Side:みほ


大学選抜戦が終わった夏休みのある日の事、私は梓ちゃんに『一緒に出掛けませんか?』って言うLINEメッセージを貰って、一緒に大洗の町に繰り出
してた。
私も梓ちゃんも恋人が居る身ではあるけど、此れは師弟のお出掛けだから浮気じゃないよ?師匠として、弟子のお願いを無碍にする訳には行かないし
ね……まぁ、当日現れたジーパンにタンクトップ+袖なしの短ベストって言う、ワイルドボーイッシュなコーディネートの梓ちゃんは凄く可愛かったけど。
体育祭の時に学ランで応援団やった事もあったし、梓ちゃんは意外と男装とかボーイッシュなファッションが似合うのかも知れないね。

取り敢えず午前中は大洗アクアワールドと海の科学館を楽しんで、今はランチタイムだね。
今日のランチタイムはシーサイドステーション内にある鮮魚料理の店『お魚天国』で摂る事にした。今の時期限定の生シラス丼や、岩ガキの網焼きなん
かが食べられるしね。
私が頼んだは生シラス丼定食で、梓ちゃんが頼んだのはその日の仕入れで内容が変わる日替わり丼定食……今日はアジのタタキ丼だったみたい。
其れからシェアメニューとして、浜焼きの岩ガキとサザエとハマグリを注文。……この場にお母さんが居たら、間違いなく焼酎か日本酒を頼んでるんだろ
うなぁ。

「其れで梓ちゃん、今日は私に何か用があったんじゃないの?只のお出掛けじゃないよね。」

「……やっぱり分かっちゃいますか?」

「まぁ、何となくだけどね。――で、何かあったの?」

「西住隊長は、この間の大学選抜戦を最後に高校戦車道からは引退してしまうんですよね?」

「うん、そうだよ。
 高校三年間でやりたい事は全部出来たし、三度の全国大会優勝も経験出来たからね……後は梓ちゃんに隊長職を引き継いだら、私は受験の準備
 だよ。」

「西住隊長なら、戦車道を行ってる大学から引く手数多だと思いますから、受験勉強必要なさそうですけれどね。」



アハハ……其れは若干否定出来ないんだよねぇ?
未だ夏休みの段階なのに、華さんの話だと、私とエリカさんと小梅さんとエミちゃんには既に六校からもスカウトが来てるらしいからね……しかも未だ増
える可能性はあるって言ってたからね。



「やっぱり凄いですね西住隊長。
 ……そんな西住隊長が、隊長である内に、一度私と勝負してください!!」

「勝負って、私と梓ちゃんが?戦車道で?」

「はい!!」



此れは予想外の展開になったね?後輩でありながら私に正面切って勝負を挑んで来たのは中学時代の歩美ちゃん以来だよ。
でも、此れは少し……ううん、凄く嬉しい事かな。
梓ちゃんは常に副隊長として私を支えてくれたけど、逆に言うならドレだけ活躍しても『大洗のナンバー2』って評価が覆る事は無かった……でも、梓ち
ゃんは自ら『ナンバー2』の殻を破ろうとしてる訳だからね。――如何やら、この間の大学選抜戦の後でお姉ちゃんが『澤の蓋が開き始めた』って言って
たのは間違いないみたい。

分かった、その勝負は受けるよ梓ちゃん。
大学選抜戦で、私の高校の戦車道は集大成かと思ったけど、引退前に愛弟子を相手にした延長戦って言うのも良いモノだと思うからね。










ガールズ&パンツァー~隻腕の軍神~ Panzer224
引き継ぎ前の本気の戦車道です!』









梓ちゃんからまさかの勝負を申し込まれたけど、その勝負を受けると言った後は普通にお出掛けを続行し、午後はクルージングで釣りを楽しんだ――ん
だけど、まさかの入れ食い状態でめちゃめちゃ釣れたから、何匹かは市場で買い取って貰って、残ったのはお造りにして貰って持ち帰る事にした。アラ
もアラ汁に出来るから持って帰ったけどね。
釣り人のおじさんによると、『此れだけの入れ食いは滅多にない』って事だったから、運が良かったんだろうなぁ。

「と、言う訳で本日の晩御飯は豪華お刺身の盛り合わせと、お魚のアラ汁です。」

「アジにヒラメにサヨリに真鯛、カツオにキハダマグロにキンメダイ……スーパーで此れだけの刺身を買ったらトンデモナイ値段になりそうよね。」

「全部天然モノですから、余裕で五桁行きますね。」

「其れを無料でなんだから豪華で贅沢極まりないわよね。」



ホントだよね。まぁ、まさかこんなに釣れるとは思ってなかったんだけどさ。
だけど、本音を言うならクロマグロとか、カジキマグロを釣り上げたかったんだよねぇ……出来れば2m以上ある大物を、一本釣りでドバー!!ってね。



