Side:イルジオン


改造用のドーム付きベッドに入った元ゴーストの隊員達と一秋と散と織斑シリーズ、そして適当に拉致って来た代表候補生の成れの果て――そして、コ
イツ等に次々と強化プログラムをインストールして行く教授……まぁ何時もの光景なんだが、今更かもしれないが一つ聞いて良いか教授?



「何かねイルジオン?」

「如何して、元ゴーストの隊員達や、適当に拉致った代表候補生の成れの果ての様に、一秋と散と織斑シリーズの自我を消さないんだ?アイツ等は自我
 が強くて、それだけに少し使い辛いと思うのだがな?」

「うむ、其れは確かに其の通りだ。
 だが、彼等の力の源になっているのは一秋君と織斑シリーズは蓮杖一夏君への、散君は篠ノ之箒君への憎悪、憤怒と言った負の感情だから、自我を
 奪ってしまうと、その感情もなくなってしまうから極端に弱体化してしまうのだよ。
 負の感情が与える力の大きさは、君も知っているだろうイルジオン?」

「それは、まぁな。」

憎悪とまでは行かなくとも、私がオリジナルに抱いているのは『お前がいなければ』と言う、一種の羨望に近い感情だが、其処には少なからず憎悪や憤
怒と言った負の感情があるのは否定しないさ。
だが、負の感情が力の源であっても、蓮杖一夏と篠ノ之箒は、一秋と散を速攻で撃滅して見せた……正直な事を言うのならば、ドレだけの強化を施した
所で、一秋と散は蓮杖一夏と篠ノ之箒には勝てないよ。



「確かにそうかも知れないが、この間の事で期せずして蓮杖一夏君と篠ノ之箒君の格闘戦のデータを取る事が出来たから、其れをインストールしてやれ
 ば能力は向上するだろう。
 そして、負の感情を極限まで高めてやれば、潜在能力の解放にも役に立つからね……最終的に、彼等がどうなってしまうのかとても楽しみで仕方ない
 と言った感じだよ。」

「人の命ですら、数で数えるか……外道が。」

世間では篠ノ之束が『天災』と言われているようだが、私に言わせて貰うならば、篠ノ之束以上にお前は天災だよ教授……きっとこの先、何百年経って
もお前以上の外道は現れないと、そう断言できるからね。



「外道か……其れは、私にとって最高の褒め言葉だよイルジオン!」

「褒めてはいないがな。」

まぁ良い。そいつ等が私とオリジナルの戦いを邪魔しないと言う事が徹底されるのならば、私は何も言わんよ――だが、私とオリジナルの戦いに下らない
横槍を入れてきたその時は、私がお前を殺すから、その心算で居ろよ教授?



「ククク、其れは怖いね?肝に銘じておこう。」

「うすら笑いを浮かべて怖いと宣うな……お前の顔の方が怖いわ。」

こう言ったら何だが、お前の顔には『外道』『悪役』と言ったモノが此れでもかと言う位に張り付いているからな……本当に、お前はこの世の悪が集まった
存在なのではないかと疑ってしまう。


……案外、其れは間違ってないのかもな。










Infinite Breakers Break106
冬休み突入!色々とアレだぜ!』









Side:夏姫


季節は進んで今は十二月……真冬に突入だ。
IS学園の制服にはある程度の改造が認められているから、個性的な制服の生徒も居るんだが、流石に此処まで冷えて来ると防寒装備が増えて来たよ
うに思う……マフラーやコートを纏った生徒の姿がちらほら見えるからな。
で、アタシと刀奈もへそ出しに改造した制服から、通常の制服にチェンジだ……女の子はお腹を冷やすのは駄目みたいだからね。

さて、十二月と言うのは二学期の最後の月であって、最後の月となると待っているのが、そう、学期末試験だ――レギオンの面々は試験はマッタク以て
余裕だから何も問題はないんだが、一般生徒に関してはその限りではない事もある。
普通の高校で習う一般教科は兎も角、ISに関しては専門用語が多いせいで、他の教科よりも難易度が跳ね上がってるからね……だが其れも、各クラス
に居る国家代表候補生なんかに教えを請えばどうにかなるレベルではある。

