同様に『物理攻撃無効』のPS装甲が搭載されているので地雷での攻撃はほぼ無効にされてしまう上に、バックパックを搭載したグラディエーターとモビルアーマー形態になったイージスは飛行が可能なのでそもそも地雷は意味をなさない。
無論、重力下の局地戦経験のない彼等をバルトフェルドが出撃させない可能性もなくはないが、『出てくる事』を前提に考えた場合は此の作戦は効果が半減してしまうだろう――何よりも、誘導役をレジスタンスのメンバーが行うと言うのがそもそも無謀である。
小回りが利くジープや装甲車であればモビルスーツからの攻撃を避けながら逃げる事も出来なくはないかもしれないが、機動力では砂漠地に特化したモビルスーツであるバクゥの方が上であり、更に数で攻められたら攻撃を全て回避するのは不可能なので、レジスタンス側に出る犠牲者の数は決して少なくないのである。
ムウも此の作戦で出る犠牲者の多さを気遣ったが、レジスタンスの決意は固く折れそうにはなかった。


「……決意は固いか。
 なら、その作戦でやってみるか……成功すれば御の字ってところだけどな。」

「イチカ、其れで良いの?」

「良いもなにも、俺達が何を言ったところでレジスタンスの皆さんの意見が変わりそうにはないからな……なら、その作戦でやるだけやってみるさ。ダメだったその時は、まぁ現場で対処するしかなさそうだけどな。」

「ま、結局のところそいつがベターかもな。」


『必要な犠牲』を受け入れているレジスタンスにこれ以上は何を言っても意味はないと、現役軍人であるイチカとムウは判断し、アークエンジェルの艦長であるマリューもまた『現状では其れ以外の作戦はない』との事で、此の作戦を行う事を決断していた。


「イチカ、本当にこれで良かったのかな?」

「良かったとは言い難いかもだぜキラ。
 だが、あそこで何を言ったところでレジスタンスの連中は意見を変えないさ……こんな事を言ったらアレだが、レジスタンスってのはある意味で己に酔ってる連中が少なくない。
 大勢に対して反抗している事がステータスになってるところがあるからな……ザフトの報復攻撃に対する無謀な反撃による無意味な犠牲は本当に無意味な犠牲になっちまった訳だけどよ。」

「……そう言われると、其れはなんとも遣る瀬無い気持ちだね。」

「此れもまた戦争ってモノだからこそなんだろうけどな……ったく、なんだって戦争なんて事をするのかねぇ?戦争で得をするのは兵器を製造してる企業だけなのにな。」

「本当になんで戦争なんてするんだろうね……」


レジスタンスが提唱した作戦が無謀な事は分かっていても、其れを変える事が出来ない以上は、その作戦を行った上で犠牲者を最小限に留める事が重要となるのは間違いないので、イチカもキラもそのように立ち回るだけだ。
その後、キラは自室に戻り、其処にはフレイが待っていたので暫し恋人同士の時間を過ごし、イチカは大胆にも一人でバナディーヤの街の市場に出掛け、昨日買い逃した此の地域でしか採れない貴重な『岩塩』を購入していた。


「……?」


その際にすれ違った青髪の少女達に、何かを感じたイチカだったが、振り返った時には少女達は雑踏に紛れて見えなくなってしまっていた――そして、その青髪の少女達……カタナとカンザシのサラシキ姉妹の内、カタナもまたイチカとすれ違った時に何かを感じ取っていた。
振り返ったその時には、イチカの姿は雑踏の向こうにあったので確認する事は出来なかったのだが。


「お姉ちゃん、どうかした?」

「何か気になる事でもあったかカタナ?」

「ううん、何でもないわカンザシちゃん、イザーク……」


イチカもカタナも何かを感じながらも互いにその存在を認識するには至らなかったが、其れでもその存在を感じ取ったと言うのは決して小さな事ではないだろう――其れがこの先の戦局にどのような影響を与えるのかは分からないが。

ともあれ、アークエンジェルもバルトフェルドの部隊も次なる戦闘に向けての準備は着実に進んでおり、砂漠での最終決戦は秒読み段階に入ったのだった。








 To Be Continued