「いやいやいや、流石のみほでも右腕一本で百kgオーバーのマグロを釣り上げるのは無理……って言いきる事が出来ないのよね貴女の場合。」

「みほさんは右腕一本にも拘らず、ベンチプレスは女子高生最高の百五十kgですからねぇ……」

「背筋だって四百kgあるでしょみほは?因みに嘗て『霊長類最強』と言われたアマレスのアレクサンダー・カレリンの背筋が六百kgね……アンタ冗談抜
 きで『霊長類ヒト化最強』で良いんじゃない?」

「アハハ、冗談を言っちゃいけないよエミちゃん……私なんて、吉田沙保里と伊調馨に比べたらまだまだだから。」

「みほ、其れは比較対象がオカシイ。
 その二人はアレだから、『地球に振って来た隕石を止める』とか、『そもそも隕石の方が避ける』だとか言われてるから。若しかしたら人間じゃなくて超
 人だから。」

「其れもパーフェクト超人ね。」

「お二人とも超人強度は最低でも6500万パワーはあるでしょうねぇ。」



マンモスマン以上とかドンだけなんですかねぇ。
と、前振りは此処までにしておいて、みんなに伝えなきゃならない事が有るんだよ――実は本日、梓ちゃんから戦車道での勝負を申し込まれました。



「澤が?」

「やりますね澤さん、下克上ですか。」

「小梅、其れは多分違う……一番弟子が、己の成長を確かめるべく師匠に挑むって感じじゃないの?」



うん、確かにそう言った面もあるんだけど、其れ以上に梓ちゃんは自分で自分の殻を破ろうとしてるんだと思う――ただ勝負を申し込んで来るだけじゃ
なくて、私の方のチームも指定して来たからね。



「へぇ、誰を指定して来たのかしら?」

「ライガー、オオワシ、タイゴンの三チームだよ。」

「みほさん其れは……」

「みほ率いるあんこうを加えた大洗の四強チームじゃない!……澤の奴、敢えて最強チームを相手にしようって言うの?」



如何やらそうみたいだよ。
相手が凡百な戦車乗りだったら『自惚れるな』って言う所なんだけど、梓ちゃんの実力は他校の同世代の中でも抜きん出てるから、自惚れだとは言え
ない……もしも、梓ちゃんが私と同じ歳から戦車道を始めていたら、私を超えてるかも知れない位の逸材だからね。
そんな梓ちゃんが敢えて最強チームを相手に戦いたいって言うんだから、私達は其れに応える義務があると思わない?



「そうね……応えてやろうじゃないの!引退前に、大洗の狂犬の牙を味わわせてやるわ!」

「慧眼の隼の力もその身で体験して頂きましょう。」

「そう言えば、アタシにはなんか二つ名ってないの?」

「中須賀、アンタは……ネットで『中須賀エミ』で検索したら、『リトルアーミー』ですって。」

「どういう事?」



どういう事だろうねぇ?私にも分からないな。
まぁ、其れは兎も角として、大洗の四強を敢えて相手に回したって言うのは何か意味があるんだよね梓ちゃん?……一体どんな意図でこのチームを指
定したのか、其れは試合で教えて貰う事にするよ。








――――――








Side:梓


夏休みも残り数日となり、二学期になれば私に隊長職を引き継いで西住隊長は引退しちゃう……でも、その引き継ぎの前の夏休み最後の部活の日こ
そが、私と西住隊長の勝負の日だ。
隊長は私がお願いした通り、ライガー、オオワシ、タイゴンとチームを組んでくれた――それに対する私のチームは、私率いるウサギの他に、歴女先輩
のカバとⅣ号F2が二輌の編成。
火力では圧倒的に劣るけど、機動力と隠密能力では私達の方が上って言う編成だね。



「中々に良い編成だね?……私のチームを指定して来たのは、四強を相手にするだけじゃなくて敢えて指定する事で自チームを決める際に、私達に対
 して、有利な戦力を選べるようにした訳か。
 確かに私のチームは火力は高いけど機動力に関してはパンターとチャーフィーは兎も角ティーガーⅠとティーガーⅡは決して高いとは言えないからね
 ……ティーガーⅡはギリギリの魔改造を施してるけど、それでも機動力はパンターには遠く及ばないから。」