だから、ちゃんと普段から勉強していれば苦労する事はないんだ、普通ならな。



「お姉ちゃん、此れどうやって解くの!?」

「あぁ、もう何なのよこの漢字だらけの文章は!
 日本語習得するので手一杯だったアタシ等にこんな物読める訳ないでしょうが!カナダ人舐めんな!!」



そう、『普通』ならばな。
其の普通に該当しないのが、目の前でアタシ達に現在進行形で勉強を教わってるファニールとオニールのコメット姉妹。恐らくは世界最年少の国家代表
候補生にして専用機持ち。そして地元カナダは勿論、それ以外の国でも人気絶頂の双子アイドルだ。
ISの操縦技術の高さと国民的なアイドルと言う事で、カナダが半ば広告塔も兼ねてIS学園に編入させて来た訳だが、コメット姉妹は本来ならば小学生…
…中学レベルの問題ならばなんとか解けるみたいだが、中学と高校ではレベルが違う上に、IS学園は世間で進学校と言われている高校と比べても偏差
値が高い。
なので、『頭のいい小学生』レベルでは如何したって学業で遅れを取ってしまうのは仕方ない……其れでも、学業に専念していればある程度は対応出来
たのかもしれないが、アイドル業とISの訓練と学業の三本立てを全て熟せと言うのは可成り無理がある――ので、ISの訓練とアイドル業と比べて学業の
方は少し疎かになってしまったのだろうね。
カナダ政府には『学業のレベルを上げてから飛び級編入させろ』と言いたい所だが、双子が言うには『普段の授業は理解出来るけど、試験になるとマッタ
ク全然分からない』との事……要するに、授業では表面上は理解しているモノの、試験でその理解度を測ろうとすると深層まで理解出来てないから駄目
と言う事なのだろうな。
まぁ、其処で素直にアタシ達に勉強を教えて欲しいと頼んでくるのは良い判断だと思うね……双子の勉強を見てるのは、アタシと刀奈、簪と虚さん、マリア
と静寐だ。
アタシと刀奈と虚さんは各学年でトップの成績で、マリアと静寐と簪も一年の中ではベスト5に入る成績優秀者だから、教師役としては最適だろう。

「此れはだな、Xの値が○でYの値に×を入れてやるんだ。そうなると『物凄く難しい数学の問題の式やら何やらをとっても分かり易く説明中』で、導き出さ
 れる答えは『唐揚げに勝手にレモンを掛けるエルフの剣士を滅びの爆裂疾風弾で抹殺する青眼の白龍』になる訳だ。」

「成程……となると、次の問題の答えはあーしてこうして……『ブラック会社の闇に従う者を救済するゾンビマスター』になる訳だね。」

「……答えは合ってる筈なのに、何故かそう聞こえないのが不思議でならないわね。」

「アタシも正答を口にしている筈なのに、大凡正答ではない事を言ってる気がするんだけど、其れについては気にするだけ徒労だから、気にするな。」

「そうね、其れが良いと思うわ。」



そうしてくれ。
その後もアタシ達による双子の為の勉強会は試験の前日まで続いたのだが、アタシ達が思っていた以上に双子の学習能力は高かったな?理解度が浅
かったのは、単純に普段の授業では時間が足りなかっただけらしいな。
曜日毎に科目を決めてみっちりと教えてやったら、少なくとも平均点は取れるレベルになっていたからね――その影響でアイドル業の方が疎かになって
しまったが、国民的アイドルにして国家代表候補生が落第とかの方がシャレにならないから、其処は仕方ないと言うしかないだろう。
幸いにしてファンの方々は、双子が直々にSNSで『試験に向けて絶賛勉強中です!』って発信した事もあって、逆に『試験頑張ってね!』的な応援メッセ
ージを送ってくれる人が多くて、アンチに回ったのは極少数だったとか……応援してくれた方々こそが真のファンだな。

で、試験の結果は一年に限って言うなら、一位から十位まではレギオンのメンバーが独占すると言うある意味でのお約束な結果――双子は頑張った甲
斐もあって三十位以内に名を連ねる事になったな。
二年では相変わらず刀奈が無双、三年では虚さん、グリフィン、ベルベットがトップ3だな。

で、試験結果が発表された日の放課後、何時もの様に生徒会室で生徒会の仕事に勤しんでる訳なんだが……



「夏姫、冬休みになったら私と一緒に更識の家に来てくれないかしら?」



刀奈からこんな事を言われた。
更識の家に行くのは別に構わないんだが、如何してアタシが更識の家に行く必要があるんだ?更識と亡国企業は協力関係にあるのだから、アタシの事
だって既に知っているだろう?
態々改めてアタシが行く必要は無いと思うんだがな?



「其れはそうだけど、お父様とお母様に、夏姫の事を私の恋人としてちゃんと紹介したいのよ。
 夏休みの時は、夏姫が御両親と弟君に私の事を紹介してくれたけど、私は貴女との関係を簪ちゃん以外の家族には知らせてないからね――だから冬
 休みを利用して紹介しておこうかと思って。」

「成程、そう言う事か。」

夏休みの時に、家族の墓参りに刀奈も同行して貰って、其処で家族の墓前に刀奈の事を報告したが、刀奈がアタシの事を簪以外の家族に紹介した事は
なかったから、確かに冬休みを使うのは良いかも知れないね。
だが刀奈、アタシの場合は墓前への報告だったが、お前の両親は健在なのだろう?……娘が同性の恋人を連れて来たとなれば、相当に驚くんじゃない
かと思うんだが、その辺は大丈夫なのか?



「其れに関しては大丈夫よ。
 電話越しではあるけど『彼女が出来た』とは言ってあるから……まぁ、お父様は可成り驚いていたけどね。」

「普通は驚いて然りだからな。」

世界は大分『GLBT』に寛容になって来たとは言え、未だに同性愛に対する偏見は根強いから、自分の娘がレズビアンだったと言う事を知った親の衝撃
は計り知れないだろうな――まぁ、刀奈の場合はレズではなくバイなのだが。
まぁ、其れは其れとして、更識の家に行くのは了解したよ刀奈。アタシも、お前の両親には何れ挨拶に伺わねばならないと思っていたから、ある意味では
渡りに船だったよ。



「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ♪」

「大事な彼女の頼みをむげに断る事は出来ないからな。」

「……このおっぱいの付いたイケメンめ。
 何だって貴女はそう言う事がサラッと言えるのよ?普通だったら、もう少し戸惑うとか、照れるとかそう言った事をするモノだと思うのだけれどね?」

「何故だろうな?……或は此れもアタシが作られた存在だからなのかも知れないな?
 打算や思惑なんて物がなくても相手を魅了してしまう事が出来るように調整されていたと考えれば、こう言ったセリフが自然と出てくるのも納得出来る。
 最高の人間を作ると言う計画の最高傑作らしいからなアタシは。」

「はいはい、そう言う事言わないの。
 夏姫は確かに『プロジェクト・スーパーヒューマン』って言う狂気のプロジェクトで生まれた存在だけど、貴方の性格と人格は蓮杖家での日常で育まれた
 モノなのだから、其処にプロジェクトの彼是が入り込む余地は無いわ。
 そのイケメン女子発言は、貴女が自分で会得したモノよ夏姫。」



アタシ自身が会得したモノ――プロジェクト・スーパーヒューマンとは無関係だと言う事か……そう言ってくれるのは素直に嬉しいよ刀奈。
自分が何者であるのかを知ったあの日から、アタシは自分の力はプロジェクトによって植え付けられたモノで、アタシ自身のモノではないのではないかと
心のどこかで思っていた部分が少なからずからね。

「其れは其れとして、刀奈……今更かもしれないが、生徒会室で何て格好をしてるんだお前は?」

「うふふ、見たまんまのネコミミメイドよ♪如何かしら夏姫?」

「抜けるような白い肌に、黒のゴスロリメイド服のコントラストが素晴らしいな。ネコミミもとっても可愛くて……って、そうじゃないだろアタシ!!」



――バッキィィィィィ!!