「勝負は試合が始まる前から始まってる、ですよ。」

「あはは、此れは一本取られたなぁ。」



此れも、隊長から教わった事ですけどね♪
取り敢えず、西住隊長の機動力はある程度削る事が出来たし、試合場所も学園の演習場だから市街地戦みたいなトンデモ戦術は其れ程使えない筈
だから大分戦闘力は削れたと思うけど、其れでも油断は禁物だよね。
西住隊長は市街地戦が最も得意としておきながら、苦手なフィールドは一つもない……西住流に、我流で鍛え上げた裏技と搦め手を混ぜ合わせた戦
術があるからこその強み。――最近は大洗のスポンサーである島田流の家元から、島田流も教わってるみたいだから正に隙なしになってるし。
でも、だからこそ私はこの人に、西住隊長に勝ちたい。
自惚れる訳じゃないけど、同世代の中でも私は可成り強い方だと思ってるし、戦車道関連の雑誌とかでも割と高い評価は貰ってる……だけど其れ等の
多くは『西住みほの一番弟子』としての評価であって、『澤梓』への評価は少ない――西住隊長には憧れてるし、隊長の一番弟子である事は私の誇り
だけど、何時までも『西住みほの一番弟子』って評価じゃダメだと思う。
『師の影を踏まず』って言葉があるけど、弟子が師を超える事が出来なかったら、代を重ねるごとにドンドン師の教えは劣化してっちゃうから、弟子が師
に出来る最高の恩返しって、師を超える事だと思うから。
だから隊長――

「勝たせて貰います、西住隊長!!」


――轟!!

『さぁ、見るが良い。我がぁ力!』




「そう来なくっちゃ梓ちゃん!」

――轟!!

『兄様に負けていられない……!』




私も西住隊長も軍神招来!!
西住隊長の本日の英霊は、あの織田信長の妹であり、信長が『男であればさぞ良い武将になったであろう』と評した『お市』――『戦国三大美女』の一
人であり、『戦国一の美女』と言われた人を宿すとは流石ですね。



「そう言う梓ちゃんは、伝説の『若本ルガール』だね?歴代ルガールの中でも(色んな意味で)最強にして最恐と名高いのを宿すとは……」

「強いのは良いんですけど、どうして私は毎度毎度歴史上や神話・伝説上の英霊じゃなくて、二次元のキャラが宿っちゃうんでしょうか?」

「其れは、私に聞かれてもなぁ……取り敢えず、ジェノサイドカッターだけはやめてね?アレはマジで皆のトラウマ技だから……ぶっちゃけ超必喰らうよ
 りも怖いから。」

「すみません西住隊長、やろうと思っても出来ません。」

軍神招来で私が宿しちゃうモノは謎のままだけど、強いのを宿したって言うのなら其れは其れで良いし、ラスボスを宿したってのは頼もしい事この上な
いから、其れに相応しくガンガン行くだけ!!
私の全てを西住隊長にぶつけるんだ!



「其れでは此れより、西住みほチーム対澤梓チームの試合を始める!お互いに、礼!!」

「「宜しくお願いします!!」」


試合前の挨拶と握手を済ませて、いざ試合開始!!
隊長職を引き継ぐ前に今の私を見てください西住隊長……そして、貴女を超える事で貴女への卒業のプレゼントとさせて頂きます!!



「梓、若本ルガール宿してるけど、負けそうになったからって自爆しないでよ?」

「あゆ、流石に其れは無い。」

そもそも、戦車道で自爆で道連れって如何やれって言うのよ……フラッグ戦ならフラッグ車を道連れにしての引き分けはアリかも知れないけど、今回は
殲滅戦だから隊長車を道連れにしても意味ないからね。
さて、始めようか?戦車道史上最高の師弟喧嘩ってやつを!








――――――








Side:みほ


おうとも、やらいでか!!師弟喧嘩上等!!熊本女は気が強いけんね!!喧嘩やったら幾らでも買ってやるったい!!



「みほ、貴女イキナリ何言ってるの?其れと熊本弁出てるわよ?」

「え?え~と、何となくだけど梓ちゃんに師弟喧嘩を申し込まれたような気がして、其れは受けなきゃいけないだろうと思ったら、ついつい普段は抑えて
 る熊本弁が出ちゃって驚きビックリこの上ないよ。」

或は、其れだけ梓ちゃんの闘気が凄くて私を反応させたのか……だとしたら大したモノだとしか言いようがないかな?――互いに試合開始位置にあっ
て私に己の闘気を感じさせた戦車乗りはそうそう居なかったからね。
此れは、間違いなく梓ちゃんは私に近付きつつある……それどころか超えつつあるのかも知れないよ。――私を超えると言うのなら、其れは其れで悪
い事じゃない。
だって其れは、今度は私に新たな目標を持たせてくれる事になる訳だからね。

さて、先ずは視界が開けた平原だけど、辺りに戦車の気配はない……まぁ、これだけ視界の利く平原で戦車の気配がしたら速攻で戦車戦スタンバイな
んだけどさ。
流石に真正面から攻めては来ないか……となると、この先ある小規模な林から仕掛けて来る可能性は大きいかな?あそこを通る時には要注意――


――ドガァァァァァァン!!