「え?ちょ、思いっきり自分の顔面を殴って、大丈夫なの夏姫!?」

「大丈夫だ、問題ない。」

「いや、問題ありありよ!
 プロレスの流血試合並みにおでこから血が出てるじゃないの!一体どれだけの力で殴ったって言うのよ……切り傷じゃないから痕が残る事は無いと思
 けど、女の子が顔を傷つけるって言うのは絶対にタブーだから二度とやっちゃダメよ?お姉さんとのお約束!」

「……分かった。肝に銘じておく。」

煩悩退散の為に自分に顔面パンチをかましたのだが、その時に軽く額を切ってしまったらしく、見事に流血してしまった訳か――まぁ、此れ位は大した事
ではないから気にするだけ無駄だと思ったが、刀奈に女の子の顔に傷をつけるのはタブーだと言われたら従うしかないな。
だが、こうでもしなかった場合確実にネコミミピコピコ弄った挙げ句に……その先は考えないようにしよう。そうしよう。

そう言えば思い出したんだが、お前の父上と言うのは先代の『楯無』になるんだよな?



「そうだけど、其れが如何かした?」

「いや、其れだとアタシの事は既に知ってるんじゃないのかなと。
 スーパーヒューマン計画を叩き潰して、既に誕生していたアタシを保護して蓮杖の家に預けたのは先代の楯無だったと束さんが言っていたからさ。」

「そう言えばそんな事言ってたわね?
 だけど、多分お父様は貴女は六年前に亡くなったと思ってるんじゃないかしら?」

「え?……あ、白騎士事件、か?」

「正解。
 流石にアレだけの事が起きちゃったから、お父様、と言うか更識の家は日本政府から被害が如何程か調べるように依頼されてたみたいなの。そうなる
 と、当然夏姫の家族がどうなったかは知ってる事になるわ。
 そして、夏姫を蓮杖家に預けたのがお父様なら、一人生き残った夏姫の事も可能な限り調べたとは思うけど、貴女は家族が亡くなった直ぐ後に貿易船
 に忍び込んでイギリスに行っちゃったんでしょ?
 如何にお父様であっても夏姫の為だけに更識の人員を使う事は出来ないから、集められるのは必要最低限の情報のみ……となると、お父様が知って
 るのは『蓮杖夏姫は蓮杖家で唯一の生存者だったが、その後失踪し、親族によって死亡届が出された』と言う事になるのよ。
 私も夏姫の事は未だ両親に話して居ないしね。」

「成程……だがそうなると、お前の父上はアタシを見たら驚くんじゃないのか?死んだと思っていた相手が目の前に現れた訳だからね?」

「まぁ、夏休みの時に言わなかったのは単純に驚かせたかったってのがあったんだけど、夏姫の出生なんかを知った後でも言わなかったのは、夏姫と会
 ったらどんな反応するのか見たかっただけだから、良い反応をしてくれるのを期待しているわ♪」

「お前、親をからかうなよ?」

「からかってないわ。おちょくってるのよ。」

「なお悪いわ。」

「冗談よ♪
 此れはアレよ、楯無の名を継いだにも係わらず、未だに私の事を子供扱いする事のあるお父様に対してのちょっとした仕返しの悪戯みたいなモノね。」



娘から父親に対する悪戯、ね。
其れ位ならばアタシにも覚えがあるから強くは言えないな……まぁ、先代の楯無だった人が、刀奈の思った通りの反応をするかどうかわからないけどな。
時に刀奈さっきから凄く気になってるんだが、そのネコミミなんか動いてないか?



「此れはね、中に小型マイクが仕込まれていて、周囲の音に反応して動くようになってるのよ。音に反応して動くって言うのが本物の猫っぽいでしょ?」

「凝った作りなんだな。」

「実は同じ機能を搭載した尻尾もあるんだけど、ちょっとスカートの上から装備出来ないから今日は見送ったのよ……あ、メイド服じゃなくて水着にすれば
 尻尾も搭載出来たわね?」

「止めろ、寮の部屋でなら兎も角、生徒会室で水着一丁なんて問題以外のナニモノでもない。」

新聞部にでもすっぱ抜かれたらどんなゴシップ記事を書かれるか分かったモノじゃないだろう?……だから、生徒会室でコスプレするのは良いから、肌の
露出が多いモノは出来るだけ控えてくれ。
水着は言語道断、露出の多いキャラクターもNG。特に『不知火舞』は絶対に不許可だ。



「マキシマムインパクトの2Pコスも駄目?」

「アレはまぁ、ギリギリOKか?だけど、尻尾の鈴とか重くないかアレだと?」

「そうね、動くたびに煩そうだし止めておいた方が賢明ね。」



そうしてくれ。
さて、そろそろ仕事を切り上げようか?この辺で終わりにしないと、トレーニングの時間が無くなってしまう――今日のトレーニングはISを使用しないフィジ
カルトレーニングだが、スパーリングでは手加減しないからな刀奈?
今日こそアタシが勝つ。



「あらあら、その言葉はそっくりそのまま返すわよ夏姫?今日こそ私が勝つわ。」

「どっちにしてもいい加減白黒ハッキリさせたいモノだわ……いままでのスパーリングは全部『時間切れ引き分け』か、『両者レフェリーストップ』という灰色
 決着だったからね。」

まぁ、其れだけアタシと刀奈の実力が拮抗していると言う事なのだろうけどね。
そして、その日のスパーリングの結果は……又しても一夏のレフェリーストップによって決着付かずだった――足四の字を極めたと思ったら、刀奈が強引
に反転した事で逆にアタシの足が極まり、今度はアタシが反転してと言うのを繰り返してたら、『これ以上はヤバいから!』と一夏が止めてね。
今回も決着付かずだったが、此れは仕方ない。もしも一夏が止めなかったら、アタシも刀奈も足がパンパンに腫れ上がって数日間は真面に歩く事も出来
なくなっていただろうからね。



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そんなこんなで終業式を終えてあっと言う間に冬休み。
冬休みも夏休み同様にアタシと一夏、鈴とマリアは織斑の家を使わせて貰う事になった……まぁ、略間違い無く冬休みは、此処がレギオンの本拠地にな
るだろうけどな。多分レギオンのメンバーは此処に来るだろうしね。
各国の代表候補は国には帰らずに日本で過ごすらしい――学園で過ごすのではなく、冬休みの間はクラスメイトの誰かの家に『ホームステイ』の形で滞
在するらしい。
国に帰らない理由は『日本のクリスマスを楽しみたいから』とか……何となくだが、クリスマスにはこの家にレギオンの面子+αが集まって、大人数での
クリスマスパーティをする事になるんじゃないかと思うわ。

さて、そんな冬休みの初日なんだが、アタシは現在刀奈と一緒に更識の家に向かってる――『迎えを寄越す』とは聞いていたが、まさかリムジンで迎えに
来るとは予想外だったよ。
そして、リムジンに乗って約十分、更識の家に到着……凄いな、門だけで今はないアタシの家と同じ位ある……そして、門の向こうにあったのはこれまた
大きな屋敷と立派な庭だ。
敷地内に鯉が泳ぐ池があるってドレだけ広いんだ更識の屋敷は?



「正確な事は分からないけど、お父様が言うには皇居に匹敵する大きさらしいわ。」

「OK、其れだけで更識が日本国にとってドレだけ重要な役割を果たしているのか理解した……お前が自由国籍取得してロシアの代表になったのも、ロシ
 アの機密情報を得る為だったりするのか?」

「其れは否定しないわ。
 主にロシアにとって不利になる情報を、だけどね。ロシアにとって不利になる情報を得る事が出来れば、日本は外交で優位に立てる――北方四島が返
 還されたのも、私が日本政府に所謂『ロシア疑惑』の真相を渡した事が功を奏しているしね。」

「……だからこそ、日本政府は更識には強く出れない訳か。更識の逆鱗に触れたら最後、政府は外交での苦戦を強いられる事になる訳だからな。」

「ま、そう言う事ね。
 武力を外交の切り札に出来ない日本にとっては、情報こそが最大の武器な訳だから、その最大の武器を扱ってる更識との関係が悪化するのは絶対に
 避けたい事なのよ。」



だろうな。
日本政府にとって更識は重要な戦力であると同時に生命線だからこそ、その扱いには慎重にならざるを得ない……もしも更識に反旗を翻されたら、其れ
こそ何が起きるか分からないからな……互いに微妙なバランスの上に成り立っているんだな日本政府と更識は。



「逆に更識も更識で政府に危険分子として『処分』されないように気を付けないといけないんだけどね。
 可成りギリギリだけど、互いに一線を超えなければ良い関係と言えるわ……まぁ、同性婚を認める法改正はどうやっても成立させて貰うけどね♪」