――キュポン!!



『西住みほチーム、チャーフィー行動不能!!』


と思ってたら、小梅さんが撃破された!?
そんな、周囲に戦車の気配は感じなかったのに一体何処から……学園の演習場の地形とマップを思い出せ――そうすれば何処から撃って来たのか
分かる筈。
チャーフィーは側面を抜かれて撃破されたから林から撃って来た訳じゃない……此の場所で私に気付かれずに側面を狙える場所は、約1000m離れ
た高台だね。
確かにパンターの主砲なら、1000m離れた場所から徹甲榴弾で111mmの装甲を抜く事が出来るけど、其れはあくまでも砲撃士の針の穴を抜く程の
超正確な砲撃があればの話であって、並の砲撃士じゃ到底出来る事なじゃない――って、そう言えば梓ちゃんのパンターの砲撃士のあゆみちゃんは
華さんから砲撃のイロハを叩き込まれてたんだっけか……なら、この距離でチャーフィーを撃破するのも朝飯前って事だね。

「ククク……ハハハハハ……ハ~ッハッハッハッハ!!!
 まさか、私が先手を取られるとは思ってなかったよ!……でも、だからこそ最高だよ!私を相手に先手を取ったのは、去年の愛里寿ちゃん以来じゃな
 いかな?……つまり、今の梓ちゃんは最低でも去年の愛里寿ちゃんと同レベルって事だよね?」

「まぁ、単純に考えるとそうなるでしょうね。」

「去年の大学選抜の隊長と同レベルって、中々にトンデモないんじゃないのアンタの一番弟子って?トンデモないって言うか、若しかしたらヤバい?」

「そうだね、ヤバいかもしれないよ。」

だけど、戦車道の相手って言うのはヤバいほどドキドキとワクワクが増してくるものだから、梓ちゃんが『ヤバい相手』だって言うのなら、寧ろウェルカム
なんだよね……相手が強ければ強いほど燃えるのが真の戦車乗りだって私は思ってるからね。
でも、やられっぱなしって言うのは好きじゃないから、やられた分はやり返さないとね……そう、倍返しで!!寧ろ十倍返しで!!



「十倍返しって、半沢直樹かっての。」

「二十倍の方がよかった?」

「いや、界王拳じゃないんだから……」



二十倍界王拳はマジで限界突破って感じがして好きだけどね。
それと、超サイヤ人は沢山いるけど、界王拳は悟空だけが使えるから特別な感じがするし、独特の赤いオーラも特別って感じがするし、超サイヤ人と界
王拳の重ね掛けは主人公だからこそ許された禁断の強化だと思うしね。
まぁ、其れは其れとして、如何やら梓ちゃんは私の予想以上の成長をしてるみたいだね?――そうじゃなかったら、中戦車で完全なアウトレンジからの
攻撃なんて事は思いつかないだろうと思うから。
実際に私も、このアウトレンジからの攻撃は、完全に選択肢から排除してたからね……その隙を突く見事な攻撃だったよ。

だけど、私だって簡単に負けてあげる心算はない――寧ろ今の一撃が私の闘気に火を点けたからね……エリカさん、リミッター解除!!



「その言葉を……マッテイタワヨミホォォォォォォォォ!!……キシャァァァァアァァァァァァァァァァ!!!」

「暴走したか……今更だけど、此れ大丈夫なのみほ?」

「大丈夫だよエミちゃん。」

「口から煙出てるんだけど……」

「あぁ、其れは……只のメルトダウンだから大丈夫だよ♪」

「いや、其れ全然大丈夫じゃないから!炉心溶融とか大問題だからね!?」



あはは、メルトダウンは流石に冗談だけど、暴走状態のエリカさんは闘気が飽和状態になって、飽和状態になった闘気が口から煙になって溢れ出てっ
て言うのは嘘じゃないよ。
逆に言うなら暴走エリカさんは、私以上の闘気全開状態だから、味方なら頼もしい事この上ない――でも、エリカさんを暴走させると言う選択をさせるに
至った梓ちゃんも敵としては可成りのレベルであると言わざるを得ないね。

予想外に起こった延長戦だけど、此れは思った以上に楽しめそうだね……引退を目前にしての試合でのっけからのこの刺激――ふふ、楽しませて貰
うよ梓ちゃん。貴女の戦車道をね!!












 To Be Continued… 





キャラクター補足