「笑顔で恐ろしい事を言うな。そして、その位では多少の無茶をしたところで政府が更識を潰す理由にはならないから通ってしまうのが予測できるのが若
 干否定出来ない。」

「同性婚が認められれば幸せになれる人が増えるから良いんじゃない?」

「物は言いようだな。」

そんな話をしている内に、屋敷の大広間に到着……この障子の向こうに刀奈の両親が居る訳か。



「お父様、お母様、戻りました……入っても?」

「うむ、構わんぞ刀奈。私も翠も簪も揃っておるからな。」

「はい――更識刀奈、只今戻りました。」



障子を開けた大広間には簪と、どことなく刀奈に似た女性と、蒼い髪を逆立てた厳つい顔の男性が――彼が、先代の『楯無』か。



「待っていたぞ刀奈……其れで、其方の方がお前が紹介したいと言っていた方かな?」

「はい、そうです。……夏姫。」

「あぁ。
 初めまして、と言うべきかな先代の更識楯無殿――アタシは蓮杖夏姫、刀奈と交際をさせて貰っている者だよ。」

「君が刀奈の言っていた彼女か。私は更識刀也、先代の楯無だ。
 それにしても蓮杖夏姫だと?……まさか、君はあの蓮杖夏姫君か?失踪して死亡届が出されていた筈だが、生きていたのか!?」



アタシは意外としぶとかったみたいでね……遺産目当ての親族に見切りをつけて、貿易船に乗り込んでイギリスに密航したんだよ――アタシが行方知れ
ずになった事で、クソッタレ共は勝手にアタシを殺したみたいだけどね。
だが、其れは其れとして先ずは礼を言わせてくれ……アタシを助けてくれてありがとう。貴方がアタシを助けて蓮杖の家に預けてくれなかったら、アタシは
今此処には居なかったからな。
アタシが存在出来ているのは貴方のおかげだ……本当にありがとう。



「礼など要らぬ……あの計画は潰すべき物だったが、だからと言って其れによって生まれた命には何の罪もないからね――だから、君は普通の人間とし
 て生きる権利があると思ったから蓮杖に託したのだ。
 尤も、蓮杖が白騎士事件で死ぬとは思ってなかったがね。」

「まぁ、其れは仕方ないと思う――誰が何時何処で死ぬかなんて言うのは閻魔大王にしか分からない事だからね。」

「ふむ、そう来たか……蓮杖の奴め、一体どんな教育をしたのか――私が言うのもなんだが、刀奈に負けず劣らずの人物の様だな君は?」

「刀奈以上かもしれないぞ?アタシは『最高の人間』らしいからね。」

「成程、君は自分の出生をも知っている訳か……其れでありながら、其れに悲観する事無く、其れを皮肉っぽく言う事も出来るか……大したモノだ。
 君を蓮杖に預けた私の判断は間違いではなかった様だな。蓮杖は君にとって最高の親だった……君と会って其れを改めて実感したよ。」



だろうな……アタシの父さんと母さんは世界で最高の父さんと母さんだったって、今でも胸を張って言う事が出来るからね。



「そうかそうか……夏姫君、今度家族の墓に案内してくれないかね?蓮杖の墓が何処にあるのか、調べても分からなかったのだよ。」

「其れは仕方ない……父さん達の墓は、郊外の墓地にあるからね――近い内に案内する。線香の一本でも上げてやってくれ。きっと父さん達も喜ぶ。」

「そうさせて貰おう。
 さて夏姫君、君は刀奈と交際しているとの事だが、其れは事実なのだね?」



あぁ、事実だよ刀也殿。
アタシも刀奈も女性ではあるが、交際している……貴方からしたら、娘が同性と付き合っていると言うのは衝撃的な事かもしれないが、アタシも刀奈も互
いの事を愛している。
其れこそ、その存在が居ない日常など考えられない位にな。



「お父様、お母様……私は夏姫を愛しています。
 其れだけは誰が何と言おうと覆る事はありません――更識の家の存続の事を考えれば悩むのも理解出来ますが、如何か私と夏姫の関係を認めて頂く
 事は出来ないでしょうか?」

「お父さん、お母さん、私からもお願い。
 お姉ちゃんは、楯無になってから、自分の事よりも更識の事を優先して来たから自分の幸せを可成り犠牲にして来た部分がある……そんなお姉ちゃん
 が見つけたのが夏姫なの……同性だけど、お姉ちゃんと夏姫はとってもお似合いだから認めて欲しい。
 何よりも、私は既に夏姫の事を『お義姉ちゃん』って呼んでるから、認めて貰わないと私は只の痛い子になっちゃう。」



簪、最後の最後で本音が駄々洩れになってるからな?
と言うか、其れはそんなに気にする事じゃないだろ?アタシの事を『姉』呼ばわりするのはお前だけじゃない――アタシが認識してるだけで、鈴と箒、乱と
ファニール、マドカにラウラだからな……アタシの予想通り、鈴がアタシの事を『夏姫義姉さん』と呼び始めた途端に、箒もアタシの事を『義姉さん』と呼ぶ様
になったからね……本当に妹が多いなアタシは。



「刀奈も簪も面をあげよ……私も翠も刀奈と夏姫君の交際に反対する心算は無いが、矢張り更識の跡継ぎの懸念はある。
 刀奈以前にも女性の楯無は存在したが、その時は婿を取っていたのだが、女性の楯無の相手が女性となると、養子を迎え入れる以外に跡継ぎを得る
 方法がない……だが、其れでは純粋な更識の血を絶やす事になってしまうからな。
 其れが解決できれば何の問題も無いが――」

「そう言う事なら、私に任せなっさい!!!」



――ドッガァァァァン!!



束さん?何処から湧いたんですか貴女は?ってか、普通に床を昇龍拳でぶち抜いて登場しないで下さい。耐性のある刀奈や簪は兎も角、耐性のない刀
也さんと翠さんは固まってますから。



「アハハ、なんか面白い事になってるみたいだからついね!
 ヤッホー!私は篠ノ之束!世界的に有名な正義のマッドサイエンティストだよ!以後よろしくねたっちゃんとかんちゃんのパパ&ママ!!」

「君が篠ノ之束か……うむ、こうして対面すると只者ではないオーラをヒシヒシと感じるな……天才とはよく言ったものだと思うよ。」

「アッハッハ、其れは最大級の褒め言葉だね!」

「あらあら、愉快なお嬢さんね。
 それで、私に任せなさいとか言っていたけれど、貴女ならば刀奈と夏姫さんが交際する事で生じる更識の跡取り問題を解決出来ると言うのかしら?」

「その通り!
 IPS細胞ってのを使えば、なっちゃんの遺伝子を持った性細胞を作る事が出来るから、其れをたっちゃんの卵細胞に受精させれば女性同士でも子を宿
 す事は出来るんだよ。」



で、束さんが言ったのは現代の科学ならば、同性であっても子を宿す事が出来ると言う事――確かに束さんの言う方法ならば同性であっても、養子や精
子バンクを使っての体外受精以外で子供を得られる。
それも、遺伝子的には両親の遺伝子を受け継いだ子がね。



「でもまぁ其れは可成り手間がかかるから、束さんとしては、この『女性に生える薬』を使うの一番だと思うよ?」

「束さん、一応確認しておきたいんだが、その薬は女性に何が生えるんだ?」

「何って……ナニだよ。
 此れを使えば女性同士であっても男女の交わりが可能になる上に、○○も出来るようになるから物理的に妊娠する事も可能になるんだよ!
 此れ其の物は偶然の産物なんだけど、こんな物を作っちゃうなんて、私はマジで天才だね♪」



なんて物を作ってるんだ此のマッドサイエンティストが!
確かに其れを使えば刀奈との『放送禁止』もより楽しめるのかもしれないが、アタシは自分の身体を物理的に変化させる気はない――何よりも、その薬の
副作用がどれ程かは分からないからな。
だから束さん、IPS細胞でアタシと刀奈の子を作る事が出来るようになるように研究を続けてくれ。



「OK~~!そんじゃ、バイバーイ!」



こうして束さんは帰って行ったのだが、束さんのアシスト(?)のお陰でアタシと刀奈の交際は無事に認められたから良かったよ――もしも認められないだ
なんて事になったら、アタシはフリーダムを、刀奈はジャスティスを展開していたかもしれない。……いや、冗談だが。
なんにしても、此れでアタシとお前は更識公認のカップルになった訳だな。





そしてその夜……あてがわれた部屋で適当に過ごしていたのだが、其処に着物姿の刀奈が現れ――アタシの目の前で、自分の着物を手にした小刀で『
此れでもか』って言う位に切り裂いて、生まれたままの刀奈の姿が……オイ、何の心算だ?



「お父様から正式にお許しが出たから……私を抱いて夏姫。……更識の家は、代々生涯の伴侶との交わりをもってして、契りとして来たからね……だか
 ら、私達も契りを立てましょう夏姫。」

「……断る理由がない。お前に従わせて貰うよ刀奈。」

お前の両親に認めて貰ったと言うのは、矢張り嬉しい事だったし、一番の懸念材料が無くなった訳だからね……何よりも、此れで今まで以上にアタシには
負けられない、死ねない理由も出来たわ。
其れでだな刀奈、なんで着物を切り裂いたんだ?小刀が肌に触れたら危ないし、そもそも着物が勿体ない。普通に脱げば良いだろう?



「大丈夫よ、今着てたのって本物の着物じゃなくて、本物そっくりに紙で作った物だし、小刀も実は精巧に出来たペーパーナイフだから危なくないし。
 切り裂いたのは、そっちの方が妖しげで艶っぽい感じが出るかなぁって。」

「確かに妖しさは充分だったとは思うが、少々怖かったから二度とやらないでくれ。」

「善処するわ♪」

「やらないとは言わないんだな……」

因みに翌日、簪から『二人とも仲が良いのは分かったから、もう少しボリューム抑えて。』と言われてアタシも刀奈も赤面爆発したのはまた別の話だ。
……暗部の屋敷なのに防音じゃなかったのは少し意外だったな。








――――――









Side:イルジオン


教授、あの馬鹿共も可成りのレベルアップをしたし、ゴースト及び適当に拉致った代表候補生の成れの果ても実戦で使えるレベルになったから、そろそろ
事を起こしても良いんじゃないか?



「うむ、私もそう思っていたよイルジオン。
 だが、普通にテロを起こすと言うのは余りにもつまらないので、日本の時刻で日付が十二月二十五日になったその時に仕掛けてやる心算だよ――まぁ
 その相手が誰になるかは、ダーツの矢のみが知ると言った所だね。」

「そうか。」

態々、クリスマスの日を狙ってとは悪辣極まりないな此の外道が……厄災のクリスマスプレゼントなど最悪以外のナニモノでもない――ダーツの矢によっ
て選ばれた国は御愁傷様としか言いようがないな。
何故なら、選ばれてしまったが最後、その国は他国への見せしめの為に滅ぼされる事が確定しているのだからな。
何処の国が選ばれるか分からないが、今年のクリスマスはどこかの国で血の雨が降るのは避ける事は出来ないだろう――故に、お前との決戦の時も近
いなオリジナル。
お前か私か、生き残った方が真の『夏姫』となる事が出来るからな――私が本物に成る為にも、私は必ずお前を……此れだけは、誰にも、例え教授であ
っても邪魔はさせない。
今の私は、その為だけに生きていると言っても決して言い過ぎではないのだからな。

永遠の自由と殺戮の自由……果たして最後に残るのは何方の自由なのか――ふふ、楽しみになって来たよオリジナル。










 To Be Continued… 





キャラクター設定


・更識刀也
先代の『楯無』で、刀奈と簪の父親になる。
性格は質実剛健と言った感じで、容姿に関しても鍛え上げられた身体に厳つい顔と言うちょっと怖そうな見た目をしているモノの、冗談が通じる柔軟さも
持ち合わせている。
GLBTの理解も深いが、電話で刀奈から『同性の恋人が居る』と聞かされた時には流石に驚いた模様。



・更識翠
刀奈と簪のお母さん。年齢は四十を超えているが、未だに二十代の美貌を誇っている凄い人。刀奈や簪と一緒に出掛けると、高確率で『姉』扱いされてし
しまうのが悩みの種。
刀奈の相手が同性の夏姫だと言う事には驚いたが、『此れは此れでありね』と考えてる辺りは流石は刀奈の母親と言った感じ。